久しぶりに見た、あの眼(まなこ)

夜は徳島の仲間たちと呑みです。ちょっと突然だったけど、M口健司さんに電話。「いま、徳島にいます。今晩呑みです」。M口さん、「じゃ、行きます」即答です(笑)。で、「本は持ってこないでくださいね」とクギを刺しておきました(笑)。
三々五々集まって呑みはじめたのですが、徳島っていいなあ。おいしいものが安い!もう、机の上に乗りきらないくらいに食べ物が出てきます。おいしいなぁと思いながら呑んでいると、M口さん到着。はじめはちょっと控えめだったんですが、徐々に出てきます。あの「暑い」しゃべり。なにがいいっていうと、「過去の子ども」の話じゃないんです。「今の子ども」を語り続ける。暑苦しいのは相変わらずだけど、考えようによってはサウナみたいな暑さなんですね。
そうやって話を聞きながらM口さんの顔を見ると、あのぎょろりとした「目」が帰ってきていました。
数年前にお会いした時は、なんとも言えない疲れた背中で、目にも力が入っていませんでした*1。一体この人はどうなるんだろうとちょっと心配していたのですが、この夏お会いした時にはかなり元気になっておられました。そして今回、あのぎょろりとした大きな目が、でも澄んでいるんですよね。「完全復活!」という感じでした。
話をしながら、「また本送るから。中に振込用紙を入れておくから」とのこと(笑)。完全な「押し売り」です。まぁでも、今日持ってこられなかっただけでも「よし」としましょうか。本が送られてくるの、楽しみにしていますよ。
てな感じでワイワイ呑んでいたのですが、あしたもあるということで、9時過ぎにお開き。いい感じですねぇ。

*1:わたしは勝手に「哀愁のプーさん」と呼んでいましたが^^;;

徳島2連投

今日は、(たぶん)ムラ中の子ども会の保護者の方が対象の学習会で、徳島に来ました。
ちょっと早めに到着したので、「奥屋」という徳島ラーメンのお店へ。
徳島ラーメンって、かなり真っ黒のスープに、これまたかなり濃く味つけした豚バラ肉が入っているみたいです。「濃そうやなぁ」と思って食べたら、やっぱり濃い。かなり醤油辛いのですが、そこにほんのり甘味があります。豚バラ肉はいい感じで煮込まれていて、かなりおいしい!「辛〜」と思いながら食べているうちに、だんだんとスープの味に同化していきます。もしかしたら、このスープ、白ごはんを入れて食べたらムチャクチャうまいんちゃうん?という気がしてきました。食べ終わって担当の方としばらくしゃべっていたのですが、ふと気になってついスープを飲んでしまいます。う〜ん…。
その後、会場の児童館へ。早めについたので、あたりを散歩。ここのムラは、けっこう裕福だと聞いているのですが、「突然自然堤防状態」とか「高低差のある町並み」とか、なんとも言えない「印」があたりに充満しています。ムラの成り立ちや生業がわからないのでなんとも言えないのですが、それでもここの人たちが厳しい中で生活をしてきておられることがなんとなく伝わってきます。
で、お座敷開始。
聞いてくださったのは10人ちょっとなんですが、これがまたいい距離感です。単に「話す−聞く」という関係じゃなくて、ところどころでツッコミが入ってきたり、はたまたわたしの話をネタに向こうで勝手に盛りあがっていたり。ネタが成長しているとするなら、これほどうれしいことはないですね。
そんな感じで2時間ほどしゃべらせていただいて終了。終わりにあった「あいさつ」がまたいいです。通り一遍のあいさつじゃなくて、ご自分の現在抱えておられる課題に惹きつけながら聞いてくださっていることが伝わってきます。「聞く」っていう作業には2種類あるのかな。「守り」の聞きと「攻め」の聞き。この方の聞き方は「攻め」の聞きになるのかな。わたしの話って、単なるネタですから、「守り」だともしかしたら何も伝わらないかもしれない^^;;。ほんとうに助かります。
てことで、なんかすごくふんわりとした気持ちで会場をあとにすることができました。

