違和感の所在

今日はいい天気です。なので、久しぶりにゆらゆら。

寒い!でも、昼頃になると陽射しも強くなってきて、少し温かくなりました。で、読んだのは『LGBTヒストリーブック』です。おべんきょの「たし」になるかなと思ったけど、ならんな(笑)。ざっくり言うと、前史→ホモファイル運動→いろんな反乱→HIVとの闘い→同性婚を求める闘いという流れです。いろんなGLな人々は出てくるけど、BはGLと同じにくくられている。そして、Tはほとんど出てこない。いや、出てくるんだけど、つねにGLと同じところかな。あと、最初にtwo spiritが出てきて、最後に「まだ権利保障がされてない人々」って感じでちょろっと出てきます。例えば、パトリック・カリフィアとかヴァージニア・プリンスとかケイト・ボーンスタインとかってぜんぜん出てきません。
まぁ、GLのことについては勉強にはなりました。

それはともかく、紅白歌合戦のMISIAの時のレインボーフラッグの時に感じた気持ちをずっと考えていました。で、なんとなくわかった気がしました。
確かに、MISIAのうしろにレインボーフラッグが出たとき「おぉ!」と思って、パートナーに「見て、見て。レインボーフラッグ」とは言いました。でも同時に「遠いな」と思ってました。いったいなんなんだろう。
今朝ふと思ったのが、ソウルオリンピックの時に在日の人たちが感じた感覚?韓流ブームが来て、韓国好きの日本人がどっと増えて、でも在日が押しつけられてる生きづらさは何も変わってないっていう。あの感じなのかな。あの頃、在日の友だちは「自分たちの頭の上を通っていく」って表現してた、あの感じ。
もちろん、その後、韓国好きの日本人がカウンターに加わったりって時代が来てるんだけど、そこの間には長い長い闘いの時間があるんですよね。
それから、レインボーフラッグを振ってる出演者たち。日の丸であっても違和感がないあの感じ。
もちろんMISIAがレインボーフラッグを出すことに違和感はないし、もしかしたらNHKの中の人もがんばったのかもしれない。でも、日常からかけ離れた「おまつり」の場所でのできごとという感じ。
わたしは活動家でもないし、言論家でもない。でも、日々の生活の中で小さな闘いをずっとやってきたし、今もやってる。2014年9月の文化祭では、一緒に人権教育を担当した人がこんな展示をしてくれたこともあったしね。

一部拡大。

そして、交流会に集まってる子どもたちもまた闘ってる。
そういう小さな世界からは、あまりに「遠いな」って思ったのかな。まぁでもそれが人々を元気づけるなら、それはそれでありかもしれないしね。そして、「おまつり」の場を日常にしていくのは、実は「わたし」が問われることなんでしょうけどね。

単なる平日

朝、けっこう寝覚めはすっきりです。やはり睡眠時間だな。あと、パートナーに腰を押してもらったのも効いてるな。ありがたい。
よほど時間割を変更して長野に行こうかとおもったけど、あまりにも無理なので断念して、日常を過ごすことにしました。
それにしても「気になるクラス」があきません。クラスの中の棲みわけがどんどん進んでいる感じです。勉強しなきゃって思う子が増えて、その子らが勉強するということは、やらない子が顕在化することでもあります。この期に及んで「やらない」ってことは、「あきらめ」ともつながります。あきらめたら、その時点でどうでもよくなるから、クラスの空気を乱しはじめます。すると、ますます棲みわけが進む。なんか、そんな感じです。
ついでに言うと、そういうふうになると、子どもと教員が対立の構図になる。つまり「勉強しなきゃ」という子にとっては、教員は同じ方向を向く人なんですよね。ところが「ええわ」ってなると対立する方向になる。これがますますクラスの空気を悪くする。
かなりヤバイです。まぁ、もともとこうなるのはわかってたんですけどね。そして、できるだけそうならないようにがんばってきたんですけどね。
なんか、もやもやしながら授業を終了。
空き時間はひたすら加藤さんの講演録の2次校正。
あらためて聞くとおもしろい!これが役得というものです。
放課後は教科会議。みんなのんびりやるなぁ。少し危機感が出てきたので「5時に終わりますか?」と質問。「え?」という顔をされたので、時間を気にしてなかったことが判明しました。電車通勤は時間を気にするってことがわかってないんですね。
で、PCの火を落とそうと思ったら、1本のメールが…。取材かよと思ったら「それ?」って内容です。わたしでええのか?
夜はカイロプラクティックです。身体はバランス崩れまくってます。カイロプラクティックって、行ったら楽になるってものでもないんだけど、なんしかメンテナンスです。
さぁ、あとはビールとおふろとふとんが待ってますo(^^)o。

