ゲンコのちウトロのさんぽ

朝、寝坊をしようと思ってるのに目が覚めたら5時半です。なんでやねん。それでも6時半くらいまでおふとんの中でmastodonを見ながらゴロゴロ。
朝ごはんを食べたら、速やかにPCの前へ。ざっとメールチェックをすませて、ゲンコです。
とりま、昨日気になってたところを少し修正。そして結語の部分をつくります。あとは文献と注を入れて、文字数チェック。アカン。メッチャオーバーしてます。まぁ、はじめ8000字も書く内容ないようと思って無駄な文章で水増ししてたからな。なので、水増し分をバサバサカット。まぁなんとか収まりました。
ここで10時です。
なんで日曜日の朝からゲンコをやらなきゃならないんだと思いますが、すべては引き受けたわたしのせいですね。にしても、なんで専門外の文章の依頼が来るんだろう。
とりま寝かせましょう。あまりにも駄文だし、あまり読みたくないです。でも、かなり推敲しなきゃヤバイはずです。
てことで走りに行きましょう。今日は40分走にしようかなと。1kmを6分40秒で走れば40分走ると6kmという計算です。いい感じです。
という感じで走ってましたが、5km地点でスマホアプリが「minuts and fifty nine seconds」とか言ってます。ん?59秒?6分59秒?遅すぎ。いや、5分59秒?速すぎ?おかしい。
帰ってきてチェックすると5分59秒でした。速すぎました。まぁたぶんそういう身体になってるんでしょうね。最終的には1kmを6分14秒でした。速すぎです。
午前の残りのタスクは補強かな。
その後、昼ごはん。ビールがうまい!
で、すみやかにスタート。向かうは今週もウトロです。今日はKちゅかるさんプロデュースのウトロツアーです。で、なんとなく案内役を頼まれて、なんとなく引き受けてしまいました。まぁええか。
伊勢田駅に集合して、みんなでウトロに移動。今日は車イスユーザーもおられますが、まぁいつもと変わりなく。
まずは館内の案内です。わたしも知らないことだらけですが、それでもはじめての人に少し説明はできるかな。ただ、やはり運動のあたりは弱いですね。あの頃は焼肉の準備のほうが好きやったからなぁ。しかも、途中で抜けたし。まぁ他のことが忙しくなったんですけどね。
ひと通り館内を案内をしたら、周辺の案内です。こればかりはかつてのウトロを知ってないとムリでしょうね。わたしも自分の中でかつてのウトロと今の地形を重ねながら説明します。なので、まだかつての姿が残っているところは説明しやすい。
説明してると、農楽隊のオモニとばったり。
「先週はありがとうございました」
「がんばりや」
なんか、いかにも「中の人」感があって、ちょっとうれしかったり。
で、ぐるっとまわって、周辺のおさんぽ終了。
もう一回館内を見てほしかったけど、時間的にも体力的にもきついかな。その代わり、ウトロ喫茶でみなさん自己紹介をしておられます。が、わたしはいろいろ事務局と話があるのでそちらの方へ。
すると、Kちゅかるさん
「思ったより中の人なんですね」
ええ、まぁ、なぜかね(笑)。
で、みなさんが帰られたあとも、しばし1周年の企画展の話とか。でも、6時前になったので、そろそろ帰りましょう。
外に出たら6時前なのに暗いです。そんな季節なんだなぁ。
さてと、帰ってビールを飲んで、新しい週に備えなきゃ。

