当事者性を前面に出すのはやはり性にあわん・全同教1日目

今日〜明日、滋賀で全同教大会です。てことで、朝から膳所に向かいました。会場に向かっていると「いつきさん」と声をかけられました。北河内のお友だちとした。会場につくと「A久○さんだぁ(笑)」
ということで、全体会場へ。
会場では初級学校の子どもたちのアトラクションです。元気やな。前に徳島で初級学校の子どもたちの演奏を聞いた時も感じたけど、ほんとうに「見せる」「楽しんでもらう」ことをきちんとやる感じです。すごいな。
で、全体会スタート。

相変わらずバランスが悪い(笑)。なんでも太鼓の時は女性が多かったらしいです。うがった見方をするなら、歌舞音曲は女性も参加。でも、政は男の世界ってことかなと。
阿○Zさんは「見解を知りたい」とのことで会場におられましたが、わたしはロビー活動。と、H本さんだぁ。しばし話。さらにK畑さんもおられたのでしばし話。と、S田さんもおられてしばし話。お、T橋さんだ。久しぶり!
で、ロビー活動終了。楽しみにしてたシンポジウムです。会場の後ろのほうで座り込んで聞いてると、地元のH田さんが来られました。なんでも「若手」を出してるとか。なるほどな。滋賀って人材豊富やなぁ。
で、話を聞いてたのですが。イマドキそんなことがあるのか?って一般的に思われそうな「あるある差別話」もあったりして、なるほどなと。「部落差別は解消過程にある」なんて、どこ見て言ってるねんと思います。そんな中で、やはり「先輩」なんかとの出会いがあったり、出会い直しがあったりして、今の活動に結びついてる。いまやってる活動も、いわゆる「居場所づくり」です。それも理念からくるんじゃなくて、自分の前にある現実からスタートしておられます。
まぁ、そんなところはとてもおもしろいなと思うのですが、一方で目指す社会みたいな話になった時に、いきなり「上から目線」になるんだよなぁ。
確かに「経験」は「当事者」固有のものです。他の人には経験できない。なので、否定のしようのない絶対性を持ちます。そして、その経験は固有のものだから、それに基づいた「考え」もまた絶対性を持ってしまうし、「わたしたち」は聞くしかなくなってしまう。それはあまりにもおもしろくない。
一方、それは「固有のもの」だから普遍性を持たない。もちろん、他の「固有のもの」を経験している人との間に共感もあるかもしれない。でもそれは「固有の経験」をしている人の間でしか生まれないし、得てして「同種の経験」の中でしか共有できなくなってしまう。さらに、「他の経験」をしている人との間で、時としてパッティングすることすら出てくる。そしてそもそも、ある活動をしていることに「経験」は絶対的に必要なことなのかって話が出てくる。
このあたりは、当事者性を前面に出す時に陥りがちな「穴」だと思います。
もちろん、個人の話をするだけのことであれば、それはそれでありだし、そういう話をすることこそが必要なんだと思います。が、壇上に立つときは、それとは違うものが求められると、わたしは思います。
個人の経験は、あくまでも個人の経験として語る。一方、普遍を語るときは、その経験を一度飲み込む。そして、飲み込み咀嚼したうえで、「他の経験」に思いを馳せながら語る。
そんなことが必要なんじゃないかなと思うんですけどね。知らんけど(笑)。

そんなこんなで、いろいろもやっとしながら、少し用事をして、夜はいつもの飲み会です。いつものように、なにがなんだかわからないけど、ここは「個人の経験を個人のものとして話す」人と、そんな経験をしてない人とがフラットにいられる場所です。とても居心地がいい。
なので、さらに部屋飲みです。
「どの部屋?」
「そらいつきさんの部屋やろ」
マジか…。
なんか、話をしながら、途中で爆睡してしまいました(笑)。

