いいガッコだ

今日は大阪市南部のN吉高校でお座敷です。ここのガッコにはいろんな意味でお世話になっています。なにより、ここのガッコがあるおかげでTーマスとも出会えました(笑)。
てことで、仕事を終えて、N吉へ。
今年度から制度が変わって雰囲気もかなりかわったのかなと思ったのですが、「しんどい子」を大切にする感じは変わりないですね。そのあたりがすごいです。ここにも「カフェ」があって、そこのボランティアの人が知り合いだったりして、これもまたびっくりです。

で、お座敷開始。
前に聞いてくださった方もおられるのですが、今回は新ネタをかけたので、ネタバレもせず。ところどころに仕込んであるネタにも反応してくださいました。てか、一番反応してくださってたの、校長さんじゃないか?

で、夜は天王寺で飲み。校長さん、来られてました。というより、率先しておられました。たぶんそういう人なんですね。ここでもいろんな話。
例えば…。
「力で押さえる」指導が蔓延すると、「力でしか押さえられない」ガッコになってしまう。そういうガッコは「力で押さえる」人にとってはやりやすいガッコだけど「力に頼らない」人のやり方が通用しないガッコになってしまう。それは「指導の多様性」を奪うことだし、「力に頼らない」人の有用性を奪うことになる。で、そういう状況をつくりだしているのは、実は生徒ではなく「力で押さえる教員である」ということに、力で押さえる教員は気づきにくい。
みたいな話。

あまりにも楽しい時間だったので、当然のことながら今日も終電でした(笑)。

仕事仕事の合間に

なんか、カントクとか採点の祭典とか、書類つくったりとか、いろいろ仕事な日でした。
にしても、若い衆の話を聞きながら、考え込んでしまいました。
あまりにも見方が一元的。まぁ、そりゃそのほうが楽だし、理解しやすいし、合意も得やすい。でも、「それではあかん」とわたしたちは教えられてきました。
わたしたちに「教える機会」をつくってくれなかったから、いま断絶があって伝わらない。だって、みんな、わたしらみたいなややこしくてめんどくさいことをしなくても、一元的な見方でみんな合意をとれて理解してるから、「ややこしい見方」なんかに興味がない。
まぁ、でも、あれか。最前線にいると「背景」なんて考えないほうがいいんだろうし、そういう人間を求める人たちがいて、まんまとそういうふうになっているのかな。

家に帰ったら、ケーブルテレビ屋さんが来ました。TAの交換、本来は作業員がやるらしいんですけど、こっちにやらせてくれました。あっという間に終わりますわいな(笑)。
「いまどき、NTTの回線とVOIPを切り替えて使ってる人なんていないですよ」
と聞くと
「いないですねぇ(笑)」
とのこと。たしかにサポートセンター、大混乱してたからなぁ。
まぁ、無事にすんでよかったよかった。

で、昨日届いた1次校正の原稿を家族に紹介。うーん。二日酔いの時のほうが尖ったことが言えるんだ…。

導入は正解!

今日は午後から出張ですが、午前は時間がとれそうなので、久々におべんきょ場所に行くことにしました。1ヶ月半ぶりくらいかなぁ。
なんしか遠い。今までは仕事の帰り道にあったけど、今は「わざわざ行く」ってところにあります。でも、自分で選んだことだし、なによりとってもいい「おべんきょ場所」なので、ほんとうに感謝してるんですけどね。
で、この「おべんきょ場所」、駅から遠いことでも有名でして。だいたい徒歩15分ってところでしょうか。こうなってくると問題なのは帰りです。できるだけ長くおべんきょ場所にいたい。でも、今日みたいにうしろに出張がある。どうするか。これは「おべんきょ場所」から駅までを早く移動するしか方法がないです。
前回はやむを得ず走りました。ま、これはこれでよかった。でも、なんかイマイチです。てことで、「なんとかならんかなぁ」とずっと思っていたのですが、「あった…」と思いました。
キックボードです(笑)。
うちの子どもが小学生の時に買ったJD Razorのがあるじゃないですか!
てことで、今日はキックボード通学したのですが、これが楽しい!キックする時って、意外と全身を使います。しかも、キックしない方の足はそれなりに踏ん張るので、意外と体力を使います。そして、なにより速い!ちんたら自転車こいでる人よりも速い。
てことで、それなりに汗もかきながらおべんきょ場所へ行き、それなりに息を切らせながら駅まで行き、ついでに出張先までも最寄りの駅からキックボードで行き、ついでに玄関まで行ったら変な顔で見られてしまいました。
もちろん帰りもキックボード。
思わずキャリングケースを買ってしまいました^^;;

