今日は某人権教育研究会の総会です。なので、ふだんよりは少しゆっくり。でも、寝不足は否めません。
午前は、いわゆる総会。今日はけっこう質問が出てきたけど、事務局長さん、がんばれー(笑)。わたしの本番は午後ですからね。
で、午後は記念講演。講師は伊藤あゆさん@M原高校。こないだの打ち合わせは今日のためだったのでした。タイトルは「ともに学び、ともに生きる、とは何か?」です。どんな話が聞けるんだろう。
で、講演開始。
とにかく楽しそう。何が楽しいかって、楽しいんでしょうね。子どもたちの変容が楽しくて、自分がめくられていくのが楽しくて、自分が変わっていくことが楽しいんでしょうね。
子どもたちの姿が語られるから、すごくわかりやすい話です。でも、だからといって、単なる実践報告なんかじゃありません。そこでは、まさに「ともに学ぶ」とはなにか。「ともに生きる」とはなにかということが、たっぷりと語られます。
それにしても、M原高校って、やはり歴史に位置づいた学校なんですね。ただ、それだけだったらそれだけのことなんですが、そういった歴史をとても大切なものとして受け継ぎ今に引き継いでおられる。時として忘れ去られそうになった時、そこに警鐘を鳴らし、その「鐘」をみんなが受けとる。そういう歴史をつくって来られたんだなってよくわかります。
そういう教職員と子どもたちの姿に何度か涙が出ちゃいました。
で、質疑応答。「やはりか」って感じです。みんなノウハウを知りたがる。「発達障害の子どもの発達年齢はいくつくらいですか?」「クラスの人間関係をつかむのにHYPER QUなんかはしておられますか?」「アセスメント・シートはつくられていますか?」そんなん気にしてるはずがないじゃないですか(笑)。案の定、答えは「発達年齢を気にされるんですか?」「HYPER QUってなんですか?あとで教えてください」「アセスメント・シートをつくる前にいろんなことがあるので、それをひとつひとつクリアしてます」。なので、かなり時間が押してたけど、これはどうしても言ってもらわなきゃならないと思ったので、司会の静止を振り切って(笑)、わたしから質問。
「伊藤さんは、なぜM原高校でこういうことができると思われますか?」
すでに散々言ってこられたんだけど、そのさらに奥にあるものを伝えてほしかったんです。そしたら、伊藤さんの答えは
「自己開示です。教員も生徒も自己開示をします。そのための仕掛けがいっぱいあるんです」
です。
やっぱりそれなんだよな(^^)。生徒が自己開示するためには、その前に教員も自己開示しなくちゃならない。でも、そういうことができていれば「助けて」って言える。「助けて」って言ってもらったら、何をすればいいのかがわかる。そしたら、HYPER QUとかアセスメントシートなんかに頼らなくてすむ。そうしたら、そんなものをつくったり、そのための研修する必要がなくなる。その時間を子どもに振りわけられる。単にそれだけのことなんですよね。
終わってから、Sう括指導主事がやってきてニヤッと笑いながら「示しあわせたようなやりとりやったな」と。んなもん、示しあわさんでもわかりますがな(笑)。
カテゴリー: work
一難去ってまた一難
まぁ別に「難」ではないんですけどね。
いま、「仕事のうちのひとつ」が火を吹いてます。が、わたしひとりではどうしようもありません。てか、「上流」からものが流れてこないので、「下流」に流せないという意味で火を吹いてます。で、たまに流れてくると、それに集中してこなして、下流に流す。流れたものは、再度わたしのところに来て、それを処理して最終加工場へと流すんですけどね。
ただ、これにかかわっていると、自分のやりたいことがまったくできなくなります。ちなみに、「やりたいこと」も火を吹いてますが、これは頭を使います。簡単に言うと、「おべんきょ」なんですけどね。
「おべんきょ」やってると、いろんなことに気づきます。本を読んでると、突然頭がブワーっと広がって応用可能性を探りはじめます。これ、楽しいけど、収拾がつかなくなります。でも、それをしないと次にはいけない。
そうやって考えていると、上流からものが流れてくる。そちらに意識を集中させる。と、某所から「1000字以内で書くこと」なーんていうメールが来ます。こちらも火を吹くわけです。
で、会議の中では、2クラス分の祭典と6クラス分の成績処理を半日でやれと。
まぁなんしかたいへんだわ(笑)。
打ち合わせ
来週の火曜日、某研究会の総会があって、その記念講演にM原高校の人に来てもらいます。今日はその講師さんであるI藤さんとの打ちあわせ。
