これで一安心

で、今日、婦人科へ。
いま通っている婦人科、すごく人気が高くて、開店(笑)と同時に待合室が満席になります。
今日は仕事が早めに終わったので、かなり早めにお医者さんへ。まだ開店40分前でした。しかたないので、しばらく前で待つことしました。
と、別の受診者の方が来られました。
「あれ?まだ?」
「えぇ、あと30分ほどあきませんよ」
「ちっ!早く来すぎちまったぜ」
ええ感じです。
そうこうするうちに、あっという間に4人の行列。やはり早く来ないととんでもないわ。

で、今回のお題は「グリグリをグリグリすると痛い」という^^;;。
まぁ乳ガンは痛くないと聞いているので違うんだろうとは思っていましたが、念のために来てみたんですよね。で、超音波で見てもらうと…。
「確実に乳房は発達していますね。確かに少し黒いところはありますが、左右が同じぐらいの大きさですから、まず正常と考えていいでしょう」
とのことでした。ふぅ…。

これで一安心

長い間「ituki-d.net」のサーバーが不安定でしたが、ようやく今朝復旧したみたいです。
個人運営の無料サーバーを使わせていただいているので、サーバーダウンの可能性は織り込み済みです。なので、文句を言うどころか、予定より早く復旧作業を完了されたのは、感謝です。なにせ、「復旧完了」の表示が午前4時だったので^^;;
これで、メールの送受信とかサイトとかが安定してできそうですわ。ふぅ…。

伝えることはそれなのか?

何かがおかしい気がします。
いま、日本の状況は、それどころじゃないはずなのに…。
最も大切なことが伝えられず、伝わることは「カネがらみ」と「金がらみ」のことばかり。つっても、後者は「とれない」話なんですけどね。
ほんとうに伝えなくちゃならないこと、論議しなくちゃならないこと、あるいは、論議されていることが、伝わってこない。でも、「世間」はその情報に踊らされている。

その後

今日、米子の主催者の方からメールが来ました。

子どもと一緒に買い物に行ったら、◯ミリちゃんと偶然会って、子どもと「キャー◯ミリちゃん!」となりました。
不思議なものですね。金曜日なら気づかなかった人なのに、土曜日、いつきさんに紹介してもらったおかげで、また一人仲間が増えました。

うれしかった!
まさに、これこそ出会いなんだよなぁ。

で、お散歩

山陰地方には「未指定」と言われる地域がけっこうあります。簡単に言うならば、「同和対策事業」を受けるための「地区指定」を「いらない」と拒否した地域のことです。ですから、施策の手がまったく入っていません。
今回そんなところに行かせてもらうこともできました。
なんというか、息を呑むという感じですね。区画整理はまったくされていないし、空き家もあって、高齢化がうかがわれる感じです。「施策を受ける」ということは、それと引き換えに「うちはムラです」とカムアウトをすることでもあります。そのどちらをとるかという中で、「クローゼット」を選択せざるをえなかったのもまた、差別のあらわれなんでしょうね。「施策を受ける選択」をしたムラをその後に見ただけに*1、そのことを強く感じました。

てなことをしていたら、あっという間に出発の時間です。大急ぎで駅まで送ってもらって、いっぱいおみやげをもらって、さぁ、京都に帰りましょう。
また来たいなぁ。ニューハーフの子の「その後」も知りたいし…。

*1:というか、知っているムラはほとんどがこちらの選択をしています

高友

「高友」と聞いてピンとくる人は、かなりマニアです*1。「高友」とは「高校生友の会」の略で、部落解放運動の中では、とてもポピュラーなものです。まぁ、すごく簡単に言ってしまうと、部落の「高校生交流会」ということになります。場所によっては、あるムラ単体でやることもあれば、地域単位でやったり県レベルでやったり、さまざまです。
で、今日は米子市単位の「高友」に参加してきました。
今日のゲストスピーカーは、徳島の青年です。
すごく絵のうまい人で、紙芝居を使ったりしながら、すごくわかりやすく人権についての話をしてくれます。それもそのはず、小学生相手の指導員をした経験があったり、現在は中学校のバスケ部のコーチをやったりと、子どもたちにかかわり続ける「地域のおじちゃん*2」として活動をしておられる人です。
しばらく話をして、いよいよオチかなぁと思ったあたりで、ふと後ろを見ると、主催者の方が「30分のばして」とか書いた紙を出しています。すると、ちゃんと30分つなぎます。それって、ほとんど落語の世界じゃないですか。
でも、その余分な30分が、すごくよかった。ここ3年間かかわってこられたバスケの子どもたちの姿をいきいきと話して下さいました。「人権についての話」は、ある意味誰にでもできるけど、子どもの姿を通して語られる言葉は、その人にしかできないし、また別の伝わり方がありますね。

