朝、Mりなさんからメール。あわてて確認すると。
大島さんが亡くなられた。
そうか。1月にお会いした時に顔が真っ黄色で、そこにいたお医者さんたち絶句してたけど。わたしは「みかんの食い過ぎでしょ」って、とりあえず笑いでごまかしてたけど。やはり、ひどい黄疸だったんだ。でも、来月会えると思ってたから、やはりショックです。
はじめてお会いしたのは、2002年の岡山であったGID研究会。でも、本格的につるむようになったのは、2003年の東京ウィメンズプラザであったGID研究会ですね。その後、一宮のtfnの懇親会では、本来ノンアルなのにお酒を持ち込んでワイワイ飲んだり。そして、なんと言っても神戸のGID研究会以降、ほんとうに親しくおつきあいさせてもらいました。札幌であったGID学会では雪の中を子どものように走りまわっておられました。
K藤さん曰く
「今まで見た最高齢のADHD」
ですね。まぁ、だから駆け抜けて行ったのかな。
特例法のことではもちろん対立する立場にはありました。でも、対立する立場であることを前提に呑める人でもありました。でもなんか、飲み過ぎの責任の一端がわたしにもある気がする。
なんしか、ご冥福をお祈りします。