はっきり言って、ここしばらく、毎週ゲンコを書かなきゃならない感じです。でも、そんな合間を縫って、採点とか成績処理とかプリント作成とかいう雑務が山のようにあります。ちなみに、雑務のほうが本務です(笑)。
で、昨日タイトルをつけただけのゲンコ、どうするかです。
とりあえず今日はビョーインの受診日なので、朝はゆっくりしたかったけど、いつもの時間に目が覚めたので、PCをひらいてパチパチやって、ビョーインの待合室でパチパチやって、出勤の途中でパチパチやって、職場に着いてパチパチやったら、あら不思議、できちゃいました。まぁ、かなりの部分が子どもの文章のコピペですが、それがもともとの文で、わたしの文章はつなぎでしかないというのが今回の趣旨なので、それでいいでしょう(笑)。
ということで、来週へ向けたゲンコだな。これがしんどい…。
カテゴリー: work
応答的かかわりと教職員の子ども理解
今日からは期末試験です。でも、台風です。しかも、今日は「生徒指導・人権教育研修会」です。さてさてどうなる。
職場に着いたら副支店長がいたので「今日、どうします?」と聞こうと思ったら、向こうから「今日、よろしく」とのひとこと。あー、中止にする気はないんだ(笑)。「台風やしねー」というと「子どもは関係あるけど、わたしらは関係ない」とのこと。そりゃそーだ。
てことで、カントク2発こなして、さっくりおべんと食べて、駅まで迎えです。駅からあらわめたのは、住友剛さん。住友さんには3年前にしゃべってもらいましたが、今回は職場で話してもらおうと。ちなみに、はじめてお話を聞いたのは何年前だろう。教組の学習会で聞いて「おもしろい人がいるな」と思ったのでした。でも、その頃は「子どもの人権はまだ先の課題」と思ってました。なにせ、目の前にムラの子や在日の子がいて、「そっちだよ」と思ってましたからね。もっとも、「子」である限りは「子どもの人権」のターゲットなんですけど、それはそれってことで^^;;。
そんなわたしが、なぜ3年という間隔ではあっても住友さんに来ていただきたいと思ったかというと、まさに「同和教育の継承」なんですよね。
もちろんマクロレベルでいうなら志水さんのスクールバスモデルとかあるんだけど、個々の教員にあの話をしても「だからどうなん」ってなっちゃう。簡単に言うならば「マネージメント」の話なわけです。いや、小中なら可能かもしれないけど、教職員数が多く、しかも組織的にバラバラで、しかも価値観もバラバラな京都の高校現場では、あんなのは支店長レベルしか実現できません。もちろん、それをサポートすることは、わたしたち「ヒラ」でもできますけどね。
それに対して、住友さんは「リフレーミング」なんですよね。わたしたちの枠組みを少し変える。それは個々の教員ができる個人の営みです。で、いま、それがうちの職場には必要なんじゃないかと。なぜなら、「自ら考える子ども」を育てたいと言ってるんですから、「考えを聞く」ことが大切なんですよね。
そして、それが「応答的かかわり」なわけです。
てことで、講演開始。
とにかく、話がていねいです。レジュメも親切。読むだけで講演内容がわかります。てことは、なにを話しするかが完璧にできてる。しかも、facebookで昨日の夜というか今朝方つくられたのはわかってますから、つまり毎回対象で変えておられるわけです。すごいな。そして、話がわかりやすい。ていねいなレジュメをていねいに追って行かれます。そして、終了が、ジャスト90分。さすがは大学教員!
