総会

今日は午後から某在日外国人教育関係の総会です。なので、総会会場へ。ちなみに、総会と言っても、15人くらいしか出席しない小さな会議です。
まずは総会。でも、その前にお昼ごはんです。

盛岡風冷麺です。すでにほとんどネンミョンではありません(笑)。
総会は司会があたりそうになったけど、そこは巧みにパスをして、単なる参加者になりました。で、つつがなく総会も終わり、本格的な論議の時間になりました。
はっきり言って、今の運動を続けていくのはきついです。もちろん、「運動」なんていうのは死後なのかもしれませんが、やはりやってることは「教育運動」であり、アクティビストではないにしろ、実践やってる人間としては、これまでの「遺産」は、次に受け継ぎたいです。てか、ほんとは遺産じゃないです。いまさまざまな新たな問題が起こっていて、そこに迅速に対応しているのが「わたしたち」で、ほとんどの教員/学校は鈍感です。まぁ、適格者主義のなれのはてとして、日本国籍を持たなかったり在留資格を持たなかったりする子どもたちは「資格がなかった」=「さかたない」存在なのかもしれません。でも、「わたしたち」はそうは考えない。そんな思想や行動を継承したいと思うし、実はそんなことをやるのがおもしろいんですが、どうにも「適格者主義」からはずれようとしない人々が蔓延していて、ほんとにマイノリティだなと思う昨今です。
てことで、かなりハードでディープな話をかわして、会議も終了。そのあとみんなは飲み会です。わたしも少しだけ一緒にいたけど、さすがに連日の呑み会でしんどいです。今日は早々に退散しましょう。
お家に帰ると、ダイソンのモーターヘッドが届いてたので、ほんの少しだけお掃除(笑)。
さてと、ケンミンショーを見たら寝ましょうか。

「マイクロアグレッションとは何か」

今日は某人権教育研究会の総会です。なので、少し家でゆっくりしてスタート。
午前は、いわゆる総会です。かつてのようにドンパチやったり、選挙で不信任が何人いるかを競うなんていう時代じゃなくなったので、楽といえば楽ですね。
で、午後は記念講演。タイトルは「マイクロアグレッションとは何か」。講師は金友子さん@立命館大学です。
おそらく、ブログで「被差別体験のインフレーション」をはじめて使ったのはこの時なんじゃないかと思います。でも、実はもっと前から思っていて、それは例えば、かつて人権学習で来てもらった講師のみなさんの選定基準みたいなものに自分で疑問を持つようになったあたりなんじゃないかなと思うのです。そんな中で、うちの人権学習では「有名どころ」にお願いするのではなく、より微細な「トゲ」について話してもらうようにお願いする方向へと舵を切ることにしたんですよね。そんなおりに、「ヴァルネラビリティ」とか「マイクロアグレッション」とかいう言葉を知って「これや!」と思ったという次第です。
わたし個人はずっとこのあたりのことを考え続けてきましたが、当然のことながら「某人権教育研究会」の人たちは知らないだろうと。なので、少しずつネタを話し続けて、ようやく「Time has come」となって、念願の金友子さんをお呼びするところまできたということです。
で、講演の中身は、おもしろかった!
まずは「わたしのモヤモヤにつきあってください」からのスタートです。これがいいです。たぶん、日本におけるマイクロアグレッションについての考察は、そんなに進んでいないのかな。というのは、例えばアメリカにおけるレイシズムと日本におけるそれは、それなりに同じところもあるけど、ずいぶんと違うところもあります。なので、アメリカにおいて考察が重ねられたマイクロアグレッション概念を直輸入しても、たぶんそのままでは使いにくい。さらに金さんが金さんであることも関係しています。まさに「我がこと」としての経験は、とてもわかりにくい。それはおそらくSueさんもそうだったんだろうなと思うのですが、金さんもそうなんだと思います。
そんな金さんが立てた問は「「日本語おじょうずですね」は差別か?」です。
そこからはじまって、ヘイトスピーチやヘイトデモへと話は進み、「ジェノサイドの三角形」へと話は進みます。そして、その三角形の基盤をなす台形部分として「マイクロアグレッション」を紹介されます。そこからは、アメリカで進んできたマイクロアグレッション概念の説明や、マイクロアグレッションが当事者にもたらすものの説明をされました。それにしても、ところどころに入る「ちなみに」がおもしろい。もちろん、ここで入るのはご自身の話です。それが話に厚みとリアリティを持ち込みます。
そして、マイクロアグレッションがなぜなされるのかですね。そこにはステレオタイプや思い込みがある。
ただ、これ、むずかしいです。ステレオタイプや思い込みが、そのまま差別と直結するわけではない。でも、マイクロアグレッション概念を導入することによって、そういう「言葉」としての「武器」が生まれてしまう。そんな話を、「モヤモヤ」あるいは「グルグル」と話をされます。でもこれ、まさに金さんの実存をかけた話なんですよね。
さてと、最初の問へのわたしよ答えは、もちろん差別です。その前提には「単一民族信仰」と「排外主義」があるからです。でも、金さんはこういうステレオタイプな言葉は使われません。より微細な「関係」や、その「場」に埋め込まれた「あたりまえとされること」や「思い込み」をていねいに分析していかれます。たぶん、そういうことが、実は必要なのかなと。

