「弱ムシ」「泣きムシ」「信号ムシ」
by 枚方署
なんだかなぁ…
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「弱ムシ」「泣きムシ」「信号ムシ」
by 枚方署
なんだかなぁ…
3年連続で最下位?それは誇りに思うべきことだと思います。それほどまでにしんどい家庭や子どもたちを引き受けてきた、その結果だからです。んなもの、3年間でどうにかなるものじゃないです。
ついでにいうと、小学校で成績が上昇していることと中学校で成績が変わらないことも、「当然やなぁ」と思います。しんどい地域であればあるほど、小学校段階での「できる子」は、たいていの場合中学では私学へ行きます。小学校段階で力をつければつけるほど、その傾向は強くなり、成績上位層が大量に私学へ流れていきます。
小学校段階で学力的にクラスを引っぱっていた層がずっぽりと抜けた中学校は、ほんとうにしんどいです。
教室の崩壊を食いとめるかどうかは、実はこの層がどの程度のパーセンテージいるかにもよるように思います。経験的には、「授業なんてどうでもいい」と思っている人数が、教室の3割を超すと、いきなり教室は崩壊する。そんな気がしています。
きちんと調べていないのでよくわかりませんが、秋田と大阪の私立中学校への流出者のパーセンテージを比較するとおもしろい結果が出るんじゃないかなぁと思います。さらには、私立中学校の全国学力テストへの参加率とかね。
でもまぁ、そんなことを考えるまでもなく、わたしの知っている「しんどい学校」と言われる中学校の教員を見る限り、大阪の教員の指導力は全国でもピカイチだと思いますがねぇ。そんな人たちだから、とてもしんどい状況であっても、なんとかなっている。
大阪は最下位であることを誇りに思っていいと、わたしは思います。
わたしはテストには2種類の意味があると思っています。
すごく簡単に言うならば「入り口のテスト」と「出口のテスト」ということになるでしょうか。
「入り口のテスト」は、それを評価の対象にするのではなく、今後の指導の資料とするものです。「出口のテスト」は、まぁいってみれば「到達度」を測るもので、それを評価の対象にする*1ものです。
ところで、全国学力テストって、どっちなんだろう?
本来的には「入り口のテスト」なんじゃないかと思うのですが、実際には、地域・教育委員会・学校・教員の「評価」として使われている気がします。
これ、意味をはき違えている気がするのですが…。
*1:この場合の評価は、必ずしも生徒だけじゃなくて、実は教員自身の(自己)評価にもつながると思いますが
朝のニュースで全国学力テストの話がありました。
で、まぁいろいろいろいろあったわけですが、「結果に対する対応」について聞いている時に「へ?」と思ったことがひとつ。
なんでも「研修を充実させる」とのこと。
この手の「対処法」を聞くたびに、「ハイハイ、現場の教員が悪いんですね」と思ってしまいます。
何かおこったら、すぐ「研修」です。
別に自分自身のスキルアップをしたくないわけじゃないです。というか、わたしは研修を受けることについて、拒否をしようとは思っていません。それどころか、「どんな(つまらないと思われる)研修からも学ぶことがある」と、どちらかというと肯定的にとらえている人間です。
でも、それと「対処法が研修」ということとは別です。
「研修」という名のもとに、現場の教員がどれほど子どもたちに投入する時間を奪われていることか。研修だけじゃないですね。さまざまな書類を書くことを要求されて、これまた子どもたちに投入する時間が奪われている。
仮に「よい研修」を「たくさん」受けた教職経験ゼロの人がいるとするならば、その人に一年授業を持たせればわかります。その人が教科指導力があるかというと、必ずしもそうはならないだろうと思います。
きっと、研修「だけ」ではなにも解決しない。にもかかわらず、真っ先に「研修」が出てくる。
なんと安あがりな対処法だろうと思います。
