DVの講演会からわかったこと

今日は組合の女性部主催の講演会。テーマはDVです。
う〜ん、話を聞けば聞くほど、少し前のうちの状態ですわ。
そのことを認めるのはしんどいけど、そこからスタートしないと今後がないです。そういう意味で、参加してよかった。
体調は最悪だったけど(笑)。

高友の会

その後、人権センターに移動して、高校生の友の会です。これ、部落問題にかかわっている教員と高校生が、月1回もっている集まりです。だいたい2時間ぐらい話しあいをしているということなんですが、
「1時間45分はダベリやな」
とのことです。でも今回はダベリの時間が15分ぐらいで、それ以外は滋賀県の部落のことについて、いろいろ話をしました。
部落というと、現在は、事業によってきれいになった姿がメジャーだったりするわけですが、地区指定を返上した部落の場合は事業が一切入っていません。そうなると、ほんとうに昔の姿がそのまま残っていたりします。まぁ、家についてはそれぞれの努力によってある程度新しくなるかもしれませんが、最大のネックは道だったりします。未指定部落では、現在も車が入れないような道が普通にあったりします。
全国的にそういう部落はあるわけですが、もちろん滋賀県にもあります。たまたまそういう地区にかかわっている人がおられたので、現状についていろいろ話が聞けました。地区指定の返上をめぐる、地域の人々の考え方のぶつかりなどがあって、なかなか深いぃ話でした。

街並みとの調和

まずは理美さんのお手製の朝食を11時頃に食べて、本日の日程スタート。
まずは「レインボーマーチ」です。
とりあえず、さっぽろテレビ塔下へ直行。あぁビールを売っている…。でも、歩いた後の一杯のために、今のところはガマンガマン。

昨日もおられたF井さんはビデオ撮影中。ちょっとあいさつしてスタートです。

歩きはじめてすぐに「雰囲気のよさ」を感じました。関西の実行委員の方々には失礼だとは思うけど、第1回の「関西パレード」とずいぶんと違います。なんでだろう…。
すぐにわかりました。歩いている道の種類が違う。繁華街とはいえ、ちょっと狭い目の道なんですね。だから、沿道の人々との距離がすごく近い。そして、沿道の人々の笑顔が違う。パレードが街の風景に溶け込んでいる感じがします。たぶんそれこそが14回という回数がつくりだしてきたものなんでしょうね。
それにしても、自分がいかに地味かよくわかりました(笑)。
やがて風船のリリース。

青空に色とりどりの風船が溶け込んでいきます。朝方まで雨が降っていたのに、見事な青空です。

なんだかちょっと感動しました。

やがてプライド集会開始。当然T村さんとビールを呑みながら参加。今年は市長さんが来られたそうな。

ドラァグのお二人のMCで集会は進んでいきます。恒例の社民党福島瑞穂さんの長い長い祝電とか、いろいろなものがあって…。やがてだんだん「う〜ん」と思いはじめます。なんだろう。この違和感は…。そうか。集会に参加しているトランスがいないんだ。そう思って見てみると、レズビアンも少ない。なるほど…。
一抹の違和感を感じながらパレード終了。

謀議

先日E井さんから
「ちょっと相談が」
というメールがありまして…。
どうやらかなり緊急の用事の様子です。てことで、急遽今日会おうということになりました。
にしても、金・土・日と呑んで、中一日。で、火・水と呑むって、身体持つのかな…。あ、呑まなきゃいいのか(笑)。というわけにはいきませんわな。
てことで、四条河原町で待ちあわせをして、そのへんの居酒屋へ。とりあえず相談事についてしばし話。まぁアウトラインが出たところで、あとはよもやま話。それにしても、E井さん、自分の家でヨーグルト菌を飼ったり、ムルキムチをつくったりしているって、すごい!

にしても、謀議の内容、うまくいくかなぁ…。

網野善彦好きを案内する場所

このあいだUさんと話をしていたら、

兄貴に「お前は網野善彦フェチか?」……とこの前、馬鹿にされました

なんて話が出てきたので、それなら「ツラッティ千本」に行くしかないと。てことで、今日は朝から資料館です。
ツラッティの展示物の中でおもしろいのは、やっぱり「古地図」と「絵巻もの」でしょうね。これらを「網野善彦ばり」に端っこから見ていくと、いろんなものが描かれているのがわかります。それにしても、UIコンビはすごいわ。たっぷり1時間、展示を楽しんでおられましたよ。
その後、ツラッティ近辺を散歩。といっても、この時の再現をしただけですけどね。
それにしても、暑いです。当然ほしくなるものがあります。時間はちょうど昼時です(笑)。

