能動的な学習

昨日の楽しかった夜のせいか、朝はメチャメチャ眠いです。というか、ここ一週間の自分の行動を考えたら、眠いのはあたりまえです。自業自得というか自暴自棄というか(笑)。
てことで、ゆるゆるペースで一日スタート。
とりあえず、最初のタスク、祭典をサクリとこなして、授業だのなんだの。
午後からは研究授業とやらで、若手の授業の見学です。

実は、わたしは昔から授業研究ってのがあまり好きではない。いや、人の授業をのぞき見するのは好きですけどね(笑)。そのあたりはこの人がよく書いておられることと共通しています。
だけど、なんしか今日のは義務っぽいので行ってみました。ちなみにこういう時のわたしは「いかに数学を教えるか」とか「黒板をどう使ったか」とかいうあたりには関心がまったくありません(笑)。てか、そんな個別的な観点で授業研究をしても、マニアックなつつきあいにしかなりませんからねぇ。

で、今回のテーマは「能動的な学習」らしいです。
…。
能動的な学習?
意味がわかりません。もちろんわかるのですが、中身がわからない。というか、それってひとコマの授業で実現できることなのか?
と思いながら授業を見に行ったら、グループ学習させていました。そうですか。これが「能動的な学習」ですか…。そう思ったので、近くのえらいひと*1
「これ、能動的な学習なんですか?」
と聞くと
「うん。能動的な学習」
って答えられちゃいました。そうなんか…。なんか、教師の考えることはよくわかりません(笑)。
てか、そもそも「授業」そのものが「受動的な学習」じゃんか。それをどう取り繕っても、しょせんは「ちょっとだけ受動的ではない学習」くらいにしかならないじゃん。てな発想はないのかなぁ。
孤独感が増します(笑)。
いや、若手の人、がんばってます。いい授業をされています。でも、「枠」の中なんです。ドラスティックに発想を変えるところにはない。経験がないからしかたない?じゃあ「若い人の発想で」とかいうのもやめたらいい。
発想の転換ということ、あるいは新しい発想というのは、ゼロから生まれるものじゃなくて、すでにあるけど、「まさかそれがつながるか」と誰もが思うような、一見関係ないことをつなげるところからスタートする。少なくとも、わたしたちの世界でいう「新しい発想」「発想の転換」は、たぶんその程度のものです。その「一見関係ないもの」を見つけつなげるということをするのに必要なのは、若さではなく経験だとわたしは思ってるんですけど、どうやらみなさんそうは思わないらしい。孤独感が増します(笑)。

ま、いいけどね…。

*1:≠管理職

脳ミソがシフト

今日は夕方から「おべんきょなかま」の飲み会です。といっても、お店でやるんじゃなくて、「おべんきょ部屋」に近くの中華料理屋さんの出前をとっての飲み会。それにしても、出前で部屋まで持ってきてくれるの、すごいな…。なんでも、ココイチとかピザ屋も持ってきてくれるとか。
で、みんなでワイワイやっていたのですが…。
おもしろいな。
話の内容が、「即物的」でない。すぐに役に立つ話じゃなくて、その話を一度自分の中で発酵させて、そこから具体化させる作業が必要になる感じ。なぜそういう会話になるのかなぁ。たぶん、ひとりひとりが自分なりの興味のあるものを持っていて、それはそれぞれがその場ではトップランナーなんですよね。だから「ついていけない」わけです。でも、だからといって会話を放棄するわけではない。つまり、教わる。
と、「わからない会話」に、突然自分のターンがやってきたりする。
ま、そんな感じで延々と話してたら終電になっちゃいました。てか、こんな遅くまで残ってるのかよ^^;。

台風が来てるけど

台風が来てるけど、やらなきゃならないものはやらなきゃならんわけで。土日は仕事関連はなーんにもしなかったから、今日こそやらなきゃどうしようもありません。
でも、昼にビール飲んだら眠くなって寝てしまいました(笑)。
夕方起き出して、とりあえずおフロに入って目を覚まします。と、筋書きが浮かんできました。こんなもんなんでしょうね。おふろから上がったら、とにかくパソコンに向かって書き書きです。
で、あとワンフレーズ残して力尽きました。ラフスケッチだけメモして晩ごはん。
ちょいとテレビを見て、続きを書き書きです。なんとか書き上げて、メールで送信。
さてと。今度は仕事関連の仕事です。って、なにがなんだかわからんな。なんしか、ここで仕事を進めておくと、あとがグッと楽になります。勝負どころってやつです。なので、眠気と闘いながら、なんとかかんとか区切りまでこぎつけました。
ま、ここまでやったからよしとしよう。もうすぐ1時。寝なくちゃね。明日からガチの日常が帰ってきます。

