なぜかY野の人々と

今日は夕方から某所でお座敷。ま、それはいいとして…。
当然そのあとは「交流会」があるわけでして。今日のメインはY野の人たちだった気がします。
最近、若者が集まっているムラって、あまり多くない気がします。その点Y野のムラは、若者がきちんと集まり活動をしていて、一緒にいるだけでなんだか元気が出てきます。
なにを話したかはいつもの通りあんまり覚えていないんですけど、ちょっとディープな話からしょーもない話まで、なかなか楽しい時間が過ごせました。今回の仕掛け人のN村さんが「正体」をあらわしきれなかったのがちょっと残念でしたが(笑)。

1次会が終わってから、ホテルに帰って部屋呑み。このあたりになると、なにがなんやらわかりません。まぁそんなものですな。

共通項

そう言えば、2学期の人権学習のお二人の講師さん、けっこう似たようなメッセージを送っておられた気がします。
まずは中倉さん
「もしもあなたが困った時、すべての用事を放り出してきてくれる仲間はいますか?」
続いて具志さん
「100人のたいしたことない友だちと、1人のほんとうの友だちのどちらをとりますか?」
もしかしたら1学期の講師の谷川さんも同じようなことを言っておられた気がします。もしかしたら、現在の人権学習の講師さんの共通項かもしれません。
いや、「仲間づくり」は、昔から人権教育の大切なテーマでした。でも、それが前面に出ることは案外少なかったような気がします。というよりも、講師さんがそういうことを言うことって少なかったという感じかな。
もしかしたら、それが前面に出てきたということは、今、そのことが喫緊の課題となっているのかもしれないなぁなどと、ふと思いました。

んなことやってるから…

明日が〆切の某原稿の校正。27ページを12ページに減らせという指令が来ています。んなことできんのか?しかも〆切があした?無理でしょう。
まぁ、ここまで放っておいたわたしが悪いんですが、先月終わりから今月はじめにかけての日程がそもそも無理なわけで。さぁどうするか…。

決戦の翌朝

実はわたしの東九条マダンは、昨日の段階ではまだ終わっていません。ちなみに、実行委員の皆さんもそれは同様です。まぁ最後の片づけがあるわけです。
てことで、朝少し休みをもらって、焼き肉用のドラム缶洗いと網洗い。これがすんで、ほぼ終了です。あとは借りたものを返すだけ。これは夕方にするとしましょう。
さて、出勤だ。

で、私的な打ちあげ

東九条マダンは、その夜にオフィシャルな打ちあげがあるのですが、さすがに家に帰ってふたたび電車に乗って行くのはしんどいです。でも、今日一日を一緒に肉を焼いた世話人仲間と振り返りたい気持ちがあるわけで。ということで、近場で打ちあげをすることにしました。
またーりとした感じでフワフワ呑んでいるうちに、うちの学校の卒業生O部さんも参加してきたりして、いい感じの「クールダウン」ができたかな。
さぁ、あしたからまた日常がはじまる…。

で、東九条マダン

朝、やっぱり6時に起床。コーヒーを淹れて、さて出かけましょう。
途中世話人の方をピックアップして、南へ南へ。と、途中でえらいことに気づきました。
「肉、忘れた」
いったいなにを売るつもりだったんだろう。あわてて家にもどります。25kgの肉を積み込んで、ふたたびスタート。
会場に着いたら、すでに卒業生が来ています。ここからはひたすらお店のセッティング。炭をいこしたりご飯を仕掛けたり。とりあえず屋根をつけたあたりで現役高校生が登場。よかった。看板を書いてもらいます。そうこうするうちに、日本海近くの高校からさらにもうひとり高校生が登場。うれしいなぁ。
で、開会宣言。さぁ、売るぞ!
売れない…。
となりの店は売れているのに、向こうの店も売れているのに。うちらの肉はまったく売れません。肉は軟らかいし、タレもけっこういけるのに、売れません。しかたないので、冷めた肉は「内部消費用」になります。
と、11時ぐらいから、徐々に売れはじめました。今年は「オン・ザ・ライス」も可能にしたのがヒットしたみたいです。来年へ向けてφ(..)。
昼ぐらいにはえらい勢いで売れはじめました。肉を焼くのがおっつかないわ、ご飯が炊けるのがおっつかないわ。これは来年へ向けての課題ですね。φ(..)。
今年は人数が少ないので、わたしもえらい勢いで仕事をしてしまいました。それどころか、今年も参加されたK良町の前町長がひたすら肉を焼き続ける始末。どうなってるんだろう。
一度売れ行きはとまったのですが、それでも最後に盛り返して、最終的には肉は完売!いやぁよかったよかった。

決戦前夜

いよいよあしたは東九条マダンです。
準備のためにちょっと早めに職場を出させてもらって、いろいろ最後の買い出しをしたり荷物を積み込んだり。チェックシートにチェックマークが増えていきます。
さて、あしたはどれくらい生徒が来てくれるだろう。肉があまったらどうしよう。まぁいろんな不安が心をよぎる決戦前夜です。

伝え方

最近、日本語がまだ堪能でない中国人に、わけあって数学の勉強を教えるというほどのものでもないけど、数学の相手をしています。
で、確率の勉強をしていた時のこと。
いろいろ説明をしながら
「あ、自分が伝えやすい方法で伝えているんだなぁ」
と、ふと思いました。
どういうことかというと、それは必ずしも「相手に伝わりやすい方法」ではないということなんです。
今、わたしが職場で相手にしている子ども達は、とりあえず日本語をある程度理解してくれます。まぁ、「ある程度」っていうのが悲しい現状なんですけどね*1。なので、内容が伝わっていなくても、言葉そのものはわかった気持ちになれるので、あまり「わからない」という表情をしません。ところが、日本語が通じない人を相手にしていると、わからない時、きちんと反応をしてくれるので、「あ、わかっていないな」ということが伝わってきます。で、
Aという方法→わかっていない
Bという方法→わかっていない
Cという方法→わかったみたい
となった時、自分が選んだA→B→Cという「伝える方法の順番」は、きっと「相手に伝わりやすい順番」じゃなくて、「わたしがやりやすい順番」なんだろうなぁというふうに思ったわけです。
まぁ、はじめから相手にとって最適の方法なんて選択できるわけないので、それでいいっちゃぁいいんですけど、相手が「わからない」と感じた時に、「次の方法」をやっぱり準備しておかなくちゃならないし、それが相手にとって伝わりやすいかどうかを常に考えてないといけないよなぁと痛感しました。

*1:とは言え、大学時代のわたしに対して、10年年上の人たちは同じ感覚を持っていただろうなぁ(笑)