朝起きると、やっぱりあまり体調がよくありません。というか、最悪に近いです。
とりあえずお風呂に入ります。ところがお風呂の中でウトウトしてしまい、気がつくとお風呂の温度がずいぶんと下がってしまったみたいです。これはヤバイです。
それでもなんしかホテルを出ましょう。
実は今日は午後から会議。そのために、昨日から会議で配布する本を持ってきていて、えらい大きい荷物なんです。こいつをかついでエッチラオッチラ職場まで。
職場について、とりあえずあまりにもしんどいので熱を測ると37.3℃。微妙な熱やなぁ…。
それでも会議の時間はやってきます。ほとんどダウン寸前で、とりあえず会議に参加。ふぅ…。
にしても、昨日の飲み過ぎがいけないのか、一昨日の飲み過ぎがいけないのか、今朝のお風呂がいけないのか、いったいどれなんだろう…。
投稿者: ituki
熱い呑み会
で、主催者の人たちと呑み会。
まずはアンコウ鍋の店で1次会です。
アンコウがおいしいのはいいとして、話の内容がこれまたおいしい。
人権フォーラム石川という団体は、石川県内の人権にかかわるいろいろな団体を横断的にまとめたグループのようです。なので、懇親会に来られた方たちも、いろいろなところで活動をしておられる中心メンバーみたいです。しかも、「横断的」であるだけに、必ずしもすべてのグループが「主義主張的」に一致しているわけではないようです。でも、逆に活動が困難な石川であるからこそ、小異で分裂するのではなく、「いっしょにやりましょう」という空気があります。これがいいです。
おそらくその中心となっているのが、今回わたしに声をかけてくださったYさんなんだと思います。といっても、Yさんは決してえらそうぶるわけではなく、それどころかすごく謙虚な方です。だからこそ、みなさんが一致してやっているんだろうなぁと思いました。
途中からは、共通の知人のことでえらいもりあがったりして、なんだかあっという間に1次会は終了です。
で、タクシーに乗って金沢駅まで。
ここで2次会の開始です。このあたりになると、なにがなんだかわからなくなってくるわけです。でも、なんだ熱く語りあっていたよなぁ。何を語りあったかはわからないのですが(笑)。
で、さらに3次会。
もうすでにみなさん終電までのカウントダウンになっていますが、それでも呑みます。さて、わたしは呑んだんだろうか…。
で、12時頃にお開き。
みなさんと
「今日、あえてよかったです!」
と固い握手をしておわかれです。
とにかくホテルに帰って寝ましょう…。
金沢へ
今日は「人権フォーラム石川」というグループに呼ばれて金沢へ。
それにしても、体調が最悪です。とりあえず電車の中でパソコンを開いたけど、何をする気も起きません。とりあえず、しばし寝ることにしましょう。てか、なんとなく熱っぽい気もします。こんなんで大丈夫なのか?
で、パートナーとメール。
「話をして汗をかくしかないな」
というところで合意です。まぁがんばりますか。
で、主催者の方と合流。さてさて、どうなることやら。
と、そこで新聞記者の方が取材に来られていました。
新「どんな話をされるのですか?」
い「さぁ…。なんかごたまぜなんで…」
新「はぁ…」
みたいな会話です。こりゃ取材にならないですね。
で、話しはじめたのですが、はじめみなさんは面食らっておられたような気がします。なんか「どう反応していいかわからない」という感じ。そりゃそうですよねぇ。
それでもだんだん雰囲気がほぐれてきて、少しずつ皆さんの顔に笑顔が出てきます。一番前で聞いておられる方も、はじめは疲れ切った表情をされていたのですが、そのうち柔らかい顔になってきてホッとしました。
そうそう、今回は久しぶりに本を持って行ったんだ。10冊持って行ったら5冊も売れて、かなりうれしかったですねぇ。ありがとうございます。
きのうのまとめ
まとめというか、最後にちょこっと話をした内容です。
いつも書いている話ですが、
「人間の行動を変えるのは、外圧ではなく内圧である」
ということでした。でも、その内圧を高めるために外圧が必要だったり、その外圧を高めるためには内圧が必要だったりするわけで。
結局「突破口」なんていうものはおそらくなくて、内圧を高めたり外圧を高めたりするサイクルをどうつくりだしていくのかなんだろうなぁみたいなことです。
なんか、まとまってないですね^^;;
温故知新
わたしは自分の職場に四半世紀以上いますが(笑)、うちの職場から転勤していていった人もたくさんおられるわけで。そんな人たちと、1年に一回ぐらいのみたいねということで、今日はそんな呑み会。向かったのは今回の幹事さんのおすすめ、ナマステタージマハル伏見店です。