で、講演の後の帰り道で、わたしから感想をば。
「ひとつの言葉が生まれるということは、そこにパラダイムの変換が起こるんですよね。たぶん、それは「ハラスメント」という言葉に代表されるのかもしれないけど、「マイクロアグレッション」もそういう役割を担っているのかなと思いました。つまり、従来は「考えすぎ」とか言われていたことに「それは差別だ」と言えるようになった。そこが大きいのかなと思いました」
みたいな。ついでに、わたしが経験したマイクロアグレッションを披露すると、爆笑されましたo(^^)o。

うまくいけたかな

今日はトランスジェンダー生徒交流会です。が、いつも使ってる集会所が使えないので、はじめて近くの障害者会館を使うことになりました。はじめてのところは使い勝手がわかりません。てことは、メニューが組めないということです。みんなでいろいろ論議をしたけど、最終的にはバーベキューということになりました。
みんなで集合場所に集まって、三々五々会場に向かいます。わたしは最終組で会場へ。と、1期生のKょうこちゃん登場!あいかわらずのオーラです。
でも、買い出し組がもどって来ないと作業が開始できません。ところが、今日は急がなきゃなりません。なにせ、地元の老人会のみなさんとの交流もありますからね。てか、12時半に来られるのに、12時の時点でなにもできてません。どうする?と、ここで、買い出し組がもどってきて、さらき大量の机とイスと屋根が運ばれてきました。地元のNPOの財産です。すごいです。ここから突貫工事で作業開始です。
てことで、なんとか老人会の方々を迎えることができました。やばいやばい。まずはいっしょにごはんを食べて、その後自己紹介。
い「自己紹介、みんなのぶんやったらメッチャ時間がかかりますけど」
老「それはしんどいな」
てことで、何人かの代表者を急遽つくって、その子らに話してもらうことにしました。でも、子どもたちの経験は過酷です。そんな過酷な状況をひとりでサバイブしています。そんな話が老人会の方々に届かないはずがないです。だって、老人会の方々も過酷な部落差別と闘ってこられたからです。
そんなこんなで、いい交流ができて、老人会の方々は帰って行かれました。ホッとしたところで力が抜けました。それでも、昨日の今日なので、ネンミョンを食べるのは忘れません。みんなでシェアしたので、少しずつですがね。

と、なんか気がついたら、車いすに乗せられてました(笑)。たしかに楽だし気持ちいいけど、なんか申し訳ないです。
その後、いつもの集会所にもどって、公式の自己紹介開始です。すでに時間は6時をまわってます。あまりに遅いと、せっかく老人会の方々に好印象をもってもらったのに水の泡です。でも、子どもたちは自己紹介をやめようとしない(笑)。結局、7時に強制的に終了させて、とりあえず解散です。
その後、大人と子どもにわかれて、それぞれが打ち上げに行きました。大人はいつもの「幸楽」です。が、ここで楽しく論議しながら飲んでましたが、ふと気がつくと、赤ワインをメッチャこぼしてました。そういや、パートナーから
「ワインこぼすなよ」
って言われてたからなぁ^^;

