「あ、木梨さんだぁ」→心に刺さるムラ

起床は7時。せっかく三次まで来たので走りましょう。ということで、ホテルから川を目指します。なんでも、三次の町って3つの川が合流しているらしいです。となると、すべての橋を渡りたくなるというものです。
まずは馬洗川に到着。ここから川沿いの道を走ります。寒い。手が冷たくなるような気温です。軍手持ってきたらよかったかもというくらいです。川の左岸は、ピンとこないですね。新しい町の感じです。と、だんだん町並みが古くなって、やがて神社が出てきました。なるほど。ここで西城川と合流しますが、そっちの橋を渡らずに、さらに先に進みます。なんでも今日の夜に花火大会があるそうな。本来夏にあるんですが、災害のために延期になって「災害復興花火大会」らしいです。あちこちで場所取りをしておられます。そんな中を走って、やがて江の川へ。すでに20分くらい走っています。てことは、このままもどっても40分走ったことになります。さらに向こうに行くと、かなりの距離になりますね。瞬間迷ったけど、行くことにしました(笑)。
江の川に沿った国道を走ります。うーん、やはりピンとこない。でもまぁ、向こうの橋まで行くことにしましょう。国道を右折して坂を下りると、「あれ?」と「レーダー」が起動。なんなんだろう、この感覚は。でもま、寄り道もしんどいから、そのまま走り続けましょう。で、橋を渡ると、再び「あれ?」と「レーダー」が起動。まぁ確かに川の合流地点ですからねぇ。でもまぁ、寄り道もしんどいから、そのまま走り続けましょう。と、またまた「レーダー」が、今度はマックスに振り切れました。ここは避けて通れない感じです。なので、街中へ。しばらく走ると、なにやら建物があって、その前に大きな石碑があります。表を見ると「人の世に熱あれ、人間に光りあれ」と書いてます(笑)。
さらに走って行くと、左側に「ん?」と思う町並みがあります。神社があるから「あれ?レーダー」ではなさそうです。でも、なんか「ん?」なんですよね。うわぁ行きたい。けど、下まで下がってまたあがるのはキツイです。こんな時に走り込み不足が悲しいです。やむを得ず上の方から町並みを観察して、再び西城川の橋です。と、またまたなんとなく「レーダー」が起動。でも、このあたりになると、レーダー感度が慣れモードに入っていて、よくわかりません。そして、再び馬洗川の橋を渡ります。ここからは早くホテルに帰りたいので、下に降りることに。先ほどの神社のあたりを走るのですが、ここもなんとなく「感じる」ものの、町並みのこなれ感なのかなんなのか。そのまま駅のあたりまで走ると、「これは新しい町やな」と。たぶんそういうことなんですね。
てことで、ホテルに入って1Fからエレベーターに乗りました。と、2Fでとまって入ってきた人が…。
「あ、木梨さんだぁ」
すると、木梨憲武さんは
「ども」
とあいさつされました。さらに
木「走ってこられたんですか?」
い「はい、1時間ばっか」
木「じゃ、10kmぐらいですか。すごいなぁ」
い「いや、そんなたいしたことないです」
で、エレベーターが目的階に到着。
あー、びっくりした。

