「トランスジェンダーの歴史」

なにが悲しくて、火曜日に引き続き今日も大阪なんだろと思うのですが、引き受けたものは仕方ないです。てことで、SEE主催のセミナー「トランスジェンダーの歴史」のコメンテーターをしに、今日も大阪まで来てしまいました。まぁ、コメンテーターさせてくれるのはHがしさんのエールなんでしょうね。ありがたいです。
なので、さっさと仕事を終えて、早めに行って会場準備をしようと思ったら、JRが架線の確認をしたとかで快速が「ウヤ」とかで、結局準備には間に合わず。
会場に到着して、いろいろな人とごあいさつ。ほどなくセミナーがはじまりました。

今回のセミナーはヴィクトリア大学のAaron Devorさんによる「The chair in transgender studies/transgender archives」です。当然のことながら英語です。なので、通訳は東優子さん。でも、とてもわかりやすかったです。まぁ、理論的な話というよりも、Aaronがやってる活動紹介でしたからね。内容的にはそんなにむずかしくはなかったです。あと、ゆっくり話してくれるのも助かりました。
それにしても、ヴィクトリア大学のすごさというか、Aaronのすごさを認める大学の度量というか、そんなことを思いました。
やってることはふたつです。
ひとつはconferenceを開いているということ。なんでも、あいさつは学長クラス・理事長クラスがしにくるとか。参加者はactivistやresearcherやartistなど幅広くて、まあ大学関係者(含む学生・職員)とそれ以外の人が半々くらいとのことです。で、講演やってるのはほとんどが当事者みたいです。今年はアメリカ初の黒人のトランス女性の市会議員も講演したとか。あと、おもしろいのはartがあること。人がすごく集まるみたいです。2018年には映画監督を呼んで上映会したらしいです。さらに、今年のconferenceではyouthとelderのpanelがあったんですって。あと、奨学金とか賞とか出してるみたいです。
もうひとつはtransgender archivesです。資料の一端を紹介されてたけど、すごいです。日本のものもあって、『FTM日本』はありがちだけど『QUEEN』もありました。あと、大切なのは、本じゃなくてニュースレターとかチラシとか書簡なんかもあるんですね。そんなのが膨大な量所蔵されてて、しかもいつでも誰でも行けば無料で閲覧できます。キーとなる資料は電子化されていてネットからもアクセス可能です。

で、後半の最初にコメンテーターの仕事をしました。
まずは、前半部分について。
そういや、わたし、awardとったなと。でも、賞金は出なかったなと。次の年からは出るようになったみたいだけどね。あと、映画にも出たなと。それから、2017年には「トランスジェンダーの過去・現在・未来」みたいなシンポにも出たし、2016年にはstnでも同じようなシンポしたなと。なんか、ひとりconference状態だなみたいな話(笑)。
で、後半について。
まずは、自分がトランスであることを知った1997年に、はじめてアクセスしたセクシュアリティについての情報は「キリストの風」というニュースレターだったということを思い出しました。なかでも「かじよしみ」という人がアメリカの事情を連載してたんだけど、すごく新鮮でした。たぶん、本と違って、その時の空気がリアルに伝わってくるんですね。だからこそ、archivesなんですね。そんな中で、例えばarchivesの中にはTudaだったかな、有名なヌードモデルさんがおられて、その方の写真もあるらしいんですが、トランスでヌードだと、意味あいは違うけど、藤村美沙さんのセルフヌードを思い出すんですよね。特例法前夜、完全施工のセルフヌードを公開して戸籍変更を要求した人がいたということを、たぶん知ってる人は、もうほとんどいないんじゃないかと思います。そういう歴史や人が「なかったこと」にされていくことに悲しさと怒りを感じるんですよね。
あと、これもarchivesにあったんだけど、1920年頃の新聞記事がたくさんあって、それは異性装して逮捕された記事です。でも、当時のトランスの人たち、そういう記事を読んで「ひとりじゃなかったんだ」って思ったって言っておられました。そして、トランスジェンダーの人たちは、その記事を切り抜いて保管してた、それがarchivesになっている。この話を聞いた時、泣きそうになりました。でも考えてみたら、わたしもいずみちゃんの記事を見て「自分にもできるかも」って思ったしね。
で、振り返って日本を見ると、こういうarchivesをつくっているのは三橋さんだけなんですよね。かたや大学がやり、かたや個人なんです。
で、わたしなりに考えた日本の課題は、ふたつの分断があるということでした。
ひとつの分断はelderとyouthの分断です。つまりarchivesの重要性を知らないということですね。歴史に学ばないということ。そしてもうひとつがactivistとresearcherの分断です。これもまた歴史や理論から学ばないということ。たぶん、このふたつの分断をどうしていくのかが問われてるということを、Aaronの話を聞いて感じたという、ま、そんなまとめをしました。
ちなみに、そのあとの質問で大河りりぃちゃんが「日本ではarchivesは三橋さんひとりがやり、conferenceはいつきさんひとりがやってる」とかいうネタをぶっこんでくれました。
ま、その後、質疑応答もおもしろかったけど、まぁそんなこんな。

