一昨日増やした仕事について、いろいろ考えたメモ。これ、実は5年前に聞いたA○澤さんの話に源流があります。それから5年間ずっと頭の片隅で考えていました。
この話って、自分の問題意識とすごくつながっていたんですね。「なぜ人権という概念が一般化しないのか」「なぜ人権教育が一般化しないのか」「なぜ「人権は難しい」と考える人がいるのか」「なぜ「人権教育は慎重に」と考える人がいるのか」「なぜ人権教育って「またか」ってなるのか」あたりかなぁ。
たぶん、それって、阿K○さんが言っていた通り、「人権そのものについての学習をしていない」からなのかな。
であるなら、「人権そのもの」をわかりやすく伝える必要があるし、わかりやすくするには「可視化する」必要がある。で、どうすればいいのかを考えていたんですけど、こんなところがあるのを知って、いつかはこれをやらなきゃならんなぁと思っていたのです。で、それが花開いたのがこの2月のPククネさんの話だったんです。
で、明日のためのメモ。あくまでも試論/私論です。
→人が生まれながらに持っている権利
正確には「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」(世界人権宣言第1条)
→世界中の人々が長い歴史をかけて
→世界人権宣言にリストが書いてある。そのリストは「権利がない」ということを主張する人たちが発見していった。先にあげた世界中の人々とは、そうした人々やそうした人々とともに生きようとしている人々のこと。
→リストが保障されていない状態。それは個人に対してもあるし、構造的にあるグループが保障されていないこともある。
→「人権教育をすすめるために」にリストがある。そのグループは「人権のリスト」のうちのいずれかが保障されていないグループ
→いる。リストを具体化するにはどうしたらいいか。それを人に伝えるにはどうしたらいいか。リストが保障されていないグループがいるか。そのグループはどのようにして保障されていないか。そのグループが保障されるためにはどうすればいいか。なんかを研究し、実践している。
→権利を持っている人が、持っていることを責められるの感じたり、自分の権利のパイを奪われると感じたりするから。
→違う。宇宙に果てがないのと同じように、ある人(グループ)に保障されていない権利を回復するだけ。
→その方が長期的には社会がうまくまわる
→その方が短期的には得をする人がいるから
→人権のことをなんとなくしか理解していないから