脱稿

もちろん「脱肛」ではありません。>かずみさん(笑)
今日が原稿の締切。昨日「おもしろい」と沖縄の人に言ってもらえたので、とりあえず路線を変えずにそのまま突き進むことにしました。で、どうにかこうにか完成。
でも、どうもやっぱり手についていない感じです。たとえて言うなら、「ノックオン寸前」みたいな感じ。このままノックオン→相手ボールスクラムになるのか、それとも…。
てことで、今回の原稿の依頼者に読んでもらうことにしました。しばらくして「感想&ひとりごと」が返ってきました。なにか直接的な返事じゃなくて、文章を読んで「感想&ひとりごと」を書いていただけるって、すごくうれしいですね。というのは、わたしの文章から引き出された思いがあったっていうことですからね。てことで、ようやく「送信ボタン」を押す勇気が出てきました。

送信してしばらくした時、一通のメールが来ました。わたしが少し前に報告した内容のテープおこしでした。それを読みながら、「あ、これやん…」。なんとなく自分の中でつながるものがありました。
で、さっそく原稿を修正→再送信。

せっかくなんで、今回の原稿のタイトルだけ…。
「自分の航路を刻もう −トランスジェンダーという生き方−」
とっても短い文章ですが、いまのわたしの考えのスタート地点のような気がしています。

で、本番

それにしても、2回の練習で芝居をかけるのもたいがいだよなぁ…。まぁ、しょせんは教職員劇だからいいけど…。
てことで、「教職員劇ニュース第6号」から転載です。

本日は、たくさんのご観劇、ありがとうございました!
本番前はどうなることかと思ってはいたのですが、幕が開くと、卓球台にはネットがあったり、さまざまなところに細かい工夫がなされていて、「さすが!」と思わせるものでした。また、昨日は聞かなかったセリフが入っていたり、昨日あったはずのセリフがなかったり(笑)と、いつもの通り、臨機応変なキャストのみなさんでした。

それにしても、教職員劇も7年ぶりぐらいでしょうか。
7月に生徒部から「やって」と言われた時は、「まぁいいか…」と安うけあいをしましたが、そこからは苦労の連続でした。
台本ができたのは例年にない早い時期(7月終わり)だったのですが、出演交渉が大幅に遅れてしまいました。そのせいもあってか、みなさんのご都合がつかず、最後の最後まで「急募!」の文字がニュースに登場してしまいました。
そんななか、一度は教職員劇を中止しようかとも思いました。何人かの方に相談をしたのですが、あるキャストの方から「しかたないですね。でも、ちょっとさびしいですね」と言われました。その言葉を聞いて、「やっぱりやろう」と気持ちを引き締めなおしました。
そういう気持ちが通じたのか、あちこちから「出てもいいよ」「手伝うよ」という声が出はじめて、無事、今日の舞台につながりました。
そして、生徒たちの大きな声援は、7年前と何も変わることがありませんでした。舞台がはじまる直前の緊張感とともに、「ここに帰ってきた」という思いがこみあげてきました。

そういえば、このニュースも、ここ数年は、せいぜいが1号出すだけ(打ちあげの案内文)でした。それが今年は6号も出すことができました。今年は「ネタ」もあまり思いつかず、もともとあまりない中身が、なおさらありませんでした。それでも、何人かの方から「楽しみにしているよ」と声をかけていただけました。そんなみなさんの思いに支えられて、今日の舞台がありました。ありがとうございました。

本号をもって、今年の教職員劇ニュースは終わります。しかし、これは教職員劇の終わりを意味するものではありません。いつかだれかが、ふたたびこのニュースを出すその日まで、一時教職員劇ニュースの発刊を停止します。

練習最終日(笑)!