で、1時前からお食事会。
「ビール〜」
と騒いだら、
「はい」
と出してもらえました^^;;
そうそう、ニューハーフの子にも
「参加しようよ」
と声をかけていたので参加してくれました。
やはり、「昼の人間」とのつながりって大切なんだと思うんです。でも、自己紹介の時に、ちゃんと「営業トーク」をしてくれました。ちょっとずつプロになっているんだなぁ…。
「高友」には大学生や青年部の人たちも「お姉さん/お兄さん」役として参加します。そういう青年たちの姿が、ムラの子どもたちにとってのロールモデルになるんです。そんな青年たちとニューハーフの子が
「アドレス交換しよ〜」
とか言っているの、かなりうれしかったです。

*1:と断定していいのか?

*2:お兄ちゃんに見えるけど

どんだけ呑むねん

で、「夜の街」へゴー。
なんでも主催者の方のいきつけの居酒屋で、すごく安くて融通が利くらしいです。
気がつくと、30人ぐらいの大宴会です。目の前には刺身の皿があるわ、カニがあるわ。もう、えらい御馳走です。宍粟の方が向かい側におられて、
「これ、呑む?」
と日本酒を出されます。黄金色に輝くお酒です。一口飲んで
「うまい!」
と言うと
「じゃぁもう一本」
って、ええんか?
おいしい食べ物とおいしいお酒、なによりおいしい仲間に囲まれて呑むのは最高ですね。

そうそう。ある部落の高校生*1から
「女の友だちから「女の人が好きな自分を変態と思う?」と言われたんだけど、どう返したらいいんでしょうか?」
と相談を受けました。
その子、精一杯受けとめているんだけど、それをどう表現していいのかわからないみたい。
別に「公式」はないけど、でも、「あなたと会えてよかった」というオーラがあふれるように出てくることが一番大切なんだと思うんですよね。なので、そんな感じのことをつらつらと酔っぱらった頭で返しました。
にしても、酔っぱらい相手にちゃんと話を聞くって、よくできた子だなぁ…。

気がついたら、1時。さすがにお開きです。って、この店、何時までやってるんだ?

*1:もちろんノンアルコール

出たとこ勝負

今日は米子でお座敷です。
てことで、お座敷の開始は7時なのに、なぜか朝からスタート。
米子に到着直前に主催者の方にメールを打つと
「すでに徳島組は到着している」
との返事。いや、だからなんで米子なのに徳島の人が来るわけ(笑)?
で、無事主催者&徳島メンバーと合流。
「お昼ご飯を食べに行きましょう」
「どこまで?」
「島根」
「へ?」
島根は小さな山の向こうにありました。
当然ここでおいしいランチ&燃料補給です。すでに、若干テンションが高めです。大丈夫かなぁ。

ところで、道中、米子にニューハーフをしている知りあいがいることを思い出しました。で、メールを打ったら
「会ましょう」
ということになりました。久しぶりにあった彼女、けっこう疲れていました。やっぱり激務なんですよね。なんでも、「夜の仕事&昼のダンスレッスン」という生活をしているとか。約1年いるけど、ほとんど知りあいもいないみたいです。そりゃ、知りあいをつくるヒマもないでしょうねぇ。たいへんだよなぁ。
2時間ほどいろんな話をして、それぞれ仕事(笑)があるので、いったんバイバイです。