その後、筋トレ→お風呂→朝ごはん。がっつり食べてしまいました。
で、Kひらさんが来られたので車に乗せてもらい、三次の町を案内してもらいました。
い「今朝、走っているとき石碑を見つけました」
K「あー、そこに行かれたんですね。じゃ、行かなくていいですか?」
い「いや、もう一回、あらためて行きたいです」
ということで、あちこち連れて行ってもらいました。
三次のムラの生業は、基本的には「川漁」と「川の監視」らしいです。なので、必然的に川のそばに住んでおられます。あるムラにいたっては、堤防の内側にあったとか。あるいは他のムラにいたっては、堤防がなく、大雨で全戸が水没したとか。そういう中で、事業を使って「安全な町」へと変えていかれたとか。そりゃ事業は必要ですよ。
なんでも、駅のあたりはもともとは田んぼだったとか。そして、旧の町は馬洗川の向こう側で、さらにその奥にある小高い丘のてっぺんにお城があったとか。ちなみに「ん?」と思ったところはかつて遊郭だったらしいです。そうか、だから建物のたたずまいが…。
さらにその後
K「じゃ、今度は町の外のムラへ」
ということで連れて行ってもらいましたが、こちらはレーダーが起動しません。でも、そこここに「なるほど」と思うところがあります。
K「あそこに古い活動家が住んでおられて、もともとやってたのが博労で」
い「博労o(^^)o!」
みたいな会話をしながら、次のムラへ。
うわ、完全にまわりから隔離されています。ムラから外が見えない。逆に、まわりからもムラが見えない。でも、そういうところにも、「人々の営み」があるんですよね。なんか、いろんなことが頭の中をグルグルして、ものすごく心に刺さってきます。思わず黙りこくってしまいそうになりますが、それはそれでなんなので、いろいろ話。
K「じゃぁ、広島に向かいましょうか」
ということで、あとは昔話などをしながら広島駅まで送っていただきました。

ということで、広島のお座敷終了です。
帰りの新幹線にはやはり赤い服の方がおられたり。そうか、昨日、リーグ優勝が決まったのか。

取り出しの方法とかスモークとか

通勤途中にメールチェックすると、「モデレートせよ」というメールが入ってました。中身を見ると、こないだのブログへのご本人からのコメントでした。よくぞこんな寂れたところをと思ったのですが、とても大切なことを提起されてるので、やはりこれは真剣に返さなきゃ。とにかく考えて、時間ができたら返そう。
でも、今日は授業まみれです。てことで、「取り出し」開始。去年は2回ほど取り出しをしてカンフル剤を打てばよかったけど、今年はそういう感じじゃありません。たぶんカンフル剤を少し入れると効きすぎて遠くへ行ってしまう感じです。なので、問題をふたつやって「どっちかできたらそれでええし」みたいな感じでやりました。まぁ、去年は2回だったのを、今年は4回かけてやる感じですか。でもま、そのおかげで3人が限界だった取り出しを7人まで増やせたので、よしとしましょうか。

で、帰り道に買い物。車通勤だと駅のないところに行くのはできるのですが、電車通勤だと繁華街に行けるのがいいところです。今日は繁華街じゃないけど、京都駅でお買い物。なぜか下着や靴下に穴があくんですよね。同僚に「下着に穴、あきますか?」って聞いたら「あきませんよ(笑)」って言われたので、みんなあかないのかな。とにかく穴あきが増えてきたので、ここは総替えにしようかなということで、下着を6枚靴下6枚ゲットしました。これでしばらくもつな。

で、家に帰って「スモーク遊び」です。
facebookでIずみちゃんがポチったことを知ったこれ、わたしもポチりました。
すでに子どもたちはごはんを食べたあとでしたが、下の子どもが近所のスーパーに材料を買いに行ってくれました。そろった材料は「サーモンの刺し身」「6Pチーズ」「うずら卵の水煮」「バターピーナッツ」です。うずら卵とサーモンは水気を拭きとります。
で、ボールに入れて、ラップして、スイッチオン!

ゲホゲホゲホとなりましたが、やがてボールに煙が満タンになりました。ちなみに、満タンになったらパイプを抜いてしまうのがコツです。というのは、煙が薄くなった状態でパイプを入れっぱなしにすると、単純に空気が送り込まれて、煙が逃げてしまうからです。取説にはジップロックを使った図があるので、それはありでしょうね。
で、できあがったのを食べると…。

  • うずら卵
  • ほんのりスモークの味がついてます。おいしいけど、そんなに「おぉ!」って感じでもないですね。でも、やり方がまずかっただけかも。

  • サーモン
  • これはうまい!絶品です!スモークサーモンは塩味がきついし、薄切りにして食べる感じだけど、これは刺し身です。でも、ほんのりスモークの味がついていて、そしてフレッシュな甘みがあります。下の子どもが踊ってました(笑)。さらに藻塩をかけると、またおいしい!明日食べたらさらにうまいかも。