と思った瞬間に、「あー、学部生相手に話をしてる感じね」と納得。まぁ、大学卒業して何年も経ってる高校教員なんざ、学部の教養レベルですよ(笑)。
てことはおいといて。
結局、「応答的かかわり」ってなんだということです。
わたしの直感でいうなら、例えばスキーですね。スキーは雪面を無視してできるスポーツじゃない。だから、常に雪面からのフィードバックに神経を研ぎすませて滑ります。あるいは、バイク。バイクも路面とタイヤの摩擦で走ってるわけですから、その摩擦の変化に敏感でなきゃ走れない。相手となるものの変数の変動域が大きくなればなるほど、その変化に敏感でなきゃ成立しない。そこが、できるだけ変化をなくして一定の条件でやろうとする他のスポーツとの違いです。
で、生徒はというと、こんなもんPDCAサイクルなんて「なにそれ?食べもん?」くらいに条件は変動します。しかも、マスとしての生徒と個々の生徒もまったく違う。これを十把一絡げにして「生徒たち」ととらえて、なにができるかということです。このことを言い換えるなら、「子どもを色眼鏡をかけて見るな」ということです。あたりまえのことです。
そう考えると、やはりあたりまえのことをあたりまえのこととしてやるという、あたりまえのことなんですよね。
でも、そのあたりまえのことが、なかなかできない。あるいは、したいけどさせてもらえない。そんな「わたしたち」が、元気をもらえた講演だったことが、みなさんの感想文を読んで伝わってきました。
もっとも「理想論」とか「いい子でしか成立しない」とかいう批判を書いておられる方もおられましたが、あの人「かば」の舞台の中学校でアドバイザーやって立て直すのに協力してるんだよね。なので、きわめて実践的な話なんだけどね。まぁでも、「かばの舞台」と言っても、わからんだろうけどね…。
そうそう。質疑応答の中の「アクティブラーニング」の話もおもしろかったな。「どこがアクティブになっているのか」という問題提起。「アクティブな沈黙」は「ペラペラの動き」よりも頭の中はアクティブ。
それですよ、それ。だから、ワークショップはキライなんですよね(笑)。
多文化な小学校
今日は某人権教育研究会のお出かけ研修の日です。今日おじゃまするのは「大阪市立南小学校」です。なんでも、在籍してる子どもの45%が外国にルーツがあるとのことです。まぁ、そりゃ、学校の所在地がミナミですから当然です。
ちなみにこの日の交渉は、今日のためでした。あの時感じた「伝わってほしい感」はみなさんに伝わるかな。まぁ、山崎校長のことだから伝わるでしょう(笑)。
朝、あいさつした瞬間
「せんせいのこと知ってる人、何人か会ったで」
とのこと。はい、すみません^^;;
午前のプログラムは、山崎さんから学校の概略を聞いたあと、授業見学です。日本語教室も普通の授業も、すべて見せてくださいました。外国にルーツのある子が、日常の風景としてそこにいる。それは、ほんとうはどこの学校でもあることなんだけど、でも、子どもたちが顕在化していることが大切なんですよね。一度5年生のどこの国の子なんだろ、目線が絡まって、思わずニッコリ会釈したら、向こうも「やれやれ」という感じで会釈してくれて、授業にもどったり。「物珍しく見られてる」と感じたのが、はたまた「珍しいヤツに見られてる」と感じたのか。ま、おもしろい。
それにしても、カリキュラム的にむずかしいのはわかるんだけど、カタカナの名前をひらがなで表記してるのは笑いました。
で、昼ごはん。混ぜソバの店で食券買いかけたけど、やっぱりやめて「明治軒」へ。おいしいオムライスをいただきました。
午後はいよいよ山崎さんの講演です。
まずは「目撃!にっぽん ーさやかとりきー」の視聴です。抜粋かと思ったら一本まるまる視聴したのは笑ったけど、でも、一本まるまる見ないとわからんわな。
