久々の出勤

朝、いつもの5時45分に目は覚めたものの、身体が動きません。結局6時に起きて、コーヒー飲めず。いつもの時間に家を出ました。やはり通勤時間が1時間半ってのはあきませんね。
ただ、この時間しか味わえない空気があります。昨日の雨できれいになったのか、葉っぱの緑と空の青のコントラストがたまりません。
京都駅でいつもの場所に立ってたら、降りてきた乗客に声をかけられてびっくり。前の同僚で仲良くしてもらってた人でした。なんか、仲良くしてくれる人が他の職場に行ってしまうのはさびしいです。でも、声をかけてもらえるのはうれしいな。
JRは安定の遅延です(笑)。
で、職場に着いて朝ごはん。スープがないので、今日は味噌汁を飲みますか。うん、案外あうな。
机の上には書類がいっぱいです。なんか、office365のアカウントをくれるとか、ベ○ッセの教育支援システムのアカウントをくれるとか。なんか、このタイミングで企業に金儲けさせるの、イヤやなぁ。
と、毎年本店に出してる書類が…。〆切は5月29日とあります。マジか。今年度の予定とかさっぱりわからんぞ。いちおう「コロナの影響で実施できなかったもの」を書く欄があるけど、今はできなくても実施する可能性もあるわけで、そんなん先にならないとわからんですよ。
そんなこんなで半日かけて書類を作成。あとは調査しないとわからんから、2週間後だな。
で、少しおべんきょとか事務作業とか。
定時がきたので退勤です。帰りは少し時間が短い。日も高いし、少し疲れたし。そうだ!30分だけ行こう!

ここはいつもの空気が流れています。てか、お客さんの顔、みんな知ってるし。もう、わたしも常連な感じです。ひとりで行っても、誰かがかまってくださいます。
でも、ここで飲み過ぎたら明日がしんどい。さぁ帰りますか。

使えるな

「えいや!」とやった次は、概念の押さえが必要かなと。いちおう「流れ」は前も書いたけど、三橋さんや康さんのがあるし、最近のことについては針間さんが書いてます。あと、筒井さんや東さんもはずせないし、石井さんのはすんごい詳しいし。題材はかなり豊富にありますが、他のところも少し掘ってみようかなと。
てことで、検索かけてたら、めっちゃおもしろそうな5部作のペーパーが出てきました。読んでみよう。
ちょうど今日は曇り空。陽が出てると夕方のゆらゆらはまぶしくて、ものを読むのがしんどいんですよね。今日は少し寒いけど読むのは読みやすそうです。
ふむふむふむ。3時間くらいゆらゆらしながら、5部作を一気に読み終えました。
なるほどな。やはりトランスジェンダーって「秩序を撹乱する行為」なんだ。もちろん秩序は人がつくるものだから、そこには時代や地域や、それに伴う文化の持つ価値観とか規範とかそんなのが色濃く反映されます。
使えるなo(^^)o

夜は某在日外国人教育関係の「お試しズームミーティング」です。わたしは某リベラル派大学からアカウントをもらってる関係で、いちおう時間無制限です。
そうそう。このリベラル派大学がリベラルってのは、アカウントをつくる際のこんなところにもあらわれてます(笑)。

なわけないか…。
てことで、お試しミーティングやったけど、問題は「情報格差」なんですよね。
なにせ、かつてドコモのアナログの携帯電話を持ったときに「誰がそんなん使うねん」とか言われたことがあったし、パソコン通信時代にnifty serveのアドレスをやりとりしてたら「そんなん、メールやってる人間だけのもんやんけ」って揶揄されました。ちなみにそれから2年もたったら、みなさん携帯もメールも使っておられましたけどね。なので、「zoomとか知らん」とか言ってても、みなさんそのうちzoom飲み会してるんでしょうね。
まぁそれでも8人来られたし、来週までになんとかしてもらいましょう。zoomでもなんでもいいけど、ネット会議は距離の格差を埋めてくれるという意味では使えます。
しかし、webカメラ、売ってないのか(笑)。

えいや!