文化祭と言えば、わたしはいつもの「役割」がありまして。教職員劇の台本書きだったりします。
これが、なかなか…。
というか、考えてみると、実にいろいろ文章を考え、書いているんですね。ブログだって文章だし、他にもいろいろあるし。で、アウトプットし続けていると、やっぱり内側が空っぽになっていく気がします。かといって、インプットがそう簡単にできるかというと、これができないんですね。
もちろん「本」もインプットですし、「テレビ」もインプットですし、「会話」もインプットです。「講演を聞く」というのもインプットか。それと「考える」ということもインプットかな。
やっぱりそういうことをしないと、「小ネタの神様」が降りてくる余地がないのかもしれません。
てことで、台本は一文字も書けず。タイムリミットは…。すぎてるな。
昨日が始業式でしたが出張だったので、わたしにとっては実質今日が初日になりますか。
で、1時間目は「夏休み明け課題テスト」。作成したのはわたしなので、各クラスをまわって質問受付をします。で、巡回していると、まぁあんなもんだな(笑)。でも、一生懸命解いている子ももちろんいるし、もしかしたら例年よりもがんばっている気がします。
午後は文化祭準備。なんだかんだとやっている子ら見るのは楽しいですね。
結局、わたしは「授業以外の学校」が好きなんだと実感しました。
今日は「全人教*1」の集会です。京都市内で実施ということで、わたしたちにも動員がかかりました。てか、別に動員がかからなくても行くつもりでしたがね(笑)。
午前中は神野ちどりさん@東大阪市立平岡東小学校長の講演「子どもの心を耕す人権教育をめざして −人権教育の指導方法等の在り方について(第3次とりまとめ)をどう活かすか−」。
はじめのうちは「説教かいな(;_;)」と思いながら聞いていたのですが、
「自分の話をさせていただきます」
と仁義を切ってからは、えらい勢いで自分が実践の中で出会ってきた生徒達、教員達について語りはじめられました。やっぱり、子どもの話は迫力があります。でも、それ以上に、神野さん自身が迫力ありすぎ^^;;。まぁ、東大阪で校長をやっておられるぐらいですから、「そーゆー人やろなぁ」とは思っていたのですが、やっぱり「そーゆー人」でした。
ただ、オチがなぁ…。
「「第3次とりまとめ」には、いままでの同和教育の流れにプラスして「社会づくりをしていく」という文言が明記されている」
みたいなことを言われていたけど、それ、いままでから言ってたし…。てか、うちのトランスジェンダー生徒交流会では
「身のまわりから社会を変えていく主体はお前らや」
と好き放題言いまくっていますし(笑)。
午後は3つの学校からの実践発表*2です。
京都の高校・大阪の中学校・長崎の小学校からそれぞれプレゼンがあったのですが、校種による違いみたいなものを実感しました。
地域と非常に密着した実践・他県の学校と交流をしている実践の紹介があった小学校。中学校では小学校との連携や異学年間の交流をうまくとりくんでおられます。こうしたとりくみと比較すると、やっぱり高校は地域・保護者から少し離れたところに実践があります。
高校の教員としては、小・中の実践の「ベタベタさ」をうらやましく思いながら、でも、高校として何ができるのかというあたりを考えなくちゃいけないなぁと思いました。具体的には、地域や保護者から一定卒業している子どもたち同士をどうつなぐのかというあたりかなぁ。
プレゼンの後はパネルディスカッション。なんか、高校だけかみあっていない気がしたのはしかたないかなぁ。
パネデの後、たまたま中学校の人を知っていたのであいさつをしに行ってみました。あちらも予想外だったのか「いつきさん!」と驚いていただけたのはうれしかったですね。
その後、文科省の人が「人権教育の指導方法等の在り方について(第3次とりまとめ)」についての解説。まぁあんなもんかなぁ…。
いや、夜ではないのですが、あしたから2学期がはじまりますので、「決戦前夜」みたいな…。