訃報

合宿の最中に1本の電話がありました。雪と氷の世界の校長が亡くなられたとのことでした。
なんか、じんわりとしたショックがあります。
考えてみると大学時代からお世話になってるので、40年近いつきあいです。はじめは大学時代のそんなに親しいわけではない友だちのひと声に乗って行ったスクールでした。でも、そこでスキーにはまって、気がつくとレッスンをする立場になってました。
スキーに対してはメッチャクチャ厳しい人で、スタッフは飲酒禁止で、夜遅くまで勉強をしてました。でも、たぶんそのおかげで今の自分のスキーがあるんだと思います。そしてとにかくスキーがうまい。どんな斜面でも軽々と飛びまわります。ほんとに鍛えられました。
生え抜きのスタッフじゃないわたしだったけど、なんだかんだでかわいがってもらってたなと思います。
ただ、トランスについてはしんどかったです。あからさまになにかを言うとかではないんです。でも、シスジェンダーでヘテロセクシュアルであることがすべての前提という感じだったので、とてもではないけどカミングアウトなんてできるとは思えませんでした。なので、こんなこともあったわけです。でも、その翌年はリンク先みたいなこともあって、なんとなく空気が変わってきて、気がつくと宿の温泉は女湯を使わせてもらえるようになってました。てか、2年ほど前に一緒に温泉に行った時は別々のお風呂に入りましたしね。ちなみに、その時は校長に
「わたし、こっちなんで」
って言ったら
「おぉ、そうか」
のひとことでおしまいでした。今にして思うと、それがカミングアウトだったのかなぁ。
なんか、毎年雪と氷の世界に行ったら会えるなと思ってたのに、シーズン直前の知らせが、いまだに実感がわきません。

来民開拓団のこととか融和運動のこととか

朝、目が覚めたのは6時過ぎ。日曜日なのに悲しいなぁ。でも起きなきゃなりません。とりま、温泉につかって、朝ごはんを食べて大急ぎで準備して、ギリギリ8時に間にあいました。
今日はフィールドワークです。コースは3つあったけど、わたしが興味を持ったのは「来民開拓団」です。もちろん、まったく知りません。
バスで小一時間走ると来民の町に到着です。隣保館に入って3時間の講演開始です。
話の中身はおもしろい。てか、現役の教員しておられて、ここまで真相解明のために調べるかとびっくりしました。その原点にあるのは、おそらく「くやしさ」なんでしょうね。資料の中に、2010年に町議会議員が部落差別発言をしたとか。そういうところみたいです。ただ、そんな社会に全然負けてない。かつてより「熊本、すげー」って思ってたけど、やっぱりすごいです。
ただひとつ、どうしても腑に落ちなかったのは「融和運動」への評価です。「融和運動は部落の側に差別の原因を見ていた、いわゆる「部落責任論」」とばっさり切っておられたけど、そういう構図で捉えていいのかってことです。なにより「水平社運動に対して国が融和運動をつくった」って言っておられたけど、それは明らかに事実誤認です。融和運動の中から水平社運動は出てきたし、その二者は決して対立の構図にはなかった。そんなあたりは本郷さんの講演を3年連続で聞いたので、とりま学習はしています。
たぶん、みんなほんとうに部落の人が幸せになるための道を探してたんだと思うんです。それが結果として差別をなくす方向なのか、開拓団として差別から逃げる方向なのかっていう方向性の違いはあったにしろね。なにより、開拓団の悲劇はなぜ起こったかというと、日中戦争に負けたからです。歴史に「もしも」はないかもしれないけど、もしも勝ってたら、たぶん来民開拓団は「成功例」になってたはずです。と同時に部落の人は侵略者と位置づけられていたはずです。ちなみに、今も侵略者ではあるんだけど、中国政府と粘り強く交渉して遺骨収集はしたんだとか。そこあたりはすごいです。
ただまぁ、そういうことなんです。
来民開拓団から学べることは
「地獄への道は善意に敷き詰められている」
ってことです。それは来民開拓団だけではなくて、例えば無癩県運動だってそうです。
過去を現在の価値観で断罪してはならないと思っています。なぜなら、今のわたしたちもきっと断罪されるからです。大切なのはそんなことじゃない。何より大切なのは、常に「この善意の行き着く先は地獄じゃないか?」と、そこにある善意だけじゃなく、自分の善意をも疑い問い続けることなんだと思ってます。