年に2度だけスーツを着る日

2度というのは、もちろん入学式と卒業式です。
「年に2度だけですよ」と笑いながらある教員に言うと、その教員も
「わたしは年に1度だけスカートをはく日やわ」
と笑っていました。まぁそんなもんですね。
にしても、長くて短い3年ですねえ。
わたしは1年と2年しか担当しないのですが、逆に言うと「やんちゃくれ」を2年間担当することができるわけです。3年目が時期的には最も近いので、記憶としては残っているのでしょうが、1年・2年の時のことを覚えていてくれるとするならば、それはよほど印象に残っているからなんでしょうね。いや、そう思いたいなぁ。
卒業式が終わって、放送室でダラダラ遊んでいると、1年生の時1年だけ担当した子が「ありがとう」と言いに来てくれました。わたしの「カムアウト」に対して自分のことを返してくれた子です。別れ際に「また呑もな」と言ってくれました。自分のことを返しながら「大人になったら一緒に呑みたい」と作文に書いてくれていたんですよね。そのことを覚えていてくれているんだ。うれしいなぁ。
さらにちょっと歩いていると、またまた「ありがとうな」と言ってくれる子がいました。「普通がいい」と言って泣いていた在日の子です。やっと進路を決めたみたいです。紆余曲折の中にいた時とはまったく違う、前を向いたすっきりとした顔を見ることができるのは、やっぱりうれしいですね。あの「すっきりとした顔」は、紆余曲折があったからこそあるんだろうなぁと思います。
ほんとうは、みんな卒業してほしくないんです。でも、そうはいかない。
そして、来月から新たな闘いがはじまるんだろうなぁ。

そこで聞くか?

今日は、職場をちょっと早めに離れて、某公立高校通信制に願書をもらいに行くことにしました。2月としては暖かい陽射しの中を、バイクでブゥーっと走ると、すごい気持ちがいいです。
で、願書の受けとり。事務の方から
「ここに必要事項を書いて下さい」
と言われて、その紙を見てびっくりです。
出身校・名前・学年は、まぁ必要事項だからいいです*1。その横には「性別」とあります。
入学後ならまだわかる。いや、出願書類に書くのも、まだわからないわけではない*2。願書をもらうのになぜ性別がいるのか?
予想外の出来事に、思わずうろたえながら書いてしまった自分が情けないんですけど、これはあしたうちの管理職に言わなくちゃな…。

*1:学年もいるのか?とは思うけど、まぁ転学用の願書だからしかたがないのかもしれない

*2:必要ないと思うけど

お局日記に寄せて(笑)

呑みながら「女性のコミュニティ」と「男性のコミュニティ」の話をちょろっとしていたのですが、おもしろい話になりました。
ある方に「女性のコミュニティはだいたいフラット」と言うと
「いや、女性の方がヒエラルキーがきつい気がする」
と言われるんですね。
「それは、例えばバレエとか、そういうところでは、すごくきびしい競争があって、そこに厳然たるヒエラルキーがある」
と言われるんですね。なるほど。そういえばそうですね。言われてみると、女性のヒエラルキーって、すごく厳しい気がします。反対に、男性社会のヒエラルキーって、実は少し緩やかです。「上と下の関係」も、もしかしたら女性社会のそれに比べて緩やかかもしれません。
そう考えた時、「男性社会のヒエラルキーって、成熟しているのかなぁ」とふと思ってしまったのです。
極端な話、男性社会のヒエラルキーにおいて、自分の位置の決め方ってすごく簡単でして、お互いに「いくつ?」とか「(大卒の場合)大学何年に入ったの?」とかいう情報をやりとりすれば、簡単に「位置」が決まります。あとはその秩序に従って適切な位置関係を保てばいい。
かつ、それをあえてひっくり返すことも「あり」だったりします。というのは、厳然たる「位置」が決まっているから安定しているんです。上の人間からしてみたら、「かかってこいや!」みたいな感じでちょこっと角の突っつきあいをして、「こいつおもろいやん」とか思ったら「おもろいで」ということで「位置」をつくる。「上」の人間には「位置をつくる/つくらない」という権限もあるわけです。で、それを「下」の人間もわかって受けいれている。
さらに言うと、「下」の人間も、いずれは「上」になることが約束されている*1
に対して、女性のヒエラルキーは、まずは総あたり戦を繰り広げないといけないのかな?しかも、「ヒエラルキーを維持しよう」とする力と「フラットであろう」とする力が常に拮抗している。いや、おそらくは「フラットであろう」とする力の方が強い。拮抗があるのは少数である「上」の持つ権力によるんじゃないかなぁ。だからこそ、「上」の人間はヒエラルキーを維持するために、より強固に自分が「上」であることを守りにはいる。そこに「男性社会のヒエラルキー」にある「余裕」はない。
そう考えた時に、男性のヒエラルキー社会における革命の方法と、女性のヒエラルキー社会における革命の方法は、どうやら違うらしいというふうに思いはじめるのです。
てことで、より広範な「フラットな関係」を求める人たちを広げるための営みとしての宴会、ぜひとも成功させて下さいね。できることがあったら連絡くださいな。>Y◯ちゃん