多文化共生社会のために

午後は教職員研修会。講師は榎井さん@とよなか国流。
実は、今回の研修会の実現のために、夏のはじめにいろいろありました。でも、それはそれでよかった気がします。問題は、うちの職場にフィットしているかどうかなんですよね。
話の方は、はじめの1時間ほど、榎井さんご自身の話をされました。この話、ふだんはされないそうです。でも、この話を聞いて、榎井さん自身のものの考え方を知ることができると同時に、在日外国人の子ども達が置かれている状況を、とてもわかりやすく解説して下さっていたような気がします。
ところが、どうもそのあたりがピンとこない人がおられるような気がするんですね。まぁ、わたしの場合は個人的な「お友だち」なんで、ピンと来すぎるほどピンと来るのかもしれませんが…。
その後、在日外国人の状況を俯瞰するデータ的な話。こういうところで食いついてくるのが、これまた高校の教員なんですね。たいしたものです。わたしだったら、もしもこのあたりの知識が皆無だったら、たぶんついていけなかっただろうとは思うのですが。
で、在日外国人の子ども達の話。いままで出会ってきたいろんな子ども達のことが頭の中を駆けめぐります。泣けてきます。たぶん、教員の中でも前任校で会った人はわかるんだろうな。ただ、高校って、特別な制度がない限り、「入試」というハードルを経てしか入れません。そのあたりが、ピンと来にくいところなのかもしれません。
わたしとしては、ほんとうに聞きたい話が聞けたのですが、今回は少しミスマッチだったのかもしれないな。でも、もしかしたら今後どこかの学校で新渡日の子ども達と出会った時、きっと「あぁあの時!」と思える話だったと思います。
てか、若い連中がすごい関心を持って聞いていてくれたのがうれしかった…。

授業のつくりかえ

この間も同じようなテーマの講演を聞きましたが、今日は「特別支援教育」にかかわるテーマで、やはり授業のつくりかえについての講演がありました。
まぁこれだけ「つくりかえ」「つくりかえ」って言われるんだから、今の授業はあかんのでしょうね(笑)。でも、教員って、基本的には自分が受けてきた授業の影響を受けるものみたいなんで、わたしたちの頃は「あかん授業」でよかったわけです。てか、先日の講師さんも今日の講師さんも、もと小学校教員でして、
「「つくりかえが必要」って言われている授業は、あんたら(の世代)がやってきた授業やろ」
というツッコミがあってもいいんじゃないかと思ったりもするのですが、まぁそれは失礼というものか…。
ちなみに、先日の講演とは違い、今日の講演では「こうすればうまくいく」みたいなノウハウは一切ありませんでした。なので、個人的にはこちらのほうがよほど好感が持てますね。
とは言え、いま自分がやっていること・やりつつあること・やろうとしていることが随所に見られて、「これでいいんだ」という思いと「いまさら」という思いが交錯していたのは正直なところです。
で、講演後のアンケートを見ながら…。授業のつくりかえの必然性について問う設問の選択肢に「つくりかえの必要を感じた」「感じていない」みたいなのが並んでいて「つくりかえをしている」というのがないんですよね。なんだかなぁ…。まぁええけど…。

まぁ、いいんだけどね…

今日は校区の小・中の研修会。人権教育がらみで連携をとっている関係で、わたしもオブザーバー参加です。
テーマは、ずばり「学力向上」です。
学力向上のための方策はいろいろあります。というか、逆に言うと、いろいろありすぎて、「これ」というのがないというほうが的確かな。いままでさまざまな研究をする中で、例えば「生活習慣」とか「読み聞かせ体験」とかいった、いわゆる「家庭の教育力」と、どうやら相関関係があるらしいということはわかってきてはいます*1。でも、そこに「学校」がどの程度踏み込めるのか。というか、踏み込んではいるのですが、あまりにも効果が薄い。
てことで、「学校」ができる最も簡単な方法は、授業をどうするかという話になるわけです。ちなみに「簡単な方法」と書きましたが、結局これって「個人への依存」なんですよね。そういう意味では「なんだかなぁ」とは思うのですが、まぁ個人的には興味があるなと。
で、今日講師に呼ばれたのは、愛知教育大学の志水廣さんと、志水さんの薫陶を受けたおふたりの教員。
志水さん、「志水メソッド」なるものをつくっておられて、例えば「○つけ法」とか「(意味づけ)復唱法」とか、そういうのを提唱しておられるとか。で、
「これをやれば、確実に成績があがる」
と力説しておられます。
さらに、
「「志水メソッド」をやって成績があがりました!」
という教員が、具体的な話をされました。
で、感想ね。
言っておられたことって、けっこうみんなやっていることだよなぁと。で、それを意識化するという側面では意味があるなと。あるいは、楽を覚えてやらなくなった人に、ふたたびやらなきゃという思いを持ってもらうためには効果的かなと。
でも、少なくともわたしからすると、なんかすごくうさんくさい。それは、講演全体が「セミナー」なんですよ。

尊 師「◯◯をすれば幸せになる!」
伝道者「わたしも◯◯をやって幸せになった!」
尊 師「さぁ、◯◯をやろう!はい、繰り返して!」
参加者「◯◯をやろう!」

みたいな雰囲気なんですね。
いや、別に本の宣伝はあるにしろ、宗教ではないし、あくまでも授業力アップのための講演なんですけど、全体を通じてそういう空気が流れている。それが、少なくともわたしからすると、すごくイヤ。
まぁ、こういうわたしみたいなあまのじゃくは授業力はアップしないんだろうな。

*1:これ、「相関関係」程度しかわかっていなくて「◯◯をすれば××になる」という単純なことは言えないんですよね。あたりまえなんだけど…