今日から文化祭。教職員劇については、きのうが練習初日でしたが、今日が練習最終日です。
教職員劇って、出演者はおろかその内容も含めてすべてがトップシークレットですから、練習は昼間はできません。夜まで時間があるので、わたしは音づくり(笑)。って、きのうの練習では音はなかったんですよね。
いくつかの音は決まっていたのですが、まったくプランがないところももちろんあります。自分の記憶を頼りに、ひたすら音を探します。「これ」と思った音も、必ずしもフィットするわけではありません。台本を見て、動きをイメージして、音のイメージとつきあわせます。そんな中で選んだ曲は以下の通りです。

  • 「怪傑ハリマオ」のテーマ(客入れ)
  • RAINBOW「Kill the King」(On Stageより)
  • 「鉄人28号」のテーマ
  • Eye of The Tiger
  • Billy’s Boot Camp(DVD)
  • Do it(V6)
  • デビルマン」のテーマ
  • We will rock you
  • we are the champions
  • WAになっておどろう(V6)
  • 大阪で生まれた女(客出し)

で、夕方6時頃から「ほぼ全員練習」開始。ここからの集中力はさすがです。セリフはまったく入っていませんが(笑)、場面場面に応じた「だいたいそれ」なセリフが出てきます。まぁ、それが教員の得意技なんですけどね。
てことで、3時間ほど練習をして終了。
あしたが本番だ…。

練習開始!

いよいよあしたから文化祭。
今年の文化祭では久しぶりに教職員劇が復活します。
ところで、台本をあげたのはえらい早い7月のことでした。ところが、夏休み中バタバタしていた関係で、出演交渉がぜんぜんできていませんでした。で、9月になってもバタバタしていて、これまた出演交渉がぜんぜんできていませんでした。なので、ぜんぜん役者が足りていないという…。どうしよう…。
でも、とりあえず、まだ一度も練習をしていません。てか、ヒマなかったし(笑)。なので、とりあえず今日から練習開始です。
7時に体育館に集合。三々五々(笑)集まってきた役者さんとボチボチ打ち合わせ。とりあえずだいたい(笑)集まったところで、軽く通し。とは言え、全員じゃない…、てか、主役級でも来ていない人がいるわけで、かなりヤバイです。
1時間半ほど練習して立ち稽古終了(笑)。で、ある教員のひとこと。「ん、大丈夫!いけるやん!」。
その強気がこわい…。

焼肉の町

朝、生徒から「照明がつかない」というメールが来ました。いま、文化祭直前で体育館で舞台練習をしているんですよね。
幸か不幸か、今日はウトロで集会があって、放送を頼まれていました。なので、学校に行く用事があるので、ちょっと早めに家を出ることにしました。
あれこれテスターで電源を見ていると…。来てません。てことは、どっかのヒューズが飛んでるか…。学校の電源のヒューズなんて、そこらの店においているものじゃないし、てか、そもそもヒューズなんて死語やし(笑)。まぁ、明日電気屋さんに来てもらって症状を伝えるか。
で、放送セットを持ってウトロへ。
なんだかんだとバタバタしていたので、集会には出られませんでした。でも、わたしの担当は集会の後、焼肉会場の放送担当だからいいんです(笑)。
一通りセッティングを終えたころに、集会や散歩を終えた人たちが集まってきました。せっかくなので、BGMはこれです。
そうこうするうちに、ウトロ出身のジャグラー金昌幸(キムチャンヘン)さん*1が登場。すごいジャグリングテクニックを見せてくれました*2
ところで、このあたりは「仕事中」なんですが、町内会長さんが
「センセ、ちょっとここに座り」
と言ってきます。
「え、いま仕事中…」
「ええから座り。ビールが入ってへんセンセはセンセとちゃうやろ」
さすがによくわかってはります。あとは一缶飲み干す前に、前にビールが並ぶという、いつもの状態の開始です。肉をつまんでは、ビールを半缶を繰り返していると、ちょうどいい感じになります。あたりが暗くなりはじめた頃、「ちょっと手伝え」と言われて、近所の資材置き場へ。工務店ライトと脚立をかついで照明のセットです。
やがてあたりが暗くなると「ノレ」のはじまりです。ハルモニの歌にあわせてあちこちで踊っている人がいます。やっぱりウトロはウトロです。ただ、放っておくとこれが延々と続くのもウトロです(笑)。仕切っている人が「7時半まで!」と一声。どうなるかなと思ったのですが、本当に7時半に終わりました。みなさん、歳とったな(笑)。

それにしても、この町、やっぱりぜったいに守らなあかんな。

*1:ウトロの人は大道芸って言ってたなぁ…

*2:世界チャンピオンなんだ…

会議(ToT)

