ここしばらく、ずっと2次校正をしています。この作業、たしかにしんどいけどおもしろいです。
しんどさはというと、言うまでもなく「校正はしんどいもの」ということです。
てか、トランスクリプトを作成する人が解釈を加えて文章をいじるのをやめぃ!これは「改竄」ですよ。一番ひどい「改竄」は、直接話法で話している中身を標準語的な言葉に変えてしまうことです。それは直接話法とは言わない。で、直接話法で話しているのは、そういうライブ感があって、必然として使っている。そしてそこには講演者の「意図」があるんですよね。で、この「改竄」は、その意図を踏みにじることに他なりません。
なので、結局今日はずっと音声データを聞きながら校正をしてました。でもこれ、なんのためにトランスクリプトをつくってもらったかということですよね。わたしもしんどいし、もっとしんどいのはトランスクリプトの作業をした人です。「せっかくやったのに、自分はなんのため?」って、きっと思われます。そんなふうにならないためにも、文章はいじらない。
なんてことを考えながら、K原さんの講演を読み聞きしてました。
あらためて読み聞きして、「おもしろい!」と思いました。
K原さんは徳島の方です。徳島のとりくみは、それはそれは暑苦しい(笑)。まぁそれだけ分厚い実践があるということです。京都「府」とは比べものになりません。そんな中でK原さんは子ども時代を過ごしてこられたわけです。そして「イヤや!」とそこから逃げてきた。
たいていの場合、「逃げ」は「自分の弱さ」と結びつけて考えられがちです。でもK原さんは違います。「教員のとりくみの問題だ」とバッサリ切られます。まぁそれができるのは、K原さん自身が教員ということもあるだろうけど、もうひとつは生徒時代に感じた「分厚い実践の背後にあるもの」≒「形骸化したとりくみやそこにあるホンネ」を、教員になって再確認したということなんでしょうね。そしてもうひとつは、にもかかわらずある差別の現実を目のあたりにされたとかな。
そこで、K原さんは、そういう現実を引き受ける。具体的には「差別の現実」と「「自分が逃げさせられてきた実践」をやる立場になった」というふたつを引き受ける。ここでおもしろいのは、K原さんが、やはり「教員である」ことにこだわり抜いていることなんじゃないかな。つまり解放運動に「逃げ」ない。解放運動の立場で教員を断罪するのではなく、教員として自己矛盾を引き受け、それを止揚した結果、「目の前の子にかかわる」という原点にもどる。それは、ある種、自分が「逃げ」てきたところに教員としてもどることです。ここでもしも子どもが「逃げ」たら、自分もまた自分を逃げへと追いやった教員と同じになってしまいます。
そして、子どもたちと出会いつながる。
これ、もちろん、孤独な闘いです。なので、はじめは「尖ったナイフ(K原さん談)」です。そんなK原さんが、ナイフにシースをかぶせてもええかと思わせたのがる、K野さんとの出会いだったみたいです(笑)。やれやれ。
でも、K原さんは、たぶん今も孤独な闘いをしてるな。そこにはあきらめというか、絶望というか、そんなのもあるんだろうな。だからこそ、「クズ仲間」として、わたしともつながっていてくれているのかな。
まさに「希望は、絶望をわかちあうこと」ですね。
ぼくの話ごときで、これだけ考えてもらって感激してます。
今思えば、孤独な自分をかき消すために部活に走ってたように思います。今は部活がないから、孤独感がハンパないです…
あと、実はK野さんの話をしてたときに、涙が出てきたことを思い出しました。
改めて、このような機会を与えてくださってありがとうございましたm(__)m
これ、K野さんが読んだら泣くな(^^)