それにしても、ほんとうに懐かしい顔ぶれが集まって、どーでもいいことをダラダラ話すっていいですね。これがわたしにとっての「同窓会」なのかなあ。
そうそう、このお店のナンすごくおいしいです。オリジナルの「チーズナン」もなかなか。もちろんカレーはおいしい。しかも安い。かなり気に入りましたね。
ただ、なんとなく食べ過ぎた気がします。途中で苦しくなって、ひっくり返ってしまいましたよ。
またリベンジやな。
なぜにあわただしい…
出勤して軽くメールチェックしたら、すぐに出張。
帰ってきたらみんな採点してます。でも、その時間がない。なんしかお弁当を食べながら出張の報告書き。で、午後からすぐに出張。あ〜なにやってんだ…。
で、打ち上げ
「現代の『女人禁制』−性差別の根源を探る−」出版記念シンポジウム
上記シンポジウムに参加しました。
今回もなんしかひたすらタイピングし続けました。それにしても今回もおもしろかった。なかでも宮前さんの存在が光っていました。もっとも本人は「なぜ自分がいるのかわからなかった」って言っておられましたけどね(笑)
で、まとめるためにtogetterで一度まとめようと思ったら、すでにhibari_to_soraさんがまとめてくださっていました。ありがとうございます!
まぁ暇な人は読んでみてください。ただし、かなり長文です。
ではスタート!
てことで、「現代の「女人禁制」−性差別の根源を探る」シンポジウムの開始
2011-03-21 13:07:25
源さんあいさつ。旧版では出版社の意向で会の名前を出せなかった。今回は会の名前を出せた。
2011-03-21 13:08:26
パネリスト紹介。そうか。宮前さんがりばてぃの「結界門」のレプリカをつくったのかぁ。
2011-03-21 13:10:39
非民族なわたし… QT @Bong_Lee: 民族団結の時。RT @ : なんか風船作戦を彷彿とさせるな QT @Bong_Lee: 革命的団扇作戦で解決。RT @ : 途中に藻前らの国があるんとちゃうん。 QT 季節風に乗って一周してくるねんな。
2011-03-21 13:12:04
源さんの話開始。
2011-03-21 13:13:09
前作を90歳の母親に送ったら「あんた、びくともしないのを相手にしているんでしょ」。会の5周年のシンポの時に、「これを知ってほしい」→「活字にしたい」。「人権派とそうではない派」になっているのをもう少しどうにかしたいと思った。
2011-03-21 13:15:33
なぜ「大峰山女人禁制」の開放を求めるのか。女人禁制とは何か。自然権について。女人禁制の思想とは何か。
2011-03-21 13:16:32
なぜ結界石があるのか。だれがつくったのか。中には入れる人がつくった。それは性別2元論に立脚している。
2011-03-21 13:17:31
浄と穢、聖と俗。正と邪。修行を邪魔しないものとするもの。排除の論理から成立した。それは、人間の自然権に反する思想である。
2011-03-21 13:19:07
スピノザの引用。「人間であるならば自然権を行使できる」「人間であるならば、公共的な共同体の一員となる」。大峰山の女人禁制とは、自然権を支配した男性のよる共同体の内部規則ではないだろうか。→女性の自然権を無視、侵害、奪っていることだ。
2011-03-21 13:21:50
女人禁制からの開放は、人間の自然権を恢復する問題である。
2011-03-21 13:22:27
そのためのアプローチ。シューバルトの『宗教とエロス』からの引用。「男はエロスに関しては女に劣っていると感じている。これが性恐怖の即にある根本的事情だ。自衛手段として女と一緒に性も追放する方法をとるのである。
2011-03-21 13:24:01
男性は異性に対する嫌悪を性全体に拡大する。男性はなによりも女と性を宗教から分離する。このふたつのものを寺院から追い出す」
2011-03-21 13:25:03
ミソジニーによって、女と性を宗教から分離する。ここに大峰山をあててみるとよくわかる。
2011-03-21 13:26:08
「女人禁制」とは、女性を宗教から分離しおとしめる。→男性が「結界」する思想として読める。
2011-03-21 13:27:06
大峰山女人禁制は、対話を拒む独我論におちいる。たしかに、対話を求めてきたけど、ずっと拒まれ続けてきた。ではどうすればいいのか?なぜ拒むのか。独我論におちいっていると、対話を拒むしかない。