起床は4時10分。そこから小刻みに10分ずつ寝て、4時半には完全起床。4時40分にタクシーに乗って駅に移動です。5時09分の列車に乗って、京都へ。京都到着は9時過ぎです。で10時から某在日外国人教育関係の会議。
さすがに眠いです。でも、寝られないです。いや、会議だからじゃなくて、午前10時なんて寝られる時間じゃないということなんですけどね。で、出席者も少ないことなんで、11時頃には午前の部は終了。お昼ご飯のラーメン&ビールです。
午後からはそれなりに白熱した会議ができて、よかったよかった。朝早くに松山を出た意味がありました。
会議終了後は飲み会です。でも、さすがに晩ご飯は家でと思い、帰ろうとしたら、外はものすごい雨です。駅まで迎えに来てもらおうと電話をしたら「今、外に出てる。雨がすごいから雨宿りしてんねん」というパートナーのお言葉。なので、家に帰るのをやめて飲み会に合流しました(笑)。それでも1次会でダウン。
家に帰る頃には半分寝ていました。

校内研修2日目・午後

午後は、人権教育部の研修。O阪市内の某公立大学のF久保さんという方に来ていただいて「学校教育とジェンダー」と題した講演。
前半では、前近代→近代→現在のジェンダーをめぐる変容について、すごくわかりやすく話をしてもらいました。キーになるのは、「経済状況」とか「子育ての環境」とか「グローバリゼーション」とかだったような気がします*1。で、後半は、そうした状況の中で学校教育に何が求められるかというあたりの話。ひとつのキーとして「ペイドワーク」と「アンペイドワーク」のバランス、特に「アンペイドワーク」をどうになっていくかというあたりの話だったかなぁ。このあたり、*2
講演が終わったら、自宅までお送り。途中、1時間ほど、互いの仕事のことを嘆きあったりしながら面白い時間を過ごしました。で、今回も一緒に飲めずorz。
ところで、1年半ほど前にこんなの書いていたこと思い出しました。

*1:なにせ、うろ覚えm(_ _)m

*2:秀逸なのは、「誤解してもらったら困るのは、セックスアピールは先生方に向ってではなく、自分自身に向かっているということ」という言葉です。これをきいたある教員は「よ〜くわかった」と言っていました。

役目があるようなないような・全外教大会2日目

長い長い準備の期間があった割にはあっという間の3日間。今日で全外教大会もおしまいです。今日は分科会。わたしの主たる役割は、昨日でほとんど終わっています。今日は「何かあった時のための要員」です。立ち上げの時は少し混乱をしたけど、それを過ぎるとあとは特にやることもなくダラダラとした一日です。でも、やっぱり2日間の疲れがとれていません。とくに、昨日の宿泊は心のリフレッシュにはなったけど、身体には最後の一撃を与えたみたいです(笑)。
しんどいなぁと思いながらも3時半にようやく閉会集会。交流会担当としてひとこと話をする時間をもらいました。

今回の交流会で、途中熱を出してしまったフィリピン人の生徒がいました。病院に行ったその生徒が帰ってくるのを待ちながら、みんなで「身体も熱を出したけど、きっと心も熱を出したんだろうなぁ」と話しました。
その生徒、集合の時はとても不安そうな顔をしていました。でも、「君以外にフィリピン人の子、10人いるよ」と話すと、一気に顔がゆるみました。そして、今日帰る時の顔は、はじけるような笑顔でした。
たった1泊2日でここまで変わるかという思いでした。こんな子どもたちの変わり目に、毎年出会えることの幸せを感じています。

話ながら思わず泣いてしまいました。どうも最近涙腺が弱くなってきたみたいです^^;;
あとは会場の片づけ→打ちあげです。
ほんとうに疲れていたので打ちあげが終わったらさっさと帰るつもりだったのですが、なんとなく今回交流会に初めてかかわってくれた若いスタッフの人と話をしているうちに、結局店の閉店時間までいてしまいました。
そのスタッフをしてくれた人も、たぶん、今回の交流会でひとつの転換点を迎えたんじゃないかなぁ。そういう意味では、交流会は子どもの変わり目であると同時に、わたしたちの変わり目にもなるんだろうなぁ。「集まること」って、すごい力をもっているなぁ。

