せっかく思いついたことなので、短いけど、とりあえず別エントリで。
「どんな感じで取りあげたらいいんですかねぇ」
という、あまりにもおもしろい質問が来たので
「そうですねぇ。あの人とかこの人とかあの場所と過去の場所とか」
と思いつくままに話をすると、それはそれでけっこうウケたかも。で、
「いつきさんにとって、韓国併合100年とは?」
という質問が来たので、思わず
「100年たって併合が完成したということじゃないですか」
と、またまた暴言。
いや、「併合」が、仮に朝鮮人の同化政策・皇民化政策にその主たる目的があったとしたら、朝鮮「半島」については「失敗」したけど、「在日」については見事に成功しちゃったんじゃないかなぁと、最近の交流会の子どもたちを見てつくづく思うわけです。
その出発点は、父母両系主義になった1985年の国籍法の改正かなぁと思うわけです。ダブルの子どもたちは、片方が日本国籍だったら、強制的に日本国籍を付与されてしまうことになった。そのことによって、一気にその存在が潜在化しちゃったんですよね。まったく把握できないし、本人も意識せずに、自動的に「隠している状態」になってしまう。逆に顕在化させるためには「意識的」である必要がある。
結局、「在日」という存在は「同化」という手段で取り込まれちゃって、「社会」そのものは何も変わっていないんじゃないかなぁと思うわけです。
まぁ、思いつきではあるんですけどね…。