イマドキの授業

今日は午後から出張です。今週から6人講座がなくなったので午後の授業を午前に振り替えました。まぁ、わたしはすき間が多いので、こんなのが可能になります。
で、午前は2時間連続です。ふたつのクラスが対象的です。気になるクラスはどこまで気になるんだろ。今日は久々に荒れました(笑)。
てことで、予定していた電車よりひとつ遅いのになってしまいました。まぁ間に合うかな。
最寄駅に着いたらビミョーな時間です。昼ごはんが先か、受付が先か。受付にしましょう。資料の確保が優先です。資料を受けとって、そのままラーメン屋さんへ。出てきたラーメンを見て、あれ?と思うなど。見たことあるなと思ったら、前に某所のイ○ンモールに出してる支店で食べたのでした。
今日の出張は、とある小学校の国語の研究発表会です。この研究発表会はもともと第2のふるさとの会議で行こうということになってましたが、授業があるから無理やなと思ってました。そしたら最近新聞に掲載されて、おもしろそうだったので、やはり行こうかなと。なので行くことにしました。
まずは授業参観。どの学年にしようかと思ったけど、ここは1年生ですね。「「すごい」を友だちに伝える」という授業です。うちの子どもたちに受けさせたい授業です(笑)。なんでかというと、子どもたちの言葉が軽い。つながるための言葉じゃなくて、「これを言えば会話が切れる」という言葉なんです。ずっとそういう言葉を聞いていると精神が厳しくなります。なので、小学1年生がどんな言葉を使うのか、というか、そういう授業を見てみたいなと思ったんです。
で、ひとこと感想を言うなら「うわぁ、アクティブラーニング」です。感覚としては、はじめてカービングスキーを見た時の感じ。同じスキーのはずなんだけど、滑り方がまったく違う。つまり、同じ授業なんだけど、やり方がまったく違う。もっとも、わたしもアクティブ的ラーニングはやってますけどね。ただ、それが成立するかどうかは、ひたすら子どもたちにかかってます。前提として「参加」ってのがあるんですよね。その「参加」はここにはあるけど、高校にはない。その違いはなんなんだろう。
そう考えたとき、次に出てくるのは「この子らが大きくなって高校に入ったらどうなるんだろう」ですね。はたして高校でもアクティブラーニングができるんだろうか。どこかで「参加」から逃げていくときがくるんだろうか。あるいは「すごい」を伝えたくないと思うときがくるんだろうか。そしてそれは学校という制度の問題なんだろうか。それとも社会の問題なんだろうか。あるいは、問題はそれら両方にあるんだろうか。
授業参観のあとは協議の時間。いくつか質問してみたり。ただ高校の教員なので、ピントははずれてたかもね。小学校の教員の質問の中には新学習指導要領にかかわる話とか観点別評価の話とかが出てきて、ここでもカルチャー・ショックがあったり(笑)。
で、講演会。講師は水戸部修治さん。講演、うまいな。それにしても、一方で思うのはなぜこんなに複雑になってきたんだろうってことですね。授業も評価もメッチャ複雑。この複雑さを通してつけたい力はいったいなんなんだろう。あるいはこれまでの授業や評価のやり方ではつけられなかったんだろうか。
それはカービングスキーも同じです。カービングスキーを通して、だれもがそれまでの超上級者の滑りに近づくことができるようになった。でも、それはなにをしたくてそうなったのかってことです。例えば、ほんのひとにぎりの人しかできない滑りへと近づくプロセスを楽しむ人には、カービングスキーの普及はそのプロセスの楽しみを奪ったかもしれない。そして、簡単に「あこがれ」に到達することで「興味」も奪ったかもしれない。
アクティブラーニングはおもしろいし、可能な範囲で取り入れたいとも思います。「解くスキルをひとり占めするな」とずっと言ってきたわたしが、今年得たのは「ひとりで解こうとするな」です。そうすることで、確実に顔があがる子が出てきた。ただ、それがどんな学力をつけるのか。今日行った小学校ではひとり静かに考える時間の先にアクティブラーニングがあるようです。たぶんそれこそがアクティブラーニングなんでしょうね。ただ、その「ひとり静かに考える」ことから逃げる子どもが出てきたときのアクティブラーニングはどうなるのか。あるいは「対話的」が苦手な子はどうなるのか。さらには対話を拒否する子どもはどうなるのか。
こんな問は、さらに次の問へと移行します。
今、学校教育はどの方向に行こうとしているのか。行き先がわからないままに、新たな試みをしてるのか。それともわかってるのか。わかってるつもりになってるだけなのか。「わたしたち」がわかってるのとは違う方向が、実は隠されたところにあるのか。
「おもしろい!」と思う気持ちとは別に、ものすごいモヤモヤが残る発表会ではありました。