人権とcommon sence

夜、家に帰ってビールを飲んで、やれやれと思ったところで一本の電話がかかってきました。
なんでも人権啓発のなんかの審査員をしておられるとか。で、出てきたものが「イマドキ」のもので、他の審査員は「いい!」って言うけど本人的には「?」なもので、でもみんかそれを選んで、自分の感覚っておかしいんだろうかと。
で、「いつきさん、どう思う?」
と(笑)。
なるほどな。たしかにその「イマドキ」の手法、ありがちです。例えば「みんな同じ人間」とか「みんな違ってみんないい」とかなメッセージ。でも、違いますよね。前者は論外だけど、後者だって「違いの中に格差がある」が必要なメッセージですよね。それが見事になくなる。
じゃ、なぜなくなるのか。それは「考えてない」からです。すごく簡単に言うと「自分の中にあるものを表現する」ことしか考えてない。それを見たマイノリティがどう感じ、その作品がどういうメッセージをマイノリティに対して与えるか、あるいはマジョリティに与えるかってことを考えてない。なぜかというと、しょせん市民感覚は「common sense」でしかないからです。
人権獲得の歴史を考えると、「common sense」との闘いでした。例えば、「部落は忌避・排除されて当たり前」「外国人なんだから権利がなくて当たり前」というcommon senseがあった。これに対して、まずは「同じ人間だ」と同質性の主張による権利獲得の論議が出てくる。例えば「同じ赤い血が流れてる」みたいなね。同じことが同性愛者でもあって「ホモファイル運動」みたいなのがあった。でも、それはあくまでもcommon senseの土俵の上の話でしかなかった。
それに対して、その「common sense」そのものを問う運動が出てきます。それは残念ながら「一般市民」からは出てこない。なぜなら「common sense」は「common」の「sense」だからです。まさに一般市民の感覚です。そして、人権は「commonではないsence」からスタートするからです。
もちろん、なかにはすごいのはあるだろうけど、それが「すごい」ってのはやはり「commonじゃないsence」だからすごいって思うんですよね。
と考えると、「市民参加による人権啓発ビデオ作成」って、つくることそのものに啓発の意味はあるかもしれないけど、そこでできたビデオを啓発に使うのはイマイチだなと。
やはり「The crazy ones」ってことですよね。

遅々としてすすまない→文化の継承

今日は比較的時間があります。なので、月曜日〆の原稿をやっつけようかと。ちなみにこの原稿、完全に学校教育にかかわることなんですよね。で、こういうことを意識化して授業するか意識せずに授業するかでかなり違います。ちなみに過去にはこんなんとかこんなんを書いています。
でも、すすまない。今回は他の人も「難しい」って言ってます。わたしもスジがむずかしいとは思っています。が、みなさん、それでもアンソロジーを書いてこられます。それらをまとめるのがわたしの役割です。いちおうアウトラインはできているけど、文章を詰めるのはまったく別の作業です。ぐえーとなりながら、別の仕事に逃げるのはいつものことです。アカンなぁ。

で、放課後は久しぶりの家庭訪問。少しオイタ(笑)をした子がいるので、話をしに行ったのですが…。
他の教員はオイタにからまって別の事象もとりあげて「反省してない」「悪いと思ってない」と思ってるみたいなんだけど、わたしはなんか、その子が「悪いと思ってない」というのがわかるんですよね。
まぁこんな例えで考えてみましょうか。
Aという国があるとします。地続きでまわりにも国があるんだけど、それらの国の人々はA国には行かない。もしも行こうとした人がいたら「あぶないからやめとき」って言われる。そんな目で見られているから、A国の人もまわりの国に行けない。自然と、A国の人々はA国の人々とだけしか交流ができなくなります。また、まわりの国の人もA国の人と交流しなくなります。
するとどうなるか。
A国の人々は独自の文化や価値観を持つことになります。なぜなら、まわりの国がどのような文化や価値観を持っているかわからないからです。そして、まわりの国の人もまたA国の人とは異なる文化や価値観を持つことになります。と同時に、A国がどのような文化や価値観を持っているかを知る機会がなくなります。そうなると、ますますA国に対して「得体が知れない」「あぶない」という思いを持つようになり「あぶないからやめとき」となります。
で、家庭訪問した子の話です。
わたしたち教員の文化では「悪い」ことも、その子の文化の中では「悪い」という価値観がないとすると、「悪いと思ってない」のはあたりまえです。その子の持つそういう文化は、その子のまわりの大人や子どもたちの相互行為の中で継承されていて、内在化されているからです。そしてその子は正直で素直な子だから、思うとおりに答えてくれた。ところが、わたしたち教員は「悪びれもせず」と評価してしまう。そこには齟齬がある。
じゃ、どうすればいいのか。
とりあえず、その子の文化や価値観を一度飲み込む。そこからスタートする以外方法がないです。なぜなら、先ほどの例えで言うなら、A国が独自の文化や価値観を持つことになったのは、まわりの国が「あぶないからやめとき」という行動をとったからです。なので、その原点にもどるしかない。
教員は子どもたちから学ばないとアカンなぁと思ったりするわけです。