今書いてるのは、たぶん最後に書くところです。どうせ最後に書き換えるんだろうけど、やはり最初から書かなきゃ、あとが書けません。
一昨日書いたとおり、ここでなぜか「障害学」を扱ってます。が、「障害✕学校教員シンポジウム」でも触れたけど、わたしの出発点は、やはり「社会モデル」なんですよね。なので、その宣言をしないとあとが続かない気がしてるんです。
ただ、自分の中に必然があったとしても、それが外から見た必然になるかどうかはわからない。なので、どうしようかと悩むのです。悩みながらだけど、あまり深いりしないように、でも必然が伝わるように。
そんな中で参考になるのは先達です。例えば『トランスジェンダーと現代社会』の書きっぷりとか、「それなー」と思ったりします。
てことで、とにかくほんの少しだけど「えいや!」と書いて、とりあえず次を向きますか。

にしても、また緩やかに落ちてきたなぁ。

さっぱりわからん

ここ数日、COVID-19の報道をチラチラ見ていますが、なんでも東京の感染者数が30人くらいになったとか。ちょいと調べると、例えば5月7日の新規感染者が96人です。が、検査数が1,103人。なので、10分の1弱です。数字だけ見ていると、収束の方向へ向かっている感じだけど、検査数がほとんど公開されていないし、公開されている検査数もどういう人が検査対象になっているかがわからないので、結局全体像がつかめない。つかめないままに、感染者数だけが発表される。これほど情報がないとはね。
そんな中、テレビに出てくるのは、O阪のY村さんです。「やってます」アピールがすごいけど、ほんとうにやってるのか?
自分の命令一下、人々が自粛をして、それで感染が抑えられていると思っているのか?そんなはずがないですよね。命令があろうがなかろうが、人々は感染を抑える方向に行動をしています。それも経済的な苦しさを覚悟の上でね。こういうやり方だと、感染を抑えられたら自分の命令のおかげ。抑えられなかったら自粛しなかった人々のせいってできます。てか、今までもO阪I新はそういうやり方をしてきた。さらに「大阪モデル」とか言ってるけど、それって単にネーミングして差別化しているだけのことです。
さらに、言ってることってできるのか?
例えば、授業のネット配信にお金を出すといってるけど、ポケットマネーを出すんじゃないからな。その予算はどこからどう算段するのか?算段のためにはさまざまな人が動かなきゃならんのだけど、そういう調整はしているのか?もしも人の動きなしに算段できたとしたら、その予算はどこにあったのかってことにもなります。
とにかく謎が多すぎる。その背景にあるのは、情報がないってことです。
テレビでは毎日放送していて、某大本営は画面にずっと情報を出しつづけている。そうやってあたかも情報があふれかえっているかのように見えながら、その実ほしい情報がまったく入ってこない。情報を出す背景には、隠された、あるいは出されていない情報がある。情報が多いように見えれば見えるほど、その背後には隠された情報がある。そんな気がしてなりません。
とにかくさっぱりわからん。

ここを深掘りしてもしかたないんだけど

今掘ってるところは、なぜか障害学です。ここは本来の場所ではありません。ただ、少しだけだけど、やはりここを掘っておかないとアカンかなと。
それにしても、「本来の場所」なら本棚に行けばそれなりに資料もあるけど、障害学は耳学問なので、ほんとうに知らないことだらけです。でもまぁ、それだけにひとつ知識を得ると「そういうことだったのか!」と驚けるから、お得感はハンパないです。国際障害分類とか国際生活機能分類とか、はたまたUPIASとか、いろいろ検索してはデータを読んで「ほぅ」と驚くの繰り返しでした。でも、「社会モデル」への理解は少し深まったかな。あと、「差異派」と「平等派」の話なんかもおもしろそうだけど、そこまで深追いするのはやめましょう。
ただ、これだけだとダメなんですよね。もうひとつ足りない。で、いろいろ探してると、『フォーラム現代社会学17号』ってのにつきあたりました。メンバー見て「ひぃー」ってなりました。あまりにもおもしろそうすぎる!さらに「社会学と障害学の対話」という特集見て、これまた「ひぃー」です。なにせ、この間読んだばかりの秋風さん、いつもお世話になってる佐藤さん、そしてこの間講演に来ていただいた浦野さんが話しておられます。なんかもう、自分がどれくらい恵まれたところにいるのかなと。
でも、アカンアカン。ものすごく引力が強いけど、ここを掘りすぎたらアカン。

「こもる」こと

昼前、パートナーが「背中が痛い。口の中が血の味がする。頭がグアングアンする」と言いはじめたので、これは救急外来だなと。
病院に着くと、やはりものものしいです。まぁしかたないですけどね。玄関で「熱、測ります」と、非接触型の体温計を頭に向けられて、思わず「やられた!」と倒れるギャグをしようかと思ったけど、まぁそれはやめておきました。
で、結果は特になにもなく。前の肺炎が治るのに時間がかかってるのかもということでした。ちなみに、帰りの車の中で「グアングアンは偏頭痛かもね」とのこと。なるほど。