その後、南小学校の子どもたちが置かれている厳しい状況と、それによって奪われる学力の問題が話されました。そこから学力保障のとりくみへと話は進んでいきます。みなさん、ウンウンとうなずいておられる。まぁ、ここまでは、その気になれば京都でもできないことはない。でも、南小学校の真価はここからなんですよね。
「これだけじゃダメ」と「アイデンティティ保障」へと話が移っていきます。だから言ってるじゃん。大切なんだって。どれだけ学力をつけようとしても、「我々はどこから来たのか 我々はなにものか」をたどることなしには「我々はどこに行くのか」にはたどり着かないんですよね。これまでのありとあらゆる講師さんが、話し方は変えこそすれ、みんなが言ってこられたことです。
さらに山崎さんは「これだけじゃない」と。「学校の外にも場が必要」となっての次のとりくみが「minamiこども教室」です。まさに隣保館学習会です。あるいは「サンプレイス」です。そうなんですよね。学校と家の間に、ひとつ必要なんですよね。それは厳しい生活を背負っている子どもになればなるほどです。その場は、一見「勉強の場」にしか見えない。もちろん学力保障は大切です。でも、それだけなら、子どもたちはお客さんです。実は「勉強」するフリをして、もうひとつやっている。まさに「我々はどこに行くのか」なんでしょうね。
そして、最後に山崎さんが語られたのが「識字」でした。識字で出会ったムラのおばあちゃんの話です。やはり、そこに原点がある。
理論とか「べき論」からはスタートしない、まさに「差別の現実から深く学ぶ」という解放教育の実践にどっぷりとつかれた1日でした。
今年はていねいに
ここ数年、ずっと殺伐とした気持ちで人権担当をしてきましたが、ほんとに残り年数が数えるほどになってきて、しかも今まで3年間やってきたこともできなくなって、一からやり直す感じになっちゃいました。
じゃ、立て直そうと。そのためにはどうしたらいいか。府教委のというか文科省のというか、とにかく先を見通した人事の計画をしてこなかったツケがほんとに来ています。でも、しかたないです。そのケツを拭かなきゃ、先はない。
なんか、そんな感じで、今年は積極的に打って出ようかなと。なので、1学期はかなり精神的脳みそ的に忙しいです。なにせ、人権学習は各学年を別日程で組んでいて、しかも1年生は1時間ものを2回組んでいるから、都合4回あるわけです。そのうち2回はわたしがプレゼンして、1回はゆきみちゃんの講演。そして、あと1回が来週にあります。これは担任さんにやってもらいます。ネタは「多様性カード」です。うちのガッコのオリジナル教材です。何年か前にK田さんにものすごくお世話になりながらつくった教材です。でも、たぶんはじめての人にはわかりにくい。なので、今日の放課後に勉強会です。とりあえず担任のみなさんの前でやってみる。
いちおう14枚のカードにプラスして「こんなカードもあるよね」というのを追加です。ひとつは「興梠/李」カード。もうひとつは「JAPANESE ONLY/SAY NO TO RACISM」カード。そしてもうひとつがリオオリンピックのときの「公開プロポーズ」カードです。もちろん裏はヘテロで表がレズビアン。こうやって、同じ内容でありながら属性の違いで非対称であることを伝えると、たぶんわかりやすいはず。
まぁ、そんなことを考えながら準備をして、そしてやってみました。
前なら「プラスするカードは自分で考えて」って言ってました。でも、今年はやめました。だって、考えたことのない人は、そもそも考え方がわからない。それは生徒も教員も同じです。逆に、左利きの人の生きづらさは、考えたことのない人にはわからないけど、でも、右利きであっても「わかろう」とすればわかる。そして、なぜその生きづらさがあるかというところまで深めると、他の「生きづらさ」とつながるところがある。それを関連づけることを、わたしはずっとやってきました。