2011-03-21 13:29:12
でも、対話の可能性を開く。
2011-03-21 13:30:04
『部落解放』5月号掲載予定の文章。実際に大峯山に登った女性たちの声を聞く。
2011-03-21 13:31:11
実は2000年に「女人禁制撤廃」を決議していた。でもされなかった。バックラッシュとの関連。なぜかたくなになっているのか?自分たちだけが対話を求めるだけではなく、いろんな人に知ってもらう。それが今回の本の意味でもある。
2011-03-21 13:33:12
続いて宮前さん。「ハンセン病の近代史に見る排除と禁制」。
2011-03-21 13:33:41
まずはハンセン病の説明。慢性的な病気。プロミンがある。ハンセン病で死ぬことはなかった。でも、宗教上の理由で排除差別されてきた。
2011-03-21 13:35:50
日本が隔離政策をし続けてきた間違いは明らかになった。しかし、療養所の中にすんでいる人と話を聞くと…。
2011-03-21 13:37:51
母親がハンセン病にかかった時、「近所の人は塩も売ってくれなかった」。その後療養所に入った。「あんなとこ、ふるさとと思ったこともない」
2011-03-21 13:38:40
園内結婚をすると、断種手術をされた。しかし「あたりまえだった」「せないかなんだ」。この言葉の持つ意味は?
2011-03-21 13:39:14
ハンセン病療養所14施設には、今合計2500人。新規入所者はない。冬になると必ず葬式がある。退所者は、実は1400人弱いる。
2011-03-21 13:40:34
長島の写真をいっぱい〜。納骨堂がある。国立の療養所なのにこれがあるということは、何を目的に療養所が建てられたかよくわかる。
2011-03-21 13:41:54
園内に残る二つの桟橋。職員用と患者用がある。無毒地帯と有毒地帯。
2011-03-21 13:42:32
クレゾール風呂。監禁所(53年頃まで使用)。貞明皇后歌碑。誕生日近辺が「らい」にかかわる日になっている。いろんな人の「善意」でできている。
2011-03-21 13:44:43
大阪にも「外島保養院」があった。移転しようとしたが反対運動があった。室戸台風で打撃を受ける。ところが復興しようとしたら地元からも反対。邑久光明園に移転した。(まちがってたらすみません。いつき注)
2011-03-21 13:46:58
隔離政策をめぐる略年表。日本の特殊性は、隔離政策が戦後再度成立し、その後なくなるまで40年以上かかった。このへん、前置き。
2011-03-21 13:48:52
今日の問題意識は「市民のかかわり」。まずは「排除」。地域社会で生活できなくなる。もうひとつあるのは「寄付」。療養所の収容人員が足りなくなると、寄付を募って入所者が建てる。療養所は入所者の働きなしには成り立たない。
2011-03-21 13:50:46
市民による「投書・密告」。排除と投書・密告は直接的なかかわり。「寄付」には「善意」がある。「病弱なお父さんをかかえながら、毎月貯金をして寄付をした」という「美談」。救らい思想。そこに出てくるのが皇室。
2011-03-21 13:52:46
こうしたことは「正しいこと」。フーコーの「牧人権力」。記憶に新しいところでは「黒川温泉問題」。患者が抗議をしたら、それに対して療養所に投書が行った。官民一体の無癩県運動。
2011-03-21 13:54:33
療養所内のジェンダー。男性:女性=3:1。女性を入れておいた方がうまく統治できる。→園内結婚。日本における根絶は、病気だけではなく患者も根絶。→「かかりやすい体質」と考え、不妊手術を強要する。
2011-03-21 13:56:02
戦前は根拠なし。主として対象は男性。戦後に公的根拠ができる。「ハンセン病患者、およびその配偶者」が対象。「本人同意のもと」とあったが、「知らずにやられた」。対象は圧倒的に女性。301件:1174件。優生保護法は女性の性と生殖をコントロールする法律。
2011-03-21 13:58:01
性差別構造とハンセン病者差別の二重構造がもたらして実態。
2011-03-21 13:58:37
日本社会が隔離し続けてきた結果、一部の人しか実態を知らなかった。実態を知るすべがなかった。園内の情況が、外部に伝わってこなかった。無視と無関心の塊になってしまった。1953年の「見直しの付帯決議」は40年かかった。
2011-03-21 13:59:54
