「洞村移転の真実」

今日は某人権教育研究会のフィールドワークです。ただし朝は2時間ほど「隙間」があります。どうしたものかと思ったけど、同僚に「年休とろか」って言ったら「休み!休み!」って言われたので、朝は年休です。おかげさまで、少し片づけが少しできたかな。
で、畝傍御陵前へ。
昼ごはんを食べようと思ってた「きみちゃん」は定休日。失意の中ムラ中をさまよい歩くと、たこ焼き屋さんを発見!たこ焼きだけでなく、天ブラもあるので、フクとれんこんを頼みました。
フクでかい!

そして、たこ焼きうまい!

てことで、無事おなかの中にものが入ったので、「おおくぼまちづくり館」へ。
今日案内してくださるのはボランティアの吉住さん。外国人教育の関係で知り合いなので、いろいろやっておられるんですよね。さすがは奈良です。
ちなみに、わたしは洞村に来たのは3回目か4回目です。が、まだ一度も「山歩き」はしてません。今回はやっと行けるとのことで、楽しみです。
まずは前菜の講演「洞村移転の真実」です。「たいしたことない」とか謙遜されてたけど、さすがにすごいです。ところどころに「思想」が出てくる確信犯です。いいなぁ。
で、「山歩き」。今や、人が住んでた痕跡は、庭木にしていたシュロの木と井戸くらいしかありません。あたりは全国から持ってきて植樹した木に覆われてます。この「つくった感」こそが「神武」天皇陵なんですよね。
まぁしかし、この斜面で生活するのと、おおくぼの街で生活するのとどちらがいいかというと、そりゃおおくぼだろうなとは思います。でも、だからと言って、あとから来た「天皇陵」が「どけ」って言うのはアカンやろな。
そんなことを考えながら、しばしの山歩き終了。また探検したいな。
解散後、お友だちの車に乗せてもらうべくフラフラ歩いてると、灯籠発見。
「これなんやろ?」
って話してると、そこで植木を手入れしてたおじさまが
「おおくぼまちづくり館に行ってきたんか?」
と声をかけてくださいました。
い「はい」
お「これはな、踏切のところから持ってきたんや」
い「へー、そう言えば、近鉄はここ通ってなかったんですね?」
お「そうや。オレが小さい頃は向こうの国道の横を通ってた」
つまり、ムラの入り口にあった灯籠が近鉄が通ることで移転されたってことになるみたいです。確かに横を見ると「青年會」って書いてあります。
い「てことは、今は向こうとこっちは近鉄でわかれてるけど、もともとはわかれてなかったんですね?」
お「そうや」
い「ほな、あれも改良住宅ですか?」
お「そや」
なるほどなぁ。聞いてみるもんです。てか、よく声をかけてくださったなと。お友だちが「ブラタモリやな」って笑ってました。
さらに向こうには地図もあって、「大久保町」「四条町」って書いてあって、メッチャおもしろかったです。
案内されたあと、そういう知識を持って、もう少し歩いてみると、いろんなことがあるんだな。

イデオロギーの対決ではなく、とか

今日は午後から「関西インクルーシブ教育研究会」です。はじめて参加したのが約一年前です。日程があわずに来られない時もあったけど、ここで新たな世界を見させてもらってます。

まずは発表。ここでは、「発達保障論」と「共生教育論」の話が出てきて、これもおもしろい。関西インクルーシブ教育研究会に集まってる人は、もちろん「共生教育論」なんだけど、でも「発達保障」の必要性を実感してるんですよね。なので、たぶんその融合というか、バランスというか、そんなのを考えてます。そんな中で「ふたつはイデオロギーの対立として捉えてはいけないんじゃないか」とか「いや、イデオロギーとして考える必要があるだろう」とか、いろんな論議がなされました。中でもおもしろかったのは「イデオロギーではなく浮き輪なのでは」という提起でした。つまり、そこにつかまっていれば安心ってわけです。だから放したくない。