世界が広がると感受性も増すのかな

朝、寒いです。久しぶりにお湯をかけた車のウィンドウが再凍結します。通勤途中も手が痛い。でも、これが普段の冬なんですよね。
電車の中から自分宛てにトドリストをメールします。職場に着いたら、トドリストに従ってサクサク仕事。
授業は2発。合間に生徒の走りにつきあってみたり。
それにしても、タイムは一緒に走る人に左右されるもんですね。今日は約4kmのコースをいいペースで走れました。

これ、ここ数年で一番早いペースかもしれません。
そんなこんなで、いろいろしてたら、あっという間に定時です。さっさと職場をあとにして、崇仁へ。今日は久しぶりのちょぼやき会です。会の前はいつもの通り、軽く燃料補給。今日は昨日角打ちで教えてもらった「おでん」を食べようかな。

うまい!味噌味がたまりません。一味をかけると、またおいしい。味噌味をビールで洗い流して、お店を出ました。
で、ちょぼやき会。今日の担当はYもぎ田さんです。現在リビングライブラリで本としてお世話になってる方です。今日の話はうちのガッコで話されてる内容+αを話してくださいました。
Yもぎ田さんの話を聞くと、仕事だけの人間がいかに狭い世界に生きているのかがよくわかります。たとえその職場がどれだけ大企業であってもです。話の中で「同じ話題しかない」みたいなことを言っておられましたが、そうなんですよね。結局仕事のグチがメインの話題になるんですよね。同質集団ってそういうことなんです。
そんなYもぎ田さんが、いろんなことがあって、仕事100%の生活がガラリと変わる。ここからがYもぎ田さんのおもしろいところなんですね。たぶんもともと興味をたくさん持つ方なのかな。そういうYもぎ田さんの特性が発揮される人生がはじまります。ただ、単に興味を持つだけじゃなくて、その興味を少し引いたところから観察したり、あるいは寄ったところから共感したり。そんなひとつが、例えば水俣病。そして水俣病から原発のことを問い直されます。
おもしろいなと思ったのは「被害者・当事者」となった時に、じぶんの「加害者性」へと思いを巡らせる。その加害者性は「他の問題」ではなく、自分自身の被害者性である原発へと向かうんですね。
ご本人は「考えるのが好き」って言っておられたけど、「考えながら生きる」ということがいかに大切か、そしてそれがいかに自分が生きる世界を広げてくれるかが、とてもよくわかる話でした。
うちの子ら、この話を聞いてるんですよね。伝わってるかな。というか、伝えるのはわたしたちの仕事か。
ちょぼやき会のあとは、今日は「中光園」に行きました。ここ、この間来たところです。ここでお腹いっぱいになるまで食べて、崇仁新町に行こうかと思ったけど、これは無理だなと。
てことで、いつものようにUりんちゃんに送ってもらって帰りました。家に帰ると10時過ぎ。よかった。10時半には寝られる…。