で、当然のことながらの打ち上げに行くわけですが、すでに9時半をまわってます。大阪駅近辺はラストオーダーが10時で閉店が11時。したがって、入店は9時半までらしくどこにも入れません。しかたないので、北新地の庶民的なお店に行って、ビール→ワインといったところでタイムアップ。
Sーちゃんとふたりで新快速で帰りました。まぁ、ひとりじゃないから安心ですわ(笑)。

入り口にたどりついたかな?

今日は前のおべんきょ場所の共同おべんきょです。今日もいつもの時間のいつもの部屋にいつものメンバーが集まります。ま、他のメンバーが忙しすぎて、「いつもの時間」はセンセとわたしだけでしたがね^^;。
テーマは、先月スジがむずかしかった話です。さてさてどうなるか。
このメンバーで扱ってることは、とても簡単な内容です。だって、日常の学校教育にかかわることですからね。日常を掘り起こし、分析して理論化すればすむだけのことです。問題は、掘り起こすスジなんですよね。前回は、そのスジがむずかしかったんです。
センセのこだわりはよくわかります。前も書いたように「従来の授業観をくつがえす」です。いや、もう少し広いな。「従来の教育観」というか「従来の学校観」というか、そういうものに疑問を投げかけくつがえすことですね。でもそれは新しいことにとりくむんじゃなくて、これまで「ダメ」と言われたり「無視」されたり「ないこと」にされてきたことを、再評価したり光をあてたりする作業なんです。だから、わたしにとっては専門外ではあるけど(笑)、とても魅力的な内容なんです。
ちなみに、今回の内容も、わたしにとってはこの日解けた疑問を追求しているし、そもそもわたしが教員やってる意味である人権教育、とりわけ学力進路保障とも大きくかかわる内容なので、メッチャ興味があります。
なので、しばしセンセとふたりでブレーンストーミング。なんとなくなにがしたいのかぼんやり輪郭が出てきました。そうこうするうちに、他のメンバーも来られて、みんなで論議と言いたいところですが、一番弟子さんが首をひねっておられます。一方、わたしにとっては馴染み深い世界と直結しているのでイメージしやすくなってきました。なんか、いろいろインスピレーションがわいてきます。
そんなこんなで、従来尊重されてきた概念と「ないこと」にされてきた概念をどう図示するかなんてことをしながら、なんとか入り口にたどり着いた感が出てきました。
にしても、こんなことしてるヒマあるのかなぁ(;_;)。