そして今年もやってきたLL

朝、職場に着いて朝ごはんを食べたら、さっそく準備を開始です。D-sub15を用意したり、HDMIケーブルを借りてきたり。はたまたPCを応接室に持っていったり、とにかく準備です。
そして1時間目は授業。今日はプリント学習です。簡単なプリントだから、3枚出したけど、2枚でやめてしまう生徒がいますね。最後までしがみついた子の勝ちなんだけどなぁ。
お次の空き時間で視聴覚教室の準備です。とにかく、この手の準備をしておかないと、直前にやるとろくなことがありません。
そして授業。ベクトルは淡々と進んでいきます。
4時間目、再び準備です。空き教室にマイクセットを運んだり。そしておべんとです。今食べないと、あとはずっと食べる時間はありません。食べ終わったらお迎えです。
今回はS納さんがお休み。9冊体制です。駅に着いたらみなさんやってこられました。それにしても、Rぽたん、体調が悪そうです。大丈夫か?
そんなこんなで応接室に全員集合。少しパタパタしたけど、無事、今年度のリビングライブラリ、スタートです。今回はおふたり「本」が入れ替わりました。なので、わたしはそのおふたりを聞くことにしましょう。
まずは「福祉について考えていき隊」の切り込み隊長Tさんです。てか、この結成の日に来てもらうかなと思ったのでした。
で、読書スタートと思いきや、PCをプロジェクタが認識しません。HDMIケーブルがあかんのか?交換してみましょう。が、ダメです。うーん…。そうだ、アナログでつなごう!つながりました。
で、スタート。Tさんはうちのガッコの卒業生なので、そんな話から。そして「福祉」という仕事の紹介。そこから発達障害の分類へと。と、「実は、こんなの現場では意味がない」と、バッサリ。大切なのは「相手のことを知る」ことだとされます。そこから出会ってこられた入居者のみなさんの話。
うーん。インパクトが薄いな。じゃ、質問で深めましょう。
「あの、電車の中でたまに大声出してる人、いますよね。本人しかわからないのはそうなんでしょうが、どういうことを感じておられると思います?」
こういう問いを出すと、そこへの返事がいい。うれしいんだけど、それを表現するのが苦手だから声を出しているのかもしれない。あるいは、電車は好きだけど、音が苦手で、一生懸命自分をなだめているのかもしれない。おそらく、いろんな入居者さんのことが頭の中にあるんだろうな。
「じゃ、こわくないんですね?」
「こわくないです」
終わったあと、少しだけ、お願い事をしておきました。
第2セッションはKさん。Aっちゃんと入れ替わりです。こちらは少しだけ自分の話をして、あとは質問タイムをとられました。
とにかく赤裸々な話に応える子たちで、その問いとからめて少し深めた話をつけ加える感じです。なので、質問。
「なぜゴムをつけるんですか?」
「感染症予防のためです」
隣の体育の教員がめっちゃうなずいていました。
「カミングアウトしていない状態とカミングアウトしている状態は、どっちが楽ですか?」
「自分の場合はカミングアウトしている状態ですね」
「それって、カミングアウトしていなかったら異性愛者として扱われるからですか?」
「そうですね」
みたいな。
基本的には、質問は生徒に聞かせたい内容を出します。あたりまえですが。
そんなこんなで、今年のリビングライブラリも終了。あとは、仕分けタイムを経て、いつもの反省会です。
今年は若い衆が来てくれて盛りあがりました。が、トラブル発生。放っておこうかと思ったけど、責任者としては介入せざるを得ませんね。なので、しばしケンカ。まぁええか。
そんなこんなで、ホットな反省会、終了です。なんか、クールダウンがしたくて、コンビニでチューハイを買って、駅で飲みましょう。と思ったら、先に帰ったKさちゃんRぽたんが駅にいます。そうか、エレベーターの修理中で、前の電車に間に合わなかったのか。
てことで、駅員さんに「国鉄の方がいいですね」とか、わけのわからん話を笑顔でからんで、ごめんなさい。その後、みんなで2次会です。

ごめんなさい。
そんな感じで、支離滅裂な終わり方をした、今年のリビングライブラリでした。
みなさん、これに懲りずに、来年もよろしくお願いします。

正しい焼肉

朝は少しゆっくり。朝ごはんものんびりです。とにかくゆっくりの朝はいいですね。昼前までゆっくりして、スタート。向かうはウトロです。先週もウトロに行ったけど、今週もウトロです。ちなみに、来週もウトロだけど、再来週もウトロです。どんだけ行くねんと思いますけど、もっと行ってる人がいるから、わたしは行ってないほうやな。
今日はあちこちで「まつり」があります。
例えば東九条マダン。あるいは生野パーク。たぶん他にもイベントがメッチャあります。数あるイベントの中でも、もっとも地味なまつり「伊勢田文化祭」が、わたしにとってのメインイベントです。
てことで、農楽隊のみなさんと合流。みなさん、メイクに余念がない。さすがです。わたしもパヂチョゴリ&トゴリに着替えてスタンバイ。
まずは広場で焼肉してる人たちの前で練習がてらの農楽です。
楽しい。
その後、伊勢田小学校に移動です。出番までしばし他の出し物を鑑賞。待機中のみなさん。

