悔しいと思う気持ちがあるんだな

今日は午前がバタバタして午後はまたーりな日だと思っていたのですが、なんか、全体的にバタバタしてました。
それでも、午後、少し落ち着いて、読まなきゃならないものを読んだりしていたのですが…。なんか、混乱してきました。いや、これまでバラバラに書いていたのをくっつけてみたんですが、なんか変なんですよね。調和がとれていないというか、ぶつかったりへこんだり。それぞれを書いている時は「必要」と思って書いていたんだけど、全体を通すとこんなになっちゃうんだと。なんか、混乱してきました。
にしても、やはり読むときは紙媒体じゃないとダメですね。
「前の…。どこだっけ」
という時は紙媒体が探しやすい。まぁ、でも、そんなもんかもしれません。

で、夜は「おべんきょ」です。
内容は、「在日外国人についてQ&A・初級編」。細かいミスがあって、全問正解ならず。悔しい…。
と思ったとき、「へー」と思いました。自分の頭がいまどこへ向かっているかというと、たぶん、やはりセクマイというか、トランスジェンダーなんですね。在日外国人問題については、完全に最先端からおいていかれてます。にもかかわらず、やはり「悔しい」という思いが出てくるってことは、それだけ自分のウェイトがそこにあるってことなんだと思いました。そしたら、うれしくなってきました。

「生活」と「身体」

心理検査のフィードバックを受けながら、この約15年のことを振り返りました。
自分のことを表現できる言葉と出会ったのが17年前。はじめて通院したのが14年前。3年かかってますね。で、ホルモンまでさらに3年。そこからXデー(笑)まで7年。
果たしてこの時間は無駄だったのか。あるいはその間、わたしは苦しんでいたんだろうか。あるいは「性別移行」はできていなかったのだろうか。
たぶん違う。
おそらく「ホルモンなんてせんでええやん」とまわりが思った頃にホルモンをした。そう言えば、ある人から「お前、そのままでええやん」と「ありのまま」を勧められたこともあります。その後、トイレも更衣室も使えるようになった。A久○さん家でみんなで一緒にお風呂にはいったこともあった。たぶん、「まぁ、これくらい達成できればいい」ってくらいの望みの性別での生活は手に入れていた。誰もが「ゴニョゴニョなんてする必要ないやろ」と思った頃にXデーを選択した。

たぶん、生活を実現して、その上で身体加工はあとからついてくる。なぜなら、「生活の実現のための身体加工」ではないからです。身体加工は身体加工として、独立に存在し、それは純粋に個人的なできごととして考えている。逆に言うならば、そう考えられるところまで生活の質を上げて、身体加工の意味を極力少なくなるところまで追い込んで、それからやる。なぜなら「意味」を純化したかったんですね。

しかし、こんなめんどくさいこと、よくやってるよなぁ。まぁ、マニアか(笑)。

フィードバック

今日は2ヶ月に一度の滝井参りの日です。
午前の仕事をサックリやって、電車に乗って向かいます。
待合室で「おべんきょ」していると、向こうからY野さんが来られてごあいさつ。と、そうそう。前から頼んでいたことがあったなと。どういうふうに依頼すればいいんだろ。
「あ、じゃ、このあと、4時からの枠をとっておきますね」
へ?そんなんでいいんだ。
てことで、4時から小一時間、10年前の心理検査の結果をフィードバックしてもらいました。
いやぁ。おもしろいです。10年前の自分の状況を思い出しました。たしかに、すごいストレスがかかってました。仕事の量はハンパなかったし、そこに求められるクオリティもハンパなかった。しかも、トランスしはじめて4年目。少しずつ今に近づいてはいるけど、まだまだ途上。そんな中で授業を担当しはじめた頃なので、子どもたちの視線が気になるわけです。どこにいってもストレスがかかり続けている。それをなんとか対処しないとバランスがとれなくなります。
で、あの頃の日記を見てると、いまとは比較にならないほど忙しく飛びまわっています。これ、あきらかに、ストレスと関係があるな。
そんなあたりを思い出させてもらえるフィードバックでした。
でもまぁ、いまはたぶんストレスのかかり方は全然少ないし、かかったとしても自分の対処法は理解できています。なので、今、心理検査を受けたらずいぶんと違う結果も項目によってはあるんでしょうね。

で、診察そのものはあっという間に終わって。

「まんまるの会」です。
しかし、自己紹介をまわしている最中に、あとからあとからやってくるもので、いつまでかかるのかわからない(笑)。てことは、ビールがいつ呑めるのかがわからない。どうしようかと思ったけど、7時半くらいには呑めて、メデタシメデタシです。
あとはダラダラしゃべって、ダラダラ帰って、無事帰着。

ほんとのはじまり

今日から「特定秘密保護法」が動きはじめた。
はじめはわからない。意識化するのは「自分はターゲットだ」と自覚している人だけ。でもやがて、誰もが、なんとなくもののいいにくさを感じる時が来る。その時「自分もターゲットだったんだ」と気づく。でも、その時ではもう遅い。
いや、すでに手遅れか…。
いや、最後のチャンスが数日後にあるんだけど…。

結局それかい!