「男ですか?女ですか?」

今日は出張のない出張日です。でも、出張に行きましょう。ということで、「地域との連携」をしに行きました。今回は、はじめて「副担当」にも来てもらいました。なにせ、この間ずっと副担当がわたしと同年代で「若手をつけろ」と言ってたんですよね。でないと「同和教育の継承」なんてできないです。
教員の仕事って「徒弟制度」的なところがけっこうあると思います。もちろん、そうじゃないところもあるんだけど、「そうじゃないところ」だけではないということです。「地域との連携」みたいな話は、徒弟制度なんです。だから、「地域との連携は大切です」なんて話を研修で聞くんじゃなくて、一緒に行って、どんな空気感でどんな話をしてるのかを実際に見ないとわからないんです。だから「若手をつけろ」「若手と一緒に仕事をさせろ」と言ってきたんです。もちろん、その若手が後を継ぐなんて考えてません。でも、若手がそれを知ったうえで取捨選択する、その選択肢を与えろとずっと言ってきたんです。
で、今回は、やっとつけてくれた「若手の副担当」と一緒に行ってきました。ちなみに、「地域」の人はほとんど知りあいです。中には教え子もいっぱいいます。それだけじゃなくて、地域の人たちは子どもたちのことをよく見てよく知ってます。そんな地域の人たちの姿を見て、いろいろ考えてくれたみたいです。よかった、よかった。

で、夜は恒例の会議です。その会議の中で、小学校教員が、子どもから
「先生、男ですか?女ですか?」
と聞かれたというエピソードが出てきました。それを聞いた会議参加者のT田さん
「子どもたちはそんなことを聞くんですか?」
と、えらい剣幕です。
「なぜ聞くんですか?」
と。なので
「そりゃ聞きますよ。子どもだからこそ聞くんです」
と答えました。
当然のことながら、終わったあとの飲み会でもその話です。
たぶん子どもたちは子どもたちだからこそ聞くんです。年齢が低くなればなるほど聞くんです。そしてそれは、決して「率直」とか「素直」とか「遠慮がない」とか、そういう話とは違うのです。
子どもたちは、自分がどのジェンダーに属するのかを確認したいんです。なぜなら、「幼児教育段階ではカテゴライズによる性別分離の基礎が築かれ、小学校では幼児教育段階での性別カテゴリーを引き継ぎつつも、男女均質化の原則が強く支配する」からです。
子どもたちは自分がどの性別カテゴリーに属するかを幼児教育段階で教わります。その性別カテゴリーは、単独で存在しているのではなく、「もうひとつの性別カテゴリーとの「差」」として存在しています。だからこそ、「らしさ」が強く提示されるわけです。ちなみに、これは別に保育園や幼稚園がやってるだけじゃなく、社会が総掛かりでやっています。
そうして「自分がどの性別カテゴリーに属するか」を知った子どもたちは、「その性別カテゴリーに属する人はどんな人か」ということを学びはじめます。そのことによって、自分が属する性別カテゴリーのロールモデルの選択肢を増やしていくわけです。
たいていの場合、まわりの大人がどの性別カテゴリーに属するかはわかります。一番わかりやすいのは親です(ごく一部の親を除く(笑))。教員もわかりやすい(ごく一部の教員を除く(笑))。でも、どちらの性別カテゴリーに属するかがわかるらない人には聞かなきゃならない。なぜなら「自分と同じかそうでないか」を確認して、ロールモデルとなるかならないかを決めなきゃならないからです。
だから子どもたちは聞くんです。
「先生、男ですか?女ですか?」
ついでに言うなら、そう聞かなきゃならない人は、どちらの性別カテゴリーの人からもロールモデルとはならない人になります。そこで「おかま」という言葉で排除されることになります(笑)。

ここで何が言いたいか。
それは、子どもの行動だけをとらえて、それを禁止することで解決できるかということなんです。あるいは、「学校で性別を教えるから」というひとことで解決できるかということです。
実はT田さんはズバリと言われます。そのT田さんが言われることを、わたしなりに翻訳してひとことで言うなら
「性別二元制を解体せよ」
です。
T田さん、極めてリベラルというかラディカルというか、ムチャクチャです(笑)。でも、たぶんそういうことなんですよね。
ちなみに、「なぜ性別二元性なのか?」という問いをT田さんは発せられるのですが、まぁそれはそういうものとしかいいようがないです。カテゴリーは「AかBか」ではなく「AかAではないものか」でつくられるからです。なので、カテゴリーは他にもあります。「whiteかcolored(not white)か」みたいな。
それにしても、こんな話ができる飲み会は楽しいです。
ちなみに、そのあとはKうさんがいろいろ話してくださっていたみたいですけど、わたしは帰らなきゃ、帰れなくなります。
Kうさん、あとはよろしく(笑)。