今年もやれた

去年から大きく変えたうちの職場の人権学習です。まぁその3年前に大きく変えて、それを少しだけ昔パターンに振っただけですけどね。でも、「少しだけ」ですね。特に1学期については1年生は大きく変わっています。かつては障害についてやってたけど、去年から「人権とは?」「多様性とは?」ってあたりをやってます。で、今日は去年に引き続き、「世界人権宣言」です。
午前に3発授業をやって、午後はセッティング。そんなことをしていたら、すぐに1年生が入ってきました。なので、約35分のお座敷開始。ちょいとネズミ関係のトラブルがあったので、いらない時間を5分ほど使ってしまい、少し焦り気味です。ま、しゃーないな。
今年の子どもたち、はじめはどうなるかと思ったけど、カウンターの話とか国連の署名の話とかをあえて入れていったら、途中からガッツリと食いついてくれたっぽくて、かなりうれしかったかな。
まぁ、教員がする話は聞いたことはあるだろうけど、「動く人」として自分のことを語る教員の話を聞いた子どもはそんなにはいないんじゃないかな。でも、動いてたら、ネタはなんぼでもあるんですよね。
ま、そんなこんなでほぼ無事に終了。「ほぼ」とういうのはネズミさんのトラブル分だけ後ろへズレこんだという(;_;)。

話のあと、ひとりの担任さんが来られて「ひとつ「ん?」と思ったことが」とのこと。
「ホームレスの人を排除するためのオブジェのことを話しておられましたが、もしも通学路にホームレスの人がたくさんおられてもいいんですか?」
と。もちろんわたしの答えは
「いいですよ。だって、犯罪をするわけじゃないから。もしも犯罪行為があったとしたら、それはその行為を罰すればいいだけのことで、ホームレスを犯罪予備軍として見ることは間違ってると思います」
です。
ま、そもそもホームレスを生むような社会そのものが問題で、そういう社会だから、ホームレスを犯罪予備軍としてとらえてしまうんですけどね。そして、その眼差しこそが、差別なんですよね。
ちなみにその担任さんは「たしかに犯罪予備軍として見たらダメですね」と帰って行かれました。ま、これからまだまだ時間はあるから、ゆっくりとやっていこうかな。