生徒交流会〜全外教〜高知と動いてきたので、感覚が職場から離れています。とにかく今日はリハビリ&雑務&研修という感じです。
まずは、午後の研修のレジュメ印刷&ホッチング。職員室で同僚とダベリながら淡々と作業をこなします。続いて職員会議開始です。いきなり文化祭があるのでたいへんですわ。
11時半頃職員会議終了。昼ご飯を食べて午後に備えましょう。
午後からは人権教育研修会。今日のテーマは発達障害の生徒にいかに対応するかという話です。
いままで何度か発達障害についての研修は受けてきたのですが、たいていの場合、特別支援学校あたりの話です。普通科高校でのノウハウみたいなところにつなげるためには、ちょっとハードルが高い感じがありました。そのハードルを下げるというか、ハードルのあちらとこちらをつなぐというか、そういう話を聞くことが必要なんです。
で、話を聞いて…。
あまりにも当たり前なのですが、結論は
当事者の「自己理解」
→当事者からの「支援」「配慮」の要求
→「支援」「配慮」の実現
なんですね。
もちろん、具体的なノウハウはたくさんあります。ただ、それとて分析的に考えるとそう新しい話ではなく、いままでやんちゃな子どもたちやキレやすい子どもたちに対して向きあってきた時のノウハウや、勉強が苦手な子どもたちへのノウハウなんかからつながるところがあるように感じました。
大切なのは、そういうていねいなとりくみを、「結果」に対して行うのではなく「原因と解決」に対して行うというあたりかなと思いました。
うん、かなり勉強になった気がする。
にしても残念だったのは、講師の方の声が小さいことですね。ボリュームをあげればあげるほど、話をされる声が小さくなって、スピーカーから出る声は結局一定になるんです。まぁ、スピーカーの位置が悪かったというのはあるかもしれませんがね。でも、もしかしたら
「お前ら、聞き取れなかったら前に来ぃひんかい!」
というメッセージだったのかもしれませんがね。
宿毛に来たら、どうしても行きたいと思っていたところがありました。池上誠(いけのうえまこと)さんのお墓です。
池上さんの結婚差別事件については、結婚差別についての教材づくりをしたことがある人なら、必ずと言っていいほど出会うんじゃないかと思います。わたしも「宇治のモミジ谷」という地名と、震える手で書いた
「くやしいよ、お父さん」
という涙でにじんだ文字は、わたしも何回も見ました。
詳しいことについては、川口くんのブログに譲ることにしましょう。
今回宿毛に来ると決まった時から、絶対に行きたい。お墓の前で手をあわせたいと思っていました。
M越さん*1の紹介で、池上さんの出身の隣町の隣保館の館長さんに案内をしてもらいました。
宿毛市郊外の小高い丘の上にお墓はありました。
なんでも昔はもっと奥の方にあったのが、墓地の移転に伴って、最近こちらに移されたとか。
裏側にまわります。
一九七二年五月三日
差別への悲憤に自ら生命を
絶った若者ここに眠る死の果てにやすらぎはない
生の闘いの彼方にこそ
部落の解放があり 自由が
ある
若人よ
ふたたび悔恨と挫折の道を
歩むな 起って 人の世の
熱と光を求め続けよ
一九七二年十月
部落解放同盟建立
とあります。
結婚差別についての授業資料をつくる時、よく
「そんなに古いのじゃなくて、最近の事件はありませんか?」
と聞かれることがあります。その言葉を聞くたびに、わたしは悲しさを通り越して怒りすら感じます。
死ぬのは一人でたくさんです。いや、一人の命もなくなってほしくない。にもかかわらず、これまでにどれほどたくさんの人が、結婚差別にあって、命を自ら絶ってきたことか。
池上さんのお墓の前で手をあわせながら、そんなことを思い出しました。
昨日の長浜のお墓のこと、今日の池上さんのお墓のこと。うちの子どもたちに、そして生徒達に伝えたいなぁと思いました。
*1:前のエントリの2番目の人で、いつも高知に行くとお世話になる人