吉川さんの話。2004年に県議会で質問をした。情熱を持って質問をつくった。そもそも「女人禁制とは何か」ということを知りたかった。それまでは「慣習」とか「習慣」とか言われていた。そうなのか?仏教大学に社会人入学をして勉強した。
2011-03-21 14:02:53
「原始仏教」には女性差別はないことがわかった。男性出家者だけでサンガをつくった。女性出家者が入りたいといった時に、大論争が起こった。が、釈迦の最終判断でOKになった。最初の出家者は、釈迦の元パ。中村げんさんの『尼僧の告白』、赤裸々でおもしろい。
2011-03-21 14:05:28
女人結界を守ってきた修験道も、実は否定。1997年に「女人結界撤廃宣言」をつくっていた。2000年に撤廃するつもりだった。(1997年10月4日付けの毎日新聞に報道があったらしい)。先にスクープしたために、在家信者が反発して、幻になったとか。
2011-03-21 14:09:39
毎年8月に大峯山に登っている。途中までは女性も一緒。というか、女性の方が多い。途中でわかれる。降りてくる時に合流。
2011-03-21 14:10:51
降りてきて洞川温泉でみんなで話。「女人結界、どう思う?」「やっぱりそら行きたいわ」。僧侶も、「宗教団体としては撤廃を決めたんだから、そう思う」。
2011-03-21 14:12:08
ここまでは前置き。法律的には…。国際法と女人禁制。「女性差別撤廃条約」。第1条の定義にもとづいて、「女子に対する差別」。第2条の具体的な方策。ここには「いかなる行為または慣行も差し控え」「慣習および慣行を修正し」とある。知事も「その通り」と言っていた。
2011-03-21 14:14:39
知事は、「該当する」と言いながら「難しい問題ですね」(一同笑)。
2011-03-21 14:15:12
世界遺産条約。認定の条件。「その国やその民族だけのものではない」「将来の世代に引き継ぐべきもの」。これらが基準。自然環境を守るために「人間の立ち入りを禁止」は成り立つと思うけど。ちなみに、ヨーロッパの修道院にも女人禁制があるが、ここは男性が誰でもOKではない。
2011-03-21 14:16:58
いっそ、逆説的には「信者のみ」にすればいい。それなら「信者の男性のみ」もありと思う。
2011-03-21 14:18:08
道路法との問題。私道であれば基本的にはOK(例外はあるけど)。道の構図をあげると、大部分は「里道(県の権限を持って国の道を管理する)」だった。ところが「村道」に昇格されていた。知事に「数年前までの管理者としての責任は?」。応答できず。
2011-03-21 14:21:48
「市町村道の通行制限」の
2011-03-21 14:22:13
条項に違反。女人結界門は違法構築物。なぜ村道にしたのか。道の改修にお金がかかるから。法的に措置をとるとすると。ひとつは「納税者訴訟」。ただしこれは天川村村長相手になる。もうひとつは、たとえばけがをしたら「公道上の国家賠償法」。まぁ極論だけど。
2011-03-21 14:25:02
女人結界を破った歴史。戦前。飛田の女侠客。男性を引き連れていった。「なんとかおさめてくれ」。証文を出した。「将来女性が通れるようになったら、あなたを最初にとおします」。結界門が上がった時に、セレモニーに呼ばれた。
2011-03-21 14:26:59
バス駐車場が結界の先にあった時は、女性のバスガイドが入れるように県がかかわった。「県はかかわらない」というのはウソ。合理性を持つためには、再び「私道」にもどすしかない。新聞記者が国土交通省に問い合わせをしたら「法的にあり得ない」という回答があった。
2011-03-21 14:28:34
コーディネーターの松村さん、国会議員や県会議員へのアンケートにかかわる裏話を披露。
2011-03-21 14:29:59
休憩。「ゆめ風基金」のカンパ要請。
2011-03-21 14:31:02
後半開始。まずは質問・意見から。いきなりわたしのところにマイクが来たけど「早すぎる」ってことで、とりあえず他の人へ。編集者の方が発言。
2011-03-21 14:49:28
違法状態をどう見直していくのか。具体的にいい方法は?あと、もっとも力を入れたのは森永さんのところ。ここが原点。あと、「韓国の研究者を探せ」と言われて一生懸命探した。「女性が出産したら門に唐辛子をくくりつけるという慣習がある」。これに対して規模が違う。
2011-03-21 14:52:10
源さんから吉川さんへの質問。「道路法違反」で訴訟を起こせないのか?
