当事者だからつながるわけじゃない

朝、机の上に授業アンケート結果がおいてあります。なんでも「分析しろ」と。なにをどうやって分析しろと。なにをさせたいのかさっぱりわかりません。てか、分析苦手やし(笑)。
てことで、今日は午前は授業にまみれます。とはいえ、3人講座は1時間でほぼ終了。まぁ、二項分布に2時間もいらんわな。
で、午後はとりあえず1月末の講演依頼をしてみたり。ターゲットは「浦野茂さん」。
みんな「発達障害についての講演」とか言ってて、でもそんなのを医者から聞いてもなんにもおもしろくありません。で、社会学からのアプローチをしてる人と思って探してたら、おられたんですよね。ちなみに『概念分析の社会学』にも書いておられるから、これはいくしかないなと。
で、依頼のメールを書いたあとは、少しゲンコをいじるなど。なんかやってたら、とりあえずはできたけど、なんだかなぁ…。てか、1600字ほどオーバーしてるし。まぁ、一晩寝かせたら減るでしょう(笑)。
夜はIっぽ&Kんちゃんと呑み。まずは「へんこつ」に行ったけどいっぱいで入れず。お次は「崇仁新町」に行ったけど「ちょぼ焼き屋さん」が閉まってたので断念。しかたなく「KIMURAYA」でワインを飲んで時間つぶしをすることにしました。
Iっぽくん、12月5日にシンポで話をするので、それにまつわる話をしたかったらしいです。まぁ、本命は「へんこつ」ですけどね。
シンポの中身は「複合差別」というか「ダブルマイノリティ」というか、そんなあたりです。
考えてみると、わたし、ダブルマイノリティの友だち、多いです。なんでなんだろな。たぶんそれは「属性」でつながることを拒否してるからなんじゃないかな。そしてその原体験は、まさに「教員」であるところにあるんだと思うんですよね。
なんか、共通の属性を見つけた時、それが少数であればあるほど「おぉ」ったなって、それだけでつながりを見つけてしまうことってよくあります。でも、もちろんそんなものでできるつながりは細くて脆いものです。じゃ、わたしのつながりは?もちろん「実践」を通してです。「存在」じゃなくて「やってること」です。じゃないと、わたしは誰ともつながれなくなる。逆に実践を通せば誰とでもつながりうる。
たぶんそんな考えが「「〜たち」という言葉」とか「「〜たち」再考」のあたりなんですよね。
で、属性だけだと「その属性」としてのつながりしかできないんだけど、「実践」だとさまざまな属性を持つ人とつながり得る。そしてなにより、ダブルマイノリティの場合、「ある属性」が「もうひとつの属性」を排除してしまうことがよくある。そんな時に「属性ではない」ことこそが、つながりに結びつく。
まぁ、そんなことを考えながら、「KIMURAYA」を出て、再び「へんこつ」へ。今度はあいてましたo(^^)o。
うまいわ。

で、お腹もいっぱいになったところで、なぜか「お福」へ。ここでダメダメになってしまいました。
無事帰れるかなぁ。