新年のあいさつ

今日は午前も午後も出張です。なので、朝は少しゆっくりめ。電車に乗って第2のふるさとへ。保小中高の合同会議です。
なんというか、保育園ってすごいなとあらためて思いました。職員一人ひとりが部落問題について自分のテーマを決めて調べて、それを互いに発表しあうとかやっておられるんですよ。すごいわ。それを聞いた小学校の教員は「うちの学校、かつては同じようなことを合宿してやってました」とか。
そういうのを聞くと、ほんとに高校ってのはチームワークとしてはダメだなって思います。まぁわたしもそのチームワークを乱す人間ではあるんですけどね。そして、その自由さが大切だってこともわかってるんですけどね。ただ、教職員の人数が多いということと、仕事が分担されることで専門化されてることのメリットも大いにあるしなぁ。そして、大学はもっとダメなんてしょうね(笑)。
午後の会議の前に隣のガッコの食堂へ。てか、食堂のあるガッコはいいなぁ。もちろん、温かいごはんを安くで食べられるってのもメリットなんですけど、それだけじゃなくて、みんなで食卓を囲んで食事ができるので、そういうところでムダ話ができるんですよね。それがいい。もっとも、ひとりでごはんを食べることになる人もいたりするってのもあるわけですが。てか、かつておべんとを持っていくことで、そういう「輪」を壊したわたしが言うことでもないか(笑)。
で、午後の会議。ここで話題になったのが「マイクロアグレッション」をめぐる話です。
どうやらきむうじゃさんの「「日本語おじょうずですね」は差別か」という問いにいまだに捕まっておられる方がいる。それはとてもいいことだと思います。簡単に答えを出したりあきらめたりするんじゃなくて、考え続ける。
ただ、考える時の立場が違う。つまり、言葉を発する側にとって、それは差別と「される」のかということにこだわっておられる。もちろん大切な観点です。が、おそらくマイクロアグレッションはそういうのではない。被差別の側が「なんとも言えない居心地の悪さ」に出会った時に、「マイクロアグレッション」という概念を手に入れることで、その居心地の悪さに名前をつけることが可能となり、説明することが可能となる。
例えば「日本語おじょうずですね」の中に込められているのは、「日本語ネイティブスピーカー=日本人」というステレオタイプなんだけど、そのステレオタイプは同時に「在日」という存在をそこから排除することによって成立している。そこに在日は反応する。で、なぜ反応するかというと、在日という存在がカテゴリー集団として与えられてきたトラウマなんですよね。それがvulnelabilityへとつながり、マイクロアグレッションへとつながっていく。それは言葉を受けとる側のことなんですよね。つまり、マイクロアグレッションがマイクロアグレッションとして存在するのは、あるカテゴリー集団に対して与えられたトラウマとの関係なんだってことを、この間考えたんです。
ま、そんな話をするのですが、言葉を発する側としては「何も言えなくなる」「コミュニケーションがとれなくなる」となってしまうんですよね。
まぁ、継続論議だな(笑)。
で、少し早く会議が終わって、少し早く京都駅に着いたので、久しぶりに角打ちに行こうかなと。考えてみたら、今年になってまだ行ってません。
「あけましておめでとうございます」
と扉を開けたら、みなさん
「おー、来た」「久しぶりやな」
と声をかけてくださいました。うれしいな。たぶんたまに来る常連としてカウントしてもらってるんだろな。てことで、いつものを注文。

せっかくなので、「主」のようなおじさまに身の上話を聞いてみたり。果たしてこの行為はカミングアウトなのかアウティングなのか(笑)。でも、カミングアウトを迫る問いに答えてくださるわけで、やはりそこにはケン・プラマーの『セクシュアルストーリーの時代』的なものがあるのかなと思ったり。
そんなこんなで小一時間で帰ろうとしたら、いつもにぎやかなおじさまがお酒をおごってくださってたらしいです。マジっすか。お代は280円!
てことで、家に帰ってお風呂→ビールだな。
と思って家族でワイワイごはんを食べているうちに、いつの間にやらデッサンの話になりました。わたし以外の家族というか、うちの母親もパートナーの母親も、メッチャデッサンがうまいんです。
「わたしは絵が苦手」
と言ったら、上の子どもが
「そんなことはない」
と言って出してきたのがこれ(笑)。


そういや、昔こんなの書いてたな^^;