まったく体調はダメだけど、話が聞けたのはうれしい

朝、身体が動きません。なぜだろう…。そうか、昨日大阪で呑んだからか。
えーと、まずは生中。そして生中。そしてグラスビール。場所を変えて、日本酒→日本酒→焼酎→焼酎。家に帰ったのは11時半ぐらいだけど、完全に呑みすぎです。
てことで、ひとつ遅い電車で出勤。まぁ間にあうけど、せわしないですね。が、勤務時間のことを考えると、それもなぁ。
にしてもしんどいです。でも、そういうローテンションの時の方が授業そのものはいいのかもしれません。イライラしたり怒りたくなったりする気持ちにもならないから、すべてを受容しながらノロノロ授業。さらに3人講座ではダラダラ自習。いや、やらなきゃならないことがみんなバラバラなんですよね。
5時間目はダウン。ダウンして、少し楽になりました。

それにしても、全然話は違うけど、ムラの子、けっこうみんな自分のことがわかってるみたいです。今日もあるムラの子と話をしていると、小学校時代の話題になりました。
「友だちを「うちに遊びにおいで」って誘ったら、その子のお母さんが「あそこは危ないから行ったらダメ」って言って、その子、来てくれなかった。小学校の頃のツレは、みんな地元の人間やった」
って、10年前にもならない最近の話です。
「やっぱ、さびしかったで」
って、そりゃそうでしょう。部落差別が解消過程にあるって、どこの話やねんと思いますね。
でも、きっと他の教員、こんな話をしてないんだろうなぁ。

対岸の火事なのか

夜にテレビをつけるとマイケル・ムーアがしゃべってました。「華氏119」のコメントをしながら、トランプ大統領以降のアメリカについて話をしていました。その最後に「日本を尊敬しています」と。「小トランプのような人を総理大臣にはきっと選ばないでしょう」と。そして「これ以上は言えません」と。
すでに選んでんじゃん。
そして「報ステ」。国会は、まさに滑稽です。あまりにもひどい。かつて「ほなお前やってみろよ」とかいう話がよくありましたが、あれは「できるやん」レベルです。いや、恥ずかしくてできんか。
そして中間選挙の話題です。ここでもっととりあげられてたのがLGBTでした。これ、日本でLGBTが話題になってるから報ステがそれをとりあげたのか、それともほんとにアメリカでLGBTが争点になってるのか。前者はうがった見方ですが、たぶん後者でしょうね。殺された人が80%増ってことでしたから。
アメリカにおいて、女性の権利が争点になり、黒人の権利が争点になり、ヒスパニックの権利が争点になり、どれも一定進みながらも解決されず、さらに例えば黒人女性のような複合差別の問題もはらみながら、それでもそれまで「人権があると考えられてこなかった」人々に人権があることを認知させるってことをやってきた歴史の先にあるのがLGBTなんでしょうね。だから「人権があるかないか」のせめぎあいの中にいて、その間を揺れている。
さて、振り返って日本はどうなんだろう。アメリカを「あの国では殺されるんだ」「それに比べて日本は」って考えるんだろうか。それとも「対岸の火事じゃない」って見るのか。
国会議員が「LGBは生産性がない」といい「Tは病気だから」と発言するこの国は、はたして「火事」が起こってないのか?国会議員によるヘイトスピーチを「失言」とし「不快に思われたらすみません」ですますこの国は、はたして「火事」が起こってないのか?
この火事をここでくいとめないと、やがて大火事になる。