てことで、フィールドワーク終了。
駅までバスで移動して、みなさんとはバイバイ。わたしはSんちゃんと合流です。久しぶりやなー。
とりま「玉名ラーメン」を食べますか。

うまいわ。これはおいしい。
ラーメンのあとはコンビニで飲み物をゲットして、車の中でダラダラ話。でもなんか、ほとんどわたしが話してたな^^;。
てことで、1時間ほどダラダラして新幹線に乗ると古川さんがおられて、しばし話。博多からはのぞみです。で、降りたのはなぜか新大阪。ここでモルタル職人さんと合流。今度お願いしている講演の打ち合わせなど。まぁもちろん飲みながらですけどね。
そうか。いま子どもたちに「ひとりで問題を解こうと思うな」って言えるようになったのは、この人が「おべんきょ成果はひとりでは書けない」って言ってくれたおかげかもしれません。
まぁそんなこんなで案の定打ち合わせ以外のことをいっぱい話をして9時過ぎに解散。さぁ、特急に乗って帰ろうと思ったら、ぜんぜん特急が来ないので、断念して、新快速で帰りました。
家にたどり着いたのは10時半。さすがに疲れた…。

やはりイマドキではない

朝、眠いです。当たり前です。帰ってきたのは11時半です。そして今日は授業が4コマあります。それが木曜日です。
まずは6人講座。今日のテーマは正規分布です。まぁ言ってみれば、正規分布の表の使い方です。なにせ、数学Bは数学2をやってない前提なので、「定積分、なにそれ、おいしいの?」っていう世界です。それでも知ってないより知ってるほうがいいに決まってます。ここでようやく偏差値の意味がわかります。
それにしても、正規分布のグラフを見て「そういえば
、昔センセイ書いてはったわ」って言う生徒がいて、「生徒が知らないのに知ってる前提か」と思い、これはアカンなと。
「気になるクラス」は対数方程式と不等式。きつい内容なんだけど、ここにも「やらなきゃ」「やりたい」と思ってる子がいるわけで、そういう子の気持ちに届くように授業をしなくちゃね。でも、なんかガサついてるな。それに対してもうひとつのクラスはよく勉強するようになってきました。ただ、その影でまったくできない子もいるから、安心してはいけません。

それにしても、あらためて「習熟度」とか「競争原理」とかってアカンなと思います。
いま、アクティブラーニングとか言って「主体的対話的で深い学び」とか言ってますけど、そういうのの対極にあるなって思います。だって、同質な集団では対話は生まれないからです。
いつも思うのは、進学校の落ちこぼれはうちのガッコでは中位から上位なんだろなってことです。つまり、うちのガッコでは落ちこぼれにはならない。それと同時に思うのは、うちのしんどいクラスの子が他のクラスにいたら救われるやろなってことです。
どんなクラスにもどんな学校にも、そこを「同質集団」とみなした瞬間に落ちこぼれは出てくる。なぜなら、「同質集団」は厳密には同質集団ではないからです。だから、常に「異質な子らが集まっている」ということを前提にしなきゃならない。ところが、「習熟度」や「競争原理」ってのは「同質な子が集まっている」ことを前提にしくみがつくられる。だからコンフリクトを起こします。それなら、はじめから「異質な子らが集まっている」ことを前提にしたほうがいい。
そして、一番大切なのは、この社会そのものが異質なものがあつまってできているからです。

