「防災の日」関係の話は…。

去年書いたっけ。
それにしても、世界ではハリケーンで掠奪が起こったり、デマで人が死んだり、えらいことになってますね。
日本では、なんだかんだいっても、阪神淡路大震災の時には関東大震災の時の繰り返しにはならなかったわけで、そういう意味では捨てたものじゃないという気もしないわけでもないです。
てなこと言っていると、台風が近づいているそうな。

GIDとIS

最初にお会いしたのがISのOさんという方です。ホテルのロビーにいらしたOさんを見た第1印象は「普通の男性やん」。
この方から前にもらったメールの中に、どうしようもないショックを受けた一文がありました。「ISは自分の意志と関係なく身体が変わっていくんです」。そうかぁ、そうですよね。トランスは自分の意志で身体を変えていきます。だから、何が起こってもそれは納得ずくであるはずです。同じく身体の変化があるISの人たちですが、自分の意志とは関係ないんですよね。でも、それにつきあい、折りあいをつけていかなくちゃならないんですね。すごい、すごすぎると思いました。
で、いろいろ話をしたのですが、いやぁすごいです。小学校の時に保健室に呼ばれて「そんなに胸が大きいんだったら、これが必要」とかってにブラをつけられたこと。中学校の時に勝手に制服を詰め襟からスカートにかえられ、しかたなくスカートで登校したこと。大学の時に、体育の水泳の授業で「頼むからこれを着てくれ」と女性用の水着を差し出されたこと。「自分の性自認としては、どちらかというと男なんです」とのことです。で、いまはうまく身体をコントロールすることで、少し男性寄りになっているとのこと。「まぁ、マシにはなったかなぁ」と笑っておられました。
もちろん、こんな話を深刻な顔で話しておられたわけじゃありません。ケラケラ笑いながらおもしろいエピソードを語るように話されるんです。「わたしはISなおかげでスカートもたくさん持ってますよ〜。あきるほどはきました」とか「なぜかISの人ってウェディングドレスを持っている人がちょこちょこいるんですよね」とか。なので、3月に行われるであろう全国交流会でコスプレをするという話が進んでしまいました^^;;。
他にもいろんなことを話しましたが、さすがに書き切れません。そのうち玖伊屋にも来られるかもしれません。楽しみです。

で話

まぁ、話の内容はいつもの通り漫談です。
ただ、最近思うのですが、「女性部」で呼ばれたり「両性研(旧女子教育)」という形で呼ばれたりということが増えたのですが、「いいのかなぁ」などと。だって、「女性部」にしろ「女子教育」にしたって、世の、とりわけ組合内部の男性たちからのものすごい抵抗に抗いながら、必死につくってこられた女性教職員の運動の上にできあがってきたものなんです。でも、どこかそれが頭打ち。そんなときにあらわれてきたのが「セクシュアルマイノリティ」なんだと思うのです。で、既存のジェンダー枠を突き崩したり、家族制度を問うたりするひとつの手がかりとして、また教育課題として「とりくもう!」となったのではないかなぁ。で、こちら側としても「え?関心持ってくれはんの!」ということで安易に飛びついてしまった。
でも、なんか最近「ひさしを借りて…」という気がしてならないんです。だって、このバックラッシュの嵐の中、ほんとうに厳しい闘いが依然としてあるわけで、てかかつてより厳しい状況があるわけで、そこからかえって逃げる場所をつくってしまったのではないかと思ったりもするわけです。
やっぱ「女子教育→両性研」という流れを大切にして、あくまでも自分たちは「傍流である」という自覚を持ちながら、話をしていかんとあかんなぁと思うのです。

そんなこんなですが、会場には当事者の高校生が2人来てくれました。この子らが生きていける学校をどう作っていくかということは大切ですよね。話のあと、部屋を変えて1時間ほど情報交換。けっこうしっかりしていました。安心しました。