長くやるもんだなぁ

今日、廊下である教員に呼びとめられました。
「ぼく、こないだのリビングライブラリであの子を当ててよかったんですかねぇ」
「差別問題の関係者になって気づいたこと」というセッションの質疑応答の時間に、誰も発言しないので、その教員は適当に生徒に当てて感想を言ってもらったんですね。で、その子が「わたしも差別を受ける立場の人間です」って話をしてくれたんです。
その教員は、自分が当てることでその子に「言わせてしまった」って思ったのかな。そして「よかったんでしょうか」って悩んでたんです。もちろんわたしの答えは「当てたことがよかったんです」です。
だって、当てたとしても、その子が「言いたい」と思わなかったらたぶん言わない。その子は「言いたい」って思ったから言ったんです。言うか言わないかはその子が決める。教員ができることは、その場・そのタイミングをつくることくらいです。「その場」はその子本人がつくりました。だって、「その本」を選んだのはその子です。そして「タイミング」は「本」とその教員の共同作業です。そしてその子は自分で「言おう」と決めた。
その子のその決定はいろんな人をつなぎました。
まずはその時そこにいた子。そんなことがあったから、金曜日の昼休みにその子のところに行きました。そしたら、同じセッションにいた別の子が
「びっくりしたわ」
って言ってました。どこか遠いところから来た人じゃなくて、隣で机を並べてる子が話したことのインパクトとリアリティは、きっと忘れないです。
次にわたし。その子のことは前から気にしてたけど、言ってくれたおかげでその子とつながれました。ちなみに東九条マダンに誘ったのはその子ですが、そのおかげでアボジとも出会えました。
次にI野さん(笑)。わたしとアボジがつながったおかげでI野さんもアボジやアボジの兄弟やそのパートナーがさんともつながれました。
そしてなによりその子。同じ小学校出身の別の在日の子と
「あんた、なんでここにいるのん?」
「あんたこそ」
「残り短いけど仲よくしよな」
ってやってました。
最後に最初の教員。「よかったんですかねぇ」って言ったあと
「かつてすごく世話になった恩人が部落差別を受けたことを知って、ほんとにこの問題について知らなきゃならないって思ったんです」
と言ってくれました。そんな話を放課後の廊下でする日が来たんだなぁって、感慨深かったです。
ながくやるもんだなぁ…。

ちょっと楽しかった

今持ってる2つのクラス。ノリが違うんですよね。たぶん授業中に発言してくれる子どもの人数に違いがあるのかな。片方は静かで、一部質問してくれる子がいます。もうひとつはあちこちから質問の声が飛んでくる。どちらがやりやすいかというと、当然後者です。
で、今日は管理職が授業を見に来る日です。どちらのクラスにするかというと、これまた当然後者です。まぁ、やりにくいクラスを見てもらうのも一興ですが、精神衛生上よろしくないです。

わたしの授業の前は体育の教員の見学をしてたみたいで、グランドを歩く姿が見えました。なので、子どもたちに
「今から管理職が来るし、わたしの評価を下げたければ授業中騒いだらええし」
とアドバイス。すると
「おぉ!そうか!」
と実行しようとする声があがります。このあたりのノリなんですよね。なので
「まぁ、どうせ、今の評価最低やし、これ以上下がらへんし」
ちゃんと笑ってくれます。
「そやかて、34年間転勤してへんしな。いま36歳やけど」
と言うと
「2歳?」
とかいうささやき声が聞こえてきます。
ここで一発「へんこつネタ」をやった後の指数関数のグラフの話で管理職登場。
教科書には表があるんだけど、あれめんどくさいです。例えばy=2^xのグラフなんて、座標平面上で「y軸は1やんな。右に行ったら2倍になって、左に行ったら1/2倍ね」でおしまいです。で、グラフ上でxが1増えるごとに2倍ずつプロットしてxが1減るごとに半分にしていけばokです。
「じゃ、これを参考にして、y=3^xのグラフを書いてみようか」
です。すると子どもたちが騒然としはじめます。隣同士で「あれどうなってんの?」「あそこ、わからへん」まぁええやろ。ほっときましょう。
「じゃ、次はy=(1/2)^xのグラフね。今度は右に行くと1/2倍で左に行くと2倍やんな。じゃ、y=(1/3)^xのグラフ書こうか」
またまた騒然です。どうやら子どもたちは1/a倍がとれないらしいです。
生「そこどうすんの?」
い「大きな声では言えへんけど、てきとう(笑)」
さらに
生「じゃ、y=(3/2)^xとy=(3/4)^xな」
完全に騒然です。なにせ分数(笑)。しばしほっときます。だって、雑談してる子はだれもいないです。みんな数学の話で騒然となってるんです。メッチャおもしろいです。
い「君ら、主体的で対話的な深い学びしとるな(笑)」
とチャチャを入れても誰も聞いてない。管理職も聞いてないでしょうね(笑)。で、頃合いを見て
い「だからな。どのみちy軸は1やろ?で、右に行ったら()の中の数になるんやんか。3/2はどのへんや?」
生「1.5」
い「そやな。ほなここやな。じゃ、3/4は?」
生1「あ…右下がり…」
い「そやな」
生2「あ!もしかしたら、()の中が1より大きいか小さいかで決まるんや!」
い「すばらしい!」
たかが指数関数のグラフです。でも、そこに気づきがある。わたしはグラフが書けることより気づくことのほうが大切だと思っています。そのためには2や1/2ではなく、3/2とか3/4とかが必然的に必要になってくるんです。そして底が1より大きいか小さいかが、指数や対数ではとても大切な要素になるってことが見に染みつく。
「じゃ、次の時間は今日わかったことをまとめるね」
で授業終了。ちょっと楽しかったな。