2011-03-21 14:53:18
訴訟の条件がきわめて限定されている。基本的には事件性がなければ訴訟が起こせない。訴訟の過程でしか法律を問えない。なので、管理者が相手。村道の場合は村長。訴訟を起こすのは、実は難しい。
2011-03-21 14:56:55
アムネスティの人から。世界遺産と一緒になくなるだろうと思っていたのに。登ったからといっても罰せられないはず。
2011-03-21 14:58:33
源さん。慣習を変えるためにはどれくらい登ればいいのかがない。逆に、何人登っても慣習は問題視されない。もうひとつは、戸開け以外の時には
2011-03-21 14:59:36
あまり問題にはならないと思う。どうだろう。
2011-03-21 15:00:09
みんなが意識を持てば過去のものになる。女性といわれる人たち自身が「結界」と定めてしまう。「入る?」と言われた若い女性が「気色悪い(たたり)」と答えたとか。科学で証明できないものへの畏れは、昔も今も変わらない。世界的に法律があることが届いても、「何かあると怖い」
2011-03-21 15:02:13
法律でこうなんだよじゃなくて、日常のことから提起していかないといけないかなと思う。一方、ある人にとっては解決されている問題。そういうのをどう共有していくか。
2011-03-21 15:04:53
Hさん。前のシンポのあとに、「事件(笑←いつき注)」があった。新聞に載った時にブーイング。「会」とは関係ない行動だったのに、抗議のメールが来た。実は、登っている人はたくさんいる。が、「登った」と言うとバッシングがある。某巨大掲示板に名指しで「死んだらいいのに」と書かれる。
2011-03-21 15:07:22
怖いのは自然ではなく人。
2011-03-21 15:07:58
宮前さんに質問(いつきから*1)。
2011-03-21 15:12:15
近代以降のハンセン病の問題は、日本では患者の消滅であって、暴力的だったが、それが民衆・皇室の善意の形を持っていた。それが「あきらめ」「当然の選択肢」を持っていた。強制収容ではなく、自ら収容所に言った。おそらくその方が多い。
2011-03-21 15:13:56
ハンセン病患者が内面化していく。それは大峰山と共通するものがある。
2011-03-21 15:14:24
民衆の善意は、本当に「善意」である。ポスターやラジオや映画の幕間で出てくる。「物乞い」をしていた人が自分のお金を寄付するという「美談」。善意の寄付によって療養所が維持され、隔離が推進されていく。このことが、96年まで社会問題化されなかった一因ではないだろうか。
2011-03-21 15:15:58
源さん。長島愛生園に行くとわかることがある。教会に入り口がふたつあった。そこには結界があった。そのことを当たり前に受け入れていった患者さんたちの気持ち。差別される側がそれを受け入れていく問題とつながるかなぁと思う。
2011-03-21 15:17:34
Oさん。隔離の現状を聞くにあたって、政策的なのに時代の中で受け継がれてきた。現在のバックラッシュの流れに危機感を持つ。
2011-03-21 15:19:17
Mさん@元新聞記者。根本は、「社会防衛思想」である。これは、多数を守るためには少数は犠牲になっても仕方がないという思想。当時、富国強兵と重なっている。兵隊として役に立たないものはおってもらったら困るという考え方。
2011-03-21 15:22:59
患者が一番いやがっていること。それは、慰問である。理由もないのに物品をもらうことに怒りを持つ。自分たちを殴ったのに、殴ったことを伏せていおいて涙を拭きに来るのが「慰問」である。
2011-03-21 15:26:26
注・「患者」→「元患者」
2011-03-21 15:28:09
意見?質問?部落問題にかかわって。出産の時に、実家からお餅をもらってくる。「寿と書いてくれ」と言ったら、「渡すのはこちらだ」と言われた。女性問題、みんなに伝えていくのは難しいというジレンマをかかえながら毎日生活している。
2011-03-21 15:31:14
質問。「国レベル、県レベルでは大峰山をどう認識しているのか」
2011-03-21 15:31:47
洞川や県は、そういう問題があることはわかっている。でも、避けようとしている。国はおそらく認識はほとんどないだろう。
2011-03-21 15:32:27