続いて文献購読。今回の文献購読は『分解者たち 見沼田んぼのほとりを生きる』です。
おもしろい!
ひとことで言うと、なぜみんな障害者問題というか、障害者解放運動というか、自立生活運動というか、介助というか、そういう世界に引きこまれていくのかがすごくわかります。
なんというか、パラパラなんですね。なにかひとつの共通する課題があって、その課題解決のために団結して運動するってことではないんですね。あまりにもパラパラ。そして単に生活をする。たぶん本人は運動なんて思ってなくて、でも生きることがすでに運動だったりする。
でも、それって本来はおかしいんですよね。で、なぜそんなふうになったのかってことと、土地の歴史をつないで考えるってのがおもしろい。ある種「反近代」みたいなところがあって、だからこそ「福祉農園」ではあるんだけど、でも、そこには近代が位置づいていたりするんですよね。
つまり、単なる前近代への復古というわけでなく、かと言って近代を全肯定したり受け入れきってしまったりしてるわけでもなく。そこのバランスの行き着いた先が
「「とるに足らない」とされたものたちの思想に向けて」
ということなんでしょうね。つまり「とるに足らない」ミミズやダンゴムシや、そういった虫たちが土壌を「分解」するように、都市の外部としての辺境や都市の内部につくられた辺境へと追いやられたものたちこそが固まった土壌を分解し、豊かな土壌へと変えていく。
常々「一寸の虫にも五分の魂」と念じながら生きているわたしにとって、なんともいえない染み渡り方がする本でした。
やっぱり楽しいな(^^)。

一見さんではなくなってきたかも

今日は遠足です。かつては遠足の日はみんなつきそいでどこかに行ったけど、最近は出張旅費の削減のために、副担任を中心に数人がつきそいで行って、それ以外の人は学校待機になりました。わたしは2年の副担任です。2年は研修旅行に行っててわたしは引率でないから、遠足のつきそいもなし。
てことで、生徒のいない、教員もほとんどいない、とても静かな学校で仕事です。
ちなみに、こんな日しかできない仕事もあるのはあります。今日は、来週の人権学習で使う「多様性ワーク」のカードの印刷です。去年「2〜3時間かかるかなぁ」とか思ったけど、今年もそれくらいかかるかなと思ったら、やっぱりかかりました。
やることはたいしたことないんです。28枚を両面刷りなので14枚。これらを7色でわけるので、同じ色のカードが2枚になります。まずはA4の紙に8枚印刷するので、41枚印刷したら全クラス分が一度に印刷できます。つまり、両面刷り41枚を14種類、色を変えながら印刷したらOKです。これをセットにします。ここで帳合機の登場です。仕切りがわかるように白紙を1枚足して、帳合すると15枚ワンセットのものが41セットできます。これを裁断機で8等分すれば完成です。
この裁断がめんどくさい。41✕15の615枚は一気に裁断できません。これを一気にやると汚くなります。なので、6回くらいに小分けにしてやります。裁断の回数は4回。つまり、24回裁断するわけです。これが時間がかかる。そんなこんなで、午前の時間はすべてカードづくりに捧げました。
午後は少し読書。できれば今日、遅くとも明日にはノートをつくって、さらに日曜日までに読まなきゃならかい本が1冊あります。「それは仕事か?」と言われると、とてもビミョーですが、人権担当である限りは、やはり仕事です。
で、昼過ぎに職場を出て、昨日使ったDVDの返却です。月曜日に「マジか」と思ったので、今日はまっすぐ行きました。社会教育課の方、どうもわたしの顔を覚えておられるみたいで、気さくな感じで対応してくださいます。なので、
「このDVD、使いやすくていいですよー。来年も4月はじまったらすぐに予約して、この時期に使いますから、よろしくお願いします」
って言っておきました。
これで今日の仕事はおしまい!