「あ、木梨さんだぁ」→心に刺さるムラ

起床は7時。せっかく三次まで来たので走りましょう。ということで、ホテルから川を目指します。なんでも、三次の町って3つの川が合流しているらしいです。となると、すべての橋を渡りたくなるというものです。
まずは馬洗川に到着。ここから川沿いの道を走ります。寒い。手が冷たくなるような気温です。軍手持ってきたらよかったかもというくらいです。川の左岸は、ピンとこないですね。新しい町の感じです。と、だんだん町並みが古くなって、やがて神社が出てきました。なるほど。ここで西城川と合流しますが、そっちの橋を渡らずに、さらに先に進みます。なんでも今日の夜に花火大会があるそうな。本来夏にあるんですが、災害のために延期になって「災害復興花火大会」らしいです。あちこちで場所取りをしておられます。そんな中を走って、やがて江の川へ。すでに20分くらい走っています。てことは、このままもどっても40分走ったことになります。さらに向こうに行くと、かなりの距離になりますね。瞬間迷ったけど、行くことにしました(笑)。
江の川に沿った国道を走ります。うーん、やはりピンとこない。でもまぁ、向こうの橋まで行くことにしましょう。国道を右折して坂を下りると、「あれ?」と「レーダー」が起動。なんなんだろう、この感覚は。でもま、寄り道もしんどいから、そのまま走り続けましょう。で、橋を渡ると、再び「あれ?」と「レーダー」が起動。まぁ確かに川の合流地点ですからねぇ。でもまぁ、寄り道もしんどいから、そのまま走り続けましょう。と、またまた「レーダー」が、今度はマックスに振り切れました。ここは避けて通れない感じです。なので、街中へ。しばらく走ると、なにやら建物があって、その前に大きな石碑があります。表を見ると「人の世に熱あれ、人間に光りあれ」と書いてます(笑)。
さらに走って行くと、左側に「ん?」と思う町並みがあります。神社があるから「あれ?レーダー」ではなさそうです。でも、なんか「ん?」なんですよね。うわぁ行きたい。けど、下まで下がってまたあがるのはキツイです。こんな時に走り込み不足が悲しいです。やむを得ず上の方から町並みを観察して、再び西城川の橋です。と、またまたなんとなく「レーダー」が起動。でも、このあたりになると、レーダー感度が慣れモードに入っていて、よくわかりません。そして、再び馬洗川の橋を渡ります。ここからは早くホテルに帰りたいので、下に降りることに。先ほどの神社のあたりを走るのですが、ここもなんとなく「感じる」ものの、町並みのこなれ感なのかなんなのか。そのまま駅のあたりまで走ると、「これは新しい町やな」と。たぶんそういうことなんですね。
てことで、ホテルに入って1Fからエレベーターに乗りました。と、2Fでとまって入ってきた人が…。
「あ、木梨さんだぁ」
すると、木梨憲武さんは
「ども」
とあいさつされました。さらに
木「走ってこられたんですか?」
い「はい、1時間ばっか」
木「じゃ、10kmぐらいですか。すごいなぁ」
い「いや、そんなたいしたことないです」
で、エレベーターが目的階に到着。
あー、びっくりした。

