午前は全体会。
開会行事ではいろんな人があいさつをするんですが、今回感じたことは、「教育基本法改悪って分水嶺だなぁ」ということでした。なんらかの形で教基法に触れる人と、まったく触れない人がいます。なかでもいいあいさつだったのは、松山市長と自由同和会の上田藤兵衛さんの話。「すごい!」と思いました。で、一番触れていないのが、全同教の基調報告。あかんやろう…。
その後、特別報告。一昨年行かせてもらった宇和島の人たちの3代にわたる部落解放への思いが切々と伝わってきました。わたしは、気がついたら、どういうわけかその宇和島の人たちが聞いているのと同じ場所に座って聞いていました。最初に話された80前のおばあちゃんが、話し終わったらいつのまにかそこにおられたりといったこともあって、すごく「生」の空気が伝わってきました。いや、ほんとうにそこで聞けてよかったと思いました。
全同教、お疲れさまでした。1日目・2日目のレポートとも読み応えあり! ぐっじょぶ!です。
つながりというと。障害(←あえてこの字)者運動では、互いに孤立した当事者間の「ヨコのつながり」ができることがすごく意味をもったわけですが、それは当事者がヘゲをとって、自らを肯定する価値観を打ち出せた場所でこそ可能になった(養護学校や施設ではなく、人権教育に熱心な学校でもなくて)ということが結構重要だと思います。一方、いったん蹴っ飛ばした「親(世代)」がなんで自分たちを抑圧してたのか(愛してくれてたのに)を考えていった人もいて、それには個人に還元できない「社会」のあり方を捉えかえすしかなかったわけですね。(こゆ話、あまり全同教界隈では聞かないような。こと障害に関しては。)
ちなみに、統一応募用紙の精神は、ほとんどの障害者にはなんのこっちゃ、かなあ。せいぜい比較的「できる」人が「隠す」(障害者であること自体はバレバレであっても)方向で健常者にまぎれこむことを促すものなので、結構辛い。「ここをこうしてくれたら(こういう配慮があったら)働ける、だからこうしてくれ」と堂々と言える主体を育てないし、企業側にも何も働きかけない。社会は変わらなくてすんでしまう。もちろん、ナイーブな能力主義批判をするつもりはなく、別の角度から考えたいのです。