出勤

6時起床。しばしここがどこかわからなかったけど、ホテルの中であることを確認。ふと横を見ると、トースターが飛んでいました(笑)。
あわててLOOXはスリープさせて、シャワーを浴びて、ホテルを脱出です。で、新幹線に乗って、一路京都へ。そのまま職場に直行です。
それにしても、普段と同じ時間に起きて、普段と同じくらいの時間に出勤を開始して、職場に到着したのがふだんより2時間ほどしか遅くない*1。って、どういうことよ。

*1:もちろん休暇を取っていますよ

でも、語る…

授業って、ある意味すごく自由な時間です。というのは、教室という空間の中で子どもたちと過ごす50分は、常にハプニングの連続だから、「予定通り」ということはあり得ないからです。逆に言うならば、そのハプニングを自分でつくることもできるわけです。
で、今日は1月17日。
もちろん、12年前の「あの日」のことを語らなくちゃなりません。
早朝、ものすごい揺れというか、衝撃を感じたこと。そこからはじまった一日。そして、地震のあとの最初の日曜日、パートナーの母親の反対を押し切って*1西宮まで毛布運びにいったこと。そこで見た風景。そこで聞いた音。自分にしか語れないことはたくさんあります。
やがて、地震による被害が「かたより」を持っていたことが明らかになります。その理由。その一方、かつて9月1日にあった「出来事」との大きな違い。
そんなことを、思いつくままに30分ほど語りました。
1年に1回だけ。生徒たちにとっては、もしかしたら一生に一回になるかもしれない。だからこそ、ていねいに、自分の経験と知ったことと思いとを語る必要があると思うのです。

*1:あの頃、余震が続いていたので、下手するとケガをしたり場合によっては死んでしまう可能性もあったんですよね。

淡々と仕事

今日は夕方から用事で遠距離移動があります。なので、そこまでにできることをどんどんやっておかないと、あとでえらいことになります。なので、ひたすら仕事仕事。

ひたすら作業

教員の仕事なんて、どこからどこまでが仕事なのかわかりません。
てか、授業はもちろん仕事ですが、それ以外のことですね。例えば、生徒との雑談。これの蓄積が大切なんですよ。それ以外にも、仕事と趣味のマージナルな部分って、すごく多いです。
で、今日はそのマージナルな仕事がどっさりとあったので、どっさりとやりました。
おかげで疲れた…。

教材づくり

3学期がはじまると、間もなく人権学習。といっても、1年間のまとめというか、2学期の振り返りというか。なので、2学期に生徒たちが書いた感想文とか質問文を「通信」という形で返すだけのことですから、たいしたことはないです。
それにしても、生徒たちは単刀直入な質問をしてきますね。「どうやったら差別はなくなるのですか?」みたいな。んなもん、わかるかいな(笑)。でも、それにこそ答えなくちゃならないわけです。で、わたしはわたしなりの考えは持っていますが、まだまだへたくそ。なので、2学期に講演に来てもらった人の言葉を借りることにしました。めっちゃいいです。