『障害のある先生たち』

やっと「読みたい」と思ってた『障害のある先生たち』を読み終えました。なんでこんなに時間がかかったかというと、その前に読んでたのが『知への意志』で、やたら時間がかかったのと、そのあと急遽『18歳のビックバン』を読むことになって、つい後まわしになっていたという。
Kちゅかるさんから感想聞かれてて、それに応えたいなと思ってたし、「第3章とコラムだけでもいいよ」とも言われてて、実はパラパラとはめくってたけど、とてもじゃないけど感想言えるところまでは読めてなかったので「いや、読んでないんです」と答えてはいたのですが、やっと順番がまわってきました。
読みはじめた、最初の印象は「簡単な本だ」でした(笑)。
まぁ、フーコーみたいな訳書に比べて簡単なのはあたりまえなんですが、でも、とてもとっつきやすい。じゃ、あえてレベルを落としてるかというと、そういうわけでもないです。ここ数年おべんきょの関係でペーパーをよく読みますが、まったく手加減してるようには思えない。なぜだろうと思ったけど、きっと「こなれてる」んですね。だからこそ、ややこしいことをややこしいままに、それでもわかりやすく書ける。そこに読者、あるいは「障害のある先生たち」への愛を感じます。
で、中身ですね。ひとことでいうと、「とっ散らかったおもちゃ箱みたい」という印象でした。でもそれは当たり前です。なぜなら、そもそも例えば「視覚障害のある先生たち」を扱っているのではなく「「さまざまな」障害のある先生たち」を扱っているので、それぞれが与えられているdisabilityはまったくちがうということです。さらに、そもそも「障害とはなにか」という根源的な話が最初から出てきます。つまり、あるdisabilityを障害ととらえるのかとらえないのかということです。そしてこの本は、あえてそれを著者たちは定義せずに、相手に委ねる(笑)。となると、identityとしてのdisabilityです。で、なぜこんなことが可能になるのかというと、inparementとして障害を捉えてないからです。まさに「social model」です。まぁだから、文中のHさん(シンポの中のIさんは同一人物(笑))はこの本に「参加」したんだと思います。でもそこには、安心してidentityと言える関係がないと不可能です。つまり、はじめにインタビューイーと著者たちの関係があって、さらにsnowball samplingをすることで広げていった。その人脈がベースにあるということでしょうか。
さらにもうひとつ「とっ散らかったおもちゃ箱」になった原因は「先生(本書のタイトルなので、あえて「先生」とします)」という職業に着目しているところではないかと思います。例えばこれが「日常生活」だったら、こうはならない。第4章にあるように、教員の仕事はひとことでくくれません。「いや、それは他の仕事も同じ」と言われる方もおられるかと思いますが、わたしが言いたいのは「数学の教員」と「美術の教員」では求められる技能や資質が違うということでもあり、小学校教員と高校教員でも求められる技能や資質が違うということでもあり、そもそも免許が違うということでもあり、さらにそこに支援学校も含めると「教員」というくくりはほとんど意味をなさないほど、それぞれに期待される仕事内容が違うということです。それをあえてひとつの「箱」に放り込んだら「とっ散らかる」のは当たり前です。でもそれをあえてひとつの「箱」に放り込んだ。するとそこから浮かび上がってきたのは「教員ってなに?」という問いだったという(笑)。
これは第4章で真正面からとりあげられてますが、読みはじめてすぐ「これ、障害の本でもあるけど、教員について、あるいは教育についての本でもあるんだ」ってわかりました。
さらにもうひとつ。「整理されたおもちゃ箱」ではなく「とっ散らかったおもちゃ箱」なのは、みなさん整理しようとしてない(笑)。いや、整理が苦手な人が著者の中にいるのは知ってますが(爆)、そういうことではない。それは最後にもあるけど、「提言をしようとはしてない」ってことです。でもそれはとても正直でありていねいなことなんですよね。だって、提言なんてできないし、提言した瞬間に、そこにはまらない人をつくってしまうとわかっておられるからです。それを実証したのが第3章になるのかなと思いました。
第3章でとりあげられた3人のインタビューイーは、障害のあることと教員であることの相関関係がまったく違います。つまり、障害のあることをdisabilityと感じることがある人もいれば、障害のあることを自らの「ウリ」としちゃう人もいる。そして、教員という経験を通して「障害」の中からidentityを立ち上げる人もいる。つまり、「障害」と「教員」を掛けあわせたら、わけがわからんことになったということです。第3章では3人しかとりあげておられませんが、実際に話を聞かれたのは16人もおられるわけで、たぶん著者の3人の方々は、もっとわけわからんことになっておられたんだろうなと。それが少しうらやましい。
そんな中で、少し整理されてるのが第6章から第8章になるかと思いました。それは「視覚障害」に特化した話が主流を占めることと、特に第8章の楠さんの話がそれを特徴づける気がしました。そこでの気持ちをあえていうなら、本書の「親しみやすさ」が遠のいた感じもありました。まぁでも、それが「歴史」というものなのかなぁ。そういう意味では、第5章を読むことで、第6章から第8章の背景になることがわかります。
わたしは個人的には「マイノリティだからできることがある」という考えはイヤです。もちろん、そう考えないとやっていけなかったり、そう考えることでできることがあったり、さらには自分のinparementをdisabilityととらえ直すきっかけになったり、まぁさまざまなことはあるだろうとは思います。でも「それって資格じゃん」と思ってしまう。「だったらマジョリティは永遠にできないじゃん」と。さらには「だったら社会は変わらないじゃん」と。そして、それへの「反証」がわたしの実践の原動力です。つまり「マジョリティだってできることがある」です。そういうわたしにとっては、やはり「遠のいた」という感覚がどうしても出てくるんですね。
そうそう、この本を可能にした「チームエスノグラフィ」についての第2章はおもしろかったですね。わたしにとっての「おべんきょ」って、チームでやるものとは思えない。というか、たぶんやりたいんだろうけど、端的に言って「ぎょーせき」をつくらなきゃならない状況で、そうなると「チーム」なんて組めないです。でも、それがチームを組むことで多様になるって、これもまたうらやましいなと思いました。でも、その出会いがニューカマーをめぐる問題意識からでた研究会だったというのが、これまたおもしろいです。そうやって、なぜかわたしのフィールドとどこか重なるんですよね。たぶん、わたしが横断的にものを考えられるようになったのは、多少なりともこういう「世界」と触れあっているからなんだろうな。
そうそう、コラムがおもしろかった!特に、stnセミナー参加記ですね。もちろん、stnは「障害のある教員のグループ」ではないから、例えば全聴教(≠全朝教)とは違うのは当たり前なんですけど、そういえば、stnの人たちは発言する時に自分のセクシュアリティから入りますよね。これは、「当事者なんです」というだけじゃなくて、「どういう当事者であるか」とか「自分の問題意識はどこにあるか」あるいは、「どういう経験をしてきたか」ということのなかのものすごく大雑把なことを、とりあえずバクッと言うためのリソースなんですよね。でも、そこで「ストレートです」という時のとまどいがあるというのが、あらためて「だよねー」と思ったし、それは在日外国人の社会で「日本人です」と言ったり、あるいは部落の中で「部落出身じゃない」と言ってきたわたしの姿と重なるわけで、だからこそ「だよねー」と思ったんですよね。