では、どうすればいいんだろう。突破口は?思いつきでもいいけど。
2011-03-21 15:33:04
吉川さん。膠着状態。でも、法的に問うのが突破口になるのではないか。
2011-03-21 15:36:06
宮前さん。取材の時に「お姉ちゃん、入っていったらええやん」と言われたこともある。は、いいとして。「国家賠償請求」の時に、入所者の人から反対があった。判決が出たあと賛同者が増えた。できそうな気がする分、風向きも…。対話が拒否されている状態では…。
2011-03-21 15:38:15
源さん。本を三本山、五寺院に送った。無反応。でも、聞きに行きたいなぁ。日本は外圧に弱い。外圧を利用できないかなぁ。でも、小さな集まりであってもそれを持って続けること
2011-03-21 15:39:38
そこから変わらないかなぁ。
2011-03-21 15:39:51
フロアから。ハンセン病が入っているのがやっとわかった。小学校の頃、テレビもなかったし、小学校で映画会があった。「小島の春」を見た記憶がある。きれいな映画だった。女性のお医者さん、すごい人やなあという記憶。まさに善意の塊のような人。今考えると「らい予防法」とのからみだったのかなぁ。
2011-03-21 15:41:49
それと、おそらく法律でやらないと突破できないんじゃないかと思ったりする(「たり」が大切と注。部落解放運動を考えると、答申ができて法律ができて、ようやく語れるようになった。もしも法律がなければタブーは消えなかった。でも、法律がなくなったら昔の状態にもどってきている。
2011-03-21 15:43:44
フロアから。人権とは相対的なもの。普遍的なものではないと考えている。もしも普遍があるなら、すべての生きているもの。
2011-03-21 15:50:17
源さん。「比叡山には虫も鳥もいるのに、なぜ女性は入れないのか?」に親鸞は答えられなかった。
2011-03-21 15:51:06
フロアから。研修会の「女性部会」に代表で出てきている人。自分たちから発信しようということでシンポをした。役員は一生懸命話をしたが、女性から反応がなかった。ある自治会で女性が一生懸命意見を言ったのに、帰りに「ご主人の意見を聞いておいてください」といわれた。
2011-03-21 15:54:56
男性も考えないといけないけど、女性も社会に参加して意見を言っていこうと、今話をしている。源さんの話の中の「対話の可能性」は、そうやなぁと思った。法整備はそうなんだけど、それとともに、「対話」をとおして慣習を変えていかないといけないかなあと思った。
2011-03-21 15:57:02
司会から「発言しながらまとめて」と言われちまった^^;;。実況中継しながら考えよう(笑)。
2011-03-21 15:58:42
フロアから。「女人禁制のシンポに行く」と言ったら、母親から「女人禁制は宗教の問題やからあかん(変わらない)ねん」といわれた(一同笑)
2011-03-21 16:00:33
質問。洞川の女性たちはどう考えているのか?
2011-03-21 16:00:49
総意として「女人禁制はダメ」とは言えない。「事件」の時、知りたがっていた女性がいたけど、「こんなところにいたらあかん」と連れて行かれた。タテマエとホンネがある。
2011-03-21 16:02:47
吉川さん。女性信者から声を上げてもらうことも大切かなぁ。そんな対話の場所を、ざっくばらんに話ができる場所をつくればおもしろいかなぁ
2011-03-21 16:10:35
宮前さん。なぜ自分がいるのかわからなかったんだけど、みなさんの質問を受けてようやくわかった(笑)。というのはおいといて…。
2011-03-21 16:11:21
ハンセン病患者の不妊手術が女性の方が多かったことは今まで語られてこなかった。ハンセン病問題にジェンダーの問題を入れていく必要があるということを、今回書かせてもらってよくわかった。それと、ぜひ長島に行ってほしい。
2011-03-21 16:12:36
どうやったら療養所の問題を社会の問題にできるのか。なかなか中の人は出てこられない。「一回来たらそれでおしまいの人が多い」と言う。年賀状のやりとりからでも。
2011-03-21 16:13:23
源さん。わかりやすく話したつもりなのに(;_;)。今後の課題が大きく見えてきた。(一同笑)
2011-03-21 16:14:11