懐かしい音

朝、マダンセンターに行くと、四日市のおふたりは起きたところだったみたいです。
い「朝ごはん、どうしますか?」
T「なくてもいいですよー」
い「この、ちょっとだけ残った鈴鹿川、どうしますか?」
T「飲んじゃいましょう」
てことで、朝ごはんは日本酒でした(笑)。
その後、近鉄に乗って移動開始です。途中、丹波橋でやたら大きい荷物を持った人が乗ってきたなと思ったら、Aおひょんでした。長いつきあいやけど、同じ電車になったのははじめてやな。
てなことで、向かうはウトロ。今日は久しぶりの焼肉です。前の焼肉は…。この日ですね。そうか、おべんきょ成果を提出した日だわ。
最寄りの駅からウトロへ向かって歩きはじめます。明らかに下り坂。ということは、水は低きに向かって流れるので、雨水が集中するのは当たり前です。
やがて、ウトロに入ります。なんか、懐かしい風景と、新しくできた団地のコントラストがハンパないです。でも、今日の焼肉は、この団地ができたお祝いです。
考えてみると、日本の敗戦の瞬間から「ここで生きる」ための闘いがはじまったんですよね。はじめは米軍相手、次は日産車体、そして西日本殖産です。そんな中、ようやく安定して住める場所を勝ちとったんですよね。ほんとうに長い長い闘いでした。
到着したら、とりあえず集会所へ。なにせ、コンナムルつくってるメッチャいいにおいがしてます。
「アンニョンハシムニカ」
というと、当然のことながら
「コンナムル、食べ」
というお返事です。しばしモシャモシャいただいて、2階へ。サムルノリの練習しなくちゃね。
そんなこんなをしているうちにお昼を過ぎました。アカンアカン。放送セットの開始だわ。てことで、放送機材を取りに行ったりセットしたり。
そんなこんなでワチャワチャしているうちに、ボチボチと人が集まりはじめました。と、集会所の中から「ウトロの歌姫」が!当然のことながら、マイクを渡します。すると当然のことながらノレがはじまります。キョンナムさん、ほんとうに歳をとらはったなぁ。かつてはお富さんを歌いながら踊ってはったけどなぁ。てか、いつも「もう終わるで!」怒られながらも「いったれ!」とかやって遊んでたよなぁ。
やがて焼肉の開始です。でも、わたしは食べません。ひたすら待ちます。なにを?もちろんTにさんに買いに行ってもらってる○ビスです。その代わり、あちこちに行って、懐かしい人々とあいさつです。
「あんたも長いなぁ。水道の頃からか?」
「そうですね。その少しあとですね。もう30年ですね」
みたいな会話。やがてヱ○スが来たので焼肉開始。
そして、いよいよサムルノリの順番が来ました。今回は強力な助っ人がおられるので安心です。それにしても、純粋なウトロ住民はひとりだけです。そんな中、ウトロ農楽隊に数えてもらってるのがうれしいです。
サムルノリが終わると、農楽です。この雰囲気は、他では味わえません。ウトロの農楽は、踊るためにあり、歌うためにあります。だから、太鼓は目立つわけじゃなく、あくまでも気持ちよく歌い踊るための伴奏です。だから、ノレを聞きながらあうチャンダンを探して太鼓を叩きます。
一方、サムルノリは完全にチャンダンの順番が決まってて、合図にあわせてチャンダンを変えていきます。もちろんそこに「遊び」は入りますけどね。まぁ、聞かせる音楽です。ちなみに、わたしは農楽あがりなので、けっこう農楽が好きです。「お富さん」にだってあわせます(笑)。まぁ、サムルノリを叩きまくれるほどうまくもないし、そもそも練習してませんからね。
でも、今回は、わざわざ太鼓を演奏しようとして来てくださった方がおられて、ちょっとそこでパッティングしてしまいました。やはり打ち合わせしておかなきゃならなかったんだな。
てことで、ノレも出なくなったことなので、太鼓も終わり。あとは焼肉の続きです。Tにさんが買ってきてくださった赤ワインをグビグビやりながら肉をつついていたら「片づけるから続きはあっち」とか言われてそちらに行くと、ちゃんへんさんが声をかけてくださいました。ありゃ、認識されてた^^;。うれしいですね。
そうこうするうちに暗くなってきました。と、放送機材も車に積めたとか。じゃ、返しに行きますか。
いろんなことが終わったら、すっかり夜です。とりま、ウトロにもどって忘れ物をピックアップしたりして、そのまま卒業生の車で北へ北へと。
い「お腹減ったなぁ、ラーメン食べよ」
卒「いいですよー」
い「天一行こ、天一
ということで、なぜか小倉をパスして竹田まで行きました。天一でお腹をふくらませたら、そのまま京都駅をパスして、うちまで送ってくれました。
卒「京都駅でおろして、あとがどうなるか心配するより送ったほうがマシ」
とのことです。ほんとにすんません。
そんなこんなで、長い長い2日間が終わりました。