で、夜はちょぼやき会@Zoomです。みんなそれぞれこの1ヶ月の気づきを語りあいました。
わたしは…。
学校関係のことはこの間と同じことなんですが、それよりも個人的な気づきがおもしろい。
基本的に、わたしはバタバタと走りまわる毎日なので、おそらく誰もが、そして自分もが「動くのが好き」と思っているんですけど、案外そうではないのかも。別に昼間にテレビを見るわけでもなく、文章考えたり本を読んだり、そして少し筋トレしたり。ご飯時にはごはんをつくり、食べる。その繰り返しなんですけど、退屈しないです。というか、充実感すらあります。もちろん焦りもありますが。
緊急事態宣言が終了すると、こういう日常がなくなると思うと、ちょっと困るかも。
「こもる」ことが好きな自分に変化したのか、あるいはもとから好きだったんだけど、それを忘れていたのか。あるいは、家族がいるわたしの「こもり」は適度な「こもり」でしかなくて、例えばひとりきりの「こもり」こそが「真の「こもり」(笑)」だったりするのか。
そんなことを考えたりしました。
ただ、そういうことを考えていたら、「障害者と「こもり」」みたいな話が出てきて、なるほどなと。
わたしの場合、なんだかんだ言っても「選択としての「こもり」」です。障害者の場合、例えば施設での生活をしている場合「おしつけられた/る「こもり」」だったりする。そういう人の「こもり」は、わたしとはずいぶんと違うんだろうな。そういう人にとって、今の「強制された自粛(笑)」はどんなふうに感じられるんだろう。あるいは自立生活をしている人にとってはどうなんだろう。
なんか、いろいろ考えるちょぼやき会でした。おかげさまで、お酒もおいしかったな^^;;。

全体を見わたす

とにかく肩が上がらないというのが、これほど不便かと。なにが不便かというと、キーボードが打てない。いや、打てるんだけど、長時間打つときついんですよね。ついでに右手小指のディピュイトラン拘縮もあるから、これまた打ちにくい。なので、おべんきょ成果からどうしても離気味になってしまいます。どうしたものか…。
と、天の声が…。
「とりあえず、全体を見わたしたら?」
ほう、それか…。
そう言えば、同じようなことが『高等学校の数学I』にも書いてあったよなぁ。
おべんきょ成果をつくるって、山を登るのと似ているんですよね。山を登っている時はどうしても下を見ながら一歩ずつしか歩けないんですよね。でも、たまに見晴らしのいいところに着いた時にあたりを見わたす。それから、たまには地図を見て全体を見わたす。地図はもちろん頭の中に入っています。でも、確認する。そういう時間が必要です。
ということで、頭の中に入っている地図を具体的に文字に落とすことにしました。
基本的に、わたしは「口で考える」パターンです。しゃべりながら、しゃべることで考える。でもそれは空中に消えていきます。だから忘れる。今日はそれを文字化する。文字化すると、自分が考えていることが具体化され、思いもよらない言葉が出てくる。
まぁダメ元です。とりあえず、この方向で行きますか。

オンライン・カフェ「コロナと私と人権」とか

朝起きると、けっこうすっきり。なにより肩の凝りがありません。枕を変えた効果は絶大です。買ってくれたパートナーに感謝。
朝、散歩に行こうと思ったけど雨が降ってるので、のんびり朝ごはん。

午前は「オンライン・カフェ「コロナと私と人権」」があります。所用があったので、わたしは遅れての参加。遅れたからおとなしくしていましょう。なんか、メンバーを見たらそうそうたる人々です。なかでも、ハンセン病関係の人の「無癩県運動」にかかわる発言は「そうそうそう」と思いました。まぁHIVもそうなんですけど、感染症が流行するたびに同じことが繰り返されている。そしてそこには必ず排除と分断と差別がある。まったく歴史から学んでないよなぁと思います。
そんな感じで聞いていたら、いきなりK口くんが「いつきさん」と指名。「LGBT関連で」って、なにそれ…。おとなしくしていようと思ったから、まったく考えてないよ。てか、どちらかというと、今はガッコのことの方が大きいし、それも個人的にはおべんきょする時間ができているんだけどなぁ。ただ、なぜそうなっているかというと「何をしていいかわからない」からなんですよね。だからそっちで発言しようかなと。
「何をしていいかわからない」理由は2つあります。ひとつは先が読めないということ。もうひとつは生徒たちと個人的に連絡がとれないということです。特に後者は深刻です。だって、例えばオンライン授業しようにも、連絡がとれなければ生徒がアクセスしてくれるしか方法がないからです。で、なぜ連絡先を知らないかというと、例えばクラブなんかでセクハラ案件が起こった時に「生徒と直接連絡をとるな。そのために生徒のメールアドレスを知ってはならない」とやられちゃったからです。
基本的には学校は「うまくいっている」ことを前提に動いています。それは時間的にも人的にもです。今回のように12ヶ月のうち2ヶ月が吹っ飛ぶと、10ヶ月で12ヶ月分のことをしなくちゃならなくなってしまいます。必然的に、「休み」が削られてしまう。とあるO阪なんかだと「土曜授業」とか言いはじめているみたいです。が、土曜日は教員は勤務日ではありません。さて、どうする?土曜日を交代勤務でやったとして、どこかで代休を取らなきゃなりません。が、その代休を取る時間が平日にない。なぜなら、平日の勤務は土曜日が休みであることを前提に組まれているからです。例えば、クラスを半分にして同じ授業を2回とかするとします。すると、単純計算で持ち時間が2倍になる。うちの職場では週の授業が16コマを標準に組んでいるので、単純計算で32時間必要になります。ところが、週5日で1日6時間だと30時間。あふれてしまいます。それを回避するためには人を増やさないと行けないんだけど、それをしない。さらに誰かが休んだら、もう、ジャグリング状態になります。
すべては「うまくいっている」ことを前提にしているからなんですよね。
まぁそんな話をしたあと、やはりLGBT関連か。よくわからないけど、とりあえず、同性愛者に関しては「濃厚接触者」をとてもいいにくいと言うこと。トランスに関しては医療へのアプローチがしにくいこと、ふだんからそれはあるんだけど、それが顕在化するってことを指摘しておきました。
まぁそんなこんなで12時にカフェは終了。そこからビール片手にもう少し話をして、最後はK口くんとふたりになったりしてしまいました。