朦朧

朝、定時の5時45分に目覚めて、コーヒーとお茶の準備はしましたが、再びおふとんに入ったら、そのまま動けなくなりました。てことで、1時間年休決定です。
8時前に起き出して、あわてて準備して出勤。途中でパンを買おうと思ってたけど、めあてのパン屋さんは臨時休業しておられました。マジか。ここが最終なんですよね。なので、朝ごはんはカップスープに決定です。やれやれ。
それにしても眠いです。それでもやっとの思いでノートチェックして、3時間目の授業です。とりま試験を返して、物言いを受け付けて。ここでダウンです。まぁいいや。水曜からガッツリしましょう。
ダウンしながらも考えているのは気になるクラスのことです。ふと思い立って30点未満の子の人数を調べると、1学期中間から減り続けています。平均点も少しだけではあるけど上昇しています。なにより、今回のテストで明らかにがんばった子がいます。あの子らなりに「なんとかしなきゃ」って思ってるんだよな。そこはみんなに伝えよう。
4時間目は半分ダウン。でも、ちょいと気になる子の情報を仕入れに行ったり。5時間目は気になるクラス。3時間目に考えたことを話してみたり。個々の生徒にも「今回がんばったね。ノート見て「あ、勉強したんや」って思ったよ」とか声をかけてみたり。なんか、うれしはずかしそうな顔をしてました。後半は授業。やんちゃな子が「あんた、勉強すんの」と別の子を茶化すと「やってみようかなと思ったん」と返事してました。まだまだ小さな声だけど、ようやくそんな子が出てきたのがうれしいです。
6時間目は迷ったけど走ろうかと。てことで、気になるクラスの子らに混じって走りました。体育の時は、みんなけっこうかわいいんですよね。
放課後もDVDを焼いたり発送作業をしてみたり。ちょこちょこ作業。でも、眠気が限界です。幸い今週はイベントはひとつしかありません。とにかく身体を休めなきゃ。
てことで、家に帰ってビール飲んで、お風呂に入って10時過ぎに寝ちゃいました。

実存を問い直す場としてのカフェ・ド・まきぐち

朝、センターに行くと、すでに朝がはじまってました。みんなすごいな。朝ごはんを食べさせてもらって、しばしうだうだ。やがてIずみちゃんが散歩から帰ってきたり、Sゅんすけが起きてきたりして、台所でワイワイ。ちなみに、台所の采配はYもちゃんがやってくれて、ほんとうにありがたい。と、久しぶりのKうたさんがやってきて、びっくりするなど。
それにしても「心配しました?」って聞かれて「心配なんてするはずがない」と答えるなど。だって、心配な子じゃないからなぁ。
てことで、11時前から片づけ開始。わたしは着替えに出て、帰ってきたら片づけすんでました。ありがとー。

そこから枚方へ移動開始。今日はカフェ・ド・まきぐちの日です。なんか今回は荒れそうな感じです。
それでもはじめは和やかに乾杯。そして和やかに自己紹介。そして和やかにおいしいイタリアンをいただきます。が、連日の呑み会とか夜ふかしで、完全に身体がまいってます。なので、床の上にごろり。しばし睡眠です。と、なにやら空気がすごいことになってます。
そうか。発話権の問題が起こったか。しかもそこにジェンダーが絡んでる。問題提起されたのはSゃ納さんだから、的確です。そこから、それぞれが実存を問い直される時間がスタートしました。
ただ、わたしは眠い。再び床の上に横になると、優しいシェフがタオルケットをかけてくださったり。
そんなこんなで、最後はちくわぶをいただいて、今回のカフェ・ド・まきぐちも終了です。疲れた…。帰りのバスでいろいろ振り返りをしてたら、運転手さんに怒られてしまいました。うーん。
家に帰ると12時前。明日大丈夫か?

引っ越し手伝い→玖伊屋

今日は友だちの引っ越しの手伝いです。そんな時に実力を発揮するのが「hi jet」です。ちなみに、なんでこの読みが「ハイゼット」なのかはわかりません。
これだけ載るのか?って思う荷物だったけど、みごとに荷台に乗りきりました。ひと安心です。あとは向こうで荷物をおろして運ぶだけ。半日ばっかで終了です。にしても、冷蔵庫は小型とはいえ重たいな…。
夕方に友だちとバイバイしてマダンセンターへ。今日は玖伊屋です。センターに到着したら、すでにIちくんが来てくれてました。ここからふたりでおでんづくり。野菜と練り物と卵はIちくんが持ってきてくれました。わたしの担当はすじ肉です。どうしようかと思ったけど、ここは「まくすじ」やな。ということで、わたしはまくすじの下茹でとゆで卵の担当。Iちくんはひたすら大根を切ってくれました。
そうこうするうちに、いろいろお客さんも来られて、あとはみんなでワイワイ。と、Uりんちゃん登場。アドボとカボチャのサラダを持ってきてくれました。うまい!
今日はいつになくお酒が少なめだったので、追加で買いに行ってもらったり。そんなこんなで、1時過ぎに眠たくなってきたので、いったん離脱です。ちょうどそこにSゅんすけが来てくれたけど、ごめん。また明日!