  • 6Pチーズ
  • これもうまい!サーモンもですが、基本冷熏なんですよね。だから難しいんです。でも、このやり方だと冷熏が基本です。時間を置くごとにおいしくなっていきます。と、上の子が「だから寝かせたほうがうまいって言ってるやろ」と。ごもっとも。

  • バターピーナッツ
  • はじめやった時は煙が漏れまくって味が薄かったので、もう一回密閉してやったら、ガッツリとスモークの味がついてました。わたしには渋い感じがしたのですが、上の子どもは「うまい!」って言ってました。
    いや、これはいい買い物をしました。
    よくM口さんのところで食べさせてもらいますが、シシャモとかタラコとかもやろうかな。

    初のインクルーシブ分科会はビミョーやな

    朝、目が覚めると6時半。休みというのになんの因果でとは思いますが、8時半には出ないといけないので、妥当なところでしょう。とりま、朝ごはんを食べてお風呂に入って、一段落して、出発です。
    今日は分科会。わたしはインクルーシブ教育の分科会を選択。去年は教育課程の分科会でレポートでしたが、勉強です。
    インクルーシブ教育というと、一般的には障害のある子とない子が同じ教室でともに学ぶという感じですが、ここではもう少し広義に使ってるみたいです。簡単に言うなら「exclusionではない教育」ってことで、昨日の講演にひきつけるなら「deprivationがない教育」ってことになりますか。なので、障害に限らず、例えば貧困や国籍や文化、さらにはセクシュアリティも含まれます。
    てことで、出てきた2本のレポートもひとつは障害にかかわるレポートで、もうひとつは定時制の授業料や教科書や給食費の話でした。
    で、障害にかかわるレポート、ビミョーです。たぶん、レポーターも「「成功」した事例」というスタンスでは出しておられないと思います。どちらかというと、のつこつしながらのとりくみを正直に出しておられる。まぁ、それだけしんどい教職員集団なんだろな。ちなみに、教育委員会は「定員内不合格は出すな」といいながら、支援員をつけるのをしぶって、それがメインの話題のうちのひとつになってました。が、ビミョーなのはここなんですよね。もちろん制度を勝ちとるのが大切なのは言うまでもないのですが、制度を勝ちとるためには「このままではアカンやろ!」ということを見せつけないとダメな時があります。と同時に、「インクルーシブ教育」って「ともに学ぶ」ことだから、支援員の支援で他の生徒と切り離されたらダメなんだと思うんですよね。それが切り離されてる感じなんですよね。レポーターは「去年はできてたけど今年は友だち関係がしんどいクラス」って言っておられて、それはそうかもしれませんが、やはり「クラス集団づくり」は大切なんだろうなと思うし、それができていないからこその今の状況なんだろうなと。ま、結論は「それだけしんどい教職員集団」ってことなのかな。
    そんなレポート。でもまぁ、実際に「おまえやれ」って言われたらできないだろうなと思うのはこないだと同じ話なんですけどね。
    で、次のレポートにはまったく入れません。ほとんど「定通部会」の様相を呈していて、ひたすら聞くのみです。でも、「そんな制度があるのか」とか「そんなふうにして押し通すんだ」とか「そんなに厳しい状況があるんだ」とか、いろいろ勉強になりました。
    てことで、分科会終了。
    で、全体会があって、すべての日程が終わりました。そのあとはもちろん昼ごはんです。澤田さんを誘ったけど、「あと」があるらしく、
    「授業の準備が」
    とか言うAっちゃんを
    「どうせ昼ごはん食べるやろ」
    と誘って、K原さんと3人でさっくりと昼呑み。
    帰りの新幹線の中では睡眠をとめられませんでした。

    「子どもの貧困問題を改善するために求められるものは何か」とか・高校教育シンポジウム(1日目)

