人を変えるもの

今日、はじめて「携帯指導」なるものをすることになってしまいました。一度前に注意した子なんだけどなぁ。その時に言ったのは
「人は外圧では変わらない。人が変わるのは内圧なんだ」
ということでした。
基本的に、いくら罰則規定をつくっていっても、その罰則ゆえに数は減るかもしれないけど、根本的な改善はないというのが、わたしの基本的な考えです。もちろん、当面の抑止力として「厳罰化」が必要な場合があることは肯定しながらも、根本的には内側から
「やらない」
と心に刻むところから、行動の変化が出てくるんだと思います。
問題は、その「内圧」をどうやって生み出すようにしていくのかなんですよね。これが難しい。「内圧」を高めるような直接的な働きかけは、基本的には「外圧」なわけで、そういう「外圧」では「内圧」は高まらないと、これまた考えるわけです。そうすると、直接的ではない働きかけを繰り返しながら、本人自身の気づきと力で「内圧」を高めていくという、とても長いスパンのとりくみにならざるを得ません。
でもまぁ、それでお金をかせぐのが「教員」という仕事なんだろうなぁと思うと、のんびりとしかないかなぁと思うわけで…。

なんてことを考えてると、きっと時流から取り残されるんでしょうねぇ。

さらにその後の顛末

夕方から骨折の最終チェック。レントゲンを見てお医者さん曰く。
「きれいに治ってますね。この方向だと、まだ少し影がありますが、まぁ大丈夫でしょう」
てことで、一応完治。
あしたから「ぞうり」じゃなくて「サンダル」がはけるな(笑)。

子守り

パートナーは今日も研修だとか。てことで、わたしは子守りです。
帰りにスーパーによって、安そうな食材を選びます。今日は…。胸肉やな(笑)。こいつを電子レンジで酒蒸しにしたら、棒々鶏みたいなのができます。
あとは、キュウリの千切りと、ついでだからタマネギもスライスしてやればいいかな。そうそう、副菜としてひじきと切り干しを炊いてと。
完璧や(笑)。

歴史は重層的なもの

この間バスに乗っていたら、あとから乗ってきたおじさんが大声で
「今度の選挙は◯主党には入れん。民◯党には裏切られた」
とほえていました。
まぁ、おじさんがどこに入れようと別にかまわないんだけど…。にしても、えらい判断が早いなぁと思ってしまうのです。
わたしは歴史は専門外ですが、それでも部落史の勉強をした時、
「歴史は重層的である」
と習いました。
つまり、前のものを引きずりながら、少しずつ変化をしていくということですね。
◯主党政権になってからまだ9ヶ月でしたっけ。おそらくは明治以降の長い歴史の中でつくってきた政治・官僚・財界などの関係が破綻した中で、これを立て直すのは、こんな短期間では無理。しかも、鬼のような借金と不況と福祉の切り捨てをしたあとを引き継いでのことなんで、そこからの脱却には、それ相応の時間とリスクがあることは予想できるわけで。
もしも選挙が「うまくしてくれる誰か」を選ぶものであれば、
「裏切られた」
はあるかもしれないけど、おそらく政治っていうのはそういうものではない。
あのおじさん、次はどこに入れて、またまた
「裏切られた」
と愚痴をこぼすんだろう。

で、打ちあわせ

東京の友だちペアと一緒に京都駅へ移動。再会を約束して、わたしは大阪へ。
今日は夏にある「お座敷」の打ちあわせだとか。実は
「なんで打ちあわせなんか必要なんだろう」
と思っていたのですが、待ちあわせ場所に登場した人たちを見て納得です。わたしを入れて、全部で8人もいます。結局、夕方からちょっとおいしいものを食べながら呑もうという算段なわけですね。
納得したところで、ビール→ワインとすすみます。
隣に座られた方と話が盛りあがります。なんでも、前にわたしの話を聞かれたらしくて、その話の一部が「ストン」と落ちてきたとか。とてもうれしかったです。
いつも思ってることなんですが、聞いて下さった方が元気になってもらえる話をしたいと思っているんですよね。で、「元気になった」という人と出会えると、わたしもまた元気をもらえます。そんな関係をつくりたいな。
とか思っていましたが、なにしろここは大阪。9時になったところでお開きです。
昨日も今日も昼から呑んでいるし、かなり身体が疲れています。さて、家までたどりつけるだろうか。

で、ランチ

今日は東京のお友だちがおつれあいを連れてくるとか。登場した人、なかなかカッコイイ感じです。いいなぁ(笑)。
で、今日のランチはもちろん「おたふく」です。やがて、東京の友だちで大阪在住のカップルがやってきます。で、阿◯Zさんも登場(笑)。6人で昼下がりのアルコールを楽しみます。
にしても、午後のアルコールはよくまわります。なんか、4時頃にはダウン。

