自助と共助か

朝、体調はまぁまぁです。今日は午前の最後から出張なので、朝イチは労働者の権利を行使しました。
少しあれこれ作業をして、zoom in。琉球大学のオンライン講義です。後期も15回目です。野入さん、いつものように煽られます。緊張するなぁ。いつものように途中でプレイクアウトルームにわかれてディスカッションがあります。ここでしばしゆんたく。
ディスカッションが終わったら、2班から論議の内容を話してもらいました。が、その話がいい。まさにわたしがこれから話そうと思っている内容です。てことは、話さなくていいじゃん(笑)。
というわけにもいかないので、後半戦に突入です。最後まで行くかどうか不安だったけど、なんとか5分あまらせて終了。
と、野入さんから
「いつきさん、ふだん生徒たちに伊江島について話していることを話してください」
と突然ふられました。えーと。
「修学旅行は伊江島の民泊なんでが、必ずgoogle mapを見せます。すると、島の左半分は何も書いてない。「ここは米軍に接収されてて、今も基地があるところだよ」って言います。あと「君たちが足をおいてるその場所で、戦争のときに誰かが死んだ。そういう場所だよ」って言います。そういうことを知って伊江島に行けば、きっと向こうでゲストの人がなにかを教えてくれる」
ですね。
てことで、ゲスト講義終了。速やかに出張に向かいます。しかし、なんで電車が1時間に1本なんだとは思うけど、しかたないですね。
今日の出張も某人権教育関係の総会です。
まずは全同教大会のレポーターと実践協力者からの報告。みなさん、会場からいろんな指摘を受けられたみたいですね。わたしもそうでした。そこから学び、自分を変革しました。みなさんもそうやってくれたら、京都の人権教育も変わるでしょうね。
その後、去年に引き続き映画の視聴です。今年は「みんなが笑顔になる日まで」という映画らしいです。なんでもヤングケアラーと若年性認知症をあつかったものなんだとか。うーん。
まずはヤングケアラーの「女子」中学生が登場。一生懸命「ケア」をしてます。やがて不満やイライラを爆発させます。と、若年性認知症の父親が行方不明になります。無事見つかって、理由を聞くと、ハローワークに行きたかったとか。で、自分の「できなさ」をパートナーに嘆きます。それを別室でこっそり聞く主人公。
と、(いい意味で)おせっかいなスーパーのパートのおばさまが民生委員に相談されて、「子ども食堂」に誘おうということになります。で、紆余曲折があって、親子で参加。父親はそこで「できること」を見つけて自信を回復。さらにそれを機会にヘルパーが入ることになって主人公の負担も軽減。で、「みんなが笑顔になる」という話です。
うーん。
その後グループディスカッションなんだとか。みなさん、自校のヤングケアラーの子どもの話をされますが、わたしはぜんぜん別の話をしてしまいました。
さっきの映画、疑問が飛びまくりです。まずは若年性認知症なら、当然医療機関にかかっているはずです。なぜそこで介助の制度を使おうと思わないのか。てか、医者なりなんなりが、教えなきゃならんでしょう。にもかかわらず「自助」にこだわったとしたら、それは生活保護バッシングと共通することがあります。なにより、自動的に公助につながるシステムになってないこと、すなわち申請主義であることが、きわめて問題です。「笑顔」になるためのハードルがあまりにも高い。そしてそれは「制度」の問題です。
もうひとつ。父親の持つ「能力主義」です。「人の役に立ちたい」という気持ちはわかります。きっとわたしもそうです。でも、そこに価値をおいてしまうことは、「役に立てない(とされる)人」を排除することにつながります。
なんか、とにかくモヤモヤする映画でした。
映画の話はそれくらいにして、あとは外国にルーツを持つ生徒の話とか、人権学習の話とか。そんなこんなで、会議も終了。
疲れたな。帰りましょうか。あとはおふろとビールだわ。