ある結婚式

今日は玖伊屋のお客さんSいこさんの結婚式。
わたしがSいこさんのとはじめてお会いしたのは、おそらくは20年前。ネットの中でした。当時わたしはデビュー前。Sいこさんはすでにガンガン「活動」をされていました。そんな大先輩と、いつの間にか玖伊屋で出会い、気がついたら結婚相手の方も玖伊屋に来られるようになり、なんだかんだで、結婚式に呼んでもらえるようになっている。不思議なもんだなぁと思います。

会場は神戸のメッチャおしゃれな結婚式場です。到着して控室に行くと、すでにたくさんの女装子さんがおられます。これはわたしも久しぶりにスカートはかねばという気持ちになりました。てことで、友だちから借りたスカート(笑)何年ぶりかにはいたりするわけです。
式は滞りなく終わり、記念撮影タイム。ここでさすがは女装子さん。ガンガン写真を撮りあいます。
さそうでした。玖伊屋もそうでした。みんな写真をよく撮ってたよなぁ。
で、パーティー。話を聞いていたら、九州から関東から来ておられるようです。そしてなんと、関西女装界の重鎮Kすみさんも来ておられて、女装界のネットワークの広さをあらためて感じました。パーティーの内容も、コンピュータを駆使してマニアックなところを押さえていたり、これまたやるなと。
てことで、いろいろ笑わせてもらいながらパーティー終了。

んー。
昨日はガチのシンポジウム。で、今日は結婚式。なんとも言えないギャップと、そのギャップがどこからきているのかということと。どちらがいいも悪いもないです。そして「世界が違う」とも思わない。同じ日本の中でそれぞれが生きている。ただそれだけのことなんですが…。
うん。
そのふたつを、しかも2日連続で味わえたことにすごく感謝だし意味があるなと、あらためて思いました。

なので、おふたりにこれからいっぱい幸せがありますように!

なんてこった(;_;)

帰りの電車に乗ってメール打ってたら、突然表示がおかしくなりました。あれ?と思ってたら、そのうち圏外に…。おかしいです。ここ、圏外じゃないはずです。再起動をかけても、コールドブートしてもダメ。SIMを抜き差ししてもダメです。
てことで、スマホ、壊れました(;_;)
ま、修理すればいいわけですが、代用機は使いにくそうだし、帰ってきたら設定しなおしだし。
あーあ(;_;)

「性同一性障害大国日本のジレンマ」とか

今日はメッチャ迷ったけど、やはりセクマイ全国大会に行こうかと。やはり歴史と現状と未来を頭の中においておかないと、今やってることが前へ進まないからです。というか、たぶん「功利的」という意味では、もしかしたら薄いかもしれません。でも、それを越えてでも行く意味があるかなと思いました。
で、これまたメッチャ迷ったけど、パレードは今回はパス。そりゃもう、メールでも某SNSでも、あちこちから連絡が入ってくるのですが、今日は少しでも時間を見つけて「考え・書く」ことが必要です。で、それはそれで意味がありました。

で、シンポジウム。
海外のことは、ある意味よくわかりました。国際的にどうなっているのかということは、先週のシンポジウムと今回の東さんや大河さんの話で紹介されました。また、海外の、とりわけトランスジェンダーをめぐる歴史的な話についても畑野とまとさんの話はかなり勉強になりました。「ここに筒井さんがいてくれたら最強やなぁ」とも思いました。まめたさんの話も、日本の現実、とりわけマスコミ・政治・行政の現実を知る上でとてもよかった。
ただ、展望のなさは、当然のことながらないんですよね。いや、あれば今こんなところで「ジレンマ」とか言ってないわけです。それから、教育のことはまったくとりあげられていない。ま、今回の話の中では「関心外」のことなんだとは重々承知ではありますが、実は「脱/医療化」の話のモデルケースとして「学校」は使えると、個人的には思ってるんですよね。
それから、海外のことはよくわからないけど、でも、トランスジェンダーの運動って単独であったんだろうか。すべてをスクラッチからつくりだしてきたんだろうか。どこか学ぶ先行事例はなかったんだろうか。ま、このあたりは質問をしたところでもあるわけですが…。
にしても…。
なんだろ…。この感覚。そうか、大学の時のあの感覚だ。ネパールワークキャンプの隊員からもれたときの(笑)。ワークキャンプから帰ってきた連中が
「アジアから見た日本」
「外から見ると日本のことはよくわかる」
と話しているのを聞いて、
「アジアの中に日本はある。日本の中にアジアはある。わたしはこの国にいて、この国の中を掘り下げながらものを考え実践する」
と考えた、あのコンプレックスですよ(笑)。