    朝、少しのろのろしてたら、出ようと思った時間を過ぎてしまいました。しかたないので、いろいろ調べて予約変更。まぁそれでも間に合うからよしとしましょう。
    新幹線に乗って、向かうは東京です。今日〜明日、日教組の「高校教育シンポジウム」があります。日教組って、基本的に義務制(小中)の人が多いんですよね。で、高校の教員が高校の話をできる機会がほとんどありません。このシンポジウムはそれができる、ほとんど唯一の機会と言っても過言ではないところです。なので、去年に引き続き今年も参加です。途中、「LGBT医療福祉フォーラム2018」があるのに気づいてKうさんにメール。当然のことながら「落ち合いますか」「そうしましょう」です(笑)。
    で、会場に着いて荷物をおろして、まずは腹ごしらえ。「東京ラーメン」って書いてあったのでそれにしました。

    ちょっとからい(塩辛い)けど、おいしかったかな。

    今日のプログラムは末富芳さんの講演とシンポジウムです。
    まずは末富さんの講演。
    内容は子どもの貧困なんですが、1時間少しの講演で81枚のスライドです。わたしもたいがいだけど、これはかなりのボリュームです。
    で、おもしろかったというか、キモになるのは、貧困の問題をお金の問題としてとらえるのではなく「剥奪=deprivation」としてとらえるというところです。つまり、必要な資源にアプローチできないということです。こうとらえると、もちろんお金がないこともdeprivationですが、お金があっても虐待とかがあるとdeprivationだし、さらに言えば「医者以外の進路は認めない」みたいなのもdeprivationとなる。当然、在日外国人やトランスの子らもdeprivationな状態におかれてるわけです。これを別の観点からとらえると、「貧困」を「貧」と「困」のふたつにわけて考え、ともに貧困な状態におかれてるととらえるってことです。これ、かつて村井さん@醍醐こどもの広場から聞いたことや徳丸さん@CPAOから聞いたことと同じことなんですね。たぶん、ギョーカイでは当たり前なのかもしれないけど、「なるほど」って感じました。
    で、その解決のために必要なものはなにかというと「well being(幸福)」ってところで、これまたいろんなところとつながります。実は、OECDあたりが考えている子どもの学力のゴールは「well being」だったりするんだけど、文科省はそこを無視して、その手前の「キー・コンピテンシー」とかあたりでとめてるんだそうな。なんとなくわかりますね。そういえば、ユネスコも「Education for health and well being」だし、マイケル・ムーアの動画にも「教育の目的は子どもが幸せになること」ってフレーズが出てきます。いろんなことがつながりますね。
    で、それを実現するためには、具体的には「現金の給付」だと。ま、それはそうです。なぜなら「万能薬」だと。たしかに。なにかに特化したものではなく、何にでも使える。しかも「買ったものへの補填」ではなく、「買う前の給付」だと。そりゃその通りですね。そんななかでつくられたのが「あすのば」だそうです。ここには、ここで救われた子どもたちがスタッフや理事としてかかわっておられるとか。なんか、交流会を思い出させる話ですね。と思ってサイトを見たら、村井さん・徳丸さん・幸重さんと、知った名前がずらり(笑)。そりゃそうだよなぁ。
    てことで、すごく参考になるお話でした。
    後半はシンポジウムです。コーディネーターは澤田稔さん。気がつくと個人的な知り合いになってしまってる人です。
    えーと、詳細は忘れました^^;。が、deprivationに関連づけてトランスの話、特に部活問題を話しました。
    で、シンポジウムのあと末富さんにごあいさつ。
    「あの、『教育社会学研究』に「トランスジェンダー生徒の学校経験」って論文が載りました」
    って言ったら
    「あぁ、どこかで見た名前だと思いました」
    とのこと。すごいな…。

    で、そのあとは懇親会。ここでは京都・滋賀・兵庫の人とダラダラ飲み。でも、最後の30分くらいは澤田さんと真剣な話。
    「エスノメソドロジーとエスノグラフィーは…」
    なるほどなぁ。わたしのスタンスはどこにあるんだろう。どこにいくんだろう。
    その後、Kうさんも合流して、二次会。このあたりになると、なにがなんだか。澤田さん、けっこう楽しかったのか
    「今夜はとことん行きましょう!」
    とか誘ってもらったけど、それはアカンでしょう(笑)。