偶然だらけのおさんぽ

今日から明日にかけて、四日市の皆さんの迎撃作戦です。
そもそも決まったのは昨年末のことでした。その時は、新年度あけてあまり遅くなると暑くなるよねということで今日にしたのですが、どうやら今日は真夏並みみたいです。やれやれ。
てことで、昼前に京都駅に集合して、とりあえず昼ごはんを食べようかと。ところが、京都駅は人が多い。とにかくここを脱出しないとなにもできません。「とにかくあっち」とだけ話して、スタスタ歩きました。なんでもみなさん「これから全コースこのスピードか?」と思ったらしいですが、そんなはずもないです。
さて、昼ごはんはどこで食べようと思っていたのですが、偶然にも今日は「東九条の春祭り」です。じゃ、昼ごはんはここだな。幸い小さいクーラーバックもあるからビールも買ってこられるし。てことで、豊かな昼食をいただいて、とりまマダンセンターへ。
まずは南コースです。パッチギゆかりの地から40番地跡、エルファ前を通って「わざわざ公園」を経由してマダンセンターにいったん帰ります。が、ここで異変です。「看板」が変わってます。まぁいずれ変わるだろうとは思ってましたが、やはり変わったか。ショックですね。
マダンセンターでは昔の写真を見てもらいながら、40番地のこととか、マダンセンター近辺の歴史的な背景をつかんでもらいました。
そして北コースから延々と続くおさんぽのはじまりです。まずは北岩本公園で「マンモス団地」をめぐる話。そして八条通りの「線引き」を見てもらって、オールロマンス事件ゆかりの地の「ひかり公園」です。そこから崇仁に入ります。まずは崇仁小学校の前で崇仁教育についてひとくさり。石碑を見てもらったあと向かうのは「柳原銀行記念資料館」です。と、ここでも偶然が!事務局長の山内さんがおられました。ラッキーです。「ちょっとだけ」とお願いして、資料館にまつわる話をしてもらいました。あいかわらずぶっ飛んでおられます。おもしろい!その後、七条河原町藤田敬一さんにまつわる話など。
お次は五条です。ここでは働く女性の話です。と同時に、もともと崇仁は「六条村」だったので、移転の話もほんの少し。なんというか、町のつくりって、いろんなことがまざって町ができるんだなと、あらためて思います。
そして、松原通りです。もともとここは「物吉村」だったので、そんな話。それにしても「物吉村」でググると3番目がわたしのブログかよ(笑)。その後、幽霊アメ本舗の前でひとくさり話をして、「清圓寺跡」を遠くから見て宮川町に突入です。
四条まで北上したところで、寺町に向かいます。「四若」が「四」であることの所以がここにあります。てことで、大雲寺の跡地のあたりでまたまたひとくさり。そして向かうは最終地点のひとつ手前、「八坂女紅場」です。ちなみに、ここに来るまでに「五條會館」「東山女子学園」と来てるので、その流れというものです。そして白川の風景で京都を堪能してもらって、タイムトンネルをくぐったところが「おたふく」です。
でも、おたふくはちょっとだけおあずけ。その前に「天部」の境界を確認しに行きます。そしてようやくおたふくへ。と、予定していた時間より早かったのでオープンテラスになりました。警ら中のポリスさん3人に「いいですね」と声をかけられるなど。のどかです。
お店に入るとまたまた偶然。かっくんです。偶然じゃないか(笑)。でも、かっくんがいてくれたおかげで、みなさんに「おたふく」を感じてもらえたんじゃないかな。でも、おたふくは1時間ほどで撤収。そのままうちの組合に向かいます。今日は偶然、組合の春の集いです。ここでタダ酒とタダ飯にありつきながら組合同士の交流を行うなど。
そんなこんなで、7時過ぎに終了。日帰りの人と京都駅で別れて、泊まり組とAっちゃんとでマダンセンターにもどって宴会の続きです。今回の首謀者Tにさんが持ってこられたお酒がうまい!「作」と「鈴鹿川」です。そんなのを飲んでるうちに寝てしまいました。

