得るもの、失うもの、拾うもの、捨てるもの

いつも心の中にあるのは、あの「約束事」です。

優先順位は人それぞれ、何を捨てられて、何を捨てられないのか考えよう

ほんとに厳しいです。でも、この厳しい場所に置かれてしまっているのが、トランスの現状なんでしょうね。
もしもトランスでなければ、捨てるものがあったとしても、さほど多くはないのかも。
でも、トランスはひとつ得るために、ものすごくたくさん捨てなくちゃならない。あるいは、ひとつ得るために、一番大切なものを捨てなくちゃならない。
そんなことを突きつけられた日でした。
でも…。
幸、多からんことを…。

もたん^^;;

午前中は授業だの試験監督だのであっという間につぶれてしまい。
とにかくお昼ごはんです。
で、弁当食べて、本腰入れて仕事するぞと思ったら、突然意識が遠のいていきます。
いや、椅子の上でブラックアウトなんて、いままでほとんどなかったけどなぁ…。
うーん^^;;。

ここにいた

朝、駅のホームに立ちながら
「今朝の風景が昨日までと違って見える人がどれだけいるかなぁ」
などと、ふと考えてしまいます。
そういう考え方が、そもそもスノビッシュでイヤなんですけどね。でも、やはりそう考えざるを得ない一日のはじまりです。

職場に行って、
強行採決されたね」
と言っても
「そうですね」
「昨日抗議行動行ったねん」
と言っても
「へー。ごくろうさまです」
くらいの反応。
みんな冷静ですね。大人ですね。きっと、怒りや腹立ちや、そんなものを持っているわたしは子どもなんでしょう。

で…。
とある教室に行って、子どもに
「昨日強行採決されたなぁ。抗議行動してきた」
って言ったら
「テレビで見ました!あんなん、ダメです!」
って怒ってました。
「許せないよな」
「はい!許せないです!」
共感する人はここにいたのか(^^)。

放課後、
「数学教えて」
って来た生徒と廊下を歩いていると
「昨日、通りましたね」
「うん。でも、まだ参議院がある。これからや」
「はい」
共感する人はここにもいたか!
その子、わたしの机のところに来てひとこと
「さりげなく主張してはりますね(笑)」

ぜんぜんさりげなくないんですけど^^;;。
数学の質問が終わったら、そこにあった『部落解放』のなかから原発特集をとりだして読んでました(^^)。

ひたひたと

夕方仕事を終えて駅へ向かう道すがら、国会に続々と人が集まりはじめているという情報が流れてきました。大阪でも情宣活動をやるらしい。京都は…。
ありました。
よし、行こう!ここで行かなければ、子どもたちにあわせる顔がない。
とりあえず、自民党京都府連の前へ。すると、主力部隊はすでに次の場所に移動したみたいです。でも、そこにひとりおられたので、急造のプラカを持って抗議。
しばらく立ったあと、コンビニに寄ってネットプリントして四条河原町へ。到着すると見知った顔がたくさんいます。あたりまえです。この人たちが黙っているはずがない。
80年代の歌が、ふと頭をよぎります。

我らはプリパだ チョッタチョア
ともに死にともに生き チョッタチョア
膝を折って生きるよりも
立ったままで死のうじゃないか
我らはプリパだ

情宣活動中も、少しずつ人が増えていきます。みなさん、仕事を終えて、とりあえず駆けつけてこられたんでしょうね。
7時からはデモ。京都のデモはあいも変わらずええ加減です。でも、たぶんわたしはこういう空気の中で育ってきたんでしょうね。
本日のデモ参加者は実数107人だとか。わたしみたいに、昼に知った人も、その中にはたくさんいると思います。たしかに少ないけど、でも多い。

家に帰って、冷えた身体をお風呂で温めて、ビールを飲んで…。
TLを見たら、本会議でも可決との情報…。
報道ステーションを見て、その経過を目に焼きつけて、さっさと寝ることにしました。