    ふらふらだけど行く→引っ越し

    朝、思ったより体調はマシです。なので、昨日の今日はアカンやろと思いながら、昼ごはんは、なぜか「崇仁新町」です。目指すはちょぼ焼き屋さん。この日打ち上げで行った時に食べたけど、もう一回たべようかと。
    てことで、出てきたのがこれです。

    うまいわ。当然ハイボール1杯では足りません。なので、「金魚」を頼みました。

    なんでも焼酎に唐辛子のエキスを入れて炭酸で割るらしいです。そこに大葉と唐辛子が入ってるので金魚に見えるのが名前の由来だとか。これもうまいわ。てか、コーレーグースの炭酸割りやな(笑)。
    ここからはリサーチです。
    い「どのへんでちょぼ焼き屋さんしてはるんですか?」
    ちょ「やってへん。昔はいっぱいあったし、みんな家で焼いてたんやで。ここをやるって言うから店出したんや」
    い「そうですか。お好みはいっぱいありますけどねぇ。愛子ちゃんでしょ、平井でしょ、よりみちでしょ、山本マンボでしょ。七条下がったところはやってはりますか?」
    ちょ「やってるよ。そこの店もおいしいで」
    い「へー。また行かな。そしたらこれも家で持ってはったんですか」
    ちょ「そうやで」
    一般家庭が銅製のちょぼ焼きの銅板持ってるってすごいな。
    い「ほな、地元の人ですか?」
    ちょ「そうや、そこの向こうの建物や」
    い「そこの建物もなくなりますねぇ」
    ちょ「そうや、なくなるねん」
    い「で、向こうでつくってるところに行かはりますの?」
    ちょ「そうや」
    と、そこへお店のお姉さん。
    「この人な、いろいろ知ってはるわ」
    い「ここ、あと2年でなくなるんでしたっけ」
    ちょ「そうや。ここは京都市の持ちもんで、「やってくれ」って言われたんや」
    い「せっかくやから残したいですね。そや、向こうの町家の向かいあいてるから、あそこでできへんのですか?」
    ちょ「あそこは高いねん」
    い「そうですか。ほな、市営住宅の1階を占拠してやりましょ(笑)」
    ちょ「そやな(笑)」
    楽しかったo(^^)o

    で、家に帰って、しばし考えて、「やるか」と決意。引っ越しです。なにせ、長年愛用してきた「はてなダイヤリー」がなくなります。かれこれ13年つけてきたんですよね。はてなダイヤリーは更新が簡単なのがいいんです。ちなみに、「はてなブログ」は使い勝手が「wordpress」と似てるけど、自由度がはるかに低いんですよね。どうしたものかと思ったけど、やはりここはwordpressですね。
    ということで、とりあえず、はてなダイヤリーからはてなブログにエクスポート。そして、はてなブログからデータをエクスポート。いや、どうもはてなダイヤリーのエクスポートはコメントのエクスポートにバグがあるみたいなんですよね。
    で、エクスポートしたデータを年ごとにわけて、wordpressにインポート。さらにはてなフォトライフからデータをぶっこ抜いて、uploadsの下に配置。それをwordpressで認識させて、リンクアドレスを書き換えて、午前1時すぎに完了。
    はてなダイヤリーさん、長い間ありがとう!そして、wordpressさん、よろしくね!

