困った人

まぁ、仕事してると「困った人」はぼちぼちおられます。もちろん「困ってる人」じゃなくて「困った人」です。こういう人がいると、チームワークがうまくいかないどころか、仕事全体がまわらなくなって、へたすると仕事そのものがつぶれてしまうことすらあります。
まぁそんなこと…。経験したことありますねぇ…。ほんとにいままでできていたことが、ことごとくつぶれていって、その弊害は長く残ります。あの時「つくるのはみんなの合意をとったりしてたいへんだけど、つぶすのは一人のわがままでいけるんだ」って身にしみて思いました。
てのはどうでもいいんですが…。
で、その「困った人」なんですけど、たいていの場合、その本人は「困ってない」んですよね。で、まわりが困ってる。だから、本人は変わる必然性なんて感じていない。でも、困ってるまわりの人は変わってほしい。
こういう時、どうすればいいんだろう。
本人が困る時を待つ?
たぶん、それ、ない気がします。だって、今まで困らなかったから変わってないんです。
本人のパーソナリティーを強制的に変える?
基本的にまわりで困ってる人は、そういうおこがましいことは考えないものです。
配置換えを待つ?
なんか、排除してる気がするので、そういうことを考える自分に対して自己嫌悪を感じるんですよねぇ。
ほんとに打つ手がないんです。
まぁ、実は一番現実的なのは「配置換え」だったりするんですけどね。そしてそれは、一番根本的ではない解決方法だったりするんですけどね。
うーん…。

まぁ、でも、うちの職場で一番「困った人」は、わたしなんだろな…(笑)。

圧力を高めること

仕事にしろ、考えを深めるにしろ、それをするための条件はひとそれぞれな気がします。
どこかにこもって、ひたすら集中を高めて出していくタイプもいれば、例えば散歩をしながら考えるタイプもいるかと思います。で、わたしは…。
たぶん「ながら族」ですね。
身体は頭を使わない雑務をしながら、頭は別のことに振り分ける。こうすることで、頭を単独で動かすための、けっこう長い時間が確保できます。でも、頭と身体が同時に動かせる時間はけっこう限られています。
で、そうやって漠然と考えながら、考えの圧力を高めていきます。まぁ、例えて言うならば、時間がペットボトルで、考えが空気ですね。
充分に圧力が高まると、ペットボトルはロケットとして飛んでいきます。それが「言葉」みたいなイメージです。
なので、一番大切なのは、圧力を高めること。でも、これが難しい。バラバラな「考え」や頭の中にちりぢりに存在している「キーワード」を、ていねいに拾い集めて、それを、綿菓子を支えるようにふんわりと持つ。そこまでの過程がなかなかできません。
たぶん、何かが足りない。集めるために中心となる地点?でも、中心はあらかじめあるのではなくて、それは結果として存在するもののはずです。
そんなことを漠然と考え続ける以外、わたしには方法はなさそうです。
でも、それこそが圧力を高めることらしい。

なんとかなるのか?

今日は、すごく簡単に言うならば、「雑務ができない日」です。
これ、この1ヶ月半でわかりました。表向きはゆるゆるの時間割ですが、実際には雑務を許さないタイムスケジュールになっています。さらに放課後は「積み残し作業」をしなきゃなりません。
にもかかわらず、明日までに「大きな表」をつくらなきゃならない。2週間前に出された宿題です。
この「表」。何をどう分類して埋めていけばいいのか、埋めれば埋めるほどわからなくなります。
まずは項目立てをするのですが、その項目は「表を埋めるもの」から考えます。すると、ひとつ目はまぁ埋まる。ところが、ふたつ目のデータにとりかかると、それは別の項目立てをしたほうがいいこたに気づかせてくれる。で、新たな項目を立てるとひとつめがうまく埋まらなくなる。でも、強引に埋める。で、みっつ目のデータを処理しはじめると…。ワケわからん(笑)。
で、ほぼほぼ全体を見渡すと、手持ちのデータでは傾向が出ない(;_;)。
みたいな…。

こんなんで、明日までになんとかなるのか?

遠くにあるものは実は近くにある

今日は一日出張だのなんだの。
で、午後の出張にて…。
某研究会の議案書を事務局長が読み上げているのを何気なしに聞いていると「ヘイトスピーチ」という言葉が耳に飛び込んできました。瞬間「お!とりあげるのか!」と思って文面を読むと…。なーんかイマイチです。なんだろう。踏み込み方が浅い?ふだん、ツイッターで読んでいるカウンター仲間の肉声とはまったく違う、血肉となっていない感じ?
まぁそれはしかたないのですが、どうせ取り上げるなら、もう少し自分の身のまわりに寄せなくちゃ。
で、小学校のレポートを聞いて、もやもや。
「いじめ」に関する授業実践ですが、一時間の討論を通して「いじめはよくないと思った」とみんなが考えたそうな。いや、それはそうでしょう。みんな「いじめはよくない」と思っていますよ。問題は「いじめが起こったらどうするか」いや、「いじめが起こらないためにはどうするか」という問いかけへの具体的な行動をどう見つけるかでしょう。
ま、そんなことを考えて、
「「いじめはよくないと思った」はいいんですが、その次の一歩を踏み出すためにどうしたらいいかということについて、きっとお考えがあると思うのですが、そのあたり、どうお考えか教えていただければ」
と質問。ところが、答えは
「考えていません。あれは4年の時の実践で、6年になった今も男女なかよくやっているので、それでいいと思っています」
とのこと。一気に頭に血がのぼったのですが、ガマンガマン^^;;。
で、意見発表の時間が来たので、つい挙手。