それにしても、人々が「自分には関係ない」って思うところから、ジワジワ来る気がします。実際には関係あるのに…。
わたしが「黙らない」って決めたのは教育基本法改悪の時です。あれ、実は在日外国人も含め、すべての子どもたちに関係がある。ということは、すべての将来の大人たちに関係あることなのに、たぶん人々は「教員の世界のこと」って思ってたんじゃないかと思います。今回も「マスコミと公務員のこと」なんでしょうね。さらに言うと「派遣労働法」の問題も「正社員には関係ないこと」だし「労働特区」も、関係ないことなんですよね。
でも、そうやって「特定の人」を繰り返しながら、確実に「オセロの隅」をとっていこうとしている。そのことが、なぜ無関心な人はわからないのかなと思います。ま、それを「無関心」っていうわけですけどね。
減反も「農家の問題」だし「努力せずにお金をもらうのは…」って避難する。それは生活保護へのバッシングや部落へのバッシングと同じです。すべてはつながってるのに、そこに気がつかない。どころか、関係ないこと、もっと言えば「そうだそうだ!」とバッシング側にまわる。
なんなんだろう…。
最近考えていること。

被差別者だけが差別されていると考えることができた時代は、実は被差別者が防波堤になってわたしたちを守ってくれていた。だからこそ、そこで反差別の闘いをすることは、実はわたしたちを守る闘いだった。

どこで食い止められるのか?

ヤク、このままでいのか?

今日はヤクをゲットするため、午前は休業。その間にたまった用事をしようかと思ったのですが、なんかやる気も出ずに、ふとんと一体化してました(笑)。
で、約束の時間にお医者さんへ。
待合室のテレビを見ていたら、某超大都市のとある知事が、わけのわからん借用書を見せてました。なんじゃ?あれ?
と思ったら、安全保障特別委員会で「秘密保護法案」の強行採決の情報が。
思わず待合室で「通しやがったか」とひとりごと。
で、診察室へ。
「あー、ホルモン値、いい感じですねー」
「問題は骨密度でね」
「ふんふん、なるほど」
みたいな話のあと、ヤクを増やすかどうかの相談。でも、結論は「やめときましょう」でした。その代わりってわけでもないんですけど、歳も歳ってことで、ヤクの種類を変えることに。
「こっちのほうが肝臓にもやさしいですよ。それから、アルコール、減らしてください」
「あー、それが一番難しいんですよね」
ってことで、今回から「エストラーナ」です。ちょい薬価はあがるのかな…。

元気をもらい、勇気を伝える

金曜日に「反差別はカッコイイ」と言ってくれた生徒に、全同教の報告をしました。そして、
「みんな元気をもらえたよ。ありがとう」
って言いました。そしたら、その子
「先生がやってること聞いてたら勇気をもらえるんです。みなさんにありがとうございますって伝えてください」
って 言ってくれました。
そうだ!反差別は勇気を伝えることができるんだ!

たまご、未だ温まらず

やらなきゃならないこと、考えなきゃならないこと、書かなきゃならないことが、ぼんやりと積み上げられています。でも、いずれも自分の内側で熟成させなければ形にならないことです。熟成なしにそれを形にしてしまうと、結局「やり直し」です。
もちろん「やり直し」そのものが悪いわけではありません。でも、「やり直し」がきかないものもあります。
時間は迫っています。でも、未だ温まらず…。

全同教大会2日目

朝起きると7時過ぎ。完全にヤバイです。二日酔いがないのが不幸中のさいわいってやつですか。
とにかく朝ごはんを食べて、スタートです。

今日の午前もレポート二本。
一本目は「多部制高校のとりくみ」です。
最近の流れとして、定時制高校をつぶして大きな多部制高校をつくって、そこにさまざまな困難を抱えた生徒を入れるというふうになってきています。
で、この高校の話を聞いても、ものすごい困難を抱えた生徒が集まっています。で、教員は授業をしながら、そうした生徒のケアをしています。で、通信制という仕組みや、困難を抱えた生徒を集めているという前提のおかげで、そうした生徒がなんとか生きていけるわけです。
で、それはそれでとてもいいことなんですが、やはりここでも一抹の違和感があるんですね。それは「拠点校方式」のメリットデメリットのことです。生徒たちを集めるということは、その裏返しとして、そうした生徒たちを普通高校から排除するということでもあります。その排除をどう考えるかということです。まぁ、わたしの現実主義的な側面からすると「ま、しゃーないやん」となるはずなんですけど、やはりここは何とも言えない違和感が残るんですね。
で、二本目は「綴り方のとりくみ」です。いや、ほんとにていねいです。小学生で、なかなか自分の生活を振り返り、内面に踏み込んだ作文なんか書けません。でも、粘り強く書かせていくとりくみをされているんですね。でも、これ、一人ではできないんです。友だちの作文に触れ、それに引き出されるようにして言葉が出てくるんですね。もちろん、書けない子もいます。でもそのことを否定せずに待つ。その、とても長いとりくみが、子どもたちの生活を変えていくってことが伝わってきました。
そうそう。昨日の「自分史」の時にレポーターが言っておられた
「何を書かせるかがこちらにわかっていないと自分史のとりくみはできない。そのために、家庭訪問を繰り返し、子どもたちと話し込む」
が、ここでも出てきました。