    久しぶりのフルコース→おたふく→なれの果て

    昨日の夜、とあるお客さんと「京都」の話になって、気がつくと「歩きますか?」「行きましょう」ということになってしまってました。
    てことで、片づけは他の人にお願いして、わたしは「おさんぽ」です。
    まずは南コース。なんか、あたりにあった雑然とした建物がどんどんなくなっています。かわりにあるのは「民泊」です。そんな町並みの変化に対して「民泊はたくさん」という看板があちこちにあります。なんか、複雑な気持ちになりますね。つまり民泊くらいしか「稼ぐ方法がない」ってことですからね。しかも、その民泊してる人の中に、もともとの地の人ってどれくらいいるんだろ。さらにホテルもできるみたいです。こういう町並みの変化っていいんだろうか。もしかしたら、なんだかんだ言って「住みやすい」東九条が住みにくくなるんじゃないだろうかと、ふと思ったり。ちなみに、公園の看板が新しくなったのも変化です。だれか写真持ってたらほしいなぁ。とここで書いても誰も読んでないか(笑)。
    で、いったんマダンセンターに帰って、今度は北コース。こちらは南コースよりも変化が激しいです。もうずいぶんと前になりますが、「希望の家」がなくなって市営住宅&多分化共生センターになって、マンモス団地がなくなって、「かわ」も移転して。あちこちに空き地ができてます。ここもほんとにどうなるんだろ。
    そして光公園から崇仁へ。崇仁も大きく変わっています。なんと言っても、柳原銀行の北側がクリアランスされて、新たに市営住宅が建ちます。まぁいいことなんですけどね。たぶん遠からず崇仁小学校もなくなるんでしょうね。あの「崇仁教育」を伝えるものは石碑だけになるのかなぁ。崇仁って、経済と教育という、ほんとに本質とも言えるところをなんとかしようと部落内外の人ががんばったところなんですよね。それが柳原銀行と崇仁小学校がら伝わるんです。そう言えば塩小路通の北側も空き地が目立つようになりました。ほんとに「痕跡」を探すのがたいへんです。でも、少し路地に入るとかろうじて残る痕跡があります。そんな痕跡をたどりながら、河原町七条へ。ここもいつまであるんだろ。写真を撮っとかなくちゃならんのやろなぁ。
    お次は打って変わって五条です。どんどん変わる町並みに興奮が隠せない「グッさん」がおもしろいです。今回はわたしを含め3人なので楽ですね。ありゃ?五条會館に人がいる。
    そして松原通へ。ここはこないだこないだ話を聞いたところなので、付け焼き刃の知識をひけらかしてみたり。
    そして、宮川町を堪能したあと四条寺町へ。あまべの跡地です。そこから阿国の像の前を通って、祇園から白川へ。もう、京都オブザ京都です。でも、そこからタイムトンネルを通ると、そこにあまべがあります。グッさん、笑ってくださいました(笑)。
    あとはあまべの境界線を確認しに行ったのですが、大将軍神社がえらいことに!前の大雨で木が倒れておいなりさんが壊れて新築されたんですが、今度は台風で真ん中の舞台の柱が折れたみたいです。でも、クリスチャンにはどうしようもできません^^;
    そんなこんなで「おたふく」へ。とりま「スジの油かす」を頼んだら、なんとできたて!できたてはフワフワなんですね。うまいわ。ここからはいつものペースで飲みはじめました。
    それにしても、わたしが好きな町並みってどんなんなんだろ。てことで、Iずみちゃんに言ってみたのが「エントロピーが高い町並み」でした。酔っ払いやな。でも、たぶんそうなんですよね。だから、若松町の町並みがなくなった時、すんごいショックを受けたんです。
    4時半くらいにおたふくを退散。その後、なぜかワインを買い込んで、ダメダメ先輩と鴨川へ。これはアカンコースですね。そのままアカンことになりました(笑)。

    寝るなと言われた

    今日はトランスジェンダー生徒交流会です。
    てことで、買い出しがあるので10時に最寄りの駅へ。今回は業務スーパーで買い出しすることにしたので、普段と勝手が違うかな。
    とりま、お好み焼きと餃子の材料を買って、さらにお店を変えて飲み物を買って…。てか、Sゅんすけ、どんだけ買うねん。と思ったけど「前回、瞬殺でなくなったし」とのこと。みんなどんだけ飲むねん。
    で、待ち合わせ場所に行くと、すでにかなりの人数が集まってます。今日もにぎやかになりそうです。
    会場に行って、わたしの最初の仕事は餃子の皮づくり。とにかくこねるべし。適度にまとまってきたら、子どもにバトンタッチです。
    この時点で頃合いもいいので、とりあえずプシュ。子どもたちは、ひたすらキャベツのみじん切りをつくってます。はじめが大切りだったので「もっと細かく」というと、みんな真剣にやってくれて、きれいなみじん切りができました。大人はというと、裏メニューを食べてたりします。そうこうするうちに餃子もできてきて、みんなワイワイ食べはじめ、大人はワイワイ飲みはじめ。やがて、ダメな大人はクズになりはじめ。
    と、Rぽたん登場。
    「いつも飲み過ぎ、今日は寝るな」
    と釘を刺されました。がんばります。
    やがて話し合い。どこにはいろうかと思ったけど、ここは小学生グループかな。てことで、Aっちゃんと一緒に小学生グループに入りました。が、ここでKっかわくん登場。となると、マッサージがはじまります。気持良すぎです。ここであえなく撃沈です。Rぽたん、すまんm(_ _)m