やがて出番が来ました。
まずはわたしの口上。なんでもこの日の口上がよかったので、今日もやれとのことです。なので、こんな話。

みなさん、こんにちは。ウトロ農楽隊です。
みなさんの前で「ウトロ農楽隊です」とあいさつするのはたぶん15年ぶりぐらいです。ウトロ農楽隊、再結成しました。
かつてウトロ農楽隊は土地問題と闘う先頭に立っていました。
でも農楽は、もともとは春に豊作を願い、秋に豊作に感謝しする、生活に根ざしたものです。それはウトロにおいてもそうでした。ウトロの生活のとともに農楽やムヨン(踊り)ですね。がありました。
かつて闘いの先頭に立っているときはミスは許されませんでした。ですから、みんな難しいチャンゴは遠慮してました。でも、今日ご覧になるように、みんなチャンゴを叩きます。実はみんなチャンゴが叩きたかったんです。土地問題が決着した今は、楽しむために農楽をやっています。ですから、今日はぜひ闘いではない、ほんとうのウトロの農楽、そしてムヨンを一緒に楽しんでいただきたいと思います。
それからもうひとつ、みなさんにお伝えしたいことがあります。
それはliving togetherという言葉です。これはHIVの啓発で使われる言葉です。この言葉には「わたしたちはすでにもう一緒に生きている」というメッセージがこめられています。
実は今日、同じこの時間に京都市内で「東九条マダン」というお祭りが開催されています。この東九条マダンからも出てほしいと言われてました。でも、わたしたちは、この伊勢田文化祭で叩きたいと思いました。それは、ウトロの人々は伊勢田のみなさんとともに生活しているからです。
ぜひまたウトロに遊びに来てください。いまは平和祈念館があります。そこでウトロのことをあらためて知っていただき、交流できればと思います。
わたしたちは、すでにもう一緒に生きています。そしてこれからもともに生きていきましょう。
では、まずはキムスニさんのムヨンをお楽しみください。

スニさんのムヨンに続いて農楽です。かつてと違って、立って叩ける人が半分くらい。でも、座ってでも叩けるのがいいです。そのぶん、動ける人が動く。10分ばっか叩いて終了。
楽しい。
文化祭の出し物がすべて終わったところでウトロに帰って、普段着に着替えて、焼肉開始。


これが正しいウトロの焼肉です。
焼肉食べて、ビールを飲んで、タッペギ飲んで。やがてみなさん、ウズウズしはじめます。
「やる?」
「やろ!」
てことで、農楽開始。みんな叩くわ踊るわ。

楽しい。
こんな時間が帰ってくるとは思いませんでした。
暗くなったら工務店ライトを出して、まだまだ続きます。そうこうするうちに、はじめて叩く人にチャンゴ教室がはじまります。
このチャンゴへの近さで、わたしはウトロにハマってしまったのでした。
ウトロのチャンゴは芸術でも闘いでもない。生活です。日常です。そこに入れてもらえる。
やがてお開きの時間。速やかに片づけ開始。でも、何をしたらいいのかわからんので、テントの片づけとブルーシートの片づけて許してもらいました。
そんなこんなで、至福の日曜日が終わりました。さてと、帰ってシャワーを浴びねば。明日は仕事だ。

なんとか間にあった

朝起きたら猫の額で朝ごはん。

新聞を読みながら、静かなひとときを過ごします。
で、朝ごはんを食べ終わったらプレゼンづくりです。なにせ、今日の1時からネットで話さなきゃならないのですが、まだ完成していません。それでも引用箇所はチェックしてあるので、それをスライドに落とし込むだけです。とは言え、落とし込むのはそれなりに時間がかかります。早めの昼ごはんを食べて、12時半にようやくスライドが完成しました。ふぅ。
ただ、これが完成したら、ゲンコの方も少しは進むというものです。
で、お座敷開始。と思いきや、ミーティングがはじまっていません。どうやらトラブルがあったようです。なんだかんだで1時半にお座敷開始。
最初は「言い訳」からです。
今日のお題は「性の多様性教育をどのようにすすめるか」。そんなん知ったことではないです。いや、興味がないというわけではなくて、わたしの専門外ということです。しかも、人権教育担当としての実践もない。そういうわたしになにをしゃべれと。
なので、中身の話は一切なしです。
それでも終わったら「おもしろかった」と言ってもらえるのがこわいです。こうやってまた、ネタがひとつ増えるのか?
で、3時にオンライン終了。
さて、走りに行きましょう。今日は時間ではなく、距離ですね。まぁ、周回コースだからそうなるわけです。
結局5kmを32分30秒くらいで走りました。1kmが6分30秒~40秒。いいペースです。てか、今のわたしには早すぎるかも。まだシーズンははじまったばかりですからね。
で、夜は久しぶりにサイゼ。
前半は焦ったけど、後半は少し充実した1日でした。