などと、いろいろ書きながら、ふと気がついたこと。
わたし、基本的にはsocial modelと親和性が高いと思っています。でも、なぜそうなったのかなということに、この本を読むことで気づいた気がします。
わたし、教員としては能力が低いです。それは、数学の教員としても学力が低いし、教員としての、いわゆる指導力があるとも思えません。でも、そういうわたしだからこそsocial modelなんだろうなと思うのです。
例えば、数学の学力をあげたり教員としての指導力をあげるために研修に励む方がおられます。これを、障害の世界に持っていくと、rehabilitationですよね。つまり、個人の学力やスキルを高めることで、自分の中にあるinparementを克服するモデルです。いわゆるindividual modelですね。
それに対して、わたしは基本的には努力が嫌いだし勉強も嫌いなので「しゃーないやん」と思ってる。てか、努力や勉強なんてどこまでやっても限界なんてないし、逆に言うなら「できないこと」「わからないこと」「間違うこと」は当たり前で、そんな時は「ごめん」と言えばいいと思ってるんですよね。自分のabilityの低さを肯定しているというか、開き直っている(笑)。例えば、解けない問題があれば、他のリソースを使えばいい。それは他の人に聞いたり、問題集の解答を見たり、「他の人に教えてもらえ」というかたちで解決すればいいだけの話だと思っています。で、大切なのは、他のリソースをどれくらいたくさん持っているかということなんだと思っています。これを、熊谷晋一郎さんは「自立は依存先を増やすこと」と言っておられるわけです。知らんけど(笑)。
となると、わたしがsocial modelをとっているのは、自分のabilityの低さに原因があって、そういうdisabilityを持つがゆえに「できること」があるとしたら、これはさっき書いたことと矛盾するなと(笑)。