採点の祭典

いろいろ悩ましいことがある関係で、昨日の夜は3時くらいに目が覚めて、そこから寝られませんでした。眠い。それでも、今日は久しぶりの(笑)出勤です。とは言え、テスト最終日。カントク2発と採点です。
1時間目と3時間目はカントク、間の時間は6人講座の採点です。いつもの通り、あっという間に終了。最後に「時間があればなにかひとこと」という欄をつくりましたが、いろいろ書いてくれてうれしいな。数学Bはとにかく他とは違うので、そこに楽しさを感じてくれるのがいいです。そしてもうひとつ、この講座は大脱線を何回もやってて、そこに楽しさを感じてくれる子がいるのもうれしい。こういう思いをたまにはしないときついな(笑)。
午後からは2年生の2クラス。ところが半分もいかないうちに、おそろしい眠気が。ヤバイ…。とにかく横になりましょう。てことで、しばし気を失って、でも採点はやらなきゃ終わりません。ひたすらやる以外方法がない。
今の範囲は微分です。超簡単な問題から少し難しい問題まであるのですが、なんか変。簡単な問題を間違って、難しい問題があってたりします。不思議だわ。たぶん一生懸命プリントやったんでしょうね。まぁそんな結果を見るのもうれしいです。
さてと。予想外に早く終わったから、残りは校正かな…。

人権意識を育む学級集団づくり ー子どもとつながり、子どもをつなぐー

今日は午後から出張です。ただ、担当者の方が今日の試験カントクをはずしてくれてたので、それに甘えて休みをとりました。なので、少しゆっくり。
で、昼前に出張先へスタート。途中は本を読みましょう。前はよくわからなかったところもあったけど、今回はなかなかよくわかる。
で、出張先に到着。今日の出張も某人権教育研究会の総会です。
まずは実践報告ということで、小学校教員のレポートです。んー。ていねいではある。が、人権教育のレポートかどうかはわかりません。なんか、モヤモヤしてたけど、今日は黙ってるつもりだったので、何も動かず。すぐに実践報告の時間は終了です。
そのあとはお待ちかね、記念講演です。講師は磯野雅治さんです。
実は磯野さんの話を聞くのははじめてではありません。8年半ほど前にうちの職場にお呼びして話を聞かせでもらいました。あのときの印象は「メッチャそうそうそう!」でした。磯野さんは中学校、わたしは高校という違いはありますが、考えてることややってることにかなりの共通点がありました。なので、今日の講演も楽しみです。
話の内容は、タイトル通り「学級づくり」です。磯野さんの話のおもしろいというか、特徴的なところは、磯野さんはムラを校区にもたない学校における実践であるところかなと思っています。というのは、いわゆる「地域との連携」とかは望むべくもないってことです。でも、もちろんしんどい学校だからこそ「学級づくり」が必要になります。つまり、純粋に「担任力」でやりきるしかないということになります。
で、結論的に言うなら、今回も「メッチャそうそうそう!」でした。例えば「〇〇ということがあって、それを」と聞いたところで「あぁ、学級通信だな」と思ったら、そのまま「学級通信に載せる」って言われる。で、わたしとしては「ですよねー」ってなる。
もちろん、小中の教員にとってはあたりまえのことかもしれませんが、高校で定期的に学級通信を出す担任はあまりいませんから、やはり「ですよねー」です。そうそう「生徒に用事があるときに放送を使わない」も同じですね。
やはり担任をやるってことは、校種の違いを超えてるんでしょうね。そんなことを考えてるうちに講演終了。うん、おもしろかった。
てことで、帰りの電車でも読書です。とても有意義な1日でした。