朝と夕方をハードにこなし、工作をする

今日の集合は7時です。
職場に到着したら、1年生がひとりだけ。なんでも3年生もひとり来てるらしいけど、こんなのでいけるのか?
それでもスピーカーをグラウンドに運んでもらって、わたしもグラウンドに移動して朝ごはん。少し冷えた朝の空気の中、誰もいないグラウンドを見ながら食べる朝ごはんはおいしいです。この光景は、この時間に来なきゃならない人間にしか見られません。
そうこうするうちに、少しずつ部員が集まってきたので、準備のピッチをあげましょう。てか、部員じゃないのがひとり混じってるぞ(笑)。まぁ「放送部友の会」なんでしょう。
途中、伝統芸能の「さる」をやらせようとしたら、1年生ができない。情けないな。今年はわたしがやりました。
そんなこんなで、8時過ぎに音がなりました。よかった。
しかし、みんな集まるのが遅いぞ。
で、開会式。うーん、去年のままだったデータ、修正するのを忘れてました。来年へ向けてやっておかねば。ただ、去年もワチャワチャだったらしいし、今年もワチャワチャなので、同じ状況です。どこかにメモをしておかねば。
競技がながらに流れはじめたので、わたしは職員室へ。やらなきゃならないゲンコに取っ組みます。ちなみに、かなりムリクリつないでいますが、どうしても三段跳びくらいにムリクリなところの「つなぎ」を思いついたのが、今日の収穫ですね。とにかく書かねば。
昼前になったので、再びグラウンドへ。昼休み中の指示だけ出して、わたしもおべんと。
午後はJ体操からの行進です。
それが終わったら、再び職員室へ。まぁこんなのも毎年のことです。やがてリレーの時間が来たので、再びグラウンドへ。
それにしても、みんな速い。ガチで走ってます。ふと、自分が担任をしてた頃の子どもたちを思い出して、遠くまで来たなぁと思うなど。
今年も3年生のクラス対抗リレーは「We will rock you」です。そして今年も手拍子が出てきます。わかりやすい子らです。
そんなこんなで閉会式。そして崩しです。
崩しの「さる」をある1年生にやらせたら「痛い」とか言いながらできたので、来年はまかせましょう。ちなみにこの子、メッチャ重たいスピーカーを「やばい」とか言いながら運ぶ子なので、なにげに信頼しています。
と、撤収している部長のクラスが卒アルの写真撮影をしてるとのこと。なんか「制服着てこい」とか言われて、パニクってます(笑)。そりゃ、ムリやわ。
それでも、4時過ぎにようやく撤収完了。最後はケーブル拭きという恒例行事です。3年生が
「やったなー、思い出してきたわ」
とか言ってます。よしよし。
さらに、なぜか放送室の片づけがはじまります。久しぶりにPCに火が入り、アンプの電源が入り、スピーカーから音が出ました。よしよし。
家に帰ってビールを飲んだら工作開始。できたのはこれです。

純セレブスピーカーというらしいです。
前から気になってたけど、なんとなくNobsoundのアンプを買ってしまい、なんとなくダイソーでスピーカーを買ってしまい、なんとなくスピーカーユニットをとりはずし。ここまではよかったのですが、エンクロージャーをつくるのがひと苦労。とりま百均で紙箱をもらって、いろいろ測ってつくりました。片側は苦労したけど、もう片方は楽勝でした。
いろんな音楽試してみたけど、ピアノとかボーカルはいいですね。しかも、中に紙を入れるとドンドン音が変わっていきます。おもしろい。もう少し鳴らしたら、たぶんもっと音が変わりますね。楽しみです。
てか、両スピーカーの真ん中に顔を置いたら、びっくりするほど定位します。笑ってしまいました。スワン以来の感動です。
てことで、今日はテレビを見ずに寝ちゃいました。

今日も変則ダブルヘッダー

朝イチ、おにぎりを持って移動開始。今日は諸般の事情で車の移動です。行きはマージンを見て高速を使いました。
で、到着したのは滋賀県南部の町。そこまでの道中が、なんとなく森の中を走る感じだし、町には大きな川が流れてて、あらためて滋賀県っていいなと。着いたのはお座敷1時間前なので、ホールの駐車場でしばし休憩。ちなみに駐車場も広いし、あらためて滋賀県っていいなと。
で、会場に入ってみなさんとごあいさつ。担当の方から
「気さくな人って聞いていて、会うのを楽しみにしてました」
って言われて恐縮するなど。まぁ、気さくというか、貫禄も落ち着きもなにもないだけですよ。
しかし大きなホールです。何人入るねん。しかも音響がいい。てか、今日日2階の卓とipadでつながってるのね。スピーカーを見るとBoseです。

