ひっくり返る

今日は普段より1本遅い電車で行こうと、少しゆっくり家を出たけど、なぜか間に合ってしまいました。どうしようかと思ったけど、まぁええかと乗ったおかげでいつもの時間に出勤です。おかげさまで、仕事ははかどります。
今日の午前は職員会議。その前に部長会があるから、2時間ほど余裕があります。なので、昨日の松永さんの講演への感想を音声入力しました。なかなかみなさん考えてくれはったんやなぁ。ただ、「はじめて知った」はないやろう。わたしもずっと言い続けてる話なんやけどね。でもま、日常の中で話をしても埋もれてしまうけど、特別な時間に話を聞くと顕在化するんですよね。昨日は「人権は特別な場の特別な時間になってしまってる」って話があったけど、「特別な場の特別な時間」にも意味があるってことです。大切なのは、それを日常化するってことなんですね。
そんなことを考えながら、あっという間に入力し終えました。やはり音声入力いいな。わたしはしゃべることで考えをまとめる傾向があるから、そういう使い方もありかもね。
で、職員会議。なんか、どんどん生きにくい社会になっていくなぁ。いや、職場そのものは悪くないです。支店長も副支店長も頭取も番頭も、みんないい人です。でも、わたしたちをとりまく社会がどんどん生きにくくなっていってるなと。
お昼はおべんと食べながら、「おべんきょ成果」を少しいじるなど。今のセクションは少しずつ形になってきたのはホッとするけど、まだまだ全然ダメです。夏の前半の過ごし方の間違いに落ち込みます。

午後は進路指導研修です。元予備校のできる人で、現独立して講演とかしてはる人みたいです。中身は高大接続の中で変化する大学入試にかかわることです。
まずは時代背景の説明から。出ました。「教育再生会議」!
「グローバル社会へと変化する中で生産性の高い若者の育成が求められるようになってるんです」
ひっくり返りました。
まさに昨日松永さんが
「国会議員が生産性とかいうこの日本ですよ」
と言われた、その真逆のことを、翌日の同じ場所の同じ時間帯に聞くとは。まぁでも、これで鮮明になりました。
つまり、障害者解放運動と教育再生会議が言ってることは真逆で、そして今の日本は権力を持つ教育再生会議が言ってる方向に向かってるってことです。言い換えるなら、そういう社会に障害者解放運動は立ち向かってるってことです。そしてなにより大切なのは、「わたしたちはどちらを向くのか」ってことです。
そのあともひどい話です。例えば「コミュニケーション力が重視される社会になる」とか「大学も3つに分類される」とか。もちろん講師の人にはなんの罪もありません。現状を言っておられるだけです。でも、ものすごい勢いでもやもやが広がっていきます。
と、質疑応答である教員が発言。
「コミュニケーション力がなかったり、少し引きこもりがちだったり、これといってとりたててとりえのない子はどうしたらいいんですか?」
講師の答えは
「スモールステップで少しずつほめて伸ばしていく」
そこじゃないんですよね。
終わってから、いろんな教員に「昨日と真逆だったね」って話をしたら、みんな「思った!」って言ってくれました。それだけじゃなくて
「わたし、子どもたちにああいうことを言ってきたのかなぁ。子どもたちを傷つけてきたのかなぁ」
って相談に来られる方もおられたり。「自分たちはなんのために教員やってるのか」ってことを自問自答する方があちこちにおられました。
松永さんの講演を「昨日」やったことの意味があったなって思いました。こうやって、日常化していくことなんだろな。
子どもたちは、たしかに今日の講師が話された現実の中にいます。そして、わたしたちもその現実の中にいます。ただ、その現実を無自覚に生きるのではなく、意識的に生きること。そして、小さくとも抗い続けること。あるいは疑問ももち疑問を提出し続けること。
そこからはじめることですね。

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