いじめにとりくんだ小学校のレポートを読んだ時、「いじめはいけない」と答えた小学生を、中学や高校でどう育てていくのかということを考えました。
話は少しずれますが、数ヶ月前に神戸の朝鮮高級学校を襲撃する事件が起きました。どうやら暴徒は心神喪失だったらしいのですが、先生に対して「朝鮮人だな」と確認して暴行をふるったとのことでした。
あの事件を聞いた時、「朝鮮人に暴力を振るってもかまわない」という空気がわたしたちの社会にあるから、あの事件が起きたんだと思いました。では、わたしになにができるのか。
あの日を境に、わたしは「京都に差別はいらない」という缶バッチをリュックにつけるようになりました。「差別を許さない」という市民がいるとうこと。そういう市民の声が、この社会にあふれていれば、あの事件は起こらなかったかもしれないと思ったのです。
研究課題の中にヘイトスピーチがとりあげられていましたが、「異なる文化を持つ人等への」とあります。しかし、レイシストたちは、水平社博物館を襲い、朝鮮初級学校を襲い、デイケアセンターを襲っています。つまり、部落や子どもたちや老人、あるいはヘイトスピーチの現場では女性にヘイトが向けられています。つまり、マイノリティへの「いじめ」であると思うのです。
そして、まさに昨日の夜、高校生がツイッターでヘイトをつぶやき、多くの人が抗議するという出来事がありました。その高校生はLINEで連絡をとりあっていたといいます。もうひとつのレポート、コミュニケーションにかかわる課題でもあります。
ヘイトスピーチは遠くにある問題ではなく、わたしたちがかかわっている子どもたちの問題です。「いじめはいけない」と答えた子どもたちが、その後どう育っていくかという問題であると思います。
そのために、あの小学校のとりくみを、わたしたち中学校や高校の教員がどう引き継いでいくのかという問題なんだと思い、ひとこと発言をさせていただきました。
ありがとうございました。

まぁ、ヘイトスピーチを「いじめ」なんていうふうに表現するのは、かなりアカンやろと思うのですが、レポートにからめるための無茶です。

それにしても、たったこれだけのことを発言するために、どれほどの緊張があったことか。
なにしろ、質問も意見も誰も言わない中で、ひとり「かみついている」みたいな構図のわけです。まさに「KY」です。
でもいいんです。「AKY」であり「MKY」です。
ここで「空気」に抗うことも、ひとつのカウンターなんだと思うのです。

発言したあと、手の震えがとまりませんでした。そんな手の震えをとめてくれたのは、facebookの向こうにいる「カウンターなかま」でした。
カウンターに参加しはじめて1年ちょい。「許さない」と具体的に声をあげる人はまだまだ少数です。でも、地球上のどこかで発せられたヘイトの声が、実は身近なところにあることを感じ「許さない」と声をあげる、そんな「なかま」のつながりと力を感じました。

テンパった(;_;)

どうせ土日はなにもできないんです。いや、用事があってもなくてもできないんです。なので、どうせなら土日は「やる」ことに使うわけなんですけどね。なので、そのことには一片の悔いもないわけなんですが…。
仕事の帰りに明日の予定を組み立てているうちに凍りつきました…。
明日と一週間後を間違えてました。
てことは、あしたは一日出張?雑務は何にもできない?ま、データを持ってるのは、不幸中の幸いでした。
しかし、いよいよテンパったなぁ。

とか考えながら、家帰って、ビール飲んで、録画してあったモトGP見てたら世話ないんですが^^;;。

そんなためか?・鶴橋安寧(その2)

なんか、今日もヘイトスピーチがあるとか。かなり迷いましたが、やはりカウンターに行くことにしました。
少し遅れて駅に着いたら、なるほど、やってます。

にしてもわーわー言ってるだけで、なにがなにやら。ま、カウンター側が圧倒しているわけで、これでいいわけですが…。
しばらく「対岸側」にいましたが、せっかくなので正規部隊の方に行きました。こちらでは、こちらのアピールでヘイトスピーチはまったく聞こえません。と、かろうじて聞こえてきます。なんだろと思ったら、「朝鮮人」を連呼しています。いったいなんなんだ?あとで聞いたら、歌うたってた人もいるとか。
こうなると、いったいなんのためにスピーチしているのかわかりません。こんなことにつきのために、警察は200人。カウンターも150人が日曜日の午後に来ているんです。後ろのお店は貴重な土日の昼下がり、それぞれ2時間ほどの間お客さんが入っていません。多大な迷惑行為としか、わたしには考えられません。
まったく、あきれてしまいました。