なので角打ちへ。この間電話がかかってきたので、そんなこんなの話もしなきゃなりません。お店に入ると、いつもの方々がおられます。
「よー飲むねーちゃんが来た」
とか言ってくださる方がおられて、うれしいなぁ。さすがに顔を覚えてもらえてきたかな。
お店の人は顔を覚えるのが仕事です。そもそもカウンターから店内を見ると、とてもよく見えるので、顔を覚えやすいです。でも、客同士は面と向かうことが少ないので、なかなか覚えてもらえない。こうやって毎日来ておられる方から覚えてもらって、少しずつ店のなじみになっていきます。「おたふく」にもそうやって行きました。
で、お客さんと話をするようになると、お客さんが自分のことを話されるようになります。もちろん、その前提として、わたしもわたしの話をする。
い「そろそろ帰らなあきませんねん」
客1「まだええやんか」
い「明日も仕事で、朝起きるの、早いんです」
客1「何時や」
い「5時45分起きですねん」
客1「あの人は1時起きやで」
い「え!」
客2「オレは市場で働いてるねん」
い「こんな時間に飲んでてええんですか?何時に寝はりますの」
客2「これで家に帰って、晩ごはん食べて、酒飲んで寝るやろ。9時やな」
い「ほな、4時間ですやん」
客2「慣れたわ」
みたいな。しかし、これで家に帰って、まだ飲むんだ(笑)。ちなみに、客2さんは、市場の仕事が終わったらこの店に来られるので、市場と角打ちと家の三角形を生きておられるのかな。すごいわ。
常に黙々とお酒を飲んでおられる、おそらくは一番の常連さん。この方はイスに座布団を置いて、常に定位置です。なにやら注文されて出てきたのはオムライス。そんなんあるんや。
客1さんは、これまで何回かお会いして、いつも向こうから声をかけてくださる気さくな若い常連さん。
「久しぶり!元気か!」
「ども、なんとかやってます」
みたいな会話です。でも、いろいろ話をしてるうちに、ぼんちゃんの先輩だったことがわかったり。今日はたまたまオモニも来ておられて、ついつい
「アンニョンハシムニカ」
とかあいさつしたらびっくりされたので
「イルボンサラムですよ。でも、チャンゴたたけます」
とか、さらにびっくりさせてしまったり。
そろそろ帰ろうかと思ったら、客1さん、いきなりハンドマッサージしてくださって、ひとこと
「痛風やな」
って、マジかいな(笑)。
もう、ゲラゲラ笑いながら、メッチャおいしいお酒を飲んで、家に帰って、お風呂に入って、晩ごはん食べてお酒を呑んで…。
やってること、客2さんと一緒やわ(笑)。
ちなみに、寝落ちして、下の子どもに11時過ぎに起こされたんですが、どうやら寝落ちしたのが9時ごろらしいです。ここも客2さんと同じ。違うのは起きる時間くらいですね^^;。

今年はなぜか少しコミットメント・事前合宿(1日目)

何が悲しくて、休みの日に限って5時前に目が覚めるんだと思ったけど、どうやら風が強くてパタンパタンいってる音で目が覚めたみたいです。
なんとか7時くらいまでウトウトして、そこで起きあがって外に出ると、猫の額の屋根が崩落してました(笑)。

しかたないので復旧作業。今回はかなり本格的に崩落してたので、直すのも根本的です。それならせっかくなのてついでにビーチベッドで寝ても雨がかからないように、少し屋根の位置を調整してみたりして、普段の倍な30分ほどかけて復旧終了。

この屋根は、強風が吹くとあえて崩落するようにできています。まぁそうすることで家本体を守ってます。チキチキマシン状態ってことです。
そこからは昨日つくったオリーブオイルのマヨネーズをつかってポテサラをつくったり、はたまたスクランブルドエッグをつくったり。せっかくなのでマフィンにはさんで朝ごはん。
で、しばしおべんきょです。なにせ今週、「やろう、やろう」と思っていたけど、まったくできませんでしたからねぇ。
と、子どもがやってきて「昼めしつくろか?」と。ありがたや。やはり休みの昼ごはんはトゥンセラーメンです。