3年目かぁ

今日は大阪で会議です。この会議、3年前から出るようになりました。一昨年初めて参加した時のはこんな感じでした。つまり、日教組の近畿ブロックの女性部長会議ってことです。もちろん丸二年を経過したからと言って何が変わるわけではないのですが、それでも今年はメモくらいはとろうかなと。てことで、いちおうちゃんと会議に参加できました。
会議の中でおもしろかったのは、トランス女性を受け入れる女性部は案外多いということがわかったことです。まぁ、当たり前っちゃ当たり前なのかもしれませんが、それでもやはりおもしろいと思いました。
わたしの感覚では、女性部って、「女性」というだけの集まりではなく、女性ということでこの社会で被るさまざまな不利益に対して、集団として声をあげるためのものだと思っているんですよね。それは、「外部」だけではなく、組合内部においても同じことです。そのような女性に対して、トランス女性である「わたし」はどの立場に立つのかということが、わたしにとっては常に問われ続けていると思っています。だから、「わたしは女性だから入れてくれ」とは、とてもではないけど言えなかった。幸いにして、うちの組合はそんなわたしに対して女性部の人たちが「入り」と入れてくれたし、「女性部長しない?」と声をかけてくれたので、それに応えなきゃなと思って引き受けた結果として、いまのわたしがいるんです。でも、わたしが「問われない存在」になったかというと、それは違うわけで、やはり「問われ続けている」と思っています。そこには矛盾や葛藤や引き裂かれた思いや、さまざまな感情があるんです。
そんな話をしたら「それは女性も同じ」という発言があちこちから出てきました。「女性も矛盾や葛藤や引き裂かれた思いを持って女性部の活動をしてるんだよ」。なるほどなぁ。やはり「葛藤」がキーワードなのかなぁ。ふと「comingout story」の中でKまもとさんが語り、A久○さんやSっさんが「そう」と語ってくれたあのシーンを思い出しました。
そんな中で、ある人が「genderのこととsexualityのことは重なるところもあるけど、本来的には別のもの」と言い切られて、そのとおりだなと。さらに「あるマイノリティにすべての人権を負わせるのはやめよう」と。優しいなぁ(^^)。

会議の後はイタリアンのお店で昼呑みです。パスタおいしい。ピザおいしい。お肉もおいしい。ドルチェもおいしい。お腹いっぱいです。
それでも、兵庫のお友だちと合流して二次会へ。「お腹いっぱい」と言いながらもお酒と泡盛を飲んで、もうふらふらです。
てことで、18時に解散。まぁでもこの時間なら早めに帰れるな…。