今回のテーマは「合理的配慮」なんですが、もちろんこんなことを書くわたしが、いまさら「合理的配慮とはなにか?」とか「合理的配慮を実現するためにはどうすればいいか?」なんてことを話してもらおうなんて思うわけもないです。ちなみに、「1月は合理的配慮にしよう」と言った時、とある会長さんが「それはいい。どうすればいいか勉強しなきゃ」って言ったから「なに言うてますの。それは人権がやることじゃない」って反論しました。それに対して「そりゃそうだな」ってわかってくれたからホッとしましたよ。
で、今回のテーマは「合理的配慮を前提とした学校づくり」です。つまり、障害のある子どもをいかに「配慮」するかじゃなくて、障害のある子どもとともに学ぶためには学校というしくみをどう変えればいいかってことです。
合理的配慮については、すでに「黄色いくまさん」や松永さんから聞いているし、その前提となる話は牧口さん・三井さん・臼井久美子さんから聞いています。それを実践に移すためには、やはり「学校づくり」を考えなきゃならんと思うのです。
てことで、打ち合わせ。
はじめのうちはI川さんの研究がその後最優秀賞をとったなんていう、メッチャうれしい話を聞いたり、オランダの話をしたりしていたのですが、徐々に打ち合わせは深まっていきます。話を聞けば聞くほど「ほんとにすごいな」って思います。なぜそんなことができるんだろう。
もちろん、教職員集団の方向性がそろっているってことはあるだろうし、そこには教育委員会の人事の問題もからんでいるだろうけど、なんか、それだけじゃない気がします。
振り返ると、京都の状況は寒いと感じざるを得ないです。「人権教育部はないです」って言ったら「え!」って言われました。まぁそういう姿勢の違いでしょうね。ちなみに、I藤さん「いつきさんと同僚なんて、すごすぎて考えもつかない」なんて言っておられたのですが、そんなことを考えてくれる京都府立高校教員は誰もいないです(笑)。逆に「人権人権って鬱陶しい」と思ってる人はたくさんいるでしょうけどね(笑)。
てことで、10時くらいまでみっちりと打ち合わせをして、さてと、帰りますか。
来週が楽しみだo(^^)o!
タスクリストをこなす
朝、仕事の段取りをいろいろ考えるのですが、なにかやるとすぐに忘れてしまいます。で、一日終わった時に「あ…」ってなることがよくあります。
でも、今日はそんなわけにはいかない日です。なにせ、明日は「東九条マダン」です。あんまり関係ないですが…。
なので、朝イチの仕事はタスクリストの作成です。ふむ、これならなんとかおさまりそうですね。
ということで、1日かけてタスクリストを消しまくりました。1日終わったら、すべて消えてたので、めでたしめでたしです。
細々と収束へ向けて
今日は午前は授業でなにもできません。ま、それはそれ。本務です(笑)。
とは言え、さほどやることもないので、子どもたちに1学期間の感想を書いてもらったり。「わかりやすい」って書いてもらえたら、やっぱりうれしいです。その一方、ノート主体で勉強したい子どもがいるのが「なるほどなぁ」でした。それはそれで、その子らなりのやり方なんですね。2学期への課題にしましょう。従来のやり方と新しいやり方の融合。けっこうハードルが高いです。でも、こんな小さなことであっても新たな発見があって、変化しようと思えるのは楽しいですね。
それにしても、子どもたちはクラス単位での論議というか意見交換というか、そういうのが苦手にさせられてるなって思います。なかなか全体で動かない。いや、別に常に常に全体でとはまったく思わないのですが、全体で考えなきゃならない、あるいは共有しなくちゃならない時にそれができないのはヤバイです。
なんか、クラスの中にfacebookつながりがある感じ?ある意見が出たら「イイネ」の関係しかない。思わず「やっぱ、twitterの殺伐感が好きやなぁ」とつぶやいてしまいました。だって「煽り叩きはネットの華」です。ま、わたしは見てるだけだけど^^;;。
午後は雑務。なんか、やり残してる仕事を見つけては、職場の中をウロウロ。健康診断の結果をもらったら、メッチャ健康なことがわかって、それを見せた同僚から「もっと働け」と笑われたり。平和やなぁ…。公開フルボッコ大会さえなければなぁ(笑)。
大詰め?→bigwaveへの序章(笑)
今日のmustは成績処理です。とは言え、他の人がすべての成績を入力し終えるまではなーんにもできません。でもま、まとまった時間がとれるのは午後ですから、それはそれでよしです。
てことで、午後はひたすら成績処理。うーん。ある子どもの成績から、満点と平均点を設定して点数化する時の欠点というかなんというか、そういうのの存在に気づいたり。