うまいわ。その後、しばし本を読んだらスタートです。

今日は全国在日外国人生徒交流会の事前合宿です。とは言え、会場は東九条ですけどね。にしても、ここ4週間で玖伊屋をやって卒業生の会京都・在日外国人生徒交流会をやって…。ここに来るのは3回目か…。どんだけ東九条に来てるねん。
今日集まった生徒は全国から6人。この夏の全国交流会のリーダーとして各地からセレクトされて来た子らです。さらに夜には卒業生も来てくれます。引率教員も気心のしれた人ばかり。楽といえば楽な交流会です。
それでもはじめは初対面なので、少し固さが見られます。でも、自己紹介→深めの自己紹介をしていく中で、少しずつ固さがほぐれてきました。
やがて晩ごはんづくり。ちなみに、子どもたちのエスニシティを考えてメニューを決めるのがわたしの役割です。今回は「パパ・レジェーナ@ペルー」「タヴク・サルマス@トルコ」「チキンチョウミン@ネパール」そしてフィリピンは定番の「アドボ」です。ちなみにトルコ料理は子どものリクエストで「ラハナ・サルマス」に変更になりました。今回考えなきゃならなかったのが、ハラルのことと牛肉が使えないことと、アレルギーかな。そんな時の味方は鶏ですね。
買い出しから帰ってきた食材、山のようにあります。食べられるのか?それでもみんなでワイワイつくります。わたしも玉ねぎのみじん切りをしたり、卵の殻をむいたり、ジャガイモの皮をむいたり、はたまたお米をキャベツで巻いたり。普段はあまりやりませんが、今日はなんとなく手伝いです。
ようやくできあがりかかったところで、わたしは撤収。マダンセンターに泊まったら、絶対に寝るのが遅くなるし疲れがとれません。そろそろ身体が悲鳴をあげかかってます。
ごめん。明日また来るし^^;。

今日も交流会

朝、あまり起きたくないけど、目が覚めたからしかたないです。布団の中でゴロゴロ。とにかくしんどいです。それでもS水くんが起きてきたので、なんとなくタイカレーラーメンをつくってふたりでわけわけ。でも、みんななかなか起きてきません。しかたないので、「ほろよい」をあけて、昨日の残りの鍋に火を入れて、朝ごはんです。
それでもそうこうするうちに、みんな起きてきて、グダグダと話。でも、あんまりゆっくりはしていられません。今日は11時から「京都・在日外国人生徒交流会」です。今回はどれくらい来てくれるかなぁ。
そうこうするうちに、Aっちゃん登場。Aっちゃんのところの生徒が来て、うちの生徒も来て、卒業生のOンニョンさんも来て、ゆるゆると交流会がはじまりました。まずは買い出し。今日のメニューは定番チヂミと水餃子、そしてトマトと卵のスープです。
わたしの担当は、水ぎょうざの皮をこねること。これはメニューが決まった瞬間にやらないと間にあいません。
1時半くらいにようやく完成。机の上に並んだごはんを見ると、いかにも交流会です。
 
みんなでいっぱい食べて、みんなでいろいろ話をして。「えー、話することない」とか言っていても、つっこめばいろいろ話があるはずです。そんなふうにして、2時間ほど自己紹介。そして片づけ。
最後に全国に行く人を決めて、今日の交流会は終了。
帰り道Sゅんすけと一緒だったけど、さすがに「呑みに行こうか」とはどちらの口からも出ませんでしたwww。

自然なこととしておこなわれている

今日は組合の女性部委員会なる会議です。東京に来ているのはそのためです。ちなみに、各県の代表者が参加してるんですが、基本的には女性部長が出席してます。
てことで、朝7時に起きて、とりま25分のラン。し、しんどい。だいたい走りはじめて一週間を過ぎたあたりに「しんどいなぁ」と思う日が来ます。走りはじめは「走りはじめた」っていう気持ちが、ちょっとうれしかったりするんですが、一週間もたつと「なんでこんなことやってるんだろ」ってなってきます。でも、それだけじゃなくだ、一週間たつと、自然とペースがあがってきます。実際、走りはじめた5月24日は1km8分でしたが、今日は6分30秒です。しんどいに決まってます。でも、そのうちこれがコンスタントになっていって、やがて6分を切るようになるんですよね。
で、帰ってきて、シャワーを浴びて、朝ごはん。食べ過ぎた。