いよいよテンパッてきた

今日は午後から某在日外国人教育関係の会議です。
てことで、朝起きて、しばしゴロゴロしながらNASにデータの転送して身体を起こします。その後、なんか、すんごいしんどいけどランニング。走っててわかってきたのが、だいたい5km〜6kmで身体の中のスタミナを使い果たすらしいということです。だから、25分〜35分で走るのがイヤになるんですね。でも今日はなぜか7kmばかり走りました。最後の2kmはしんどかったけど、逆にはじめの4kmは5分半くらいで走れたからよしとしましょう。
なんか、ランニング日記の様相を呈してきたな。

帰ってきたら昼前。なので、朝ごはんは抜きで、いきなり昼ビール。あかんな。

で、会議にgo。
会議そのものはそんなに長引くこともありません。が、個人的にはきつい。てのは、夏にあるその「某在日外国人教育関係」の会場が京都な関係で、いろいろ動かなきゃなりません。「地元には負担をかけない」ということなんだけど、やはりそういうわけにはいかないというか、地元の誰かには負担がかかるわけです。そのことがわかってない。というか、もっと言うなら、ここ1〜2年がわたしの正念場なんだけど、それを削がれるんですよね。
でも、そんなことはなかったかのように会議は進んで終了。うーん(;_;)。
ま、飲むか…。

ついに導入

今週は長かったです。でも、やっと金曜日。とりあえず、淡々と試験カントクしたり、授業をしたり。
家に帰って、やらなきゃならんのは、NASの設定です。とりあえずDS218jはゲットしました。そこに4Tのハードディスクを2枚つっこんで、起動しました。あとはブラウザで設定するだけ。あっという間に使えるようになりました。
NASの導入を決めた理由はふたつです。
とにかくいろんなパソコンを使わなくちゃならなくて、データを一元管理したいというのがひとつ。もうひとつは、そのデータに出先からもアクセスできるようにしたいということでした。
まぁ、なんだかんだで設定も終わったので、とりあえず母艦からデータを転送して、あとはゴチャゴチャやろうと思ったのですが、さすがに1.5T近いデータの転送は時間がかかるみたいです。
ま、のんびりやりますか…。

今日も方便

今日は授業をやってから公用車で出張です。ちなみにうちの公用車は電動アシスト自転車です。春に乗るチャリが気持ちいいです。出張先は近くのホール。新入生のオリエンテーションで人権教育担当として話をしにいったという。でもまぁ、ベースは2年前のものです。話しはじめた瞬間にざわついたのは、まぁお約束です。でも、みんな真剣に聞いてくれたし、話し終えて、そこにいた新入生を捕まえて「わかりやすかった?」と聞くと「うん」と言ってくれたので、よかったよかった。
で、ガッコにもどっておべんと食べて、またまたスタートです。今日は2ヶ月に一度の滝井参り。行く道すがら『18歳のビックバン』を読みました。なるほどー。読んでよかったよ。
てことで、amazonのレビューを書いたりして。

誤解を恐れずにあえて書くなら、この本は小林春彦さんの「青春の書」であると感じました。もちろん、小林さんが直面した困難は、生半可なものではありません。でも、この本を読み進めながら伝わってくるのは、その困難「について」の記述ではなく、その困難に向き合い、折り合いをつけながら生きるために右往左往し、試行錯誤を重ねる小林さんの姿です。そんな小林さんの姿は、「わたし」もまた自分の困難とどう向き合い折り合いをつけてきたのかということと重なります。小林さんのあくまでも「自分」にこだわり一般化しない文体によって、わたしにもまた「自分」にこだわった自分自身の「青春の書」があることを再認識させられる本です。

ほんとはそのあとに

しかし、著者と面識のあるわたしにとって、ハルヒはあくまでも「吐く彦」でしかないことを付記しておく(笑)

と書こうかと思ったけど、やめときました。

それにしても眠いです。診察室に入る直前、待合のイスで寝落ちしかけました。
診察室では、特に何があるわけでもなく、特例法批判をしたり保険適用の疑問点を話しあったりという、ごく日常的な診察の時間が過ぎました。