うまくいかんなぁ…。

やはり、脳みそを使うことが多すぎるのかな。いや、そんなに多くはないんですが、ひとつのことに投入しなきゃならん脳みそのリソースが大きいのかな。もしかしたら、全体が少なくなって、投入した残りのリソースが少なくなってるのかな。
なんしか、シングルタスクに近い状態が続いています。なので、ひとつやると、他がまったく止まってしまう。
もちろん、ひとつのことだけにかまけるわけにいかないので、あれをやってそれをとめて、これをやってこれをとめて、それをやってそれをとめてってならざるを得んのですが、おかげさまで、全体が遅々として進まない。
ヤバイです。

んー
昨日は「歳をとると経験値が増えて、そのぶん共感の幅が増えるから、感受性が豊かになる」なーんて話をしていたんですけど。で、個人的にはたぶんそうなんですけど、それとこれとは別なのかなぁ…。

なんしか、〆切伸ばしてもらおう(;_;)。

半日が終わると

なんでも、うちの電話が不通になってるとか。てことで、あちこち点検。
んー。これは…。ターミナルアダプタだな。たぶん。
ところが、TAの交換を頼むのがまたひと苦労。まぁ、いまどきVOIPとアナログ回線を切り替えて使っている人とか少ないかもしれないです。
そう言えば、昔「fusion communication」てのがあったな^^;;
ま、そんなこんなで、4時間くらいかかって、原因のつきとめと、応急復旧にこぎつけました。
やれやれ…。

アレキサンダー・テクニーク

昨日の夜、鈴木重子さんから「アレキサンダーテクニーク」のレッスンを受けたんですけど、すごく印象的でした。
まずは、頭蓋骨がどこで支えられているかってことを教えてもらったんですけど、「へー!そんなところだったんだ!」という驚きです。で、そこに意識を集中して頭蓋骨の位置を調整すると、いきなり頭蓋骨がフリーに動きはじめます。ほんとに力がいらない。
で、今朝、また少しレッスンを受けたんでけど、おもしろい。背骨がいい位置になると、目線がほんの少し上にあがる。で、歩きはじめると、いきなりカクンと落ちる。で、片足だけいい位置にしてもアンバランス。でも、両足をいい位置にするとみごとにバランスがとれます。
「はじめてなのによくわかりますねー」
って言われたけど、そりゃわかりますよ。それほど劇的な変化があります。

ちなみに、重子さんとふとんの上で寝転びながら、あーだこーだダラダラとしゃべっていたのですが…。
「表現」をめぐる話や「考えること」をめぐる話。すごく一致をする。もちろん、質や深さは違うとは思います。あるいは方法や方向性、これは明らかに違う。でも、違いはそんなに大きな問題とはならないのかな。
重子さんは「考える」ときに「身体」と対話しておられるのかな。うん。おもしろい。そう言えば、わたしも重子さんと話しをするときは、身体のあちこちが考える気がします。これはなかなか感じられない感覚です。
もしかしたら、そんなのもアレキサンダーテクニークと関係があるのかなぁ。
なんしか、かなり刺激的な、それもとても静かで深い刺激のひとときが過ごせました。

「違和のありどころ」とか

で、宿舎でやる打ち上げに、なぜかわたしも参加。てか、蓮池さんたち、はじめからそれが織り込み済みだったらしいです。
で、みんなで呑みながら、いろいろ話。で、ついつい「違和のありどころ」の話。
「見習い天使」は、もともと自殺予防のプロジェクトの中で出てきたものらしいのですが、社会の出来事のなかで少しずつ変化してきたようです。そして、3.11で大きく変わって、舞台を福島に移すことになったそうです。
今回の芝居には福島から避難されていて、避難者支援をしておられる方が招かれていました。で、その人のトークもあったのですが…。
福島の話を当事者から聞くのははじめてのことで、いろいろ学ぶところはあったのですが…。
それはそれでいいのですが、やはり「語り口」がなぁ。たぶん震災の話が風化していく、それが特に西日本において顕著であることを肌で感じられるからこそ「西日本の人では」みたいなことを訴えられたのですが…。いや、わかります。その通りです。わたしなんか、その最たるものです。でもね。
例えば阪神淡路大震災の時に東日本の人はどの程度切実だったかってこともある。いや、そんなふうな東日本と西日本を分断しちゃいけないですね。もっと考えなきゃならないのは「絆」という言葉かな。これ、劇中にも出てきたんですけどね。そして「がんばろう日本」。
まさに被災地薄めの言葉だと、わたしは思っているし、それが「風化」の一因ではないかとわたしは思っているのです。
あー、でも、まぁそれをもって「西日本における風化」を正当化しちゃいけないです。
一番の違和は「わからないだろうけど」です。
わかるわけがないです。それは大前提なのです。でも、その大前提であるわかるわけがないことを「わからないだろうけど」と語られると、とてもきつい。そしてそれを散々経験してきたわたしは、その言葉は決して使うまいと決めてきました。それを久々につきつけられたなって感じ。それが違和のありどころだったかな。
たぶん、あの場にはいろんな「しんどさ」を抱えている人がいた。そんな人々の口を閉ざしてしまいかねない「わからないだろうけど」は、やはりしんどいな…。