なぜ日本の学校制度、特に後期中等教育はこういう設計になってるんだろと思います。「自由に選択できる」という名目で選択の自由がある子とない子をつくり、結果的に本来異質である社会の中に同質な集団をつくる。「言わなくてもわかる」社会は「言えなくてもわかる」社会です。だから「言う必要」がなくなって「言えなくてもいい」ってなる。そんなところに対話が生まれるはずもない。
そうやって育った子が、突然異質な社会に出たらどうなるか。もちろん異質を嫌って同質な集団を自分の意志でつくるようになる。そういう社会だからこそ、今の後期中等教育でいいとなってしまう。

そんな日本の学校制度の中で教員ができることはなんだろうと思います。せいぜいが、自分の異質性を思いっきり打ち出すことくらいかな。そして対話の糸口をつくる。

そんなことを考えながら、5時間目の授業が終わると、トイレの前で手を振る生徒が…。この子です。
い「どうする?最近寝てるやん」
生「なんか、数学の時間寝てしまうねん」
い「それは困ったなぁ。てか、眠いの、わたしやし」
生「知らんやん」
い「そろそろ授業がはじまるな」
生「せんせい、次の時間、授業あんの?」
い「いや、ないよ」
生「寝るんやろ。5時まで寝るんやろ」
い「え、そ、そんな…」
平和です。なんと言っても、わたしが5時に帰るのを知ってるのがいいです。ただ、ここヶ月くらい昼寝ができてないです。ヤバイです。仕事しすぎやな。
なので、定時で退勤。
さあ、今日は久しぶりに家でごはんが食べられます。うれしいなぁ(^^)。

まぁこんなもんか

朝起きると、やっぱりしんどいです。やはり寝不足ですね。おとついとか、そんなに呑んでないし早く寝たつもりなんだけど、ダメなんですね。昨日は帰ったのは早かったけど、寝たのは遅かったしなぁ。なにより、お酒呑んで寝たら、それは睡眠ではなくて気絶っていいますからね。
そんなこんなで、まずは6人講座。ふたり休んでるけど大丈夫か?てことで、確率分布の節をすべてやりました(笑)。これで来週B(n,p)とか言ったら別世界だろうな。実は数学はステップひとつ知らなかったら、いきなりチンプンカンプンになる教科なんですよね。そうならないようにしてるのは、実は教員の努力なんだけど、それにも限界があるからなぁ。
で、「気になるクラス」です。まずは「へんこつの話」から。この子ら、「へんこつの話」は乗るんですよね。で、底の変換公式。まぁこんなもん50分もかからんので、最後の10分はええとしましょうか。でも、全体を見渡すと、少しずつ変わってきてるな。
空いた時間は昨日の小林さんの作文読み。まぁ通りいっぺんの作文もたくさんあるけど、あるいは小林さんの話を理解できていない作文もたくさんあるけど、キラリと光る作文があるんですよね。たぶんそんなもんだと思うんです。子どもたちって「善意の人」です。でも「善意の人」が欲してるのは感動ポルノです。なので、障害者が話すとなると、そのストーリーを感動ポルノにあてはめて聞いてしまうんです。それはそういうものなんです。でも、中には「善意の人」ではなく、言い換えるなら「中身を聞こう」とする子もいる。そんな子らは、自分の生活や出来事と重ね合わせながら、あるいはそれらを再評価しながら聞こうとする。そしてそれは少ないけどないわけじゃない。そんな作文を拾い集めてフィードバックする。そこに意味がある。
そんなことをしてたら、あっという間に定時です。