*1:まぁ、今となっては崩壊しているようにも思いますが

徳島からのお客さん

今日は午後から「人権教育の先進校視察」という名目で*1徳島からうちの学校に来られました。
こういう時のために、今年度人権教育部が発行したいろいろなものを集めた冊子をつくってみていたのですが、簡単に100ページをオーバーしていたのは驚きました。まぁ、人権学習の資料がほとんどなんですが…。でも、考えてみると、3学年分の3学期分だとそんなものかもしれませんねぇ。
で、「視察」が終わったあとは、宇治〜京都市内を案内しながら四条近辺へ。夜はもちろん「呑み」です(笑)。場所はもちろん「おたふく」と思っていたのですが、今日は水曜日。定休日やんorz。しかたがないので「Kっくん*2」に電話。
「すみません、おたふくの次においしいお店、知ってませんか?」
Kっくん、しばし考えたあと
「ないなぁ*3
どうやら、「おたふくの前におたふくなし、おたふくの後におたふくなし」らしいです。なので、おたふくには明日行ってもらうことにして、今日は別の飲み屋へ。
途中、ふと思いついてA久◯さんに声をかけて呑んだくれることにしました。

*1:もっと先進校なんていくらでもありますよ^^;;

*2:常連さん

*3:すごい低音&ちょっとざらついた感じ。この声がいいんですわ(笑)

特別支援教育の講演

午後からは、教育委員会特別支援教育の担当者の講演です。キャッチフレーズは「知識より意識・意識より行動」らしいです。これ、使えますねぇ。
まずは、発達障害の子どもたちの特徴について、けっこう詳しく説明をされた後、「特別支援教育とは」と題して、昨今のハード的な側面についての話。その後、「明日からできること」ということで、≦のようなことが提起されました。

  • 「困った生徒」ではなく「困っている生徒」、あるいは「能力が生かせないでいる生徒」としてとらえなおしてみましょう(ただし、すべてを発達障害の枠にあてはめないこと。レッテル貼りをしないこと)。
  • 「できない」のではなく、「学び方が違う」ととらえて、授業や生徒へのかかわりかたを見直してみましょう(同じ方法でうまくいかないなら、別の方法を。生徒の情報処理のしかたにあわせて工夫する)。
  • 一人で悩まず、チームでとりくみましょう。

その後、具体的な手だてについて「例えば〜」みたいな話がありました。いちいちなるほどなぁと思わされます。で、結論的には

障害があってもなくても、一人一人が大事にされ、自分の得意分野がいかされる教育を

というオチでした。
まぁ、どこともいっしょやなぁというのが、率直な感想です。
ただ、その後の質疑応答がすごかったです。このあたり、マジでとりくむと、ほんとうにたいへんです。いや、進学校はたいへんといっても、まぁアレですが(笑)、底辺校はほんとうに多種多様な子が入ってきます。まさに、40人一人一人を大事にするっていうのは、お題目としてはまさにその通りなんだけど、おそらく一人の担任で抱え込むのは無理なんですね*1。で、
「増員は考えているのか?」
みたいな質問が出てくるのですが
「さぁなんとも…」
という答え(笑)。
それでも、確かに勉強にはなりました。

*1:うちの学校なんて、マシな方でして^^;;

帰ってきた日常

朝はいつもの通り6時起き。
広島ではそんなにつらくなかったのに、京都に帰ってくるとつらくなるのはなぜだろう…。
まぁでもしかたがありません。「しんどー」と思いながらもなんとか出勤。いきなり1時間目から授業です。といっても、プリントの解説ですがね。
その後、出張準備をして出張〜。

「場」をつくってもらうこと

最後の宴会の時に、北海道のT村さんとしゃべっていたことですが…。
男性のコミュニティへの入り方って、ヒエラルキーの中のどこに位置づけられるかを、適当に突っついて探って、「ここだ」と思ったらサクッと入れる。まぁ言ってみれば、トップとかボトムとかと突っつきあいはしなくてもいいんですよね。
で、女性のコミュニティに入ろうと思うと、そうはいかない。
女性のコミュニティのありようって、多少の上下はあるにしろ、基本はフラット。例えがいいかどうかわからないけど、多少うねりのある平面にボールがひしめきあっている感じかな。
そこに入れてもらおうと思うと、一人一人とていねいな対話*1を続け、もしかしたら、わたしとの対話の中でわたしを受け入れてくれた人がさらに他の人と対話をしてくださって*2、そうしてみなさんが少しずつ自分の場所を譲りながら、みんなでわたしの「場所」をつくってくださる。そうやってわたしの「場所」ができる。
そうやってようやく入れるのが例えば「女子トイレ」。いや、単なる「おしゃべりの場所」もそうか。
で、そういうことを繰り返しながら、「女性とは何か」ということを、少しずつ学ばせてもらっていくんだろうなぁ。

*1:対話は「しゃべりあう」わけじゃなくて「聞きあう」のかもしれない

*2:「いつきさんを入れてあげようよ」みたいな

最後の宴会

出口には、呑み仲間がそろっています(笑)。
みんなでMきさんが探してくれた近くのお好み焼き屋さんへ。お好みをつつきながらビールを呑んで、最後の宴会の時間を楽しみます。
やがて、帰らなくちゃならない時間が近づいてきます。
さぁ、今回の教研もこれでおしまいだ。
おみやげを買って、新幹線に乗って、日常の場所へ帰ることにしましょう。