いや、当たり前のことなんだけど、そして、この手のことはさんざん論議されてるんだろうけど…。こういう点数化って、母集団のバラツキが大きい時はいろんな数値が出せるんだけど、母集団のバラツキが小さくなると、平均点まわりにだけ分布して、満点が出せないんですね。まぁ、とても簡単に言えば、満点を出そうとすると0点も出さなきゃならないんだけど、それがいなければ、低点数を多人数出さないとバランスがとれない。ところが、母集団のバラツキが小さいと、低点数がそもそも相対的にいない。となると、例えばひとり満点を出すためにかなりの人数を平均以下にしなくちゃならなくなるんだけど、そうなるとそこまでして満点を出さなきゃならないか?って話になる。
結局、こういうのって、ある程度の母集団の大きさとバラツキに担保されているんですよね。ところが、今の高校制度はバラツキを極力抑えて同質性を求めようとしている。満点と平均点の設定による差別化とは、相反する話になってしまう。
やはり多様であるほうが自然なんだなと、あらためてミルトン・ダイヤモンドさんへのリスペクトが(笑)。
てことで、さっさと成績処理を終えて、会議もすませて、お家へと。
帰りの電車は読書の時間。ものすごくおもしろい本なんですけど、読めば読むほど「残ってる場所はあるのか?」という気がします。が、きっとここまで積み上げてもらってるんだから、その「肩の上に立」たなきゃな。
しかし、わたしの公開フルボッコミニ大会まで、あと1ヶ月を切ってるよ!にもかかわらず、一文字も書けてない(笑)。
bigwaveが来るな…(;_;)。
詰め込む
朝、久々にタスクリストをつくりました。
この間、タスクリストをつくる気持ちにもならないほどグチャグチャでしたが、ようやく少し整理されてきた感じです。というか、やらなきゃならない順番にリストアップできるところまできたかなという感じ。
なんせ、この間wpathのポスターづくりと、日曜日の専門外に頭のほとんどを使ってて、さらにそこに某在日外国人教育関係の集会の資料集の組版などという作業があって、「ファンダンゴ状態」になってましたからねぇ。
てことで、リストを書くと、簡単なものもそこそこあります。あるいは、急ぎのものもそこそこあります。じゃ、今日はそんなものから優先的にやっつけましょう。
こないだ、組合の定期大会で小学校の教員の話を聞いて、「どう考えても超勤前提じゃん」と思いました。つまり「8時間」という箱の中に「仕事」という積み木を入れるのが「仕事の段取り」だとわたしは思っているのですが、何をどう組み替えても、たぶんムリです。つまり、積み木の容積の合計と箱の容積では積み木の容積の方が大きい。もちろん、積み木も圧縮可能なものもあるのですが、例えば「授業」という積み木は圧縮不可能(必ず50分という縛りがある)です。で、圧縮可能な積み木をギリギリまで圧縮した状態で、たぶん容量オーバーしている。これは、個人の努力ではクリアできない問題ではないです。根本的な「設定」の問題です。なぜ「エライ人」はそのことがわからんのかなと思うのですが、きっと「下々のこと」はわからんのでしょうね。
で、今日のわたしのタスクはそんなものではないです。たぶん全部やるとあふれちゃいますが、あふれたものは明日にまわせばいい。とにかく、急ぐものとcpuを専有する時間が短いものを優先的にすませてやると、あら不思議。なんとなくその手のものは全部終わってしまいましたとさ。
あとに残ってるのは重い処理のものばかり。明日のタスクは「考える」だな^^;;。
まぁ、こんなもん
昨日の夜、なんのために事前合宿に行ったかというと、単に寝るためだけです。なんせ、今日はトリプルブッキングの3つめ、「本務ではない仕事」があります。
それにしても、駅までが妙に遠い。しかも荷物が重い。ようやく出張先の最寄りの駅に着いて、またまたここからが遠い。
なんでこんなに遠く感じるんだろうと思ったんですけど、「歳のせいかな」と思ったけど、去年はキックボードで行ったのでした(笑)。
で、朝イチ昨日の結果がわかるのですが、見事に予選落ち。まぁ、しゃーないですね。テーマはよかったんですが、掘り下げがない。だって、とりかかるのが遅すぎます。なので、納得の予選落ちです(笑)。
で、出張の帰りに淀橋に寄って、スマホの機種変更。我ながらアホやと思いますが、やはりどうしてもほしい機種が出てくるとほしくなるんです。しかも、またポスターが一枚もできていないこんな時に機種変更なんてしたら、自分のクビを締めるのわかってるのにね。
案の定、クビがどんどん締まっていきます。
でも、いいや。今日は金土の疲れを癒やす日だ。明日がある!