そんなこんなで、家に帰ったのは結局は12時頃。久しぶりの家のふとんに倒れ込むように身体を投げ出したら、そのまますぐに寝てしまいました。

でも終わらない…

交流会は終わりましたが、一部の子どもたちは「後泊」をします。さらに、卒業生たちも交流をしたいとのこと。わたしとしてもクールダウンをしたいし…。てことで、東九条で雑魚寝合宿を企画していました。
生徒を引率している人たちはファミレスへ。卒業生たちは交流会で残った食材をつかって自炊。それ以外の教員は近くの焼肉屋でようやくまともな食事にありつきました。そういえば、わたしは昼ご飯食べてなかったよ。
気のあった人たちと一緒に大きな仕事を終えて呑むビールのおいしかったこと。単にビールがおいしいだけじゃなくて、いくつもの共通の話を話題があるので、話の中身もおいしいんですよね。身体は確かにクタクタに疲れていたけど、ほんとうにいいひとときを味わうことができました。
東九条の「いつもの場所」に帰ってもうひと呑み。話しているうちにだんだんと記憶が遠のきはじめたので、ここでようやくふとんにもぐっておやすみなさい…。

パネデとアピール・全外教大会1日目

続いて京都に移動。京都市内では、全国在日外国人教育研究集会が行われています。交流会はそこに合流して2日間の交流会の成果を発表します。また、その時間に先がけて、京都のとりくみの紹介のパネルディスカッションがありますが、なぜかわたしがそこでコーディネーターをしなくちゃならないことになっています。
ネックになったのは、甲良町から京都市内への移動です。はたしてパネルディスカッションの時間に間にあうかどうか。もしも交通事情などの関係で間にあわなければ、えらいことになってしまいます。まさに綱渡りです。
幸い特に渋滞もなく、少しトラブルはあったものの、無事料金所で子どもたちが乗っていたバスを追い越して*1全体会の会場に到着。子どもたちより後に出発して子どもたちを出迎えるという技をおこなうことができました。
到着して30分ほどしたところでパネルディスカッション。
問題は、わたしの頭の中は交流会のことでいっぱいだったために、パネルディスカッションの構想をまったく練れていなかったということです。いちおう打ち合わせは事前にしていたのですが、その時の内容も覚えていません。しょーがないので、生徒たちに「質問項目、なにやった?」と聞いて、その場でメモ。まぁなんとかなるか…。なにせ、パネラーは京都・在日外国人生徒交流会の卒業生たちですから、気心がしれているしそれなりに場慣れもしています。実際、いざパネデがはじまると、子どもたちの中から言葉があふれ出してきます。
パネデの中でおもしろかったのは、ジャマイカ出身の卒業生の話。「わたしは、ハーフじゃなくて混血なんです」。ジャマイカって、ほんとうに多民族な国で、その卒業生のルーツをたどるとあまりにもたくさんのルーツがあるとのことです。なので、「ルーツをたどることに意味がない」。振り返って自分の「発想」を捉え返してみると、かつては「(在日)朝鮮人=ある種の純血」にこだわり、その後せいぜいが「ダブル=ふたつ」あたりでとまっています。でも、その卒業生は「ふたつのルーツ」を軽々と越えたところにいるわけです。会場からは「マルチや!」というツッコミが入っていたみたいですが、聞こえませんでした。すんません(笑)。
パネデの最後で「まとめようかな」と思ったら、最後のパネラーにまとめられてしまったので、話のネタがありません。しゃーないので「しつこくしつこく誘い続けること。細々と出いいから交流会をし続けること。とにかく続けることが大切だと思いました」とわたしなりのまとめをした後「突然ですが終わります」とパネデの終了宣言。
で、いよいよ本日の公式プログラムの最後、交流会からのアピールです。会場の後ろから入ってくる100人を超える子どもたちの長い長い列を見ると、「よぅ集まったなぁ」とつくづく思いました。ステージの上に立つ子どもたちの多いこと多いこと。1993年に京都であった全国交流会を担当したのが、わたしと「全国」の出会いでした。そこから14年たって、ここまでたくさんの子どもたちが集まるようになったんだなぁと、ちょっと感慨深かったです。2日間の討論や活動の紹介を行って、会場カンパをつのって、アピール終了。控え室にもどって生徒実行委員長から終了宣言があって、ようやく今年の全国在日外国人生徒交流会が終了しました。
あとは、京都スタッフで最後の後かたづけをして、公式プログラムは終了です。

*1:ETCのおかげです♪