で、クローズアップ現代なんですけど…。
しんどい例と成功例という対比になりがちなんだけど、その根底には小学生と中学生ということ、それからトランス女性(MTF)とトランス男性ということ、このふたつがあるように思います。
まず、中学生と小学生の違い。
ひとつは、当事者の問題として、中学生は自分のことをある程度言葉化できるのに対し、小学生は説明できなくて「欲望」しか出てこない。出てきても、説明にも何もならない「女だ」しか出てこない。なので、周囲もどうしていいのかわからない。
それから、制度の違いとして、中学は性別2元制が強いので、逆にオプション(制服とか体育とか更衣室とか)が提示しやすく、選択肢は女か男のふたつにひとつなので、選択がしやすい。それに対して、小学校は性別2元制が弱いので、一見なんでも選択できるけど、その選択へのバイアスがインフォーマルな制度としてかかっている。だから、自分が自分の選択を阻害してしまう。

で、その阻害をより強くしているのは、まりあちゃんがトランス女性であるからです。あれがトランス男性ならボーイッシュな女の子で、とりあえずは許容されてしまう。

このあたりのふたりの状況の差をはっきりさせずに、単にふたりを並置したのでは、見ている人は「あー、中学生はえらいなぁ。小学生はかわいそうだなぁ」で終わってしまい、問題提起にはならない。

じゃ、支援のあり方としてはどうすればいいか。
まず、当事者に対しては、どんなに小さい子であっても、自分のことをある程度説明する「言葉」を身につけられるようにする必要があるんだと思います。
では、制度面は?小学校にも明確なオプションをつくる?それは違う。選択の幅を広げ、実態として選択できるようにする方向じゃなきゃ意味がない。
で、そのふたつを実現するための方策を、奈良の人々はとりくんでいたわけですよね。

実は、まりあちゃんの姿はわたしと重なる。わたしも服装はフリーチョイスです。でも、あえてスカートははかない。
で、まりあちゃんも最後ははかなかった。
それでいいんだと思います。
少しずつ少しずつ。味方を増やしていくこと。あの番組には出てこなかったけど、別のとあるラジオ放送(笑)で、まりあちゃんは
「今日も味方をつくりに学校に行ってくる」
って言ってるんですよね。それが大切だと思っています。なぜなら、それこそがジェンダーであり、ジェンダーの移行とは、それをすることだとわたしは思っているからです。そして、交流会に来ているまりあちゃんの先輩たちは、それができたからこそ性別を移行できているんです。

それにしても、あの描き方は、あまりにも当事者は孤立してる感じですよね。
そして、コメントしてるのはすべて「専門家」です。中塚さん、康さん、研修会の講師をしてた日高さんと佐々木さん。そこにあるのは「医療モデル」だし、そういう「しんどい状況の子を「個」として支援する」という観点です。
10年近く前、ひとり「トランスジェンダー」と言い続け、やっとNHKも「LGBT」とか「トランスジェンダー」という言葉を使うようになったのに、こういう話になると「やっぱり性同一性障害かよ!」って感じですね。

眠い…

とにかく眠いです。朝起きた時点で眠くて、昼間も眠くて、夕方も眠い。しかも、授業が二発に対して会議が三発。
とにかく定時に家に帰って、家でやらなきゃならんことをしようかなと。
で、家ではとりあえず「クローズアップ現代」だけチェックして、その後、おふとんに寝転んで「おべんきょ」。
でも、数分で寝てしまいました(笑)。
アカン(;_;)。

なんなんだ?

朝、出張で会議です。会議そのものは2時間ほどですが、その前後を入れると、結局午前中がすべてつぶれました。
昼、職場に帰っておべんとを食べたら、また会議です。こちらはけっこうガッツリ系で午後がすべてつぶれました。
夜、大阪で呑み会です。これが一番長丁場で、夜がすべてつぶれました。
てことで、なーんもできない一日ですよ(;_;)。

今日も出張

朝、職場に行くのがしんどいんじゃないかと思っていたら、案外しんどくなかったので、少しホッとしました。
てことで、朝の仕事をサクサクこなして、午後から京都府中部に出張です。なんか、最近移動距離が長いなぁ…。でもまぁ、会議は滞りなく終わり、再び京都駅へ。
心が揺れます。
「このまままっすぐ帰っておべんきょするか、いっぱいひっかけてから帰っておべんきょするか」
うーんうーん。
「呑みにはいつでも来れる。でも、おべんきょは今しなくちゃならん」
心の中のしがらみを断ち切ってお家に帰りました。
さて、晩ごはんを食べて、おべんきょ。と、寝ちゃいました。ダメじゃん(笑)。