主催者あいさつ。世の中を変えるために、まず自分自身を変えていかなくちゃならないなぁと思った。
2011-03-21 16:16:26
ちなみに、「パネラーからの一言」の前にわたしも発言させてもらったのですが、それはまた「あした」にでも書きます。
てことで、振り返り
昨日のシンポの何がおもしろかったかですね。
まずは「旧世代に新世代がもの申した」というところですか。
矢吹さんをはじめ、会場にも「旧世代」の人はたくさん来られていました。それに対して、熊谷さんは一貫して自ら(の世代)を「牙を抜かれたわたしたち」と表現してこられました。つまり、ある程度システムができ、スタイルもできた後の世代ということになるでしょうか。そこでは、スクラッチから運動を起こすのではなく、既存の運動にとらわれながらも「そのままでは行き詰まる」という中で、「修正しながら運動をつくる」のか、はたまた「既存の運動を壊して新たにつくり直す」のかみたいなことを考えざるを得ない。ところが、前者をとれば旧世代からは「修正主義」とかいわれかねないし、後者をとれば「おまえらにはわかっていない」と怒られるし(笑)。
で、それだけじゃないですよね。熊谷さんは自分が小児科医をしているという、自分自身のステータスを十分に理解し、それを可能にしてきた運動の歴史も、これまた十分に理解をしておられます。そういう熊谷さんが話をしたところに、とてもおもしろさを感じたわけです。
で、内容ですね。
まずおもしろかったのは「手足論」≒「自己決定論」への疑問の呈示です。
スピードが速すぎてtsudaることはできませんでしたが、こういうフレーズがありました。
究極の自己決定は、例えばお風呂に入った時にこう言われるわけです。
介「どこから洗いましょう」
当「じゃぁ、手から」
介「右手ですか、左手ですか?」
当「じゃぁ右手から」
介「親指からですか、それとも小指からですか?」
当「じゃぁ小指から」
介「指先からですか、つけ根からですか?」
当「もう、どっちでもええわい!」
(笑)
つまり、ある程度自己決定をしなくてすむ状態が一番居心地がいい。ところが、その自己決定をしなくていいシステムが、障害を持っていない人を基準につくられていることが問題であるという話です。なるほどなぁと思いました。
では、どうすればいいのか。そこで、「世界認識」「身体認識」「身体論」が出てきます。
身体と世界の境界線は、おそらくそこに「ずれ」があるから認識できるという感じでしょうか。で、そのずれの中で、身体と環境をチューニングしていく。そうする中で、少しずつ自分の身体の範囲を認識できるようになるし、一方世界認識も獲得できていくという感じ。そうやって身体や世界を認識したとき、次に問題になるのが「介助者との関係」になるわけです。これが「手足論」と絡まってくるところかな。
ここで、介助者との関係についても「チューニング」という言葉が出てきます。
当事者と介助者の世界認識が一致してくると、何も言わなくても介助者は
「あ、あの段差は無理だな」
とかわかってくる。
一方、当事者って障害を持っていない人は万能と思ってしまうわけですよ。そうすると、坂道で車いすを押してもらっている時、後ろからなんとなくあえぎ声が聞こえてきたら
「あ、健常者も万能じゃないんだ」
という当たり前のことがわかってくるわけです。
こうやって、両者の世界認識が一致すると、おそらくは「不要な自己決定」が必要なくなる関係ができてくる。そうした時に、介助者は「手足」となるということのようです。
つまり、なにげなくやればいいことはなにげなくやればいいし、そこをいちいち意識化してやることこそが不自由であるということ。
で、最大におもしろかったのが、「痛み」についての話でした。
これ、もともとは「2次障碍」についての文脈だったので、はじめはあまり興味がなかったのですが、聞いているうちに
「おぉ!」
という感じになりました。
まず、痛みには「急性疼痛」と「慢性疼痛」の2種類ある。で、前者は原因が治ればなくなる。でも、後者は、そもそも原因(患部)がない。
じゃぁ、慢性疼痛ってどういう時に感じるのか。それは、ざっくりと言ってしまうと、身体の「変化」であるということです。
つまり、障害が重くても、その症状が一定していればそれほど「痛み」はない。でも、症状が軽くても、その症状に変化があり、その変化が不安を呼び起こす時に「痛み」が起こる。その時
「どこが痛い?」
と聞かれても
「とにかく痛い」
としか答えられないというんですね。