「二人っきりで一時間沈黙の時間を過ごすと、そのうち無性に笑いが出てくるんですよ」
ってフレーズはステキだったなぁ…。
なんしか、心が柔なくなるレポートでした。

午後からもレポート二本。
でも、このあたりでとうとう集中力が持たなくなってきました。
「なんか、薄いなぁ…」「ありゃ、校長が出てきた^^;;」
って感じです^^;;。

最後に総括討論。
いろんな人が自分の実践を提案されます。うーん、どうしよう。しゃべるか黙るか…。
やっぱ、しゃべろう。
他の人とは違う観点から^^;;。

すんません。前半ボヤキで、後半は少し元気が出るかもしれない話をします。
つながりは大切なんですけどね。高校なんか全校体制なんてほとんど無理なんです。しかも、高校間も課題が個別化して分断されている。
それから、わたしは仲間づくりが苦手なんです。そんな人間もいる。
たしかに、100人の一歩は大切だけど、ひとりの100歩しかできない時は、ひとりでもできるとりくみをつくりださないとダメなんです。
で、ひとりでできるとりくみ。それは、交流会です。特に卒業生の会。
わたしがやっている卒業生の会の約束は5つ。

  1. プログラムはありません
  2. 夜遅くに騒ぐのはやめましょう
  3. 後かたづけは自分たちでしましょう
  4. 未成年はお酒はタバコは控えましょう
  5. 友だち同士でくっつくのはやめましょう

プログラムも後かたづけもないから、スタッフはいりません。これなら「やるぞ!」って手を上げるだけでいいから、ひとりでもできます。
「地域とつなぐ」って話が出てきましたが、例えば「なにわのアメラジアン」とか「ボリポン人」とかは、地域とつながれないし、親とも異質な存在。ヘタしたら日本中探しても「同じ」存在はどこにもいないかもしれない。そんな子らの受け皿として交流会がある。
卒業して間なしの子ら、しんどいことがあったらそこの場所に行くんじゃなくて、卒業したところに行きます。そんな子らをつなぐことで、地域や学校を越えてつながることができる。
もうひとつはカウンターです。
わたしにはとても大切な在日の友だちがいます。ヘイトスピーチ聞くたびに「いやいや、飲み友だち減るのいやや!」って思うんです。許せない。だからそれを表明するために街頭に行く。
それから。
皆さんからは見えないだろうけど、いまタトゥーシールを貼っています。これを貼って授業をする。そしたら「それ、なに?」って子どもが聞いてきます。それに答える。そんなことを繰り返す。
そしたら、昨日「でも、先生がやっていることはカッコイイと思う」って言ってくれたんです。
すごく元気をもらいました。
ひとりでやっても、そうやって子どもとつながれるんです。

ま、だいたいこんな感じですね^^;;。
横で聞いている人が笑顔だったのが印象的でした。ひとりでもできること。明日からできること。誰でもできること。それもとても大切なんだと思うのです。
まぁ、でも、しゃべくりはうまいですね^^;;。

てことで、今年の全同教大会もエンディング。
それにしても、身体の芯まで疲れてました。家に帰ってお風呂入ってビール呑もう。
そして明日。
日常が待っている。見栄を張ったから、それに見合う自分でないと、来年の香川でみんなにあわせる顔がない^^;;。

カウンターかけてもた^^;;