そんなこんなで、会場の「日本教育会館」へ。
全国から続々と人が集まって来られます。中には何人も知り合いがいるのが不思議です。てか「いつきさんだ」みたいな反応があって、それもうれしいです。
やがて開会。開会あいさつで
「今回は男性に見える方がひとりおられて、○○」
というのがあって、ずっこけました。というのは、男性に見える方がひとりおられたからです。つまり、わたしは「そちら」にはカウントされてないってことです。
さらに昼ごはんは近畿ブロックの人たちと行ったのですが、ここでも
「男の人、いたよね。いままであった?」「さぁ」
みたいな会話がされていて、ここでもわたしは男カウントされてないというか、自然に女カウントされています。
ちなみに、会議が終わったあとに
「女性部長をされてるんですね。ありがとうございます」
とか言われて、思わず
「そうなんです。すみません」
って答えたら
「なぜ謝るんですか?」
って笑われました。
なんか、ここでは「トランス女性は女性」ということが、自然に行われているんだなって、あらためて思いました。

で、会議の方はというと、女性部の総会です。昨年度の総括と今年度の方針の確認です。ただ、質疑もあるし討論もあるし。なので、わたしも
「原案に賛成だけど、問題提起を」
って前置きをして
「教室の中にセクシュアルマイノリティの子どもがいるのと同じように、職員室の中にもいます」
ってことを話しました。ちなみに、わたしが入っている「きょうと教組」では、10年以上前から性別欄の代わりに「性自認欄」を使ってます。そんなことの紹介とか、「選択的夫婦別姓」のことに触れられていたので「同性婚」のことや、法的に同性婚がない状態でも、制度的に同様の扱いがなされるように文科省や教育委員会にもとめていくことなんかの重要性を伝えておきました。
そうそう、stn21の宣伝もちゃっかりしておきました。

ま、そんなこんなで、初参加の女性部委員会も終了。あとは大阪のHらさんと軽く打ち合わせをして、品川のピザ屋さんに行って、ワインをクイッと飲んで、新幹線の中の人になりました。
さてと。帰ろうかな。

新たな気づきのおさんぽ→玖伊屋

朝起きて、とりあえずランニングです。1km7分です。まぁええとこかな。3km走れば20分ちょいってところです。
そして、猫の額で朝ごはんを食べて、読書。気持ちいい。
昼前にスタートです。
今日は前々から「やりましょう」と言ってた車いすユーザーのおふたりとのおさんぽです。
とりま、11時半に集合。最初に昼食を食べようと思ってる「糸ちゃん」のグーグルストリートの写真を見せて「ここ、入れますか?」とおふたりに確認。
「行けるでしょう」
とのこと。よかった。次にトイレの確認。「生きセン」と「多文化交流センター」と「マダンセンター」かな。でも、マダンセンターは狭すぎるとか。なるほど。
そんな準備のあと、出発です。日差しが強い。
「こんな日に設定したの、誰や」
とか言いながら、できるだけ日影で説明を試みることにしました。
今回は集合場所が七条なので、ふだんとは逆コースです。てことは「ストーリー」の組み立ても変わります。まずは簡単に部落史を紹介して、そこから「貧困≠差別」みたいな話をして、その証拠となる建物を案内するところからスタートです。でも「排除されてた」って証拠もあるわけで、それも案内。
ここで問題発生です。案内板が読めない。車いすユーザーには奥過ぎて高過ぎる。なるほどな。
で、ここからいよいよ「差別との闘い」の話です。まずは柳原銀行です。が、ここでまたまた問題発生です。あまりにもバリアフルです。それでも1階には長ーいスロープで入れるらしいですけど、2階は絶望的です。うーん。
お次は「石碑」です。が、またまた問題発生です。説明文は石碑の裏側に彫ってあります。ここにアクセスできない。
こちゅかるさんに写真を撮ってもらってあとでシェアする方法をとりましたが、やはり直接見ること、つまりアクセスできることが大切なんだよな。
そんなことを考えながら、「糸ちゃん」へ。半分は食べたいのと、半分は宴会ができるかどうかの偵察と。うーん、完全な定食屋ですね。
でも、「赤」と「白」はあります。