違和のもう一つは「家族」ですね。
いや、いいんです。大切です。でも、しんどかったな。それはセクマイにかかわるだけではない。「家族」にしんどさとか息苦しさを感じる人にとって、やはり「家族」を自明のこととして提示されると、「う…」となってしまう。

まぁ、そんなことを話しながら、ダラダラと最後まで飲んだら、3時でしたよ。でも、こんなの、懐かしいなぁ(^^)。

「見習い天使」

今日は蓮池さんたちの「見習い天使」上演の日です。
とりあえず徳島から見に来られたK野さんと合流。とりあえず、某所にある立ち呑みで昼ごはん。うーん。ちょっと足りないから、天一で追加の昼ごはん。うわ、お腹いっぱい^^;;。

で、昨日の電話通り2時すぎに会場に到着。わたしの役目は、鈴木重子さんの歌と電子ピアノの音量バランスのチェックだとか。んなもん、できますかいな^^;;。でも、ほんとの役目は受付だったりします。K野さんも一緒に会場案内をしたりして。
で、お芝居開始。
泣きました(;_;)。
いや、ところどころに違和は感じます。それはしかたない。でも、それを超えて、泣きました。ちなみにK野さん、見終わって「泣きそうやったわ」って、あんたも泣いてたやろ(笑)。

で、帰らなきゃならないK野さんを送りがてら、もんじゃとZIMAでフェアウェルドリンクです。

で、K野さんを見送って、夜の部の受付。その後観劇。
2度目はさすがに「落ち着け、自分!」みたいな感じで、少し落ち着いて観ることができました。

その後交歓会→片づけ。
で、なぜか宿舎にわたしも移動^^;;

早いのか遅いのか→突然の電話

月曜日の朝は、たいてい「月曜日が来ちゃったよ」と同僚と嘆きあうのがパターンです。でも、金曜日は「やっときた金曜日」と思いながらも「早かったなぁ」と思ってしまいます。
あー、でもこれ。一年も同じですね。4月は「はじまっちゃったよ」と思いながらも、もはや5月も後半。たぶん気がつくと夏休みになってるんでしょうね。
まぁ、時間の流れを早く感じるのは年寄りなのか^^;;

で、夜、飲み屋から出たところで電話。電話の主は「中二友だち」の蓮池さん(笑)。
「明日、2時に来てくれます?」
「いいっすよ」
うーん。よほど人手不足かな(笑)。

ある種の?

なんか、最近新聞とかまともに読む時間がなくて、いろんな情報を取り入れられなくてまずいなとは思っているのですが。
なんか、MTFTMの方が裁判起こされたとか。
時系列はこんな感じです。
40代で自殺企図
2003年に診断が下る(MTF)
2006年にSRS
2007年に特例法適用
2014年に診断が下る(FTM)
現在50代
という流れらしいです。
自殺企図がいつなのかはわかりませんが…。
まぁ、なんとなくですけど、最初の診断は、別にSRSとは関係ない診断なんじゃないかなぁと。この人が国内の適応判定会議を通ったかどうかも疑問。きちんと文献にあたっているわけじゃないけど、2006年段階でタイの手術へのアプローチはどれくらい厳しかったんだろう。あるいは、国内でも「やってくれるとこ」はありますからねぇ。
何が言いたいかというと、最初の診断がSRSにどの程度の影響を与えていたかってことです。本人の意識としてはもちろんあっただろうけど、例えば本人が「したい」と言い精神科医が「もう少し待とうか」と言ったとしても、現実には「やっちゃう」ことは可能なわけです。
で、「やっちゃう」と、性別変更はできちゃいますよね。だって、やっちゃったもん。やったことを理由として、「最初の診断を下した精神科医以外の人」に書類を書いてもらえばいいわけで。
てことで、WHOなんかが出した声明とは反対に「SRSすれば自由にできる」みたいな状態になっているのかな。

で、最近思うのは…。
手術すれば性別変更できるってことは、ある種「お金で性別が変えられる」くらいの勢いなんじゃないかと。で、SRSの値段も下がってるし、件数はどんどん増えてるし。じゃぁ、もう、そういうふうに割り切ってしまえば、日本はある意味「お金次第ではあるけど性別変更天国」なのかなとか。ま、今のところ片道切符ではありますが。
そんなことを考えてしまう昨今です。

にしても、「なるほどなぁ」と思ったのは、ニュースの文面には一貫して「この女性」と書かれてること。
結局、本人の意志ではなく、書類の性別なんだなと。これが問題だと思うんですけどねぇ。