となると、たとえば生まれながらのCPの人と、中途障碍のALSの人を比較した時、どちらが「痛い」かというと、これは
「ALSの人とちゃうん?」
というわけです。
これは、杉江さんに対する小泉さんの
この人も以前はわたしを差別していた可能性があるのかもと思っていた。
という言葉へのトリプルクロスカウンターになるんじゃないかなぁ。
というのと、なによりもこの話を聞きながら、わたしが思い出したのは、annojoさんの次の一連の考察です。
性同一性障害の苦痛は変化に対してである1
性同一性障害の苦痛は変化に対してである2
性同一性障害の苦痛は変化に対してである3
1. 性同一性障害の悩みは、不一致そのものより変化にある。
2. 変化は自分自身の場合と、比較するものの変化の場合とがある。
これにさらに自分がつけ加えたのが微分と積分というやつです。
変化が急激であっても、その変化を受容できるキャパシティがあれば、それはそれなりになんとかなるんじゃないか。キャパシティって、もしかしたら「風船」のようなものかもしれないと思うのです。あるいは、「シャボン玉」とか「ゴム」かな。
中に入っているものが少ない量だったら、それなりに急激な変化であっても持ちこたえられる。でも、キャパシティすれすれになった時、それがゆっくりの変化だったらそれでもまだまだ持ちこたえられるのかもしれないけど、少量であっても急激な変化(負荷)が加わった時、キャパシティを越えてしまう。
つまり、前提として、それなりの「受容量(積分)」があり、その先に「変化(微分)」があるのかな、と。
で、その「痛み」からの脱出方法がおもしろい。それは、「「知(医療)」の獲得と、それ(医療)を信じること」と言われるんです。ここでおもしろいのが「医療」であって「医者」ではない。つまり、個々の医者については信用しなくてもいいけど、医療全体は「ツール」として使おうということなんですね。
で、信じたあとどうするかというと、「怖いけど、身体を動かす」というんです。なぜなら、「動かさないとチューニングできない」からです。
つまり、常に外界と自分の身体の「ずれ」を意識し続けて、そこから自分の身体のありようを再認識し、自分の身体認識を再獲得し続けていくという感じでしょうか。
この話、もうひとつ思い出すのは、オールロマンス事件の虚構と真実で語られた前川さんの言葉なんですよね。
で、前川さんが「低位性は部落だけにあるのではない。誰かが貧困であるとするならば、その原因がどうであれ、等しく保障されるべきである」という話をされたことに対して、次のような話が出てきました。
「他の貧困はそれが解消したらそれでいいかもしれないが、部落の貧困は、解消されても差別は残る」
あぁ…。久しぶりにこのフレーズを聴いたなぁ。
まぁこれは余談ですが…。
こういう熊谷さんなんですが、
野崎さん「あえて反論を。世界への信頼感が自己決定を担保。では、世界への信頼をかけることができるのか。自分としてはイメージを崩させるものを大切にしたい。言語化できないものの存在が世界への信頼感につながるのでは。
実践的には不安を排除するわけだが、不安を排除することが信頼につながるのか。
に対しては、
破壊することに希望を持てる人は、安定を享受している。ポストモダンとかね(笑)。崩せることに希望を見いだせるのは、マイノリティであれマジョリティであれ安定を享受している人。そうではない人には破壊だけじゃなくて安定へのエネルギーが大切。
と一刀両断なわけです。まさに「旧世代vs新世代」です。
でも、よく考えてみると、熊谷さんって、「変化」が「痛み」を生み出すと言いながら、一方で、
安静にしすぎるとボディイメージが更新されないので、ますますだめの可能性がある。
いままでの自立運動を否定するのではなく、プラス、そのことを考えないとまずいんじゃないのか。いろんな人が入ってくるとシステムは壊れる。すると、牙を抜かれた私たちは考えなくてはならなくなる。システムを温存するだけではリスクが上がる。
先輩たちは「牙を抜かれた」と私たちを言うけど、新しいわたしたちを排除してはいけない。継承したものを受け継ぐためには一回崩さないといけない。
とも言っておられるんです。
このあたりがすんごくおもしろい。
で、わたしなりの結論。
熊谷さんって、バランスをとる達人なんだと思います。で、そのバランスは、「スタティックなバランス*1」ではなく「ダイナミックなバランス*2」なんだろうな。
ちなみにわたしが一番ウケたのは