けっきょくうどんは食べられない・全同教2日目

朝、少々寝坊。と、三重の友だちから
「早く来い!」
とメールが来ました。てことで、急いで分科会会場へ。でも、聞きたいレポートにはちょい間に合いませんでした。ま、昼からの総括討論で話をしよう。
にしても、今日はなんかテンションが上がりません。別に寝不足なわけじゃないし、言いたいことはいっぱいあるし…。あー、論議に絡めないんだ…。
たしかに言いたいことはいっぱいあるんです。でも、多すぎてまとまらない。で、なぜ多すぎるのかというと、この一年間にいろんなことがあって、いろんなことを考えたってことなのかもしれません。しかもそれが全同教のメインストリームとははずれている。
例えば、「進路公開のとりくみ*1」の話がありました。で「親とつなぐ」ってのが大切だと。
いや、わかります。そうなんです。親を否定しつづけた子どもが、その親の背景を知り、自分自身の社会的立場を認識し、親の生き様を肯定するなかで、自らの進路を考え、それを発表することで意識化し、共有する。
わかるんです。
でもね。
例えば、うちの交流会のある卒業生。「わたしは将来ニューハーフになります」って言った時、それを教員や生徒は受けとめ切れるのか?「進路」って言う時、そこに「言える進路」と「言えない進路」があるんじゃないのか。そこに教員の価値づけは存在してないのか?
セクマイにとって、最初の敵は親だったりします。ま、最近は違うかもしれませんがね^^;;。すると、一度親を切るというステップを踏まないとつながらないこともあります。
なんか、そんなことを考えていると…。
95%の子どもには適用できる。そんなとりくみなんだけど、それを推し進めれば推し進めるほど、残りの5%の子どもが排除されていく。信念を持てば持つほど、排除は進む。だから、信念を持ちながら疑い続ける。強い言葉を発する時、強いとりくみをするときこそ、排除の可能性を考えビビりながらそれをする。
そんなことが必要なんじゃないのかなぁと思ったので、そんな話をしたのですが、果たして伝わったんだろうか…。
それが伝わらないとすれば、たぶんその理由は、マイノリティをマイノリティの場に固定しているってことなんじゃないかなぁ。

てことで、全同教大会終了。
考えてみると、今日の昼ごはんは「鳥のキモのお好み焼」でした。大会が終わってすぐに帰ったので、晩ごはんはコンビニの弁当。けっきょくうどんは食べられずじまい。
でも、香川の鶏はうまいってわかりました。

京都に着いて、カウンターの人たちと合流しようかと瞬間考えたけど、かなり身体が疲れていたので断念。
ま、しゃーないな(;_;)。

*1:ギョーカイ用語ですな(笑)。

ぜったいわからんやろな(笑)。

夜はぁゃιぃグループの宴会です。
ここで全国の「おなじみの人」や初参加の人に会えるのは、ほんとうにうれしいんですよね。1年間のすき間を埋める感じでしょうか。いろんな人とあーだこーだと話をしました。
と…。
会場には、午前の特別報告で「すごいなぁ」と思っていた中学生ふたりが大人になって来ていました(笑)。そのうちの一人としばし話。なんか、いま、幸せを感じながら生きておられるみたいで、その幸せを教えてもらったわたしも幸せな気持ちになりました。

で、二次会へ。
大人になった中学生の一人は仕事の関係で帰らなきゃならないらしいです。なので、お見送りがてら、フェリーの待合室で宴会。なーんか、みんな酔ってるから、言いたい放題です。
で、離脱組を見送って、三次会。大人になった中学生も一緒に歩いていたのですが…。
考えてみると、いま、高松には今日の午前の報告を聞き、中学生が話しているビデオを見た人がたくさんいるわけです。でも、その本人が、今ここにいるとは、まぁ思っていないでしょうね(笑)。
「ぜったいわからんやろなー」
「わからんわからん」
と大笑いしながら歩いてました。
で、三次会の店へ。
一息ついたら、大阪のK藤さんから電話。合流することになったわけですが、ここで大人になった中学生さんが本領発揮。おそろしく的確な指示を出して、電話だけで見事に県外の人間を店まで案内されました。これには一同爆笑です。
そんなこんなで、わさわさ飲んでいたのですが、なんか、途中から記憶がないんですよね…。なんとかかんとか宿舎に着いたみたいですが、気がついたら寝てました。