今日はおとなしく

で、呑み。なんか、生中に氷が3つも入って出てくるという、わけのわからないスタートになりましたが、ちゃんと交換してもらったし、しかも氷を探すためにほとんど飲み尽くしてしまったので、まぁよしとしましょう。
今日はあまりはしゃがずに、みなさんの話をおとなしく聞きながら、おとなしく飲みました。ま、禁酒解禁から3日目ですからね。
でも、久しぶりにA久○さんと呑めたのはよかったな。またサシのみやりましょう。

「当事者性をめぐるあれこれ」

心は大阪ヨドバシカメラ前に向かいたいのですが、今日はとある人権教育の研究会で専門家のみなさんに「よもやま話」をしなくちゃなりません。
「よもやま話」とはいえ、それなりに準備もしなきゃならんので、ここ数日頭のどこかで考え続けていました。でもま、やっとそれから解放されて、次のことに向かえます。最近、頭が「Windows3.1レベル(擬似マルチタスク)」になってるんだよなぁ(;_;)。
で、フタを開けたら、飲み屋でふだん話している仲間+おひとり。うーん、この会やめて三条河原に行かないか?抗議行動やってますよ(笑)。というわけにもいかないので、とりあえず、よもやま話をして、それに基づくディスカッション。
まぁ、結論の出る話でもないし…。というよりも、すでに「えらいセンセ」が結論出してるのかな(笑)。でも、いいです。わたしが自分の身体で考えたことだから。そんなことがあってもいい。
でも、「少し違った観点」の提起がほしかったな…。

闘いはここから闘いは今から

闘いはすでにはじまっていました。それは、たぶん、70年前からはじまっていたんです。で、転換点はいくつもあった。そして、わたしにとっての転換点は、まぎれもなく9年前のこの日です。あの日から敗北を続けてきました。そして、何度となくこの詩を思い出しました。

きょうから ぼくらは泣かない
きのふまでのように もう世界は
うつくしくもなくなったから そうして
針のようなことばをあつめて 悲惨な
出来ごとを生活の中からみつけ
つき刺す
ぼくらの生活があるかぎり 一本の針を
引出しからつかみだすように 心の底から
ひとつの倫理を つまり
役立ちうる武器をつかみだす
しめっぽい貧民街の朽ちかかった軒端を
ひとりであるいは少女と
とおり過ぎるとき ぼくらは
残酷に ぼくらの武器を
かくしている
胸のあひだからは 涙のかわりに
バラ色の私鉄の切符が
くちゃくちゃになってあらわれ
ぼくらはぼくらに または少女に
それを視せて とおくまで
ゆくんだと告げるのである

とおくまでゆくんだ ぼくらの好きな人々よ
嫉みと嫉みとをからみ合はせても
窮迫したぼくらの生活からは 名高い
恋の物語はうまれない
ぼくらはきみによって
きみはぼくらによって ただ
屈辱を組織できるだけだ
それをしなければならぬ
(「吉本隆明詩集」思潮社 1966.0601 第6刷)

でも、昼に「強行採決」というニュースが入ったその瞬間、頭の中に鳴り響いた歌は、ほんとはこっちでした(笑)。

1.がんばろう
  つき上げる空に
  くろがねの男のこぶしがある
  もえあがる女のこぶしがある
  闘いはここから闘いは今から
2.がんばろう
  つき上げる空に
  輪をつなぐ仲間のこぶしがある
  おしよせる仲間のこぶしがある
  闘いはここから闘いは今から
3.がんばろう
  つき上げる空に
  国のうちそとのこぶしがある
  勝ちどきを呼ぶこぶしはひとつ
  闘いはここから闘いは今から

今はあの時みたいに国会前に行く時間はないです。でも、いまここでできること、やらねばならないことをする。たとえ一人であってもやる。いや、逆でした。「ひとりになってやる」。
まずはここから。