矜…「高慢」な態度、自己を押し出したり肥大化させるあり方
謙…自己を控える態度、忍ぶ、こらえる、つつしむなど
だそうです。でもどうやら原典にあたると矜=ほこりについて、「ほこれば、自ら是として人に求めず。かくのごとくなれば、悪にうつる事きはまりなし」とあります。に対して、謙の根拠となるのは原典ではないのですが「自己の中に自律性の根拠を設定しない」「天地によって生み出されかつ「愛育覆載」され、天地のうちにその一分節としてつながることによって生かされている卑小な存在と自覚された自己の意識にもとづく」とあります。たしかに「自ら是」の対極です。
で、おそらくは「天地のうちにその一分節としてつながる」という発想は「分をわきまえる」というところにつながるのかなと。そんなことを思うのです。
ところで、「分」に「身」がつくと、まさに「身分」であり、近世社会のあり方です。
まぁ、人権の立場からすると「身分制打破!」とか「近代は身分制から解放された社会」となるわけですが…。
でも、最近、なんとなく「そうなんだろうか」と思うところもあるのです。それは「才能」ってヤツにかかわっています。
人は生まれた瞬間、すべての才能を備えて生まれてくるのか、それとも天賦の才能を与えられて生まれてくるのかと、最近なんとなく思っています。
こう書くと、「才能がないヤツははじめからあきらめるしかないのか」となるのですが、ちょいと違います。
才能には「役に立つ/立たない」とか「貴重/どうでもいい」みたいな感覚はありません。すべての「才能」は、価値としてフラットです。そして、「天賦」ですから、親からもらうものではない。つまり「世襲」ではないってことです。
それぞれの独立した個人が、天から与えられたとてもステキな「才能」を持って生まれてくる。
で、その「天賦の才能」を見つけ、磨き、社会に還元する。大切なのは自分のために使わないということ。なぜなら、その才能は「天から与えられたもの」だからです。天から与えられたものは、天のために使い、天に返す。
そして、その自分が与えられた才能を見つけ、磨き、社会に還元することを「分をわきまえる」という。そんな気がするのです。
でも、「分をわきまえる」ことは従順であることとは違います。なぜなら、その「分」を侵されそうになった時、「分」を護るためには闘わなくちゃならないからです。そのために、天賦の才能を研ぎ続けるのです。
ちなみに、他者の「分を侵す」ことを、もしかしたら「矜」というのかな。だからこそ「謙」である。
スタティックな「謙」ではなく、ダイナミックでアクティブな「謙」。
そんなことを、ふと考えます。
カテゴリー: 考え
充実感と空虚さと
わたしはどうやら「一般論」でものを考えるのが苦手なようです。常に頭のどこかに「リアルさ」をおきながら、ものごとを考えるようです。
例えばわたしにとっての多文化とは、ウトロでオモニたちとビールを売りながら、
「お金はここに置けばいい」
「いや、あっちがいい」
「あーだ!」
「こーだ!」
とやりあったり、でも一段落ついて
「まぁ、食べ」
とか言われながら、特別に持ってきてもらったサンチュで肉を包みながらビール呑んで、気がつくとチャンゴ叩いてハルモニがノレをやりはじめて、みんなでオッケチュ厶。そのうち
「えーかげん終わるぞ!」
と怒られて片づけやって…。
みたいなものなんです。
なので、例えば「朝鮮人」というひとつの言葉の中には、必ず固有名詞が入ります。あるいは、できるだけ入れたいから、そういう場所にのこのこ出かけて行って、そういう人と出会って、しゃべって、呑むわけです。
そういうわたしにとって、一般論でしゃべる人はどうしてもどこか違和感を感じるし、ましてや一般論で「殺す」とかいう人には怒りと恐怖と…。なんだろう。
まぁ、ダメなんです^^;;。
てことで、今日は行かなきゃならないだろうと思ってこれに参加してきました。
んー。
細かいことについてはIWJなんかに譲るとして…。
空虚です。「彼ら」はやたら「朝鮮人」と言っていましたが、中身がないです。「朝鮮人」のかわりに、例えば「岡山県民」を入れても、それこそ「在特会」を入れても成立するヘイトスピーチです。そのことが、わたしに空虚さを突きつけます。
でも一方、「stand against racist」というフラッグにたくさんの人が立ち止まってくれました。
わたしはできなかったけど^^;;、留学生や外国人観光客も関心を持ってくださったみたいです。カウンターは、単に「対在特会」というだけではなく、「わたしたち」を見る人々にそれなりのアピールをしていたことを感じました。
その充実感と、でも在特会へのカウンター行動そのものの虚しさへの疲れと、いろんなことが交錯する一日でした。
終わってから呑み。
はじめて出会ったツイッタ上の人々とのやりとりは大きな収穫でした。いろんなことを教えてもらい、話をした夜でした。あまりにも話が弾んで、いつもの通り、食べずに飲んだら寝ちゃったのは、まぁこれまたいつもの通りでしたが^^;;。
それにしても、ほんとに疲れていたのを家に帰った瞬間実感しました。
さぁ、アナリーゼだ!