「こごり」もあります。うまいわ。

「鍋焼きうどん全部入れ」はダシが絶品です!

ここでゆっくりとランチタイム。
なんでもY田さんが足を虫に噛まれたとか。かゆいかゆいと言ってはります。介助者さんがポリポリしてはります。が、なんでも施設だと怒られるんだとか。
「こんなつまらないことで呼ぶな」
って言われるとか。いや、つまらなくないし。
「痒くてかけないのはしんどいよねー」
って話になったので、思わずこの時のあとに経験した「幻肢痛」の話をしたり。
「それはたいへんでしたね」
って言われたので
「まぁでも、こんなことやった、こんな時にしか経験できないから、幻肢痛を楽しむしかないですよー」
って笑っておきました。
で、午後は九条の案内です。こちらは通常の流れでまわります。なので、パッチギ!橋とか40番地跡とか。
と、途中でOか山さんが笑っておられます。曰く
「コースが読めない」
路面がうねりすぎていて、車いすのショックが強すぎるらしいです。なるほど、点字ブロックのことは知ってたけど、「道にお金をかけずに放置する」ことそのものが、車いすユーザーから街を自由に動く権利を奪うんですね。
そして、午後の最後が「ひかり公園」なんですが、ここが自転車止めがあるんですよね。
と、Y田さん
「入れる気がする」
と言って、教習所のS字みたいな感じで中に入ってしまわれました。すごい!なので、無事説明ができました。

おさんぽのあとは崇仁新町の「やきやき」でビールです。いや、ビールが水分じゃないってことはよくわかりました。ビールを飲めば飲むほど喉が渇きます。しかたないので、裏メニュー&氷水でその場をしのぎました。そんなことをしてると、姫路からG藤さんが来られて、一緒に玖伊屋へ。

今回の玖伊屋のメインイベントは障子の張り替えです。先にIちくんが古い障子を剥がしてくれてたので、そこに貼るわけですが、ここでG藤さんが腕をふるわれました。まさか美術の教員とは知りませんでした。
さぁ、あとは飲もうか。わたしがやったのは、鳥のもも肉を焼くのと、胸肉の酒蒸しをつくるのとだけでした。
でも、いいんです。今回は同僚が子ども連れで来てくれたので、とてもうれしいです。
そんなこんなで夜が更けていくのですが、たぶん11時前にダウンしたな。記憶がない(笑)。