その後、筋トレ→お風呂→朝ごはん。がっつり食べてしまいました。
で、Kひらさんが来られたので車に乗せてもらい、三次の町を案内してもらいました。
い「今朝、走っているとき石碑を見つけました」
K「あー、そこに行かれたんですね。じゃ、行かなくていいですか?」
い「いや、もう一回、あらためて行きたいです」
ということで、あちこち連れて行ってもらいました。
三次のムラの生業は、基本的には「川漁」と「川の監視」らしいです。なので、必然的に川のそばに住んでおられます。あるムラにいたっては、堤防の内側にあったとか。あるいは他のムラにいたっては、堤防がなく、大雨で全戸が水没したとか。そういう中で、事業を使って「安全な町」へと変えていかれたとか。そりゃ事業は必要ですよ。
なんでも、駅のあたりはもともとは田んぼだったとか。そして、旧の町は馬洗川の向こう側で、さらにその奥にある小高い丘のてっぺんにお城があったとか。ちなみに「ん?」と思ったところはかつて遊郭だったらしいです。そうか、だから建物のたたずまいが…。
さらにその後
K「じゃ、今度は町の外のムラへ」
ということで連れて行ってもらいましたが、こちらはレーダーが起動しません。でも、そこここに「なるほど」と思うところがあります。
K「あそこに古い活動家が住んでおられて、もともとやってたのが博労で」
い「博労o(^^)o!」
みたいな会話をしながら、次のムラへ。
うわ、完全にまわりから隔離されています。ムラから外が見えない。逆に、まわりからもムラが見えない。でも、そういうところにも、「人々の営み」があるんですよね。なんか、いろんなことが頭の中をグルグルして、ものすごく心に刺さってきます。思わず黙りこくってしまいそうになりますが、それはそれでなんなので、いろいろ話。
K「じゃぁ、広島に向かいましょうか」
ということで、あとは昔話などをしながら広島駅まで送っていただきました。

ということで、広島のお座敷終了です。
帰りの新幹線にはやはり赤い服の方がおられたり。そうか、昨日、リーグ優勝が決まったのか。

取り出しの方法とかスモークとか

通勤途中にメールチェックすると、「モデレートせよ」というメールが入ってました。中身を見ると、こないだのブログへのご本人からのコメントでした。よくぞこんな寂れたところをと思ったのですが、とても大切なことを提起されてるので、やはりこれは真剣に返さなきゃ。とにかく考えて、時間ができたら返そう。
でも、今日は授業まみれです。てことで、「取り出し」開始。去年は2回ほど取り出しをしてカンフル剤を打てばよかったけど、今年はそういう感じじゃありません。たぶんカンフル剤を少し入れると効きすぎて遠くへ行ってしまう感じです。なので、問題をふたつやって「どっちかできたらそれでええし」みたいな感じでやりました。まぁ、去年は2回だったのを、今年は4回かけてやる感じですか。でもま、そのおかげで3人が限界だった取り出しを7人まで増やせたので、よしとしましょうか。

で、帰り道に買い物。車通勤だと駅のないところに行くのはできるのですが、電車通勤だと繁華街に行けるのがいいところです。今日は繁華街じゃないけど、京都駅でお買い物。なぜか下着や靴下に穴があくんですよね。同僚に「下着に穴、あきますか?」って聞いたら「あきませんよ(笑)」って言われたので、みんなあかないのかな。とにかく穴あきが増えてきたので、ここは総替えにしようかなということで、下着を6枚靴下6枚ゲットしました。これでしばらくもつな。

で、家に帰って「スモーク遊び」です。
facebookでIずみちゃんがポチったことを知ったこれ、わたしもポチりました。
すでに子どもたちはごはんを食べたあとでしたが、下の子どもが近所のスーパーに材料を買いに行ってくれました。そろった材料は「サーモンの刺し身」「6Pチーズ」「うずら卵の水煮」「バターピーナッツ」です。うずら卵とサーモンは水気を拭きとります。
で、ボールに入れて、ラップして、スイッチオン!