今年、15年ぶりくらいにちょい勉強できる(はずの^^;;)クラスの授業を担当しています。
うーん。
そりゃ、みんな担当したがるはずです。
いや、楽といえば楽ですが、考えなきゃならないことが、あまりにも違います。
いままでならば、「できないことをどこまで遡って教えるか」がメインだったのですが、それを前提とはしなくてすむわけです。だから、「いま」の内容に集中できます。そしてそれを深く掘り下げることができます。
例えば「a(x-b)y+(x-a)(x-b)」みたいな式があったとして、この式をどう見るか。
いままでなら「あきらめるな」とか「まぁこれはこうなんねん」とか、そもそも扱わないとか(笑)、そんな感じだったわけですが、今年は「これはyの1次式として見るわけで」みたいなことを話せるわけです。
こういうことって、おそらく「なんとなく解ける」から「確実に解ける」へとステップアップするために必要な作業なのかなと思っています。
でもまぁ、そんなことを考えられるのは、もしかしたら、いままで数学が苦手な子らをずっと相手し続けていたからかもしれませんね。
記憶の底
「やらなきゃならないこと」と「やりたいこと」がほぼ一致する時、「やりたいこと」は「やらなきゃならないこと」に憑依する。その時、「やらなきゃならないこと」と「やりたいこと」の間にはさまったことが忘れ去られ、記憶の底へと沈殿してしまう。でも、その澱のようなものこそが、実は「「ほんとうに」やりたいこと」だったりします。
「憑依」されて、そこに生き甲斐や喜びを感じれば感じるほど、澱はそこへと溜まっていく。
そんな澱が、ふいに浮かび上がる瞬間がある。
バーンスタインの指揮を見て、ふとそんなことを考えました。
はじまりに還る
今日は某在日外国人教育関係の会議。と言っても、フルメンバー会議じゃなくて、まぁ、代表者会議みたいなもんでして。
集まってきたメンバーで、今後のあり方について、あーでもないこーでもないとグダグダ話。
で、出てきた結論を聞きながら、思わず
「それって、この会の発足当時の姿と一緒ですね」
って言っちゃいました。
けっきょくそういうことなのかもしれませんね。「はじまり」からスタートして「はじまり」へと還っていく。
少し寂しいですけどね。
でも、わたしたちとは違う新たなとりくみは、あちこちですでにはじまっています。わたしたちのとりくみから得られたものを伝えられたらいいなとは思うのですが、たぶん「新たなとりくみ」の人たちには大きなお世話なんだろうなと思います。
それは、わたしたちのとりくみも出発当時は、たぶん同じだった。当時はわたしはいませんでしたけどね。
そんなものです。
そしてそれは、おそらくは外国人教育関係の運動だけではありません。
そうやって、歴史は繰り返されていく。そして「はじまり」へと還っていく。
ワンプッシュ
4月のこの時期、1年生のちょい元気な子は、教員に対してやたらでかい態度をとります。まぁ、簡単に言えばワンプッシュするわけです。
情けないです。教員はある意味一番安全な相手でして。その安全が確保されている相手に対してでかい態度をとるのは、はっきり言ってチキンです。
で、そんな子どもにこわーいセンセイがガツンとワンプッシュしかえします。
まぁ、それが4月の風物詩ってものです。
でも、なんだかなぁ…。
雄鶏集団のつつきあいですね。
こんなんじゃなかったのに…。
電車の中で聞こえてきた会話。
「○○高校の子ら、かしこそうに見えるわー。わたしら□□高校やもん」
ちなみに、○○高校はわたしの勤務校。そんなことを言われたことはいままで一度もなかったわけでして^^;;。
でも、わたしが持った違和感はそこではありませんでした。