    で、片づけ→打ち上げです。目指すはSゅんすけのお店です。が、たぶんここでも寝たな。目が覚めると、そこにいるのはKうさんとKっかわくんとわたしです。アカンやつと保護者が残ったのかな。なんか、Kっかわくんに送ってもらったり。
    いつもすみません。

    10年前と変わらない

    今日は教職員劇の本番の日です。が、生徒たちには秘密です。というか、いつやるのかは、キャスト・スタッフしか知りません。というのはプログラムに書いてないからなんですよね。ちなみにいつやるかというと、閉会式の最初に抜き打ちでやります。
    とりま、午前の2・3年生の演劇の間に最後の準備です。午後は「生徒会企画」というやつで、有志の発表。うちのガッコの文化祭はクラスかクラブ単位での参加しか認めてないんですが、その枠を取っ払うのがこの時間帯です。今年はミュージカルもあって、おもしろかったです。
    ここから閉会式です。
    一度全員退場して、気持ちを切り替えて、再び入場。でも、なぜか放送席や照明席には教員が座ってます。放送部員は混乱してます。前では整列指導の教員が長々としゃべってくれてます。単に、キャストの担任さんが準備するための時間稼ぎなんですけど、「ええ話」をしてるから、子どもたちはまったく気づいてません。やがて
    「そのまま静かに待つように」
    と行って壇を降りた瞬間、体育館の水銀灯がOFF。いきなりXが鳴り響き、幕がじわじわ開いていきます。子どもたちは完全にとまどっています。が、キャストの教員が姿をあらわしたあたりでようやく事態が飲み込めたようです。ここからの子どもたちのノリはハンパないです。とにかくすごい声援と拍手と笑いです。気持ちいい。
    そしてカーテンコール。役者紹介が終わり、スタッフ紹介が終わり、今回一番がんばられた教員をわたしが紹介しました。
    さぁ、やっと終わった。でも終わっちゃった。そんな気分も、教職員劇です。

    迷子になる

    朝はいつもの6時過ぎ起床。おべんきょって健康的なのか?でも、夜が遅くなると朝はそれでも早いから睡眠時間が短くなって、結局不健康ではありますね。
    てことで、お庭にPCを持ち出して「おべんきょ成果」書きスタートです。今日は最後の部分を書いて最初にもどる予定です。半年前に書いたfirst versionはバッサリと削除。あたらしいものを書かなきゃなりません。とにかく前のものは見ない。そうやって書いていくと、少しずつ書くことができていきます。とりあえず最後まで書いて、最初にもどります。が、最初の部分が書けない。「あれ?自分は何をしたいんだっけ?」。てことは、最後の部分が書けていないってことですね。こうやって、おそらくみなさん富士の樹海を彷徨われるんでしょうね。そして、わたしもご多分に漏れず、やはり富士の樹海状態になりました。向こうに富士山が見え…。見えないな(笑)。
    そして、お昼はやっぱりトゥンセラーメンです。食後に横になると、なんとなく胃袋が熱くなります。
    午後は前のおべんきょ場所で研究会です。ここ、現職教員が半年間長期研修に来られるんですね。その成果発表会です。みなさん、半年でよくこれだけされるなと思います。今年は高校中退と貧困の問題を扱われましたが、これがまたすごいわ。ただ、研究会で出てくる質問や意見は、こないだのとはまた違います。どちらかというと実践的です。まぁ、すでに書き直しができる状態じゃないから、報告をネタに議論をしようということなのかな。作法の違いを感じます。
    その後呑み会。今やみなさん管理職になったり行政にいったり、お偉いさんが多いな。まぁわたしは生涯平教員なので、無関係です。てか、そもそもわたし、半年間の長期研修の人と違うし。委員会から派遣されておべんきょしていたわけでもないし。自分で勝手に行ってただけやし。それは今も変わらんし。おかげさまで、委員会にはなんの義理もないから楽ですけどね。そんなみなさんと一緒にわいわいやる呑み会はおもしろい。
    で、9時半に一度お開き。なんでもセンセは「12時まで呑む」とか言っておられますが、わたしは帰ります。断固として帰ります。だって、明日も6時だもん。樹海から脱出しないといけないもん。
    おべんきょ成果の力はおそろしい。