できれば、そうやって考え生きてきたことを伝えたい。だからこそ、あらためて「わたしはこう考えてるよ」「わたしはこんなふうに世界を見ているよ」ということを、この教材を通して伝えたいなと思ったのです。
そしてなにより、この教材を使って子どもたちと一緒に楽しんでほしい。多様性を考えること、人選を知り考えることの楽しさを経験してほしいなと思いました。なので、「どうしよう…」という不安を少しでも減らそうと。
さてさて。
どうなるかな…。
ゆきみちゃんの講演
今日は2年生の人権学習。ゆきみちゃんの講演です。さてさてどうなるのかな。
とにかく、朝からずっと準備でバタバタ。わたしは協調性がないから、準備はひとりでやるのが性に合ってます。その代わり、片づけは任せますけどね。
で、同僚の車で駅までお迎え。合流して、プレゼンの準備です。
で、あっという間に講演の時間が来ました。
ゆきみちゃんの話、子どもたちに伝わるかな。
前から考えてることですが、強烈な被差別の経験がある人、もちろんおられます。が、すべてのマイノリティが強烈な被差別体験をしているわけじゃない。表面上はうまくやっている人の方が多いんじゃないかな。
でも、うまくやるために、マジョリティの人よりもより多くの労力が必要だったり、場面によって自分を使い分けたり、あるいはたまには自分を偽ったり、心をフリーズドライさせたり。そして、自分を隠したり。そんなことをしなくちゃならない。
わたしはそんなことを強いる社会が「差別社会」だと思っています。そして、そんなことを強いながら「気にせんでええやん」と言うことを「差別に加担すること」と思っています。
で、これ、別に「マイノリティ」と言われる人だけじゃなくて、マジョリティとされる人の中にもいる。だからこそ「差別社会」なんです。
でも、これ、なかなかわかりにくい。その一因は、例えば「いじめ」と「差別」を同じとみなすからです。つまり「差別とは行為である」ということです。たしかに、小さな子どもに対してはわかりやすいかもしれない。でも、わかりやすさの中にはウソが混じる。そのことに自覚的であればいいけど、そんな混じったウソを信じたまま大きくなった人が差別について語る時、それが「行為でなければ差別でない」と伝わる可能性が大きくなる。そしてそれは「社会のありようとしての差別」をないことにしてしまう。
で、まさにいまそうなんじゃないかと思うのです。でも、これを伝えることはなかなか難しい。なぜなら、「わかりやすさ」の引力はとても強いからです。
だからこそ、ゆきみちゃんかなと。「行為としての差別」も語りながら、そこに回収されない「社会のありようとしての差別」も語り、そして自分のマイノリティ性とマジョリティ性を自覚的に語る。さらに、ダンス教室の子どもの話ある。
ゆきみちゃんは、そんな自分の経験と、経験から考えたことをたっぷりと話してくれました。なんか、何度も涙が出てきました。それはたぶん、「わたしの知らないゆきみちゃん」を持つゆきみちゃんとわたしは、それでもいろんなことをやってきた「なかま」だからなんだろな。
ゆきみちゃんが伝えようとして子どもたちに伝わっていないことはたくさんあると思います。それを間に立って伝えるのが、わたしたち教員の仕事です。
なので、明日の授業が勝負だな(笑)。
まぁこんなもん→なぜにここまで
朝、猛烈に眠くてしんどいけど、なんとか起き出すことができました。にしても、午前一時半にUNOやるか^^;;
で、コーヒー2杯と朝ごはんを食べて、またまたコンテスト会場へ。予選結果を見ると、予想通りです。まぁそんなもんでしょう。てか、予選通過したら他の学校の子らに怒られるというものです。
でも、うちの子どもたちにはここからあとの真剣勝負を見てほしい。こういう世界があるってことを知るだけでも学ぶものはあるでしょう。わたしは性に合わないけどね(笑)。