夜は久しぶりに家族でごはん。なんか、下の子どもがかわうそのyoutubeを見せてくれたのですが、おとついのわたしと同じだったとか。やれやれ。
で、報ステ。大嘗祭にえらい時間をとってます。まぁ、こういうのが好きな人、たくさんいるんだろうなぁ。天皇の代替わりなんて、わたしのタイムラインにはなんのかかわりもないんだけどね。でも、好きな人にとっては「区切り」であり「けじめ」なんでしょうね。
で、30分くらいして「花見報道」。もう今上総理(笑)はアカンやろ。
たぶん本人には、自分が悪いことをしてるとか、(おそらくは)犯罪行為をしてるとか、そういう自覚はまったくないんやろな。だって、立法府の長で森羅万象を司る立場だから、自分が誰かを裁くことがあっても、自分は裁かれないと思ってるんじゃないかな。
簡単に言えば、それを「独裁者」っていうんだけど、そういう自覚もないだろうな。
そういう公私の境目のわからん人を野放しにすると、てか国政に関与させるのはアカンです。公職選挙法違反で議員辞職→逮捕でええんちゃいますか。

まぁ、専門じゃないからなぁ…

朝起きると眠い…。当たり前です。昨日寝たのは0時をまわってました。睡眠時間が足りません。もっとも、会議の他の人々はその時間帯はまだ呑んでただろうな(笑)。
午前は会議室授業。図書室を他の人が使ってるってこともあるんですけど、もうひとつあるのは取り出しの人数が多いんです。図書室だと、せいぜいが3人しか取り出しできないけど、6人はいます。2セッションやるってことも可能だけど、20分で終われるメンバーじゃないです。会議室だと机はくっつけたらそこそこの広さになるし、なにより黒板があるので説明がしやすい。
それにしても、子どもたちの動きをフリーにすると、グループがよくわかります。勉強拒否組がかなり減りました。あれがその後どう動くかですね。
てことで、ほとんど精気を吸い取られて午前は終了。
午後は6時間目の講演の準備です。今日は「オリパラ事業」ということで、障害者スボーツやってる人の講演です。
で、話を聴きはじめたのですが…。

うーん。どう言ったらいいんだろ。「フツーの人」です。
やはり講演って、それなりに難しいことなんだろなって思いました。同じ経験をすることって不可能なんだけど、仮に同じ経験をしたふたりがいたとして、そこから出てくるライフヒストリーはまったく違うだろうし、ましてやそこで感じたり考えたりすることはまったく違うんでしょうね。たぶん講演に値するところまでもっていくためには、それなりのものが必要で、ただ単に話せばいいというものではないんだろな。
さらに、自分の経験の何を切り取り、それをどう伝えるかってことも大切です。
今回は国際大会の遠征での経験を話されましたが、いきなりスリにあった話とかをされました。まぁ、それそのものは経験だろうし事実なんだろうけど、それを話す意味はどこにあるのかってことです。そしてそれを聞くことを通して子どもたちはどういうメッセージを受け取るのかってことです。
わたしは必要ないと思ったし、仮に話すなら、わたしなら少なくとものその国のイメージを悪くしない「仕掛け」をします。でないと、子どもたちはその国への悪いイメージをメッセージとして受け取ってしまいます。
で、講演をするってことは、そういうことを考えながら語るってことだし、すべての内容にメッセージを込めて話す、あるいはすべての内容にメッセージが付随して相手に伝わるってことを自覚して話すってことなんだと思います。

いま「オリパラ事業」ということで、特に障害者スボーツをやってる人があちこちの学校で講演をしておられます。でも、その人たちはアスリートなのであって、講演をする人じゃない。障害者スボーツをやってる人なら誰でも講演できるのか?あるいはさっき書いたことに自覚的になって話すのか?それは無理です。だって、話すためにスボーツしてるんじゃないからです。
「事業」である限り、予算がつきます。そしてそれは使わなきゃならない。そんな中で、いろんな人が講演「させられて」います。だって、予算がなければその人たちに講演を依頼することはありえないからです。
もちろん、中にはとてもいい講演をされる方もおられるでしょう。でも、それは別の話です。ほんとにこれでいいのかって思う、そんな時間でした。

で、放課後は職員会議。さっくり終わったのはいいけど、疲れた。
さっさと帰ってビールを飲もう。

「自分らしく生きる」?