かつて、15年ほど前でしょうか…。京都の高校はそんなに学校間格差がありませんでした。その頃は、こんな発言が子どもたちの間からは出ませんでした。
と同時にA高校の課題はB高校の課題でもあった。個々の学校がいまほど分断されていなかった。
なんか、こういう発言が出る今の状況に違和感を感じるとともに、なんとも言えない絶望感というか拒否感というか、そんなものが起こってくるのをとめることができませんでした。
柔らかでいること
なんか、とある国のとある人が、いらんものを投げるとかなんとか…。このめんどうな時にめんどうなことをせんといてくれよと。
卵の殻は固くなりがちなんですよね。でも、柔らかくてすむならそれでいいとも思います。殻を固くするのはひとりででもできます。でも、柔らかい卵が柔らかいままでいることをひとりでやるのは、とても困難です。
「でも」
とも思います。
誰かがそのひとりにならないと、柔らかい卵の世界は来ないのかもしれません。
約束事は厳密にして緩やかに
あさってある会議へ向けて、年間の流れと年度末の「評価」についての「約束事」をつくれとのお達しがあったのでつくっていたのですが…。
いや、別にわたしがどうこうというわけでなく、ここ数年どんなふうにやってきたかをまとめてみたのですが…。
とてもむずかしいです。
明文化されているものが、実はほとんどない。まさに「歩きながら」考えているんですね。なぜなら、年度当初に「こうなるだろう」という、ある程度の予測のもとに動きはじめるのですが、実際はそうはならないことがたくさんあって、それを修正しながら年度末へ向けて「歩く」ってことが、「約束事」みたいなのをつくると、よくわかります。
で、毎年、年度末にその「修正」のところで論議になる。
ちなみにわたしは「原理主義者」なので、「修正」については常に反対の立場をとります(笑)。去年もその立場でいろんなことがひっくり返るのを阻止しました。もっとも、「原理内」であれば、そこに対してはわたしはとても穏健な人間なので、ゆるゆるなんですけどね^^;;。まぁ、簡単に言うなら「原理からはみ出るほどの特例をつくるのは嫌いだけど、原理そのものの解釈は柔軟に」みたいな^^;;。
で、それを明文化した時、こんな文章になってしまいまして…。
「個々の事例について審議にかけるかどうか審議することを妨げない」
パートナーに見せたら爆笑してました^^;;。
なにができるのか/なにもできないのか
誰か/なにかとかかわろうと、やっぱり思います。それは生徒だったりことがらであったり。
でも、誰か/なにかが、砂漠の砂のようにサラサラと指の間をすり抜けていく感覚を覚えることがよくあります。自分がいかに無力であり無知であるかを、身にしみて感じます。
わたしになにができるのだろう。わたしはなにをわかっているのだろう。なんにもわかっていないわたしが、なにかをできるのだろうか。してもそれはしょせんは自己満足に過ぎないんじゃないだろうか。あるいは「まちがい」ですらあるのかもしれない。
そんなことを考える/感じる今日この頃です。
でも、なぜかかわろうとするのかな。
転んだら起きなはれ
起きたら歩きなはれ
ってのがありましたね^^;;。松下幸之助かな?
そう言えば、かつて
「お前はいらない人間」
と宣言されたわたしが、今日
「(ある局面においてはではあるけど)必要かな」
って言われたんですよね。時代は変わったなと^^;;。
まぁしょせんは無知で無力なわたしであるなら、こけること、まちがえることを前提にして生きればいいのかもしれません。
で、やっぱりその先は
力及ばずして倒れるを辞さないが
力尽くさずして屈するを拒否す
かな。
まだまだ遠い道です。