「揺れ」のないしんどさ・全同教大会2日目

朝方、ものすごいいびきで目が覚めました。どうやら、F本さんが自分の部屋に帰らずに、わたしの部屋で倒れられたようです。まいった、あまりにもうるさい。てか、ふとんから出られない。と、目を覚まされたF本さん
「カギがどこかにいったので部屋に帰れない」
とのことです。まいった。
てことで、そのあとは寝られませんでした。

今回の分科会はK野さんが司会のところにしました。ちょっと気になるレポートがあるからです。
睡眠不足のまま朝ごはんを食べて、ホテルからお友だちの車に乗せてもらって会場へ。中に入ると知ってる人がいっぱいいます。みんな気になってるんだな。さらに「どこにいるの?」とかいうメールがあったりして、お友だちが続々と(笑)。
で、分科会開始。
まずは大阪の小学校の平和学習のとりくみです(笑)。
平和学習…。
いや、平和学習を否定する気はないです。てか、平和学習を通した人権学習はあると思います。が、平和学習そのものは、人権学習とはほんの少しスタンスが違います。でも、レポートからそれそのものが伝わってこない。なので、そこを質問したのですが、まぁ、当たり前のことを当たり前にされているみたいです。いや、もちろんメッチャクチャしんどい現実を抱えさせられている子どもたちがいるわけですから、ハンパないことはしておられると思います。が、それそのものは、それでも「あたりまえ」なんですよね。
さらに気になったのが、「被害の歴史」にとどまり、そこから「命の大切さ」を伝えるという手法です。というのは、とある大阪の小学校の校長さんがピースおおさかが「大阪空襲を語り継ぐ平和ミュージアム」になったことについて話されたことを聞いていたからです。
それなりに経験を積んでいる人が、あえて「被害の歴史」を使うのはいいでしょう。でも、レポーターはかなり若い人で「なぜ加害の歴史を使わないのですか?」と質問しても答えがイマイチ。たぶん「あえて」ではなさそうです。
それにしても、わたしの並び、「なんなんだ」って人ばかり。わたしの隣は三重のHやしさん。その隣が滋賀のUりんちゃん、その向こうが新潟のAらいさん。Hやしさん、ひたすら怒りまくってます。
お次のレポートは東京の外国人にかかわる実践です。ようがんばってはります。昨日K畑さんから聞いたとおり、孤軍奮闘です。が、とにかく「当事者を闘わせる」ことに特化しておられるようにしか思えません。そのあらわれが「名のらせる」という表現です。さらに
「本名(民族名)を名のらないのは差別する側にまわること」
という発言が出てきて、わけがわからなくなりました。なので
「なんだかよくわからなくなってきました。あなたにとっての「差別」ってなんですか?」
という「終わってる」質問をしてしまいました。
ただ、ここで時間切れ。昼食休憩です。
午後は質問への答えから。
「わたしにとっての差別とは「ありたい姿ができない」こと」
とのお答え。そうか、やはり個人のことに還元してるんだ。根本的に違うみたいやな。
てことで、意見交流の時間は「加害の歴史を扱うこと」や「自らの立場を社会化すること」なんていう話をしましたが、イマイチやったかな。てか、サポーターが多いわ。ピースおおさかの関係者が出てきて「被害の歴史でもいいものはいい」とか言ってみたり。まぁそりゃそうですよ。「沖縄地上戦の図」も「原爆の図」もいいですよ。でも、そこにどういう視点を持ち込むかです。いみじくもHやしさんが「自分につなげ、親とつなげる」と言ってたけど、そこですよね。
そしてもうひとつ。実践を行う側に揺れがない。別に自らが被差別の立場である必要なんてないし、自己批判をする必要もないです。でも、揺れはあるんだと思うのです。でも、それがない。自信があるのか、逆にガードが固いのか。よくわかりません。
ということで、なんとなくもやもやを抱えた不発なまま今年の全同教も終了。K野さん、ごめん。

分科会が終わったところで、A井さんとふたり、Uりんちゃんの車に乗せてもらって京都までドライブ。京都に着いたところで、せっかくなので崇仁新町へ。

京都に帰ってきた感がやってきました。が、ちょぼ焼き屋さんのおねえさんに完全に顔を覚えられてしまったみたいです。おかしいな。まだ3回くらいしか来てないのにな^^;。
軽くおなかも満ちたところで、さぁ帰りましょう。今日は静かな環境でゆっくりと寝たい。

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