朝起きるとすっきりしてます。birth効果なのか、単に早く寝たからなのか。まぁ全部ひっくるめてでしょうね。やはりこういう日が大切です。
てことで、今日は朝から3時間連続です。本来は2時間しかないんですけど、来週出張なので、それの振替授業です。きつい。
とにかく何も考えずに授業をこなして、ようやくひといき。ちょっと自炊でもしますか。
午後は「おいた」をした子の相手をしてみたり。なかなか飲み込みが早いから助かります。放課後は文句のある子の相手をしてみたり。
「なんでわたしだけ。それって運なん?」
「そやで、運やで。交通違反と一緒やで」
「T先生も同じこと言ってたわ」
まぁそんなもんですよ。あきらめなされ(笑)。

てことで、1時間休みをとって退勤。向かうは豊中です。今日はこんなのがあります。

一歩くんと出会ったのは、ちょうど10年前ですね。あれからいろんなことがあって、今はお互いに人前で話をするようになりました。ちなみに、一歩くんもわたしも共通してるのは「自分「を」語る」のではなく「自分「で」語る」ところです。たぶんふたりとも「自分のことをわかってほしい」とか思ってません。自分のライフヒストリーを触媒にして、そこに起こる化学反応を期待しているんだと思います。
そんな一歩くんとわたしに「自分らしく生きる」というテーマで対談をしろというオファーが来たんですよね。おもしろいなと思ったけど「自分らしく生きてるのか?」というか「自分らしく」ってなんだ?ってふたりにそれを頼むか?と(笑)。でも、頼まれたことは断れません。それは一歩くんも同じだったみたいで、やることになりました。
ちなみに打ち合わせはしましたが、ぜんぜん打ち合わせていませんでした。その後、いちおうLINEで話す項目は決めたけど、一歩くん、よほど不安だったのか、おとついも「打ち合わせしよ」って言ってくれたけど、結局「なんとかなるで」ということで、やっぱり何も決めず。でもいちおうスライドだけ準備することにしました。でも、やっぱり不安なんでしょうね。豊中に向かう電車の中で、再びLINEで打ち合わせ。ここでようやく意思一致ができたかな。
てことで、会場に着いてセッティング。ところが音声が出ない。まいったな。まぁええか。てか、なんで画面の色が真っ黒になったんだ?でも、そんなことも言ってられないので、プロジェクタとつないで二人会開始です。

今回の二人会ではひとつのチャレンジをしようと思いました。それは、徹底的にライフヒストリーにこだわるってことです。用語説明もしないし、社会への発信もしない。ひたすらそれぞれがそれぞれのライフヒストリーを話す。社会化をするとすれば、それは聞く人に委ねる。そのためには、過去あったことへの今の自分の評価を徹底的に排除する。楽しかったことは掛け値なく楽しく話す。
てことで、普段は話さない親のところから話をスタートさせました。すると一歩くんもそれに応えるように親のところから話をスタート。へー、そんな子ども時代を過ごしたんだ(笑)。
歴史が重層的であるのと同じようにライフヒストリーも重層的です。そして、親や友だちや教員や、その他さまざまな人との相互作用の中にライフヒストリーがある。そして、内面はそこにはほとんどあらわれない。というより、内面は「あとになって言葉化される」。なので、言葉化される以前の内面は、ライフヒストリーには含めない。それがチャレンジでした。
そうやって語っていった時、ふたりのライフヒストリーは、あたりまだなんだけど、まったく違うんですよね。そういうライフヒストリーが、後になって言葉化された内面へと話が進んでいった時に、共通の体験へと変化していく。おそらくそんな二人会だったんじゃないかな。
そして最後に「自分らしく生きる」ってなに?という問いにふたりで答えました。
一「みんなから自分らしく生きたらいいんだよって言われたけど、その「らしさ」に自分はなかった」
い「「ありのまま」なんていうものは永遠に変化し続けつくり続けるものなので、そんなものはない」
まぁそういう結論しかないよなぁ(笑)。
終わってからいろんな人が来てるのがわかりました。みんな「おもしろかった」とか「斬新だった」とか言ってくれました。よかった(^^)。でも、グッタリと疲れました。
なので、打ち上げでははじめはしゃべれませんでした。もちろん燃料補給をしたらしゃべれるようになったけどね(笑)。
でもま、こんな機会はきっと二度とないだろうし、あったとしても二度はできないな。