    初の試み→部落問題の過去と現在

    今日の午前は「校内若手教職員人権教育研修会」です。これ、初の試みです。
    この間「同和教育の継承」が叫ばれていて、でも制度的にそれを何とかしようと思っていない。てか、しようとしていない。まぁ「現場でやってね」って話です。で、現場はというと、人材不足のために人権に人を投入しない。なので、人権担当者会議とか行くと、ジェンダーバランスは悪いわ、年齢バランスも悪いわ。どうしようもありません。そんななか、いろいろ考え、提言もしてきたけど、もうアカンなと思って諦めかけていました。ただ、教員人生が残りわずかになる中で「もうええか」と思って「若手教職員人権教育研修会」をやることを決めました。
    実は、わたしは職場では講演なんてやっていません。だって、みんな聞く気がないでしょうしね。でも、「研修会」と銘打つなら全員参加が原則です。まぁ休む人は多いですけどね。で、どうしようかと思っていたけど、今年別件で予算がついたので、「それなら任意参加の研修会をやってもいいか」と考えを切り換えました。まぁ「わたし」という生き物を「不思議やな」と思ってくれている教員もいるかもしれませんしね。
    ちなみに、この「若手」は自称です。なので、別に誰が来てもかまいません。もっとも、自他共に認める「若手」にはぜひとも来てほしいんですけどね。まぁでも来る人は少ないでしょう。
    ということで、用意したレジュメは20人分。他校からの参加も少しあるとか。これも実は「ねらい」だったりします。つまり「他校の教員が来るのに自校の教員が不参加」というのは変だろうという意識を持っていただきたいなというのがひとつ。もうひとつは、他校にも聞きたい教員がいたら、その人に聞いてもらうこともまた「同和教育の継承」ってことだっていうことです。
    で、蓋を開けたら、たしかに20人ぐらいでした。でも、アットホーム値禹か、こぢんまりというか、これでいいんです。内容は、前に「前のおべんきょ場所」で話したり、大阪樟蔭女子大で話した内容です。まぁ、いままでやってきたとりくみや、そこで考えたことなんかの話です。中には「失敗」もたくさんあるし、でもそれでいいんでしょうね。成功しかしない教員はきっといないし、もしもいたら、そういう教員ってきっと子どもにとっては参考にならないんだろうなと思うからです。
    ということで、1時間半ぴったり話して終了。まぁそれなりに心や頭が動いた表情をしておられたし、けっこうメモをとっている人もおられたので、それはそれでよかったかな。

    午後は某人権教育研究会のブロック研修会。これをうちの学校に誘致したのも「聞いてほしい」ということだったんですが、こちらの参加はほとんどありませんでした。まぁ、午前午後のダブルヘッダーはきついのかな。でも、小学校なんかやってはるけどね。
    で、講師は伊藤悦子さん。こちらはガチの講師です。わたしとは格が違います(笑)。
    内容は、同対審答申からはじまって、法切れ後の状況と、現在の状況です。まぁ知っていると言えば知っている内容ですが、だからといって「聞く必要がない」わけではありません。あるものごとを語る時に、「何を語って何を語らないか」っていうことを考えながら聞くことって、講師のものの考え方を知ることです。そしてそこに新たなヒントがあったりする。なので「なるほどなー」って思いながら聞きました。

    てことで、研修だらけの1日も終了。
    さて、今日こそ早く家に帰って、今日こそ早く寝るぞ!