今日は校区の小・中の研修会。人権教育がらみで連携をとっている関係で、わたしもオブザーバー参加です。
テーマは、ずばり「学力向上」です。
学力向上のための方策はいろいろあります。というか、逆に言うと、いろいろありすぎて、「これ」というのがないというほうが的確かな。いままでさまざまな研究をする中で、例えば「生活習慣」とか「読み聞かせ体験」とかいった、いわゆる「家庭の教育力」と、どうやら相関関係があるらしいということはわかってきてはいます*1。でも、そこに「学校」がどの程度踏み込めるのか。というか、踏み込んではいるのですが、あまりにも効果が薄い。
てことで、「学校」ができる最も簡単な方法は、授業をどうするかという話になるわけです。ちなみに「簡単な方法」と書きましたが、結局これって「個人への依存」なんですよね。そういう意味では「なんだかなぁ」とは思うのですが、まぁ個人的には興味があるなと。
で、今日講師に呼ばれたのは、愛知教育大学の志水廣さんと、志水さんの薫陶を受けたおふたりの教員。
志水さん、「志水メソッド」なるものをつくっておられて、例えば「○つけ法」とか「(意味づけ)復唱法」とか、そういうのを提唱しておられるとか。で、
「これをやれば、確実に成績があがる」
と力説しておられます。
さらに、
「「志水メソッド」をやって成績があがりました!」
という教員が、具体的な話をされました。
で、感想ね。
言っておられたことって、けっこうみんなやっていることだよなぁと。で、それを意識化するという側面では意味があるなと。あるいは、楽を覚えてやらなくなった人に、ふたたびやらなきゃという思いを持ってもらうためには効果的かなと。
でも、少なくともわたしからすると、なんかすごくうさんくさい。それは、講演全体が「セミナー」なんですよ。
尊 師「◯◯をすれば幸せになる!」
伝道者「わたしも◯◯をやって幸せになった!」
尊 師「さぁ、◯◯をやろう!はい、繰り返して!」
参加者「◯◯をやろう!」
みたいな雰囲気なんですね。
いや、別に本の宣伝はあるにしろ、宗教ではないし、あくまでも授業力アップのための講演なんですけど、全体を通じてそういう空気が流れている。それが、少なくともわたしからすると、すごくイヤ。
まぁ、こういうわたしみたいなあまのじゃくは授業力はアップしないんだろうな。
*1:これ、「相関関係」程度しかわかっていなくて「◯◯をすれば××になる」という単純なことは言えないんですよね。あたりまえなんだけど…