診察が終わったら、お次は「まんまるの会」です。
4月は恒例の花見です。が、花なんてあるはずもないです。なので、今日も「桜は方便」です。
でも、公園に着いたら、まだ花が3輪くらい残ってました。ここで、またまたジンギスカン。我ながらジンギスカンが好きです。ジンギスカンは野菜が食べられるからいいですね。
てことで、フラフラになるまで呑んで、それでも普段より少し早めに帰れました。

はじまり

なんでも「授業時数の確保」の掛け声のもと、最近は授業がはじまるのが早い!一昨日が始業式・入学式で、昨日から授業がはじまっています。昔ってこんなんだっけ…。ちなみにわたしは昨日は出張日だったので授業はなし。今日から授業です。
でも、1回目の授業はもちろんガイダンス。うちの数学科の評価の方法や、わたしの授業の受け方、さらにはわたしのトリセツにいたるまで、1時間みっちり話をします。今年の2年生、不思議なことにほとんど寝てませんね。一方、3年生の数学Bの授業は受講人数がたった3人。
3人…。
寂しいほどにのんびりしてます。なので、ほとんど日常会話レベルのちいさな声で相談です。
「平常点、いる?」
「課題、いる?」
もしも必要であればつくるけど、子どもによっては不要な子もいます。大人数の授業で数学が苦手な子がいる時は、ほとんどその子の救済のために課題をつくって平常点もつけますが、3人だと平均点を出すことすら意味がありません。ほんとにこちらが要求するスキルとその子のスキルを比較して点数をつけることになるし、そもそも赤点とかついたら、その責任は明らかにわたしにあることになります。
なので
「まぁええやろ?」
ということで、ベクトルの授業開始。こないだIずみちゃんと話してた
「ベクトルってすごいよねー」
からスタートです。さらに
「これから交換法則・結合法則・分配法則をやるけど、それはね」
「演算の定義は、まずそれそのものを定義して、次に「等しいとは何か」を定義するところからはじまるんだよね」
みたいな話をしました。
あー楽しいo(^^)o

午後は部活動紹介。放送部の2年生が「あのクラブ、去年パフォーマンスしたのに、今年はしないんですね」とか話してたから、たぶんおもしろいんだろうな。でも、なんか、毎年小さくなってる気がします。そんな中、鉄板のラグビー部がいいなぁ。毎年やることは同じなんだけど、その鉄板さが好きです。
夕方は新入部員候補を少しいじって、さて帰りましょうか。

なんかバタバタ

今日は、昨日「やる」と約束した雑務からスタートです。B5両面を10枚分、それを400部印刷→丁合です。さてさてどれくらいの時間でできるかな。
悩みどころはB5の両面で印刷するか、B4両面で印刷して半分に切るかです。前者が明らかにきれいだけど、後者が明らかに早くて、かつコストが低い。悩んだ末後者を選択です。ガンガン印刷してガンガン切って、バタバタ丁合機をかけたら1時間半で終了。みんなびっくりしてたけど、集中したらこんなもんでしょう。
その後、なぜか親睦会の幹事長になってしまったので、それ関係の雑務。てか、社会性皆無のわたしにこんなことさせるなよと。てことで、同僚に聞こうかと思ったけど、思わず
「あんたも社会性ないな」
と言ってしまったら、横にいた教員が
「ディスってる」
とか言ってたけど、同僚との合意事項なので、ディスりではないのです。ちなみに、わたしが仕事関係でやったはじめての、そしておそらくは最後の「長」がつく仕事です(笑)。
午後はしばしおべんきょモード。とはいえ、あくまでも復習です。このあとの荷物を減らすためには必須です。
放課後は、またまた幹事長雑務。なんでこんなことやってるんだろうと思うけど、他の人は他の人でいろんな雑務をしてくれてるから、わたしも雑務ですね。
で、恒例のランニング。

京都駅に着いて上の子どもと合流。Jinsでメガネをつくろうと思ったらリニューアルするらしく閉店中。しかたないのでZoffでメガネをつくることになりました。メガネ待ちの時間はHubでビールを一杯ひっかけながら、おべんきょの復習です。
さてと。メガネもできたから、帰りましょうか。