今日は分派活動ではない交流会があります。が、交流会の開始まで少し時間があります。てことで、徳島駅近くでH本さんたちと0次会。
で、恒例の交流会です。京都からの参加は…。わたしだけ(笑)。てことは、好き放題できますね。ちなみに、今回の「名刺」は「カウンターにまつわるつれづれ」です。なので、京都の紹介もカウンターがらみでいくことにしましょう。もたろん、〆はきのうの話です。
で、まぁ、しゃべりたい放題しながら飲んでいたのですが、やがてキャラがかぶる人が、なにやらえらいネタを引っ張ってます。ちょいと引っ張りすぎやろうと思った瞬間的、身体が勝手に…。
フラッグを取り出し、
「かーえーれ!かーえーれ!」
と罵声を浴びせてしまいました。ま、えーか^^;;。
ま、そんなこんなで、無事一時描い終了。
2次会は近くの居酒屋。ここでK原さんが合流。お疲れ様の乾杯のあと、K野さんとK原さんの新ネタを鑑賞。ま、えーけどね。ほんとにこのふたり、仲ええな。
で、3次会は部屋呑み。ここでつい、ふと弱音を吐いた瞬間から、話はややこしくなり、最後は言い合いになってしまったり。
その後、言い合いの総括をして、気がついたら午前3時です。こりゃダメだ。部屋の電気のスイッチオフと、わたしの電源オフは同時でした^^;;。

全同教大会1日目

朝、眠い目をこすりながら起きます。まだ7時。なにが悲しくて土曜日なのに7時起床(;_;)?
でも、そんなことを言っても仕方ありません。とにかく朝ごはんを食べて出発です。
全体会場は今年は屋根があります(笑)。
会場に到着したら、すでにエビス廻しやってます。ありゃあ…。その後バンドの演奏があって、その間わたしは作戦会議。参加する分科会を考えます。が…。ダメです。なーんかピンときません。ま、しゃーないです。ここはロビー活動ですね(笑)。
しばらくウロウロしながら、知りあいとダベります。
そうこうするうちに、もうすぐ特別報告がはじまる時間になりました。再び会場に入ると壇上には来賓の人がずらり。

黒いなぁ…。女性は…。司会と、あと数人。ふーん…。
で、辻本絵欄さんの特別報告です。三番叟廻しやエビス廻しの復活の話で、すごくいい話でした。が、一抹の違和感が…。辻本さんの話はとてもいいし、聞けてよかったと思ったのですが、「なぜに辻本さん」というふうに思ったのです。ここはやはり、徳島の教員の話をする出さなきゃならないところなんじゃないなぁ…。まぁ、いろいろ大人の事情があるのかなぁ(笑)。

で、午後は分科会。いろいろ悩んだ末、「自分史のとりくみ」や「綴り方のとりくみ」がある分科会に参加することにしました。
で、会場に向かうべく歩いていたら、大分のH本さんがおられました。H本さん、すんごい指摘される内容がするどいんですね。レポート聞きながらふたりであーだこーだと話し合うだけで、レポートを深く捉えられるようになります。てことで、去年の岡山に引き続き、今年も一緒に行動することに決定!

今日の報告は二本。ひとつは「自分史」のとりくみです。このとりくみ、確か佐賀大会でも聞いたんですけど、そこの中学校のとりくみの柱として据えられています。「自分史」を考えることで、自分と向き合い、自分の中に埋もれている深いところにあるものを発掘することにもつながるんですね。
もう一つのレポートは「小小連携」のとりくみです。なんか、話聞いてると、メッチャしんどそうな学校です。そのしんどい状況を打破するために、中学校区として連携をとりながら、とりくみをすすめておられるみたいです。これ、そう簡単に効果があらわれるものではないです。おそらく、「ここに井戸があるはずだ」と信じて掘り続けるような根気が必要なとりくみなんじゃないかなぁ。
ちなみに、なかなか効果があらわれないことを説明された時「そこに差別があるんですよ」という言葉を使われたのですが…。
いや、それはその通りなんです。でも、そこで「差別」という言葉を使っちゃうと思考停止になるんじゃないのかなぁ。「差別」という言葉は、複雑な現象を端的にあらわすのにとても便利な言葉ではあります。でも、その言葉そのものではなにも説明できない。説明するためには、その中身としての複雑な現象をていねいに話さなきゃならないんじゃないのかなって思いました。
ちなみに、報告者の方は、そのあと「中身」を話されたので、ホッとしました(^^)。
なーんてことをやっていると、あっという間に本日の分科会終了。