はしご

2時間ほど時間があるので、京都駅から四条までブラブラと歩きます。
京都の裏道って、ほんとうにおもしろいです。「えっ」と思うところに予想もしない店があったりして、まったく飽きが来ないですね。
で、四条だの寺町だの新京極だのを久しぶりにぶらついて、待ちあわせ場所へ。登場したのはおなじみA久◯さんです。
「どこに行こう」
「え〜と、おっさんの行く店か、おっさんの行く店か、おっさんの行く店か、どれがいい?」
「全部おっさんの店じゃない(笑)」
てな会話をしながら、錦にある居酒屋へ。ここでしばし話をしながらのんびりと呑みます。いちおう今日合流してくるはずのE井さんからのメールを待ったのですが、どうやら仕事がテンパっておられるみたいですね。大丈夫だろうか…。なんとか連絡がとれて、「今日は無理」ということが確定。
「じゃぁ店を変えましょう」
ということで、新京極にある店に行くことにしました。ここでもダラダラと話。でも、ダラダラとした話をしながらダラダラと飲むのって、ほんとうに久しぶりです。
お互いけっこう疲れていたので、今日は3合で終了。珍しいわ。

あわただしいランチ

今日は東京から友だちが仕事でこちらに来るということで、
「ランチでも一緒にいかが?」
と誘ってみました。
てことで、午前の会議が終わったところで、大急ぎで京都駅へ。待ちあわせ場所に行くと、いましたいました。
とりあえず、京都タワーの東側にある「惣平」へ。って、ランチって感じじゃないですよね(笑)。
友だちは午後の仕事まで40分ほどしか時間がないのに、それでもビールを軽く呑んでしまいます。まぁしゃーないですよね。
わずかな時間だったけど、この間のモヤモヤみたいなものをお互いに話したりして、なかなか有意義な時間が過ごせました。で、明日のランチの約束をして、とりあえずお別れ。

スピーチの極意…か?

まぁこの寂れたところ、誰も読んでないでしょうけど、いまから書くは、単に「ふと思った」一般論です。

ある会議で発言がぜんぜんなかったので
「じゃぁ近況報告を1分間で」
とふってみたことがあります*1
発言はないのですが、みなさん言いたいことがいっぱいあるんですよね。だから、話しはじめると長い。
まぁそれはそれでいいんです。いいんですけどね…。
例えば、10人いたとして、30分しか時間がないとする。となると、ひとりあたり2分程度で話をしないと、たぶん30分をオーバーします。で、2分で終わろうと思うと、1分で終わるつもりで話をしないとできないと思っています。
「1分間」って、メチャクチャ短いです。そのこと、たぶん頭では誰もがわかっているんでしょうけど、なかなか実感できないんじゃないかなぁと思います。
1分間で話をするというのは、結局は次のような感じなんですよね。
言いたいことが5つあったら、そのうちの1つをセレクトしなくちゃなりません。で、ひとつをセレクトするということは、同時に「残り4つを切る」ということなんですよね。で、たぶん正しいのは「後者」の考え方だと思います。でも、つい「思い」が残ってしまうので話したくなる。その思いを断ち切るところから、まずははじまると思います。
さて、4つを切り捨ててひとつだけ残った。でも、そこに起承転結とオチ*2をつけるとなると、ものすごく内容をそぎおとさないと無理です。枝葉末節を切り捨てて、それでも絶対に必要な枝を残すという作業は、ほとんど植木職人の世界だと思います。
でも、そうやってつくられた「1分間のスピーチ」には、たぶん「余韻」があるんじゃないかと思います。
大切なのは、「話すこと」ではなく「聞いてもらうこと」=「伝わること」。そして、それは「考えてもらうこと」につながるんじゃないかと思います。その考える余地が「余韻」だと思います。

とはいえ、わかっていてもむずかしいんですけどねぇ。

*1:と、過去形にしてみる

*2:これは必ず必要(笑)

みんな忙しいんやなぁ

夜は大阪府内のT市に行って教職員対象のお座敷です。
みなさん、すごく疲れておられる様子。やっぱり義務制はたいへんやなぁ。でも、そんな中、にっこりと笑いながら聞いてくださる方もおられて、すごく勇気づけられました。そうそう、すごくまじめな顔で話を聞いておられる若い方がおられて、かなりビビリました。そんなまじめな顔で聞く話かなぁ(笑)。

終わってから話をしに来られた方がいて、
「お疲れのところ、長い話を聞かせてしまってすみません」
と謝ると、
「すみません、寝不足なんです」
とのこと。
「お仕事、たいへんですよね」
と言うと
「いえ、サッカー(笑)」
とのことでした。安心しました。

今日はお座敷の後の交流会はなし。さっくりと家に帰りました。