ゲホゲホゲホとなりましたが、やがてボールに煙が満タンになりました。ちなみに、満タンになったらパイプを抜いてしまうのがコツです。というのは、煙が薄くなった状態でパイプを入れっぱなしにすると、単純に空気が送り込まれて、煙が逃げてしまうからです。取説にはジップロックを使った図があるので、それはありでしょうね。
で、できあがったのを食べると…。

  • うずら卵
  • ほんのりスモークの味がついてます。おいしいけど、そんなに「おぉ!」って感じでもないですね。でも、やり方がまずかっただけかも。

  • サーモン
  • これはうまい!絶品です!スモークサーモンは塩味がきついし、薄切りにして食べる感じだけど、これは刺し身です。でも、ほんのりスモークの味がついていて、そしてフレッシュな甘みがあります。下の子どもが踊ってました(笑)。さらに藻塩をかけると、またおいしい!明日食べたらさらにうまいかも。

  • 6Pチーズ
  • これもうまい!サーモンもですが、基本冷熏なんですよね。だから難しいんです。でも、このやり方だと冷熏が基本です。時間を置くごとにおいしくなっていきます。と、上の子が「だから寝かせたほうがうまいって言ってるやろ」と。ごもっとも。

  • バターピーナッツ
  • はじめやった時は煙が漏れまくって味が薄かったので、もう一回密閉してやったら、ガッツリとスモークの味がついてました。わたしには渋い感じがしたのですが、上の子どもは「うまい!」って言ってました。
    いや、これはいい買い物をしました。
    よくM口さんのところで食べさせてもらいますが、シシャモとかタラコとかもやろうかな。

    不思議な光景

    1時間目は、やっぱり「取り出し」です。どうしたものかと思いましたが、とにかく「取り出しが自分にとって役に立つ」と思ってもらわないと、inclusiveな教育にならないので、ここはふんばりどころです。幸い明日もあるから、今日は三角関数のグラフだけをやることにしました。これだけならば15分で終われるので、3人グループと4人グループの2セッションできます。で、残りの時間はぐるぐるまわって質問受け付け。さすがに今日は手応えあったな。まぁそりゃ試験の2日前ですからね。
    とにかく、毎回のテストが足引っ張りにならないようにすれば、どこかで一発逆転も狙えるから、そこが目標ラインです。

    で、夜は北摂共和国のある市の人権担当者の飲み会です。いちおう「打ち合わせ」という名目ですが、相談もありーのよもやま話もありーの。
    それはそれでいいのですが、隣のテーブルの会話に、おそらく全員が耳ダンボでした。とにかくひたすらセクシュアリティにかかわる飲食店系の話が延々と続きます。飲んでる時の話題って、たいていくるくる変わっていくものなんじゃないかなと思うのですが、変わらない。どんだけその話が好きなんだというくらいに変わらない。ちなみに、話題を出すのは、当然そういう飲食店にいく人なので、男と思われる外見を持っておられる方で、そうなると女と思われる外見を持っておられる方は聞き役&相づち役&笑い役で、それがまたコントラストとしておもしろい。
    隣のテーブルに興味を持つのは悪いなと思うのですが、あまりにも興味をひいてしまうので、これはしかたないかなと。
    で、そろそろ帰ろうと思ったところで飛び込んできた単語が「トランスジェンダー」です。さっきまでの会話とどうつながるねんと思ったけど、たぶん一連の流れなんでしょうね。もちろん話を全部聞いてるわけじゃなくて、どうしようもなく飛び込んでくる単語が脳みそに蓄積していっただけなので、バイアスがかかってたんだと思うのですが、あまりにも唐突なので驚いたという。
    お店を出てからみんなで「あれはなんだったんだ」と話してたので、みんな同じ感想を持ったんじゃないかな。
    でもまぁ、考えてみると、例えばムラ中のお好みの話を暑く語るわたしも「あいつなんやねん」な存在だし、そこでの会話をとりあげるだけでその人がどんな人かなんてわかりません。かなりいろいろ知っている人が「ネタ」を話してたという可能性もかなりあるわけで、でもとにかく不思議な光景でした。
    てか、今日にしても、隣のテーブルから見たら「あいつらなんだったんだ」ってことになるかもしれないし、もっと言うなら、今日はかなりマトモなメンバーで、IずみちゃんとかK野さんとかKうさんとかHがしさんとか、その他たくさんの変態友だちと飲んでる時の会話を隣で小耳に挟んでたら、確実に「あいつらなんだったんだ」ってなるわけで、これはもう、お互いさまってことでしょうね。