再起動

今日から1学期の中間試験がはじまります。が、昨日の呑みすぎでなにげにしんどいです。幸い、1時間目はカントクなし。なので、忘れていた雑務をするなど。
2時間目は受け持ってる6人講座です。ここ、去年は学年トップを走り続けた子もいたりするんですが、たぶん驚くほど点が取れないだろうな。それは、例えば小学校の頃は100点を取り続けていた子が中学校に入るととれなくなるみたいなものです。つまり「できて当たり前」から、そうじゃなくなるという、ただそれだけのことです。
試験が終わってしばし寝かせて、採点開始。あっという間に修了です。さすがに「できて当たり前」のところはきっちりとってるけど、そうじゃないところは、まぁそれなりです。でも、なかなか解いてきてくれるのでうれしいですね。
で、2時ぐらいに、突然「久しぶりに走ろうかな」という気持ちになってきました。
やはり「登山中」は、どうしても走ろうという気になりません。てか、ずっと走っていて、どのあたりで走らなくなったのか考えてみたら、肉離れした日からですね。で、年末は「おべんきょ成果」だったし、正月はノンアルのラストスパートやったし。とてもじゃないけど、走る気分じゃありませんでした。でも、3学期になって、子どもたちが「走り」の授業になったので、ちょこっとつきあったけど、校内ロードレースが終わると「走り」の授業がなくなるので、そのあたりで気持ちが切れて、なんとなく走らなかったんですよね。
それが、最近「やばいな」と。お腹がプクプクになってきています。これは絞らねば。
ということで、突然「走ろう」気分になったわけです。
ところが、まわりの人から「今は暑いからやめておけ」と全力でとめられました。なので、4時までガマン。4時になってグランドに降りると、誰もいません。そんな中をゆっくりゆっくりと、6周走りました。距離にして2kmちょい。時間は17分ほど。てことは、1km走るのに8分もかかっています。でもいいんです。そこからです。
走り終えたら少しだけ筋トレ。
なんかうれしい。

これでできる→定型句か

今日は午後から出張です。なのでついでに休みをとって、免許の裏にハンコを押してもらおうかなと。そんなことを思ってたら、時間的にパートナーの母親を病院に連れていくことが可能みたいなんで、そんな用事もしようかと。
てことで、結局、起床はいつもと同じ時間になってしまいました。なんのための年休やねん(;_;)。でもま、ええかと。
そんなこんなで押してもらいました。

これでレンタカー屋さんに連絡できます。

午後は某人権教育研究会の、まぁ言ってみれば総会です。第1回の総会は、小中高から1本ずつレポートが出て研究協議です。わたしは不文律的に決められた役割があります。去年一昨年もやりました。
で、今日もレポートが終わると会長やってる友だちが後ろ振り返って「言え」とか合図してきます。なんでこの歳で鉄砲玉やねんと思いながら発言です。
小学校のレポートは、掘り下げるとおもしろかったかな。メッチャしんどい家庭の子がいて、担任の時も家庭訪問してそのしんどさをわかってたけど、加配になって家庭訪問したら、担任時代の「わかってた」は「わかったつもり」だってみたいな。いろいろ質問したけど、最後に質問したのは「せんせいの変わり目はわかったけど、子どもも変わっていってて、その中で記憶に残る言葉とかありますか?」ってこと。すると「覚えてない」と。「覚えてないけど、やたら握手してたのは覚えてます」と。「そういう子でした。とにかくおもしろい子でした」と。
おもしろかったんやろな(笑)。
わかるわ…。
中学校のレポートは…。不登校の子どもにかかわるレポートです。ていねいです。とにかく家庭との連携をしっかりとられてます。でも、何となくそこが気になる。あれだけ家庭訪問とかやってたら、家族や子どもにすごいプレッシャーがかかったんじゃないかな。そんなことを思って質問したら、その子は不登校を脱出したんだとか。きっかけは「絵」だったとか。まぁ、きっちりとしたとりくみがあったからこそ、そのきっかけがあるんだろうけど、「なにやってんだろ、あたしゃ」って気分になるだろうな。あと、どうやら家族の仲がいいことも原因なのかな。学校からのプレッシャーをうまくいなしながらやってたんじゃないかな。そうなると結局は「家庭の教育力」なわけで「なにやってんだろ、あたしゃ」になるんですよね。
高校のレポートは、障害のある子へのかかわりです。これもていねいなとりくみをしておられます。もちろん当該の子だけじゃなく、まわりの子にも働きかけてて、進路も保障できてて、満点です。が、気になる箇所が…。「消極的なところがこの子が克服すべき課題」って書いてある。もちろん、それはそうなんだろうけど、その「消極さ」は社会的に強いられたものっていう観点はあったのかってことです。なので、そんな話とともに、事例として、「部落出身の子の低学力の克服のために個別のとりくみはしてきたけど、常にその背景に社会的な問題があることを心に刻み、それそのものをなんとかしなきゃならないと思ってきた」って言ったんですけど、それが気にくわない人がいたらしい。
「部落問題はあってはならない差別。それに対して障害は歩み寄りが必要なこともある」
出た「あってはならない差別」。定型句です。てか、まったく論点が違うし、わけわからんことを言われてですね…。
わたしが言いたかったのは「社会モデル」と「病理モデル」の話なわけです。それに対して「手話しか使わないって人がいるけど、それだったら関係が成り立たないから、妥協が必要」とかいう話は論外だし「車イスに点字ブロックはジャマなので妥協が必要」って話は読み筋が違う。果ては「多数者にあわせることも、場合によっては必要」だと。いや、手話の話は、そういう「妥協を強いる多数者」へのカウンターなんだってば。
さらに部落問題を特権化してる。なんでそうなるかなぁ。
もちろん「いや、だから」と反撃だけはしておきましたが、めんどくさいな。
幸い、レポーターは意図をわかってくださったみたいでホッとしました。
まぁでも、個々の問題をバラバラに捉える人と、個々の問題の個別性を踏まえたうえで共通するところを探す人がいるのかな。わたしは明らかに後者なんですけどね。
ま、そんなこんなで出張も終了。