すげぇ!
と思ったら、なんでもスピーカーを変えたときに、下のスペースができて、そこに板を貼ったんだけど、無地もなんなのでステッカーを貼ったんだとか。どんな茶目っ気やねん。
そんなことを考えてたら、お座敷の時間になりました。ちなみに、与えられた時間は1時間20分。あまりにもヤバすぎます。しかも、なんでも小ホールを使いたかったけどあいてなくて大ホールになったんだとか。たしかに人と人との間隔があいてます。フィジカルディスタンスをとるにはいいけど、笑いをとるにはヤバイです。なので
「笑ってください」
とコメントを入れたりしますが、その時間がもったいない。
てことで、マシンガントークが暴発してしまいました。ただ、みなさんを見てると、反応があります。てことは聞き取ってくださってるのね。おそらく音響がいいからですね。そこは大ホールです。笑い声は聞こえてこないけど、明らかに笑ってくださってるのでしゃべりやすい。
てことで、途中枝葉は切ったものの、最後まで走りきれました。なんか、すげえな。
終わったところで
「早口ですみませんでした」
と謝りにフロアに行くと
「途中で慣れた」
とのこと。よかった。そこから30分ほど雑談。いろいろ感想を聞かせてもらったり、地域の話を聞かせてもらったり。こういう時間が大切ですね。が、明らかに主催者の人が焦っておられます。たぶんホールを借りてる時間が来るんだな。
てことでお開き。実は来る前は「しんどいな」と思ってたけど、終わると楽しい時間だったので、ありがとうございました。
で、ウトロに向けて移動開始。今日はウトロで右田隆さんのひとり芝居「九条への生還」があります。なので、今日も音響です。しかも、なぜか農楽隊の練習もあります。てんこもりです。
早めに着いて、おにぎりを食べて、セットだけしましょう。と、ミキサーとアンプをつなぐコードを忘れてることが判明。これは音が鳴らんな。あわててガッコにとりに行くなど。まぁ近いからできることですね。てか、ちゃんと準備しろよ、自分。
ウトロに帰ってきたら、ほとんど時間がありません。どりま、音が出せるところまで準備して、あとは演者の右田さん・川口さんが来られてからですね。
てことで、農楽隊のリハーサル。今回はチンを担当します。やはり重いな。でも楽しい。楽しいけど難しい。チンってひとりなのでごまかしが効きません。
そんなこんなで小一時間練習をしたら、そこに来られてた右田さんが、なぜかオモニたちのために「九条への生還」をフルにされるなど。マジかよ。しかも、ウリマルと英語と日本語のトリリンガルバージョン。すげえな。
でもわたしは音響のセッティングをしなきゃなりません。
てことで、音響セットして、川口さんのリハ。
「外音はうまくいってますか?」
と聞かれてビビるなど。そうなんだよなぁ。中音と外音なんだよなぁ。ライブのときのために、音響セットを考えなきゃなぁ。
やがて右田さん登場。ワイヤレスをつけておられるので、こちらのセットに接続。こちらはうまくいってますね。
あとは右田さん、マッコリ飲みながら、ずっとしゃべっておられます。たぶんそういう人ですね(笑)。
6時になったところでイベント開始。
まずは川口さんのボーカルから。

相変わらずパワフルですね。しかし、あの元気はどこから出てくるんだろう。
そして右田さんの芝居。

すごいですね。思わず引き込まれてしまいます。
「世界の子どもたちは戦争を知っている。でも、日本の子どもたちは戦争を知らない。それは九条が守ってくれているから。だから九条を守ろう」
なるほどな。戦争を知らないことを「現実を知らない」的な言い方で否定的に捉える方法もあるけど、それは肯定すべきことなんだな。
そんな感じでイベント終了。
「音響のおかげで安心してつぶやけました」
とのうれしいお言葉。こちらこそ、ほんとうにいい芝居を見せていただきました。
さてと。さっさと撤収して帰ろう。マジで疲れた。