3年目かぁ

今日は大阪で会議です。この会議、3年前から出るようになりました。一昨年初めて参加した時のはこんな感じでした。つまり、日教組の近畿ブロックの女性部長会議ってことです。もちろん丸二年を経過したからと言って何が変わるわけではないのですが、それでも今年はメモくらいはとろうかなと。てことで、いちおうちゃんと会議に参加できました。
会議の中でおもしろかったのは、トランス女性を受け入れる女性部は案外多いということがわかったことです。まぁ、当たり前っちゃ当たり前なのかもしれませんが、それでもやはりおもしろいと思いました。
わたしの感覚では、女性部って、「女性」というだけの集まりではなく、女性ということでこの社会で被るさまざまな不利益に対して、集団として声をあげるためのものだと思っているんですよね。それは、「外部」だけではなく、組合内部においても同じことです。そのような女性に対して、トランス女性である「わたし」はどの立場に立つのかということが、わたしにとっては常に問われ続けていると思っています。だから、「わたしは女性だから入れてくれ」とは、とてもではないけど言えなかった。幸いにして、うちの組合はそんなわたしに対して女性部の人たちが「入り」と入れてくれたし、「女性部長しない?」と声をかけてくれたので、それに応えなきゃなと思って引き受けた結果として、いまのわたしがいるんです。でも、わたしが「問われない存在」になったかというと、それは違うわけで、やはり「問われ続けている」と思っています。そこには矛盾や葛藤や引き裂かれた思いや、さまざまな感情があるんです。
そんな話をしたら「それは女性も同じ」という発言があちこちから出てきました。「女性も矛盾や葛藤や引き裂かれた思いを持って女性部の活動をしてるんだよ」。なるほどなぁ。やはり「葛藤」がキーワードなのかなぁ。ふと「comingout story」の中でKまもとさんが語り、A久○さんやSっさんが「そう」と語ってくれたあのシーンを思い出しました。
そんな中で、ある人が「genderのこととsexualityのことは重なるところもあるけど、本来的には別のもの」と言い切られて、そのとおりだなと。さらに「あるマイノリティにすべての人権を負わせるのはやめよう」と。優しいなぁ(^^)。

会議の後はイタリアンのお店で昼呑みです。パスタおいしい。ピザおいしい。お肉もおいしい。ドルチェもおいしい。お腹いっぱいです。
それでも、兵庫のお友だちと合流して二次会へ。「お腹いっぱい」と言いながらもお酒と泡盛を飲んで、もうふらふらです。
てことで、18時に解散。まぁでもこの時間なら早めに帰れるな…。

いよいよテンパッてきた

今日は午後から某在日外国人教育関係の会議です。
てことで、朝起きて、しばしゴロゴロしながらNASにデータの転送して身体を起こします。その後、なんか、すんごいしんどいけどランニング。走っててわかってきたのが、だいたい5km〜6kmで身体の中のスタミナを使い果たすらしいということです。だから、25分〜35分で走るのがイヤになるんですね。でも今日はなぜか7kmばかり走りました。最後の2kmはしんどかったけど、逆にはじめの4kmは5分半くらいで走れたからよしとしましょう。
なんか、ランニング日記の様相を呈してきたな。

帰ってきたら昼前。なので、朝ごはんは抜きで、いきなり昼ビール。あかんな。

で、会議にgo。
会議そのものはそんなに長引くこともありません。が、個人的にはきつい。てのは、夏にあるその「某在日外国人教育関係」の会場が京都な関係で、いろいろ動かなきゃなりません。「地元には負担をかけない」ということなんだけど、やはりそういうわけにはいかないというか、地元の誰かには負担がかかるわけです。そのことがわかってない。というか、もっと言うなら、ここ1〜2年がわたしの正念場なんだけど、それを削がれるんですよね。
でも、そんなことはなかったかのように会議は進んで終了。うーん(;_;)。
ま、飲むか…。

走りとおべんきょ

走りはじめたのが、2月26日か。2.26ですね。そこから1ヶ月あまり、ほとんど毎日走ってます。で、気がつくと40分。今日は4kmコースをどれくらいのペースで走れるのか試してみるところまできました。結果は1km5分少し。かつてのジョギングペースまではきました。目標は、ここから35秒ほど早くすることです。まぁ、あと10ヶ月ほどがんばれば、なんとかなるでしょう。
問題はおべんきょですが、こちらもすこし気を散らしながらだけど、少しずつ進みはじめました。と言っても、全く足りてませんが…。
で、こんなことやってられるのは、実は一緒に仕事をしてる人たちのおかげです。
い「こんなやって、走ってばかりいてごめんなさい」
同「走って身体を鍛えるのも仕事です」
とのお返事。
でも、たぶんそういうことなんですね。走って身体を鍛えることが、結果としていい授業につながるというだけじゃなくて、そこそこええ歳したおばはんが身体を鍛えて、それなりのスピードで走れるようになるということが、少なくともグランドでクラブやってる子らとか、冬になって授業で走る子らにとっての「ロールモデル」になるんです。
それは「おべんきょ」も同じです。目の前で数学教えてる教員が「身も心も文系」とか言いながら「おべんきょ」してるということが、子どもたちへの刺激になる。より上のレベルの世界を子どもたちの前に展開することができる。単に「教師力の向上」なんていう即物的ではない世界と触れることもまた、実は教員がやる仕事のうちのひとつなんですよね。
そして、そのことを、うちの同僚は知ってくれてる。だから「仕事」と言ってくれるのです。
こういう世界は、現在、学校を覆いつくしてる「文書主義」の対局にある世界なんじゃないかと思います。でも、そういう「反文書主義」の世界が好きで、この仕事をしようとしたんです。そしてそれを肯定してくれる同僚がいる。

