「もう遅いんや…」

今日は出張のダブルヘッダーです。
午前は第2のふるさとの会議。実は2回延長してからの、今年度最初の会議です。自分の意識が少しずつズレていってるのかな。あるいは、他の人とわたしの間で入ってくる情報がズレてるのかな。まぁでもそれに少し修正を加えながら、会議についていきました。

午後の会議は人権教育担当者の集まりです。議題の中にこの間の集会の報告があったんですけど、なんでも京都府内のとある小学校で6年間通しでLGBTの学習をしようとしてるところがあるんだとか。話を聞いていたら、1年生の内容がレポートされてたらしく、「あなたの色は何色」みたいな話があったらしいです。まぁ、ジェンダーバイアスを問う内容なんだけど、そこからつながるのはLGBTではTなんですよね。てことは、またまたTがネタになるのかよ。さらに高学年では性にかかわる内容になっていくそうな。まぁ、詳しくは知らんけど。なので、思わず質問。
「それ、トランスジェンダーにかかわる話になっていきますよね。LGBについてはなにか言ってましたか?」
どうやらよくわからないらしいです。なので、発言。
「トランスジェンダーって顕在化しやすいし、対応もわかりやすい気がしますよね。だからそっちばっかりなんです。でも、はるかに人数が多いLGBのことはなんにもしない」
そんなこんなで、別の議題になって、話は進んでいきます。で、とある学校の結婚差別についての報告。スライドの中に「結婚の条件」というのがあって、「婚姻できる年齢である」とか「重婚でない」とか、いろいろ日本における結婚の成立条件が書いてあります。おそらくは「これらを満たしているにもかかわらず、結婚に反対される」みたいな話へとつなげていく意図があるんでしょうね。でも、そこに「異性である」と書いてない。なので発言。
「書いてないということは、それは当然のこととしてるってことですよね。つまり同性愛者の存在をないことにしてるってことです。さっきLGBの話は?って聞いたのは、そういうことなんです」
わかってくれたかなぁ。まず問うべきは自分なんですよね。もちろんそれはわたし自身でもあります。そしてもうひとつ、前提としてる制度もまた問わなきゃならない。
「結婚制度そのものも差別的ですよね。それを問わなきゃならない」
制度を問わずにそれをアプリオリなものとみなすことによって、人権は心の問題になってしまう。
それにしても、どうすりゃいいんだろう。もしもわたしが今日の会議を欠席して、あのスライドがスルーされていたら、そういう問題がなかったことになってしまう。それは人権担当者の会議としては、あまりにもアカン状況です。
ただそれは、個々の人権教育担当者が悪いって話じゃないです。だって、みなさん、学校の中の役割分担であてられているわけで、そのための専門のトレーニングを積んでるわけじゃない。もちろん、わたしだって専門のトレーニングを府教委がしてくれたわけじゃないけど、日々そんなことばっかり考え、学び、そして人間関係もそんな人ばっかりだから、自然と身についただけのことです。
とにかくほんとにヤバイぞ。でも、おそらくもう遅いでしょうね。府教委はそのための策を打ってこなかった。一縷の望みは、あの場にいた人たち、それも若手の人たちが、何かをつかんでくれることかな。