「遊所」としての祇園・清水の歴史 ー門前町の成立と展開ー

今日は午後から講演&フィールドワークの出張です。ちなみに、講師は下坂守さん、タイトルは「「遊所」としての祇園・清水の歴史 ー門前町の成立と展開ー」です。すでに人権教育研究会の講演かどうかわからないタイトルですが、これもまた人権です。
ちなみに、下坂さんの話は4年前3年前の2回聞いています。それぞれ近接する内容ではありながら、別の話で、メッチャおもしろかったし、いろんなことがストンと落ちた記憶があります。なので、ぜひとも呼びたいと思っていました。ただ「マニアックすぎるかなぁ」と思って伸ばし伸ばしにしていました。が、近年のcovid-19のために遠方へのフィールドワークを自主規制してるので、京都府内で行き先を考えなきゃならなくなって、それなら下坂さんにお願いできるではないかと。てことでお願いしました。
もちろん、みなさんには「マニアックですよ」とは伝えてあります。が、同時に「マニアにはたまらないですよ」とも伝えてあって、さぁどうなるか。
講演開始は13時ですが、会場設定のために12時には行かなきゃなりません。それのさらに事前準備のために、朝イチは家で待機。で、頃合いよしとスタート。会場設営をして、ひと息です。ところが下坂さんが13時直前になっても来られない。もしかしたらと思い、メールの過去ログを見ると、暫定的に13時半と伝えたメールがあるだけで、確定した時間を伝え忘れていたことが判明。アカンやん。それでも13時に来られました。
「すみません、伝え忘れてました」
「いいですよ。そのままはじめましょう」
どんだけものに動じない人やねん。そういや、4年前にも「資料を使ってください」って言われたし、きっとそういう人なんやろなぁ。
てことで、到着されて、すぐに講演開始です。
今回の話は近世における祇園の成立がひとつのテーマです。ここで、近世の祇園近辺の地図や絵図をこれでもかとばかりに何枚も何枚も見せられます。このマニアックさがたまりません。特に今回は「遊所としての祇園」なので、そこで働く女性たち[1]茶立てや遊女や芸妓・舞妓が、幕府と祇園社や建仁寺の利害関係の中でさまざまに翻弄されていく姿を語られます。
それにしても、文書や絵図を見ると、歴史の変遷はわかる。でも、歴史学者って、それがなぜだったのかを考えられるんですね。で、それを裏づけるための資料を探す。そうやって、ひとつひとつの歴史を位置づけていく。
印象的だったのは「これがどこにあったのかはわかっています」「これがいつだったのかはわかっています」という言葉が何度も出てきたことかな。そこまで確定させているってことです。
やがて話は清水の話へ。なんでも清水寺の舞台は3つあったんだとか。でも、現在はふたつしかない。消えたひとつはなぜ消えたのか。これをまた、丹念に絵図と文書から明らかにしていかれます。「執念」という言葉が頭をよぎります。たぶん「知りたい」んだろなぁ。
なんでも清水が焼けて、時宗の僧侶が勧進をして清水寺を再建したんだとか。でも、その僧侶は清水の中に入れてもらえなかった。そこで、清水の隣にお寺を建てて、その横に清水寺を模した小さなお寺をつくった。ところが、時宗の寺が焼けて、それが小さな寺に延焼して、清水の舞台が焼けた。そんな中で、時宗の寺は谷向こうに追いやられ、小さな寺は撤去された。なんか、そんなストーリーでした。
そして最後の最後に「坂」の話。
清水の絵図には清水に参拝する人がたくさん描かれてます。でも、そこに反対方向に行く人が何人かいる。それが「坂者」です。腰になにやら吊り下げてます。「弦(つる)」です。ここから、弦を売るのが生業だったことがわかります。さらに弓矢町の入口にある門の横で物乞いをしてる人がいます。死者の服である白装束や柿色の服を着てることから「癩者」とわかります。したがって、ここが物吉村であることがわかります。そんなことをサササっと、でも濃密に説明されました。
1時間半の濃いぃ講演の後はフィールドワークです。
まずは清水坂を東へ。ここ、尾根道だったんですね。両側を音羽川と轟川が流れてたんだとか。やがて秀吉が新しい五条通りをつくって、そちらにメインストリートは移動して、そのあたりに非人小屋をつくったんだとか。でも、後に再び清水坂も発展する。
その後、東山通りができる前の南北の道へ。この入り口のあたりが鳥辺野で、そのあたりに無縁仏を放り込む穴があったんだとか。で、南北の道にもやっぱり非人小屋をつくる。まぁこのあたりは、もともと田畑しかないところだったわけですからね。
南北の道を抜けると松原通りです。ただ、ふだんのパチモンおさんぽの時はもっと手前で引き返すので、「へー」という感じです。
そして「弓矢町」です。
「坂者」は弦を売るだけじゃなくて、葬送が終わったあと、その道具を奪う権利があったんだとか。このあたりになると、今の価値観からは理解できません。あと、鴨川の河原の耕作もやっていたんだとか。これ、おそらくスキルが必要で、坂者にしかできなかったのかな。だから、坂者はけっこう裕福だったらしいです。さらに同じ非人でも、清水近辺の人たちは外部から流入してきた人であるのに対し、坂者は地の人なので、まったく違うとのことです。ちなみに、弓矢町は祇園社の寺領でも建仁寺の寺領でもない。どうやら、愛宕念仏寺の寺領ということを主張してたとのことです。で、その愛宕念仏寺は坂者が交代で管理してたので、独立した寺領でいられた。さらに坂者は祇園祭のキヨメをやっていて、先頭の人がそれにあたる。さらにその後ろに武者の姿をした人が配置されていて、それも坂者がやっていた。今はその役目はないけど、今も祇園祭の時は弓矢町のあちこちに兜や鎧が出されるんだとか。
そして物吉村(長棟堂)あとです。
物吉村もおもしろい。どうやら物乞いも権利で、都のあちこちに物乞いをするルートがあって、まぁおそらく追い払うためだろうけど、けっこうな金額を集めることができてたらしいです。だから、「死を待つ貧乏な人」という悲惨なイメージとはまったく違ったらしいです。なんなら、癩を患ってなくても癩者になりすまして物吉村にいた人もいたとか。となると「業病」とかいって感染を恐れられてたんじゃないかって話にも疑問がつきますね。逆に言うなら「業病」って概念は、例えば物乞いの権利を剥奪する過程でできた案外新しいものかもしれませんね。知らんけど。
ここから団栗通りのあたりへ。四条通の両側、祇園の門前町は「ちゃんとした」遊所で、多様なニーズに応えられる場所は、もう少し南側。つまりこのあたりだったんだとか。ここで「陰間茶屋」という名前が出てきて震えが走りました。思わず
い「いたんですね」
下「いましたね。たくさん史料が残ってます」
とのこと。
そこから建仁寺の前にある花見小路です。ここが京都で一番新しい「遊所」です。入口にある「一力」は昔からあったんだとか。ちなみにもともとは「一力」ではなく「万」で、「よろずや」だったらしいです。
ただ、花見小路はもともとはここから南しかなくて、北へ向かう道がなかった。つまり、「おたふく」前の道はなかったってことです。北へ向かう道は「切通し」だったんだとか。で、「切通し」に来た時、思わず「ここかぁ!」と叫ぶなど。おさんぽコースです。
最後は、大和大路の入口で説明されます。一銭洋食の店の人が不思議そうな顔をされてます。
「ここが大和大路で、あそこが目やり地蔵。あっちが南座です。かつて鴨川の堤防はこの大和大路だったので、南座は河原にあった」
とされたあと
「京都はいろいろなものが残っていて、地図や絵図と今を比較するといろんなことがわかります。ただ、今の人は、そういうことに興味がなくなってきてるように思います。たいへん残念です。なので、もっと研究が進むことを願っています」
でフィールドワーク終了。タイムオーバーで余部まで行くことはできませんでしたが、ほんとうにメッチャおもしろかった。
実は下坂さんの説明で五条・四条をまわるのは夢でした。やっと実現したなぁ。

