続けることに意味がある

今日は4時間授業が詰まっています。フレッシュマンセミナーの影響です。
1学年分授業がないからええやんとなりがちですが、なくなるのは全部で48コマ。で、うちのガッコは持ち時間が週16時間がmaxなので、簡単のために平均15時間とすると、ひとりの教員が1日3時間授業をしている計算になります。てことは、引率教員が16人以下なら別にまかなえるやんという計算になるんですが。そして、例えば財務省なんかはそういう計算をするんでしょうが、そうはいかないってことです。
簡単に言うなら、ある引率教員が2・3年生の授業を担当していたらその教員が授業ができないぶん、だれかがそのコマを埋めなきゃならない。さらに、選択科目とか芸術や体育みたいな「帯」のうちのひとりが引率教員だと、その帯全部が授業できなくなるので、教員がいても授業がはめられず、そのコマを埋めなきゃならなくなる。なので、わたしのように持ち時間が少ない人間でも授業が詰まることになります。まぁ「総枠」では計算できないってことです。
でもま、はじめての授業なのでガイダンスをしてみたり。はたまた6人講座なので、和やかに楽しく授業をしてみたり。
そうそう。ベクトルの授業をしていると
「図形の問題を図形を書かずに解けるんだ!」
って突然叫ぶ子がいて、まわりの子が
「え!なになになに?」
「だって、計算でできるやん!」
みたいな会話があって、少し心が洗われました。

そんな感じで6時間目まで授業をして、ガッコを飛び出して、滝井に向かいます。今日は滝井の受診日です。診察時間終了間際に飛び込んで、いろいろと相談。
と、一本の電話が…。
「まんまる、あいてない」
へ?あいてない?
「とりあえず行きますわ」
ということで、診察終了(笑)。
あわててまんまるの管理人に電話して、まんまるに向かうと、無事あいてました。
が、人数が多い。それもはじめての人や2回目の人や、そんな人が多い。何が起こったんだ?
で、いつものとおり自己紹介タイムから宴会へ。ま、飲むのは数人ですけどね。でも、飲めない人は飲めないから、飲まなくても宴会です。ちなみにわたしはバックヤードでダラダラです。ふだんはチルドの餃子を焼くんだけど、今日はないから用なしです。
そんなバックヤードからみんなのところを見ると、みんなほんとに楽しそうに話をしています。そんな風景を見ると、みんなすごいなぁと思います。でも、そんな人たちがつながるのは「場」があるからですよね。
O田さんが
「継続は力なりっていうけど、ほんとにそうですね」
とひとこと。
まんまるの会のスタートは2006年。13年前です。発足当初の人はほとんどいません。つまり新しい人がどんどん来てるってことです。ある世話人が
「ここは手術をすべきとも言わないし手術はダメとも言わない。戸籍を変えるべきとも言わないし戸籍を変えないべきとも言わない。それがいい」
って言ってました。
ひとりひとりの考えはあるけど、それはそれ。自分の生き方にとどめておいて、相手にそれは提示するけど、そこまでにする。で、相手の話を聞く。
でもこれ。まんまるの会もそうだし、トランスジェンダー生徒交流会もそうだし、玖伊屋もそうです。それは別に「わたしがそう」ってわけじゃなくて、そういう人が集まることでそういう「場」ができる。で、なぜそういう人が集まるかというと、「長く続ける」ことで集まってくるのかなと。
そんなことを考えながら、今日は疲れてるので、少し早めに失礼することにしました。あとかたづけ、ごめんやけどよろしくね(^^)。

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