で、わたしはロビーでお仕事です。なんしか、どんどんやっていかないと、どうしようもありません。そんなこんなで、夕方前には閉会式も終わって、無事解散。
さてと。どこから電車に乗ろう…。しばし迷った後、中書島まで行くことにしました。距離にして3キロくらいかな。でも、ほぼ平坦なはずだから楽勝でしょう。結局15分くらいで行けました。で、電車に乗って着いたのは鶴橋。何が悲しくて日曜日の夕方に鶴橋まで来るのかとは思うのですが、しかたないです。
とりま、鶴橋デビューです(笑)。
ここからまたまた20分くらいケタぐりまくって到着したのは新京愛館というお店。ここでNPO法人クロスベイスの結成記念会があります。まぁ、呑み会です。なんでこんなことになったかというと、この日の謀議で巻き込まれてクロスベイスのアドバイザーになってしまったと。しかも、この日にKうさんを巻き込んでしまって、Kうさんもアドバイザーになったと。そりゃ行かなきゃしゃーないです。ただ、問題は鶴橋にはもうひとつNPOがあるんですよね。「こことケンカしないでね」というのが、わたしがアドバイザーを引き受けるときの条件でした。でも、そんなことは杞憂でした。監事にはCヌンさんがおられました。よかった。
それにしても、みなさんの自己紹介がおもしろい。とにかく、商店街の人からお坊さんから教員から、もういろんな人がいろんな形でかかわっておられるみたいです。この人脈の広さはなんなんだと。てか、隣に座られたの角岡さんやし(笑)。でもまぁそれがSンオさんの生きてこられた軌跡なんでしょうね。とにかくゲラゲラ笑いながらの自己紹介が終わったら3時間経ってました。
で、帰らなきゃと思ったけど、「行くぞ」と言われて「じゃ、1時間だけ」とか言う自分が情けないです。結局終電まで呑んでましたよ^^;;。
今日明日と放送コンテストです。
が、例年のように並行して全国在日外国人生徒交流会の事前合宿があります。いつものようにワヤです。
で、交通機関はいろいろ考えた末、やはり電車にすることにしました。が、JRで行くか近鉄で行くか。近鉄は少し近い。でも、JRは定期があります。やはりここはJRですよね。じゃ、駅から現地へは?やはりキックボードですね(笑)。
てことで、朝早くから移動開始です。
受付とかすませて、子どもから「せんせい、どの会場に行きますか?」と言われたので「ロビー」と答えたり。
わたしはドキュメントの指導はできるだろうとは思いますが、読み部門とかムリです。あれはあれで、独特な世界があります。まぁ「競技朗読」みたいな。に対して、ドキュなら、まぁ「問題の所在→先行研究→調査→考察→結語」でいけます。あとは技術的な問題ですか。で、番組部門はすでに結果が出てるわけですから、結局行くところもない。というか、仕事がたまってますから、そいつをやっつけるしかありません。このあたりが体育会系とは違うところかなぁ。いや、マジメな顧問なら体育会系になるかもしれんな。というか、わたしみたいなえー加減な顧問だから、万年勝てんのか(笑)。
で、なんとなくコンテスト1日目終了。
ここから、またまたキックボードで駅まで行って、東九条へ。ちょうどみんな集まってきたところです。とりあえず、みんなの自己紹介を聞いて、参加者のエスニシティを把握します。そこから今晩のメニューづくりです。朝鮮と中国とフィリピンはすぐに決まります。ちなみに、チャプチェと水餃子とアドボです。問題はパキスタンとペルーです。とくに、ペルーは「アヒ・アマリーヨ」がなければなにもできません。また、パキスタンカレーも時間がかかります。どうしたものかと考えたけど、ペルーは「ロモサルタード」、パキスタンカレーは圧力鍋を使ったものにしました。
あとは、切ったり貼ったりしてるうちに、2時間くらいで完成。うまい!