夜は定例の会議→飲み会。
会議の前の「赤いガソリン」も定例です。
こちらはホッとするなぁ。

やはりうれしい→やはり楽しい

何が悲しくて日曜日なのに5時に目が覚めるねんと思うのですが、飲んだ翌日ってこんなもんですね。ちなみに、6時に目覚ましをかけてるので、ほんの少しだけ睡眠。
で、7時前にスタート。向かうは第2のふるさとの近くの教習所です。この日に入所して、5時間乗って、今日が卒検です。もっとも前回がなかなかだったので、少々不安ではありますが…。
てことで、待合室で、頭の中でコースを走ります。9時10分から説明開始。その後、検定です。緊張します。ちょっと脚が震え気味です。まぁ緊張もあるけど、たぶんシートの位置がひとつ後ろなんだな。まぁしかたないです。とにかく左折の脱輪を気をつけることですね。それさえなんとかすれば、なんとかなるでしょう。
で、コースを最後までまわって、車を降りて、検定員から「合格です」とのお言葉をいただきました。よかった…。
ちなみに、もうひとりの人、メッチャクチャうまいんだけど、あとで「条件に「眼鏡等」って書いてあったけど、メガネしてなかったぞ…」と思い出すなど。どうなったんだろ…。
で、午後は関西インクルーシブ教育研究会です。はじめて参加したのが1年弱前です。そこから、できるだけ参加したいと思っているのですが、一度参加できなかったら「次回日程」の決定に参加できないので、なかなかやっかいです。今回はたまたまあいていたのでラッキーでした。
ただ、遅れての参加で、「たぶん文献購読には間にあわないだろう」とタカをくくっていたのですが、順番が文献購読があとになったみたいで、本を読まずに参加するという、最悪の参加のしかたになってしまいました。それでもここの論議はあちこちに飛んでいくので、それなりにからむことができるのがうれしいです。今回の文献は『ウェルビーイングを実現する学力保障―教育と福祉の橋渡しを考える』でしたが、「ウェルビーイング」と『「力のある学校」の探究』の関連性あたりなら論議に参加できるかな。
てことで、
「「力のある学校」って、2003年ぐらいから出してきはったけど、あれ、その前年の2002年の同和施策の法切れの中で「やってきたぞ!」「意味があるんだぞ!」ってことをアピールして、「同和教育から人権教育へ」という流れの中でも同和教育を位置づける、ひとつの方略だったんじゃないですか?」
みたいな発言をしてみるなど。
でも、これはけっこういいところをついたみたいでした。
そこから「アカウンタビリティ」のこととか、「人権教育の生き残りのさまざまな方法」とか、あちこちに話が飛びまくって、今回も終了。
あー、楽しかった。