で、お座敷の会場へ。
なんでも300人はいるホールだそうです。しかも、当然のことながら動員なし。ただ、メチャクチャ顔の広い主催者の方が、ほうぼうにビラをまきまくって、電話をかけまくってしたらしいです。徳島の人はもちろん、八頭の人とか滋賀の人とか(笑)兵庫の人とか、けっこうあちこちから「行くよ」という返事が来たとか。どないなってんねん。
で、お座敷開始。
ホールには200人ぐらいおられます。これはえらいこってす。
でも、みなさんしゃべりやすい感じ。適度な笑い声が心地よいです。こういう時は、えてしていらん話をしてしまうものです。まぁ、広報誌には開始時刻は書いてあったけど、終了時刻はあえて書いていなかったらしいので、多少の延長はかまわないとか。
てことで、多少延長させていただいて、まぁだいたい無事終了。
いやぁ…。なんかテンション高い自分です。

「10年遅かった」の意味とか

考えてみると、大学生の頃から
「10年遅く生まれたよなぁ」
と、友だちとよく話をしていました。10年前なら学生運動もさかんだったし、まだまだ「混沌」という言葉があてはまる時代でした。
で、そんな学生運動をやっていた人たちが、自分の生産点で活動をはじめる中で、みなさん当然のように部落解放運動とか在日朝鮮人の問題とかにとりくむわけです。で、さまざまな実践を手探りの中からつくっていかれた。
で、わたしはその「学生運動」が埋め火のようになっている時が大学時代なんですよね。学生運動の経験をもたないままに、在日の子たちとか部落の子たちとかかわるようになっていきます。でも、その時すでに先達達ははるかに先を行っておられるわけです。まぁ言ってみると、ひたすらその後を追いかける感じ?
で、いまや10年年上の人たちは退職の時代になります。しかも、みなさん早期退職をしていかれる。
身体も無茶ができなくなってきたし、なによりも、この閉塞した状況の中で「もう、希望はない」と言われます。
それはよくわかります。
最近「フリーハンド」で絵が描けなくなってきています。
曰く「自由に絵を描いていいけど、道具はこれとこれとこれとこれを使いなさい」みたいな。さらに言うと「テーマはこれだから自由に絵を描いてね」みたいな」。それって、自由じゃない(笑)。
先輩達はフリーハンドで絵を描いてきたからこそさまざまなとりくみができた「あの頃」を知っているがゆえに、今の時代はとても窮屈なんだと思います。それは、わたしも同じです。もっとも、「フリーハンドの時代」の最後をちょこっと知っているだけですがね。
でもね。
今の状況がほんとうにきついのは百の承知です。でも、だからこそ、その中でもやらないといけないとも思っています。状況は「フリーハンド」の時代よりも、ある意味悪化しています。だからこそ、やらなきゃならないことがある。そう、10年下のわたしは思うわけです。
今朝携帯を開くと、外川さんからメールが入っていました。
なんでも体調を少し崩されていて、休まなきゃならないとのこと。昨日控え室で「無理せんと休んで下さい」と言ってはいたのですが…。
でも、実は休んでいる外川さんは外川さんらしくないんですよね(笑)。なので、返事は定番のこれでした。

こんなこといつまでも
長くは続かない
いい加減明日のこと、
考えた方がいい。
どうしたんだ!ヘヘーベェベー
お前までそんなこと言うの
いつものように決めて
ぶっ飛ばそうぜ!

この歌を自分にも向けつつね。

で、まんまるの会

講演が終わったら、とりあえずいったん家に帰って電車に乗って大阪へ。夜は、まんまるの会です。
まぁ2月も半ばを過ぎているけど、今日は新年会。ふだんは1部・2部とやっていますが、せっかくの新年会なので最初から居酒屋で呑みです。
遅刻して会場に着いたら、世話人のみなさんは深刻な顔をしているし、参加者のみなさんは盛りあがっているし(笑)。まぁいつもの「まんまるの会」ですね。
わたしはというと、ある方から「GIDってなんですか?」とかいう、ほとんどビーンボールのような球を投げられて、思わず熱く語ってしまっていました(笑)。
9時過ぎにお店を出て、そのまま「2次会!」とかわめているヤツがいるので、「王将」へ(笑)。餃子セット*1を頼んで満足満足。
でも、冷静な人が「いつきさん、終電に間にあいませんよ」とタイムキープをしてくれるのがうれしいいです。おかげさまで、ちゃんと家に帰れました(笑)。

*1:餃子2人前とかに玉とライスがついている