採点の祭典
今年は例年とは違い、同じ内容のクラスを2クラス2セット持ってます。頭の中がかなり混乱します。
で、一番めんどくさいのが採点。一気に80人弱は萎えます。でも、わたしはまだめぐまれてるんですけどね^^;;。
で、今日は2時間目にあった試験のクラスの授業が3時間目にあるという、まさかのサプライズ(笑)。いきなり「テスト、どうやった?」と聞くヤツがいるのは織り込み済みです。
で、昼から採点開始。
もうね、途中から脳みそがマヒしはじめます。でも、採点を続けます。
採点って「続ければいずれ終わる」ものなんです。なので、ひたすら採点。で、終わって一息ついたら、6時かよ…。それからノートチェックをして、とりあえず今週の仕事を終えました。
さて、来週は…_| ̄|○
今なぜシティズンシップ教育か
今日は謀人権教育研究会の総会です。午前は会議。午後からは講演会。今日の講師は関西大学の若槻健さんです。
若槻さんの話は前から聞きたいと思っていました。ただ、内容は「格差の連鎖」だったんですね。ここ数年はやりの「排除と包摂」とか「効果のある学校」ってやつです。ところが、どうしても連絡先がわからず、そんな時に西田芳正さんって存在を知って、これがまたちょうど『排除する社会・排除に抗する学校』という、もうぜひ話を聞きたいと思ってることそのまんまのタイトルの本を書かれた時だったので、これ幸いと西田さんに講演を依頼したんですよね。でも、若槻さんの名前はずっと引っかかってました。
で、選挙年齢の引き下げに伴って「主権者教育」なんてことが突然言われるようになって、高校にそれが降りてくる。でも、その内容を見ると寒い。だって、やってることって、それぞれの地方自治体の選挙担当の人を呼んできて模擬投票をするくらい?いや、それは「主権者教育」じゃなくて「選挙権教育」やろと。というか、選挙権がない外国籍・無国籍の子どもが学校にはいる(可能性がある)わけで、そんな子らにとって「選挙権教育」がどんな思いをもたらすかなんてことを考えると、怒りすらわいてきます。更に言うなら、「主権者」とは誰か「主権」とはなにかを考えた時、「選挙権の行使」は、とても大切ではあるけど、でもそのごく一部でしかない。と考えた時、「シティズンシップ教育」に行き着いたのです。
で、講師探しです。「シティズンシップ教育」で検索かけるとK都K育大学やD志社大学にも有名な方がおられるようです。が、今ひとつピンときません。それは、カンでしかないのですけどね。まぁ、根拠をひとつだけあげるなら「大阪がいいな」なんですけどね^^;;。
てことで、引っかかってきたのが若槻さんでした。
今日のわたしの担当は「講師の送迎」と「機材担当」です。てことで、駅まで迎えに行って、会場までの道すがらいろいろ話。
い「あの、お会いするのははじめてですけど」
わ「あの、教社に書かれてましたよね」
みたいな。そこからあとは、共通の知人の話をしたり、今回の依頼の意図について話たり。
で、講演開始。
なんというか…。
話の内容はメッチャおもしろいのに、ドラマティックではない語り口なので、みんな大丈夫かなと。いや、けっこう語り口にだまされたりしますよね。有名なところではこんなのがありますか。
でも、みなさんを見ていると、スライドが変わるたびにプリントがガサガサ言ってるから、これは聞いてるなと。そりゃそうです。中身はすごくわかりやすいし、おもしろい。
結局、「シティズンシップ教育」「市民性教育」って、別に新しいことをやっているわけじゃない。ものすごくバクっと言うなら、道徳教育と人権教育を足して1.5で割った感じでしょうか。この「1.5」ってのがミソでして。その中のどこを切り取って「1」にするかなんですね。若槻さんは、その例として、いくつかの自治体でのとりくみをあげておられました。中でも「和歌山」と「品川」が両極端なのかな。和歌山は「個人型」とでも言うべきかな。善悪の判断は個人に委ねられる。そのために、「思い」や「つながり」はバッサリと切り捨てて「情報収集と処理能力」をあげる。とにかく脳みそを使う。に対して、品川は「道徳型」かな。子どもには善悪の判断は無理だからそこは教員が教えて、ボランティアとかやりながら道徳心を身につけるみたいな。まぁ肉体派ですね。
で、それぞれに一長一短があるというのが、若槻さんのおもしろいところです。つまり「人々の思いにそわないのはあかんやろ」とか「道徳心はあかんやろ」とかいう切り捨て方をするのではなく、「ここは大事だけど、これはこわいですよね」みたいな形で、それぞれに評価をつける。で、シティズンシップ教育はそれらの「せめぎあい」だと。この「せめぎあい」という感覚が、プラグマティックなわたしにはピッタリとフィットします(笑)。で、そのバランスのいい場所に「人権教育」がある。
と考えると、「人権教育はこう!」みたいな硬直したものの考え方ではなく、よりよいバランスの中に「人権教育を見つける」ことが可能になるのかな。
そんなことを考えました。
しかし、脳みそ使って疲れました(笑)。