その後、夜の仕事へ。今日から模擬授業がはじまります。学生さん、うまいなぁ。きっとプレゼンの場をかなりこなしてるのかな。
まぁわたしが言えるのは「何を」ではなく「いかに」です。なので、そんなコメントを少ししておしまい。
長い長い1日が終わりました。
今日のビールはうまいだろうな。

footnotes

footnotes
1 茶立てや遊女や芸妓・舞妓

トランスジェンダー国会

そもそもの発端は、8月末の論客との飲み会でした。その時に10月12日に東京に来てほしいというオファーがありました。正直言って「マジかよ」と。なにせ、週のまんまん中の平日です。その後、仕掛け人のとまとさんからメールがあったけど、ふにゃふにゃ言ってペンディングしておきました。が、日程が近づいてきて、そろそろペンディングもできなくなってきて、どうするかと。時間割を確認すると、行って行けないことはないなと。ならば行くかと。
ということで、ここ数日交流会のみなさんからいろいろ声を集めてました。昨日それをまとめたものをとまとさんに送って、今日が本番です。
なんでも永田町に10時集合なんだとか。てことは、いつも乗ってる電車と同じ時間に出る新幹線に乗らなきゃなりません。てことは、いつもと変わらない時間に家を出なくちゃならんといゔことです。せっかく労働者の権利を行使してるのに、なんでやねん。で、駅まで急いでいたら、突然足元が「カコン」とかいって、そのまま転倒。ヤバイな。擦り傷はいいんだけど、肋骨が痛い。ヒビが入ったかな。
それでも駅まで急いで、なんとか間に合いました。
新幹線の中ではひたすら準備。メモをとったりアンダーラインを引いたり。と、ペーパーを見ると、体液の跡が…。あかんやん。
そんなこんなで東京駅に着いて、地下鉄に乗って国会議事堂前へ。

