発達障害について社会モデルで考える

朝、眠いですね。でも、今日は研修日なので出勤しなくちゃなりません。1日もつかなぁ。とりま出勤。
い「午前の研修は何時から?」
同「10時半です」
助かった…。
午前の研修は進路研修です。B社の人が来て、入試の動向とかソフトの使い方についての講習です。めっちゃめまぐるしいけど、話の中身はうまいですね。担任としては必要な情報でしょうね。
昼、眠いです。が、午後は人権研修です。ウロウロと準備をします。
やがて講師の方が到着。今回お願いしたのは浦野茂さんです。浦野さんは、かつて某人権教育研究会の総会で来ていただきました。とにかく講演がおもしろかった。あと、2019年1月ということは、このおべんきょ成果を書いている最終盤になりますか。終わってから短時間だったけど、いろいろ刺激的な話を聞かせていただいたことを覚えています。
とりま、支店長にあいさつをしていただいて、会場の教室へ。なんとなく研究がらみの話をしたり。
やがて講演開始です。今回も、細かく細かく話をしていかれます。なんというか、歩くときの「歩幅」が小さい感じですね。だからこそ、確実に前へと進んでいかれます。
「障害の社会モデル」と言ったときに、どうしても物理的なバリアが頭に浮かびます。典型的なのは、階段の前にいる車いすユーザーの姿です。こういうのって「階段をスロープやエレベーターに変えればいいじゃん」ってなる。社会モデルとしてわかりやすい。
ところが、知的障害や精神障害の場合、社会モデルで考えるのが難しいんですよね。それは「バリア」がなんなのかわかりにくいからです。なぜわかりにくいかというと、「バリア」の前提となる、この社会における「人々の方法」が可視化されていないからです。そんなあなたに「エスノメソドロジー」です(笑)。まさに「人々の方法」が研究対象となるんが、エスノメソドロジーです。
ただ、この話に到達するまで、これまた細かく細かく話をしていかれます。そして、「相互行為的環境についての社会学」でSacks,Schegloff&Jeffersonの登場です。「日常会話における順番交代のルール群」です。まわりの教職員を見ると、はっきりふたてに別れます。ポカンとしている人と、めっちゃ食いついている人です。ただ、後者が多いのがうれしいですね。
このようにして「人々の方法」がはっきりすると、その「方法」の難しさが理解でき、それがバリアを可視化させる。まさに「社会モデル」です。そして、この社会の「リデザインのすすめ」を提案されて終了。
講演後の質疑応答もよかったですね。例えば「人々の方法」が可視化されたなら、その「方法」を身につけることも可能なのではないかという質問に対して、「可能ではあるけど、それだけじゃなくて、社会をリデザインする」「社会をリデザインするのも大切だけど、方法を身につける方法もある」という感じの返答だったのも、前に話を聞かせていただいたときと同じ感じですね。おそらくそれは、バリアのわかりにくさに起因するがゆえのことなのかな。
講演の後、立ち話で「なぜうちの生徒が3人グループをつくるのが苦手なのかわかった」みたいな話題もあって、みなさん、いろんなことを考えられたんだなと。うん、やってよかった。
帰り道、内科と整形外科に寄ってヤクゲト。これでしばらく来なくてすみますね。あとはおふろ→ビールだな。
ということで、眠くて長い1日も終了です。