「語る」ということ

朝、メッチャしんどいです。あたりまえです。昨日の今日です。それでも朝にシャワーを浴びて出勤です。
とりま授業の最初に昨日のできごとを話してみると、案外みんな食いついてきました。半年かけて、やっと雑談聞くようになってきたのかな。まぁ、今日も夜に飲むから、明日も雑談からのスタートだな。
空き時間は2次校正。相変わらずおもしろい。なんか、エスノメソドロジーの教科書のようです。もっとも、あの話をそう聞く人は、もしかしたら少ないかも。逆に「それ、考えすぎやろ」とか言われそう(笑)。なにしろ、ところどころに「あたりまえっちゃああたりまえなんですけど、でも」というフレーズがあって、これがしびれます。だって、まさにその「あたりまえ」を解読してるんですからね。

放課後は20分のラン。最初の1kmが7分以上かかってしまって、いかに体調が悪いかわかるというものです。でも、あとの2kmは6分30秒くらいだったのでホッとしました。

で、定時に退勤して、向かうは「生きセン」です。
が、その前に「Kっちゃん」へ。今回もビールをいっぱい飲んでからにしましょう。昨日も「行く」って言いましたからね。ちなみに角打ちの常連さんがふたり来ておられました(笑)。こっちを見て笑顔になられたので、これがまたうれしい。
「昨日はどうも」
「あんた、よう呑むなぁ」
みたいな会話。
で、「ちょぼやき会」の例会です。ちなみに第1回はこの時で、第2回はこの時。第3回は藤尾さんの話を聞く会でした。ここまでは会には名前がなかったんですが、こないだ「ちょぼやき会」になりました。で、今日は4回目。今日の話題提供者は「カフェ・ド・マキグチ」のシェフです。もともと牧口さんはご自分の人権学習の実践を話そうと思っておられたようですが、そうじゃない。「√ 」を話してほしいんです。なので、そういうオファーを出してみました。無茶振りですけどね。
考えてみると、わたしの友だちって、自分のことを話しはじめたら何時間でも話をする/できる人たちです。なので、そういう人ばっかりだと思い込んでました。そしてきっと牧口さんの友だちもそんな人ばっかりなんだろなと思うんです。ところがそんな友だちをいっぱい持っておられる牧口さん自身はそういう人ではないみたいなんですね。いや、はじめは「あえて語ってないのかな」と思って「語った裏には実は語らない/語れないことがある気がするんですが、普段語らないことってなんですか?」って質問をしたんだけど「なんだろ。考えたことがない」って返事でした。
牧口さん、きっとおもしろい人生を送っておられるんだろなと思うんだけど、もったいないなぁ。でも、そういう牧口さんの一面を知ることができたのはよかったです。
「ちょぼやき会」は実践報告の場ではなく、叙述的自己表現の場なんですよねo(^^)o。

てことで、会が終わるといつもの通り「やきやき」へ。今日の話を振り返ったり、次の話題提供者を考えてみたり、はたまた「変態が世界を変える」話をしてみたり。
とにかく、互いが互いへ向けて延々と語る。その延長線上に「今」の選択がある。それをひたすら聞く。おもしろい。