レインボー国会以来なので5年ぶりか。
しかし肋骨まわりが痛い。で、参議院会館の前に行くと、「それらしい」みなさんが集まっておられるのが見えて、あそこだなと。で、話を聞くと「登壇者は10時半」とのこと。えーと。なんのためのヒビ[1]たぶんだ?
会議室が開くと、速攻準備開始です。が、身体が痛いので、手伝いは断念。やがて登壇者も来られて、国会議員も来られて、参加者も来られて、11時から「トランスジェンダー国会」がスタート。
まずは国会議員のあいさつから。えーと、どんどん時間が後ろへずれ込んでいきます。どうするねん。やがてLGBT法連合会の五十嵐さん→HRWの土井さん→静岡大学の笹沼さんとレクチャーがはじまります。ここで時計を見ると、ほとんどオンタイムにもどりました。すげぇ!
お次は鈴木げんさんの語りです。ちゃんと読み原稿つくっておられます。えらいなぁ。そして東優子さんのお話。
「特例法のハードルが高いとか低いとか、そういう話ではなく、人権問題なんだ」
という言葉に力をもらいます。
で、わたし。
「わたしは学校ではカミングアウトしてません。バレてますけどね。まぁノンカムフルバレです」
で笑いがとれたのでよし。続いて
「トランスジェンダーの当事者ではあるけど、トランスジェンダー生徒の当事者ではありません。なぜなら子どもたちに困難をもたらす学校の教員だからです。仮に子どもたちが学校を糾弾するなら、糾弾される側の最前線に立たなければならないのはわたしです。それがイヤだから、交流会をしています。今回は子どもたちや保護者の声をとどけるために年休とって来ました。明日は振替授業でたいへんで」
で笑いがとれたのでよし。
あと、子どもたちや保護者の文章を読んでコメント。その後
「国会議員のみなさんになにをしてほしいのか、それはわかりません。でも、こんな思いをしている子どもや保護者が同じこの国にいます。もちろん、日本国籍者だけではないです。その人たちのためにできることを考えてください。もしもわからなければ聞いてください」
そして最後にこの動画を見てもらいました。動画が終わると拍手が起こりました。やはり子どもたちの姿が伝える力はハンパないです。
「こんな笑顔が、交流会の場だけでなく、どんな場所にいても見られる、そんな社会をともにつくっていきましょう。もしも交流会に遊びに来たければ連絡をください。あ、連絡先を書いてない。とにかく一緒にビールを飲みましょう」
で終了。最後にも笑いがとれたのでよし。
東さんが
「よかったよ!」
と褒めてくださいました。優しい人だなぁ。
あとはエリンさん→中塚さん→杉山さんで、トランスジェンダー国会終了です。
続いて衆議院会館に移動して2時から記者会見です。主催者だけが話すのかと思ったら、いきなり土井さんからマイクを渡されて、思わず
「マジですか」
と。何も考えてませんでした。というか、質問聞いてなかった(笑)。それでも、話そうと思えば話せるのが器用な人だなと。そんなこんなで1時間ばっかの記者会見も終わって、今日の行事は終了です。
あとは打ち上げです。考えてみたら、昼ごはん食べてないです。なのでおなかは減ってるし、のどは乾いてるし。東京駅近くの居酒屋にみんなで移動してカンパーイ!

やっと人間にもどれました。あとはあれこれ話しながら飲むは食べるわ。てか、食べ物の量がハンパないです。よく食べるなぁ。
で、お店を出たら、鈴木げんさんがやってきて
「もう一軒行きましょう」
とお誘いを受けてしまったので、もう一軒いきましょう。
その後、「名古屋に泊まればいい」「浜松に泊まればいい」と提案されたけど、すべて却下。
9時過ぎにお店を出て、鈴木さんと一緒に東京駅へ。たぶんかなりふらついてたのかな。エスコートしてもらって、コンビニでチューハイを買って、新幹線のドアまで送ってもらいました。ありがと!また会いましょう!って、ここ読んでないよな(笑)。
新幹線の車内でひと口缶チューハイを飲んだら、そのまま爆睡です。一度「乗り越した!」と思ったけど、やはり新横浜でした。てか、そのために新大阪行きにしたんですよ。
で、なぜか京都の前で目が覚めて、無事、トランスジェンダー国会も終了。しかし、明日がしんどいだろな。

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1 たぶん

現実に帰るつもりが

朝起きて、とりま朝ごはん。その後、即撤収です。なにせ、午後から雨らしいです。しかも、仮設小屋場の出口が小さい。ここのみなさんが殺到されたら出るのにえらい時間がかかりそうです。
それにしても、仮設小屋がメッチャ濡れてます。そりゃそうか。一昨日は雨だったので、露がすごいんだわ。まぁ帰って干せばいい。
さっくりと片づけて、帰って食器洗い。部屋の中にロープを渡して仮設小屋干し。その後、せっかくなので、スーパー銭湯に行って、身体に染みついたにおいを洗い落としましょう。
帰りにたこ焼きを買って、ビールと一緒に昼ごはん。その後本を読みはじめたけど、当然のことながら昼寝。
まぁそんなぐだぐだな1日です。まだ現実逃避やな。まぁでも、明日は現実に帰らなきゃ。なぜ帰らなきゃならんかわからんけどね。

現実逃避

朝、なんとなく荷物をカートに載せます。入るようで入らない。入らないようで入る。
午後、晴れてきました。よしよし。と、会議が終わったとの連絡が入ったので行動開始。高速を使って移動して、京都府南部の仮設小屋場へ。到着すると、いっぱいです。そりゃ3連休の初日だし、あしたは雨だし。
とにかく仮設小屋を設置できるところをなんとか見つけて、設置開始。あっという間に終了。明るいうちに設置できてよかった。
あとは鍋の宴会です。でも、鍋だけだとアレやな。焼きましょう。

食べ終わったら、仮設小屋の中で2次会。見上げると、月。

でも、眠くなってきたので、寝ましょうか。