その後、必要火急な用事でホームセンターへ。メッチャ車が多い。みんな来るんだなぁ。換気とか全然やってないから、危ないぜ。さらに駅に行くと、その向こうにある公園へと歩いて行く人がいっぱいいて、結局ゴールデンウィークなんですね。まぁ人のことは言えんけどね。

枕を変える

今日はお買い物。枕です。
今使ってるの、いちおう低反発の枕ですが、考えてみたら10年以上使ってます。すでに反発してくれません。なので、朝起きると頭が枕に埋まってます。すると、頭が完全に固定されてしまうので、顔を左右に向けることすらできなくなります。結果、朝起きると、肩と首がガチガチになってしまいます。さすがにこれはしんどいなと。
ということで、◯-ナンに行って枕探し。
いろいろあるなぁ。でも、ふわふわの枕はしんどいし、高さが高い枕もしんどいし。てことは、高さ低めの低反発か…。で、結局選んだのは、おそらく今使っているのと同じものです。
ちなみに、これが古い枕。

ボロボロに崩れています。長い間ありがとう。
家に帰ってちょっと横になると、ホールド感がハンパないです。やはりこれはいいのかも。明日の朝が楽しみです。

めっけ!→宴会

最近の出勤日以外の朝の日課は
起きる→朝ごはんを食べる→散歩する
です。もちろん帰ってくるのは8時20分くらいです。で、在宅勤務をする。
で、今日は土曜日なので、少し寝坊して、少し長目の散歩でもしますか。
てことで、あたりをほっつき歩いていたのですが、路地裏に小さな神社があります。少し気になって入ってみると、寄付金出した人の一覧がありました。これ、おもしろいんですよね。それぞれの神社と人とのつながりがわかります。と同時に、その神社の「範囲」もわかります。
ということで、ずっと名前を見てると「えっ?」と思う名前がありました。

まぁわかる人しかわからんけど、わかる人には「なるほどな」と思うわけで。ちなみにこの写真には入ってないけど、少し上には「文理閣」もあって、これまた「ほう」となりました。ここまでつながってるんだ。

で、夕方からまたまた崇仁新町へ。この間飲んだ時に「今度の土曜日の5時に来い」と言われたんですよね。
到着すると、この間のお客さん夫婦とお子さんがすでに来ておられました。
客「わざわざ来てもろて、すまんな」
い「とんでもない、楽しみにしてましてん」
客「こないだ言ってたのはこれや、食べ」

こごりです。が、単なるこごりではないです。とにかくホルモンがゴロゴロ入ってます。それもフクではない。ハチノスとかアキレスとかです。メッチャうまい!
そうこうするうちに、Iちくん登場。焼き焼きのおかあちゃんと「キャー」とかやってます。
と、こないだの「師匠」が来られました。またまたアワビとカモに、今日はだし巻きです。すごいな。で、一度帰られて、再び持って来られたのがこれ。

ウニが山盛りです。ちょぼ焼きとのコラボがすごいです。すでに卓の上はえらいことになってます(笑)。

ここからは、またまたディープな話が続々と出てきます。
い「お母さんは在所の人と違うんですか?」
客「違うで。そやけど、ここに嫁いでこごりの炊き方教えてもらったんや。これが炊けて一人前や」
すげえな。てか、よくそんな話をしてくださるな。まだ会って2回目ですよ。でもまぁ、前回もこんな話をしてたから、まぁええか。
そんな感じで8時閉店。
京都タワーは青。