で、お次は「セックスワークLGBT」。まったくの守備範囲外の話なんで、おとなしく聞いておこうかなと(笑)。
んー。なかなかおもしろいです。青山薫さん、移住労働者のこともやってるんだ。ひとつのものごとをひとつの切り口では見ない感じがとても興味深かったです。
ただ、おそらくはHIVの問題って、たぶん喫緊の部分があって、ほんとに目の前に感染者や感染予備者がいて、しかも自分の気持ちの持ちようみたいなものではどうしようもないところに追い込まれている。なので、そこにかかわっている人は、ほんとにその部分にものすごいリアリティを持っておられるんだろうなと思います。ただ、これまた教育にかかわる人間としては「予防」の必要性もまた考える。ま、もちろんこんな話もおりこみ済みな上での話ですけどね。たぶん、わたしが交流会をしている、いろんな意味のうちのひとつはここにあるんじゃないかなって思うのです。

てことで、少し疲れているので、今日はこのまま帰ることにしましょう。
と、ガラにもないことをやると、とんでもないことが!

で、呑み

朝、受付で
「夜、飲もうって言ってはるし」
と言われたので、しゃあないです。
「お、おぅ」
と答えるしかありません。
てことで、呑み。
今朝の講演の話とか、分科会の話とか、いろいろ感想を言いあう時間は、やはり大切です。それでも、あまりこってりしすぎない程度で終了です。
ま、こんなのもたまにはいいですね(^^)。

あたりまえのことを

今日は一日出張です。午前は講演。もちろん聞く側。午後はレポート。もちろん聞く側。気楽なものです。でも、勉強勉強!

午前の講演のタイトルは「教育は熱と涙」。講師は野口克海さんです。
んー。熱いです。そりゃ「熱」ですからね。もちろん、わたしとは芸風は違います。でも、違うのは芸風なんです。中身はそんなに変わるものではない。
「あー、あったよなぁ」
「あー、それそれ」
「あー、ちょい違うけど、そこだよなぁ」
みたいな感じで聞いていました。
と同時に、「この話を、今、しなくちゃならないことの意味」をふと感じてしまいました。
野口さんの話の中身は、ある意味担任として、あるいは教員として当たり前のことなんです。でも、その当たり前のことを講演してもらうということは、その「当たり前」が当たり前として、今、ないということです。ま、いつも言ってることですが^^;;。
やはり、深刻な感じがしますねぇ。

で、午後の分科会。メッチャしんどい状況を、メッチャ楽しそうにやってる実践があって、ほんとに心が和みました。こういう実践の奥底のものがもう少し一般化すれば、もっと学校がおもしろくなるんだけどなぁ…。

無謀な企て(6)・まんまるの会

で、家に車をおきに帰って、そのまま電車に乗って、まんまるの会。
到着したら、すでにかんぱいのあとです。遅れてごめんなさい(;_;)。
来る前は、すごくしんどかったけど、いざ来て話はじめると、ふるさとに帰ってきた心地よさがあります。なんなんでしょうね。このホーム感は。でも、かれこれ8年くらいやっているわけですから、そんなもんかもしれません。
それなりに自分の生活を過ごしている人もいれば、スタートラインに立ったところの人もいる。スタートラインの前で逡巡する人もいる。トランスに答えはありません。ひとりひとりが手探りの中で一歩を踏み出す以外ない。もちろん、誰もがとても不安です。その不安を出し合い、慰め合うのではなく、率直に語り合うこと。
そんな場にしたいなぁ…。
と思っていたら、10時過ぎ。帰らなくちゃ…。