「廃棄」や「改竄」や「隠蔽」にまみれた現在の文書主義よりも、こちらのほうがはるかに健全だし、廃棄も改竄も隠蔽もできない世界だと、わたしは個人的には思うんだけどなぁ。

可視化の日

今日は午後からダイバーシティパレードです。
が、朝はやっぱりジョギング。昨日少し無理をしたから、今日はのんびりペースで走りましょう。ちんたら30分ばっか走ったのはいいけど、途中便意を催したのはたいへんでした。でも、たぶんこれ、ジョガーとかランナーのあるあるですね。
で、みんなで朝ごはんのケーキを食べて、大阪へ。
中之島に着くと、すでに集会ははじまってました。あちこちにおられる知り合いにあいさつあいさつ。
やがてパレード開始です。わたしが参加したのは、なぜか第3梯団。「EXCITED WOMAN」です。うーん、微妙だ。そういや、今回のダイバーシティパレードのofficial Tの「feminism for everyone」、ポチれませんでした。ほしいと思わないわけではなかったけど、わたしがfeminism と折り合いをつけるのは、もう少し先かなと。
で、歩きはじめたんですけど、かなり今回は目立ったかな。だって、今回はフラッグを3種類用意したからね。
まずは「トランスジェンダー生徒交流会」のフラッグです。

そして、わたし自身もtrans prideで。

ちょうど昨日は「トランスジェンダー可視化の日」とのことでしたが、職場以外の日常生活で可視化することなんて、そうそうあるわけじゃないです。なので、昨日は可視化しませんでしたが、その代わり今日は可視化しようかなと。
ちなみにもう一枚はレインボーフラッグで、Hりむさんにまとってもらいました。
歩きはじめてコールがはじまると、これまたひとつひとつに微妙に反応してしまいます。
「男も家事しろ」
は口ごもります。男じゃないけど、家にいないから家事ができない^^;
「わたしの身体に干渉するな!」
これはそのとおり。まさにわたしの身体をどうするかはわたしが決めることです。だからこそ
「わたしの身体に勝手に触るな!」
も、性暴力とは別の意味で大きな声でコールできます。そして
「女の問題、男が決めるな!」
は、やはり
「おかまの問題、男が決めるな!」
と読み替えざるを得ないですね。もちろんここでの「男」は、善意の「専門家」です。
てことで「女は楽しい」「女は最高」「女は完璧」は、すべて「おかまも楽しい」「おかまも最高」「おかまも完璧」です。だって、可視化の日ですからね。
ちなみに、まわりの女性たちが「ぶっ」と吹きながらも温かいエールを送ってくださるのがうれしかったです。でも、ひとりでコールしつづけるのはしんどい。と思ってたら、Hりむさんが一緒にコールしてくれました。そんなわたしたちにKんみんさんが「君たち、混乱させないように」と言ってくれるのはお約束です(笑)。
そんなこんなで、パレードも楽しく終了。

当然その後は呑み会です。なんだか呑んだ拍子に絡んでしまって、とても失礼というか傷つける発言をしてしまった記憶だけはあります。ごめんなさいごめんなさい。でも、ここで謝っても読まれてないだろうな。
で、梅田まで帰ったところで、なぜか二次会。ここでひとしきり呑んで、新快速に乗って目が覚めると山科を出るところだったのもお約束です(;_;)。
やれやれ…。