ここに、800人ほどの生徒さんがいるって聞いていますけれども、この中で、全員差別はあかんって思っているはず。でも、自分が優位に立ちたいとき、俺、あいつよりケンカが強い、俺はあいつより金持ちや、男前や。私はあの人よりもきれいや。自分が優位に立ちたいときに、必ず人を差別してしまう。
その差別というのは、俺は、正面切ってみるまでは、この体育館よりも大きいものやと思っていた。得体の知れんものやと思っていた。せやけども、ふと、差別と真正面から向きあうと、差別というのは、ちっちゃなもの。なぜかというと、すべての人間の心に入れるほどちっちゃいものなんや。人よりも優位に立ちたい、今俺は優位に立たないとあかんねやと思って、ものを言いたいときに、必ずその人の心の中に入ってくる。そんなちいちゃなもの。
俺は、そのちいちゃなものにおびえてきた。でも、これからは、そのちいちゃなものを消し去っていきたい。というのは、この中に、「俺は、ケンカ誰にも負けへんぞ」という人、「俺は力は人よりいっぱい持っている」という人、太陽を西から東に昇らしてみ、俺は頭賢いで、私は賢いでという人。今のこの時間で時間をとめてみ。そんなことはとってもやないけどできひん。それはなぜかと言うたら、自然やからなんや。でも、差別というものは、人間がつくったもの。人間がつくったから人間の手で崩せる。俺、そう思ってん。だから、こうやって、いろんな人に話を聞いてもらう。
さっきも言うたけども、差別というものは、されている側のものばっかりじゃない。しているものもいればされているものもいる。でも、されているものが、差別をしたことはないのか。必ずしたことがあるはずや。わしでもある。たとえば、女性に対する女性差別をしてきた人間や。障害者に対する障害者差別をしてきた人間や。俺が、そういうことに気づかされたのも、差別をなくそうという運動の中で気づかされた。だから、こんな勉強したってしゃあないやんけ、私ら全然知らなかったのに、丸田のおっさんが言うさかいに部落というものはこういうものやという見方をしてしまうやないかというかもしれんけども、自分の目で、はっきり部落というものを見てからものを言ってほしい。見もしないで、聞くだけで、こうなんやああなんやというのはやめてほしい。
今、差別を受けている側が、今度する側になるときがある。また、している側がされる側になるときがある。差別というのは、そういう形で人間の心を行き交うわけです。だから、今のままにしておいたら、差別というのは、なくならへん。
でも、こうやって話を聞いてもらって、みんなの心の中に、丸田という人間が恥ずかしい話をここへ来てしている。それはなぜなんやと言うたら、俺ら大人はもうええ。これからは、君らの時代なんや。君らがこの日本という国を支えていかなあかん。だから、君らにがんばってほしいな。せやからと言って、俺、手を抜くわけじゃない。俺も性根を入れてがんばる。でも、一人でやってたらたまに、しんどいときがある。もうええわって。でも、俺はいつも、こうやって真剣に聞いてくれるみんなの目を見て、ああ俺もがんばらなあかんなと思って、いつも学校を後にします。君らもこれから、いろんな人生を歩く中で、いろんな矛盾点やらいろんなものを感じると思うけれども、それを真っ正面から見て下さい。

しかし、すんません。いつも借り物ばっかりでm(_ _)m

気がつくと仕事になってる…

今日は、府立高校の実力テストの日です。なので、1・2年生は2〜4時間目はテスト。
これ、確かに、京都府の同学年の子どもたちの中での個々の生徒の学力の位置を相対的に知るには、まぁ悪くはないです。でもそれは、大学を受ける子どもの話。そうじゃない子にとってはイマイチやなぁ。
ちなみに、2年生はマークシートだったんで、単純にリーダーを通せばいいんですが、1年生は記述式。だれかが採点しなくちゃならないわけです。で、採点するのは、当然わたしたち。なんだかなぁ…。そこまでして、このテストをする意味があるのだろうか。てか、教科担当としては、いちいちテストをしなくても、だいたいわかるんですけどね。ついでに言うならば、このテストの実施にかかる経費や、そのことに裂く労力をお金に換算したら、相当な無駄遣いな気もします。
ちなみに、かつてはこのテストの導入にえらい反対をしていたのですが、気がつくと、淡々と採点をこなしていたりします。そうやって慣れていくのって、すんごく怖い希ガス

で、職員会議

今年は始業式が9日で、その前が「ハッピーマンデー」とやらで3連休になった関係で、年明けの職員会議が5日にあるという…。かえってえらい早くなるんですよね。
職員会議そのものは午後の1時からだけど、昨日あたりから、年明けしょっぱなに間にあうように仕事をごりごりはじめているので*1、ほぼ全開モードです。で、肝心の職員会議は、30分ほどで終了。なんじゃ、こりゃ?

*1:つっても、研修の講演のテープおこし。これがけっこうしんどい…

初出勤

まぁ、仕事はじめですから当たり前ですか…。てなこと言いながら、実は4日に出勤するのははじめてです。なにせ、普段だったら雪の上にいるシーズンですから。
というか、本当に安心して休めるのって、実は、年末年始ぐらいだったりするんですよね。それも、最近ではずいぶんと短くなって…。はぁ…。

日直

いちおう、今日の午後は日直ということで。
といっても、「何かあった時」のための日直なわけで、なにもなければ「いる」ことが仕事というものです。しかも、なにもないことの確率の方がはるかに高い。てか、日直が走りまわらなくちゃならないことが起こったら、逆に困るわけで…。
てことで、とてもヒマな午後でした。
まぁ、そんなことですから、ふだんはなかなかいろんなことで邪魔されてできないような時間のかかる仕事、集中力のいる仕事をすることができました。
ま、平和な一日かな…。