あとはみんなで和気あいあいの時間です。教員は力水を飲みながら情報交換。子どもたちは銭湯に行ったり。夜も更けてきたところで、再度話し合い。でも、わたしはなぜか皿洗い(笑)。まぁ、わたしのスタンスはそんなもんです。こういうことやってるから、コンテストも万年。勝てんのか(笑)。
まぁでも、「競技○○」ってのは、つくづく性に合わないですね。たしかに、例えば「基礎スキー」の世界にも「技術選」みたいに「競技性」を持ち込むことでエキサイティングな世界が生まれるわけですが、そして魅力を感じはするのですが、やはり「性に合わんな」って思ってしまうんですよね。まぁ、もちろん「やってから言え」って話なんですけどね。
あー、でも、それに近い世界はあるな。「おべんきょ」か(笑)。
午後に空き時間のある人→想定外
今日も眠いです。が、今日の午前は模擬試験のカントクです。なので、楽は楽です。問題は眠いことです(笑)。なので、寝ないように、教室の中をウロウロ。となりの教室ではカントクやってるのが担任で、なぜか掃除をしてました。まぁ、定期テストのカントクとは、緊張感がまったく違います。
で、午後からは採点の祭典です。いちおう全教員で採点するんですが…。
職員朝礼のときに「午後、お手すきの方は早めに採点を」とアナウンスがあったのですが、そんなことを言われたら授業がない人はとりあえず「行かなきゃならんな」と思っちゃいます。少なくともうちの職場は「自分個人の仕事よりも全体の仕事を優先する」という風土があるので、みんないくのですが…。
採点終わってから、「あれ、変だよね」と。なぜなら、午後に授業がない人は午前は授業をしています。全体のバランスで午後があいているわけで、そんな人に「あいてるなら来てね」っていうことは、「まる一日模試にかかわれ」ってことで、さらにそれは「個人の仕事はできないよ」ってことなんですよね。
ちなみに、午前に授業がなくて午後に授業がある人は、カントクも採点もなしです。
まぁ、ダラダラ遅くなるのがイヤだから早めの採点にしてて、それはまったく賛成なんだけど、なんだかなぁ…。
てことで、ほとんど休憩とらず9時間ぶっ通しで働いて*1、電車に乗って京都駅へ。待ち合わせ時間よりも少し早めに着く電車なので、待ち合わせ場所で、しゃがんで読書です。教育委員会の人だから、見た目は固い人で男性の上司でも連れてくるのかなーと思ってたら、ぜんぜん固くない女性ふたりが来られました。てことで、飲み屋にさそってm(_ _)m、わたしひとり飲みながら打ち合わせです。
楽しかったけど、あとで考えると、メッチャ悪いことしたな^^;;。
まぁでも、たまにここ見てたり、風のうわさで「呑むヤツ」って知っておられたみたいで、覚悟はあったみたいだからええか(^^)
*1:8時〜17時。休息とか休憩ってなんですか?ってのが教員の世界。定時に帰るわたしですら、7時間45分の勤務ではないという、妙な世界です(笑)。ちなみに、高校ははるかにマシで、小中はもっともっとすごいです。でも、高校より給料は安い。
ほんとになにもでけんな
毎週月曜日は授業が4時間と会議が1時間。そこに授業に付随するいくつかのことをすると、ほんとに事務作業がなにもできません。まぁ別に「忙しい」わけじゃないです。そもそもできないから、忙しくすらありません。
というか、考えてみると「忙しさ」ってなんなんだろう。「単位時間あたりの仕事量が多い」のが忙しさなのか、「単位時間あたりの仕事量は少ないけど仕事時間が長い」ことが忙しさなのか、「仕事の絶対量が多い」ことが忙しさなのか、それとも「休憩までのインターバルが長い」ことなのか。わたしにとっての「忙しさ」は「単位時間あたりの仕事量」なので、雑務ができない、例えば試験カントク中なんてヒマなんですよね。その代わり、カントクが終わったら馬に蹴飛ばされたように忙しくなりますが。
なので、授業しかない日は忙しさは感じないです。でも、「なにもできなかった」という焦りはありますね。
まぁ、明日まわしか(笑)。
放課後は放送部のラジオドキュメントのチェック。「sound engine」と「radio line」という、とても便利なソフトの組み合わせでつくってるので、ほんとに自由自在ですね。かつてサンパチキュートラでつぎはぎしてたころからは夢のようです。