民営化なぁ…

今日は午後から日直。学校に行ってだらだらと雑務をこなそうと。
でも、やっぱり気になるのは参議院。職員室にはテレビはないのですが、パソコンに火を入れると情報が入ってくる。便利な世の中になったものです。で、2時半頃に「否決」の文字がディスプレイに表示されました。まぁおもしろいことになってきたな、と。
ところで、郵政民営化については、わたしは批判的です。というか、もう少していねいにいうなら、郵便サービスを民営化することですね。全国一律同料金、手紙をポストに入れたらだいたい1日で着くという郵便サービスは、とても貴重なものだと思っています。これを民営化すると、たぶん情報格差がものすごく広がるんじゃないかと思っています。
これは、ネットが普及しはじめたときに感じました。あちこちで、やれISDNだやれADSLだやれ8Mだと言っているときに、わたしが住んでいるところはダイアルアップでした。泣きそうでしたね。ようやく1.5Mを引いたときは世界は光でした。ちなみに、air H”はいまだに×です。そうそう、職場もね。「民」がやっているかぎりは、まぁこんなもんです。これが郵便サービスでも起こるとしたらえらいことです。
結局「民」はペイできるところに厚く、ペイできないところは切り捨てるということになりますよね。
てことで、郵便サービスは全国一律無料で。そのための税金はしゃーないというのが、わたしの考えなんですが…。

power

で、研究集会の記念講演は朴木佳緒留さんの「学校教育におけるジェンダー平等を考える」。いや、おもしろかったです。ジェンダーをめぐるさまざまな論議と、そこからひきだされる学校教育のあり方について、かなり柔軟な観点で語られました。一方、朴木さんって、とてもていねいで柔らかい物腰なのですが、ごりごりのフェミニストなんでしょうね。「男性と女性の違いはpowerだ」と一刀両断です。
ここでいうpowerは「権力」です。すなわち、「男性には権力がある」ということです。まぁ当たり前といえば当たり前なんですけど、続けて言われたのが「これを話すとみんなに引かれてしまう」なんですね。たぶん聞いている人(こういう研究集会に参加しているのは圧倒的に男性が多いんですよね)は、「頭ではわかるけど認めたくない」とか「一般化されても困る、自分は権力的ではない」とか「うちではパートナーが権力を持っている」とかいろんな思いが頭に浮かぶんでしょうね。もちろん、わたしはこれをタニンゴトとして考えるわけにはいきません。やはり、社会的に「男性」として存在している部分もかなりあるわけで、そういう自分の存在を簡単に否定することは、等身大の自分を認めないことになりますから。
でも、「簡単な例」には笑いました。
なんでも、最近朴木さんは新幹線に乗る時、特に夏にはグリーン車に乗るそうです。「いや、お金があるからじゃないんです」って。
わかりますよね〜。
問題は「肘掛け」の位置づけなんです。朴木さんは、あの肘掛けは「中立地帯」と考えておられるんです。ところが、ほとんどの男性はあそこに肘をかけるらしいです。すると、肩や日出が触るので、それをさけようとすると、ものすごく窮屈になってしまう。「若い時は大丈夫だったけど、最近はあの窮屈な恰好をして東京まで行くのがしんどい」とのことです。
ちなみに、自分の経験だけでものを言うのはあれなので、新幹線に乗るたびにリサーチをしたそうです。すると、女性が隣にいる場合、男性の約8割が肘掛けを占領して、女性は0%だったそうです。
この例を出すたびに、聞いている人に引かれてしまうらしいんですけど、なんかわかるなぁ…。たしかに、新幹線に限らず電車で誰が隣に座るかって、かなり切実だもんなぁ…。
帰りの車の中で「人の話の聞き方にも違いがありますよね。女性はたいてい受容的な態度だけど、男性はたいてい「試してやろう」という感じですからねぇ」なんていう話をしてました。
「あなたは権力を持っていて、それを行使しているのよ」ということを、アサーティブネスに伝えることって、実はとっても難しいことなんだろうなぁ。てか、気づくのが難しいのか…。>自分

自分の立ち位置

 と言っても、仕事とかのことですけど…。
 わたしが採用された高校生の急増期は、新規採用教員がたくさんいたんですけど、しばらくして新採はぜんぜんいなくなりました。特に京都の場合は、あのころたくさんの若手教員を採用しなくちゃならない理由があったので、なおさらでした。なので、わたしにはたくさんの先輩はいるんですけど、ほとんど後輩がいないという…。
 で、いつまでも自分から「若手気分」が抜けません。実際にはバリバリの中堅なんですけどね。で、今振り返ると、たくさんの先輩に自分は育ててもらったなぁと思います。そのわりに、自分が育てた後輩ってぜんぜんいないですね。そろそろそういうことを考えなくちゃならないかなぁというふうに思いました。
 いや、なんでこんなことを考えたかというと、久しぶりにこういう話について30分以上も電話してしまったという…。でも、これも実は引っ越しの成果なのかもしれません。って、なにがなんだかわからないな。