再演

いつだったか、突然三重のM村さんからメールがあって、話をしてほしいと。で、中身がこの日にやったのの再演をお願いしたいと。いやそれ、すでにアップされてるし。
でもまぁ、三重の人ってけっこう無茶ぶりをする傾向があります。そういや、かつて「ヘイトスピーチについて話せ」と言われてやったこともあります。なんでもみなさん、ヘイトスピーチそのものではなく、そのテーマに対してわたしがどういうアプローチをするかに興味があるらしいです。なんか、本末転倒です。でも、まぁええか。
てことで、おべんとをリュックに詰めて「旅」に出ました。今回の行きは、京都→草津→柘植→亀山→一身田です。で、到着したのは三重県人権センター。なんでもヒューリアみえの「D&I・部落問題研究」の一環だそうです。過去のスピーカーを見ると、そうそうたるメンバーです。完全に場違いです。でも、まぁええか。
で、お座敷スタート。基本的にはすでにアップされてるのを見てもらえばどんな話をしたかはわかるのですが、あの時は50分。今回は1時間半くらい話さなきゃなりません。まぁあれから2年半あるので、いろいろ整理できたことや、あの時時間がなくて言えなかったことなど、いろいろ小ネタを混ぜ込みました。
それにしても、聞いてくださる人々が、これまた…。会場に入った瞬間、管外視察でお世話になった柘植のY山さんとかPTAの方とか小学校の教員の方とか。はたまた、全外教でお世話になっているM本さんとか。高校生もひとり参加されてて。かと思えば、県連の委員長も来られるわ、インクル分科会でお世話になってるS田さんも来られるし。どないなってるねん。
まぁとにかく楽しんでもらえたらそれが一番なので、小ネタを振りながらも、最後は全外教の大会の宣伝で終わりました。
話のあとはディスカッション。やはりカミングアウトをめぐる話が多いですね。それぞれの思いや考えを聞かせてもらいながら、わたしも思いついたことを発言したり。ただ、アウティングをめぐる話があまり出てこないのがね。やはりアウティングって難しいのかなぁ。研究もあまり聞かないしなぁ。
そんなこんなで、17時前まで話しあって、お開きです。
研究会のあとは呑み会です。ここでまたまたいろいろ話。どこともしんどい中で一生懸命やってるんですよね。そういう人がつながる場をつくるのって大切です。たぶん、今回の研究会もそういう場なんでしょうね。そこから声をかけてもらえることは、やはり幸せです。
でも20時45分発の特急に乗らないと、家に帰る時間がいつになるかわからなくなります。ギリギリ間にあって、大和八木の乗り換えで買い出しです。特急の中はやはり宴会ですな。

そんなこんなで、案外早く帰れたので、ラッキーでした。

倫理学からのアプローチ

今日は某人権教育研究会の総会です。
午前はまぁ総会です。楽しみなのは午後の記念講演です。今回は「差別と倫理」の話を聞くことができました。
そう言えば高校の頃に「奴隷制度があったから哲学や科学は発展してきた。だから、奴隷制度は必要なんだ」って言ってた同級生がいて、もちろんそれはアカンのではあるんだけど、そこへの反論をしきれなかったという思い出があったりするわけです。つまり「アカンに決まってるやん」は答えにならない。かと言って「キミはそういう立場なのね。上等やんか」も答えにならない。
もちろんそれに対する答えとして「差別の現実に深く学ぶ」ってアプローチがあるんだけど、それもまた心許ない。
そんな中この日に堀田さんが倫理学からのアプローチをされていたのが、ずっと小骨が喉に刺さるような形で頭の中にありました。なので、今回の話はすごく楽しみでした。
結論的には「〇〇だから差別はアカン」という明確な解答はもらえませんでした。たぶん(笑)。ただ、すごくなるほどと思ったのは「トラウマ」という観点を提示されたことです。トラウマとvulnerabilityが結びついたとき、その具体例としてあげられるのがヘイトスピーチになります。つまり、ヘイトスピーチは肉体へのダメージになりうるということ。そしてそこにトラウマがあるということ。だからこそそこにvulnerabilityがあるということ。そのvulnerabilityはマイクロアグレッションで日常的にダメージを与えられ続けることによって強化されている。こうしたことが結びついたときに「差別とはなにか」ということが具体化される。つまり差別は具体的には「個」に加えられるものではあるけど、その個はvulnerabilityを持つカテゴリー集団と結びついている。そのカテゴリー集団を「被差別者」ということができるのかな。
こう考えると「差別はアカン」と単純に結果だけを言うのではなく、少なくとも差別の構造を心理学とも社会学とも違うアプローチで説明できるようになる。
別に倫理学でなきゃならないということではなくて、差別を論じるときに多様なアプローチがあるということに意味があるのかな、そんなことを、話を聞きながら考えてました。
うん、よかった!