で、帰りに中央郵便局に寄って投函。なんか、おひとり、国際郵便のことを質問しながら、延々とカウンターを占拠しておられるファンキーなおじさまがおられたけど、いつまでやってはるんやろと思いながら家に帰ってビールを飲みましたとさ。
久しぶりに本気を見た気がする
朝、やはり眠たいです。かなり限界に近いけど、試験監督が2発あります。とにかく動きまわって眠気覚まし(笑)
その後、採点の残り15%をやりきって、採点終了。息をつく間もなく荷物を背負って殿舎に飛び乗りました。向かうは府の教育センターです。今日は「人権教育部長(主任)会議」とやらがあります。
そういえば、昔は「同和加配会議」が毎年開かれていて、京都府内の全加配教員が集まってましたが、法切れに伴って「支援加配」になって、気がつくとそんな会議もなくなっていました。まぁ、15年ぶりの復活というところでしょうか。
てことで、センターに行くと、いきなりSうかつ指導主事が「ちょいちょい」と合図。「なんですか?」と行くと「あんな、今日は質問せんとってや」とのこと。あのね。あれはサクラやっちゅうねん(笑)。まぁ、しょーもない話がしたかったんでしょうね。
で、会議開始。京都府全域から400人近くの教員が集まっているとか。たしかにホールがほぼ満席です。
まずは教育監のあいさつ。なんか、自分の現役時代の話をしてます。ベタベタの実践です。まぁ、同年代ですから「あの頃やなぁ」と思いながら話を聞いていました。
続いてSうかつ指導主事による「趣旨説明」。なんか、うちのギョーカイでは「3法」というそうですが「部落差別解消推進法」「ヘイトスピーチ解消法」「障害者差別解消法」を指すらしいです。なんか「サンパ」って昔言われたことがあるなぁとか思いながら聞くのですが、話の中には、さらに「子どもの貧困」の話とか「性同一性障害の文科省通知」とか出てきて、時代も変わったなと。さらに「LGBT」まで出てきて、なんというか…(笑)。でも、そこここに「長く潜ってきた」人権が息を吹き返した感じが伝わってきました。これは、府教委、本気だなと。
お次は中学校における実践発表。小学校や地域とつながるいい実践です。話を聞きながら「ええなぁ」と。でもまぁ、高校では難しいなと思ったり、いや、本気でやればいけるかもと思ったり。まぁ、一番のネックは、わたしは本気で学校にかかわっていないということでしょうね。いろんなことに手を出しすぎですわ。
で、志水宏吉さんの講演。テーマは学力保障です。もう、専門どストライクです。実は志水さんの話は何度か聞いているし、本も読んでるし、もっと言えば2000年代初頭の「学力低下論争」の頃から学力問題をずっと追いかけてきたし、そんな関係で鍋島さんと呑んだりもあって、わたしにとってもなじみの世界です。今回の話の中では新しい知見はあえて出されなかったのかな。まぁみなさん「へー」「そうかぁ」「なるほど」と聞いておられたから、みなさんにとっては新しい話で、最先端の話をするとエッジが効き過ぎるのかもしれません。でも、わたしにとっても「復習」にもなったし、話がこなれていてすごくわかりやすくて得るものが多い講演でした。質疑応答の中で、「中学校から高校に行ってやめてしまう子がいる」という話が出てきましたが「self esteem・学習習慣・目的意識の3つのハードルが次々やってくる」という話もストンと落ちました。
おわりの室長の話も気合が入ってます。いや、いつも気合の入っている人なんですが、ほんとに気合が入ってました。
とにかく3時間半の短い会議でしたが、メッチャ元気がもらえる半日でした。
そんなふうに思いながらの帰り道。参加者とおぼしき若い教員が携帯で話をしているのが聞こえてきました。
「なんか、難しい話で全然わからなかったからずっと寝てた」
えーと。
わからないからこそ聞くんですよ。それは、わたしたちが子どもたちに常々言っていることです。「お前、寝てる子、怒るなよ!」という気持ちと「子どもの気持ちがわかったか?」という気持ちと「本気で継承しないとアカン」という気持ちが入り混じった帰り道でした。
なんしか、今度、Sうかつ指導主事に「こんな人いましたわ。同和教育の継承、ほんまにやらんとあきません。もっともっとやりましょね」って伝えよう。