中身がわからない

今日は午前に3発授業です。が、まったく疲れません。そりゃそうだ。目一杯省力化してます。言い換えると、グダグダ説明してもダメってことです。今の授業のしかたは3年目です。ただ、一昨年は年度途中に変更したので、実質2年目です。たぶんこなれてきたのかな。それよりも大きいのは生徒か。そこに一番左右されるし、教員ができることなんてタカがしれてます。
授業の合間はゴールデンウィークの宿題づくり。
あまり宿題とかやりたくないけど、あまりほっとくのもあれなので、少しだけ計算をしてもらおうかと。どんな体裁にしようかと思ったけど、今回は問題用紙と解答用紙をわけてみました。
実は発達障害系の生徒のためを考えたらわけないほうがいいらしいです。が、わけてないのは数学くらい。他の科目はほぼわけてます。おそらく今後は数学もわけはじめるんじゃないかと思われるので、その前フリです。
放課後は少しゴールデンウィークの準備をしてみたり。

いつもの通り定時に職場を出て、今日は普通に乗りましょう。前のおべんきょ場所で4人のおべんきょ会です。と思ったら、向こうからセンセが来られて
「zoomですよ」
とのこと。あわてて駅までもどったら、ちょうど電車が来たのでラッキーでした。
家に帰ってzoom開始。
今回のお題は、たぶんわたしが提示したものかな。「言葉」をめぐるあれこれです。
考えてみると、学校というか、教育をめぐる言葉って、中身がよくわからない。というか、定義づけが難しい。例えば教育基本法の第一条の教育の目的に
「教育は、人格の完成を目指し…」
とか書いてあるけど、「人格の完成」ってなんですかと(笑)。てか、人格が完成してないわたしがそんなのにたずさわっていいのですかと(笑)。
大もとの法律がこんなんだから、あちこちに「理念」が散りばめられています。なので、現場でも「理念」が語られます。ただ、理念の中身がよくわからないので、それを具体化する言葉がない。必然的に
「アレや!」
「アレか!」
という、傍から見たらわけのわからん会話になります。ただ、中の人はそれで合意できてるから、それでいいと思ってしまう。
まぁ、それはそれでいいんだと思います。王将で
「こーてるりゃんがー」
で通じてて、それでいいのと同じです(笑)。
ただ、それを「外の人」になって眺めるとおもしろい。別にだめとがなんとか言うのではなく、そういう世界がそこにあることがおもしろい。そのおもしろさを描きたいなと。
そんなディスカッションを1時間ちょいやって、おしまい。zoomでやると、そのままシームレスにビールに移行できるのがいいな。