なんかもう、暗澹たる気分で、それでもカウンターが終わったところで家用のおみやげを買って、今日も茂利屋へ。と、みなさん、おそろいで^^;;。そうこうするうちに、続々とやって来ます。
ここでしばし、クールダウン。
さて、今日は早めに帰りましょう。

家に帰っておみやげを開きました。

ロックヴィラのキムチサンドに、茂利屋の豚足とチヂミです。
何と言っても、パートナーのカウンターが世界一こわいわけでして^^;;。

人を生かす言葉を・鶴橋安寧(その1)

朝、もそもそ起きだして、大阪へ。午前中は人生を聞かせてもらい、考えを語る二人会^^;;。
ふだん大人数の中で「すれ違い」みたいな声をかけあうだけだったけど、ゆっくりと人生を聞かせてもらうと、その人を見る目がガラッと変わりますね。なんか、いままでいろんな人の話を聞かせてもらってきましたが、たとえ自分よりはるかに若い人であっても、その人がその人の人生を生き抜いているという意味で「リスペクト」です。

で、2時くらいにバイバイして…。
わたしは鶴橋へ。いや、焼き肉食べに行くわけじゃなくて、いや、もちろん焼き肉は食べるんですが、その前にやらなきゃならないことがあるわけです。
てことで、ガード下へ。すでにたくさんのお友だちがそこにおられます。一通りあいさつをして
「ほんまにやるんかなぁ」
「なに考えてるんやろねぇ」
と、ひとしきりグチ。
と、3時前にいきなり緊張があたりを走りました。
「来た?」
とりあえず、わたしは大きな荷物を持つことになったので、「正規部隊」のところに行って、準備をしようかと。で…。あり?マイクがない?てか、電池もない?
どーすんねん。この巨大なトラメガ^^;;。
と…。あり?正規部隊のトラメガとメーカーどころか型番も同じやん。てことは、周波数をあわせたら使えるやん。
コンビニに駆け込んで、電池とドライバをゲット。コチョコチョしてやると、いきなりアピールの声がトラメガから出てきました。
よっしゃ!トラメガ2発あれば強いです。

にしても、ほんとになにやってるんだろと思います。「ヘイトスピーチが趣味」とか、わたしにはわけわかりません。そのためにどれだけの人が傷つき、どれだけの人が「日常」をなくしているか。おそらく「ヘイトスピーチが趣味」な人はそれが楽しいんでしょうね。でも、それが楽しいんだとしたら、それは「悪趣味」です。「ほっとけばいい。騒ぐから増長する」という意見もあるでしょうけど、「傷つける行為」はほっとけません。

途中からトラメガ担当を変わってもらって、対岸へ。しばしプラカをかかげているうちに、なにやら終わったみたいです。帰っていきました。
結局、「彼ら」が言ってることはほとんど聞き取れず。まさに「何しに来たんだ?」状態です。でもそれは、カウンターが圧倒したからできたこと。もしもここに誰もいなかったら、「人を傷つける言葉」が垂れ流されていたんだろうなと思います。できることならば「人を生かす言葉」を使える人間でありたいと思うわたしとしては、それは許せない。許せないことは行動にあらわす以外ないんだろうなと思うようになった、この一年です。

さてと。あとの時間は静かになった鶴橋の街を楽しみましょう。
てか、「彼ら」は店の前で騒ぐだけ騒いて、どっかに行くんですよね。まさに「商店街のじゃまもの」です。
まぁ、どこかに行けば誰かがいる。そんな鶴橋の街です。ここは当然「聖地・茂利屋」でしょう。

ホルモン、うまっっっ!
最後は幸せな時間を過ごせました(^^)。

教わる立場

どんどん試験範囲が終わるので、これは困ったなな3年生の授業。しかたないので、文化祭の演目ぎめの話とかしてたら、ある生徒が突然井言いはじめました。
「性別って言葉、おかしいと思うんです。だって、2つにわけられるってことでしょ?でも、ほんとはいろんな性があるんですよね。例えば、自分のことをどう思うかとか、誰が好きになるかとか…」
「そんなん、どこで勉強したん?」
「テレビで見て、すごく興味を持ったんです」
「ふーん(^^)」
ついつい
「他にも「社会の性」ってのも考えられるよね。あとね、身体の性も…」
って言おうと思って、やめました。

なんだろう…。
一生懸命考えながら、自分の中から言葉を見つけて、わたしに考えを伝えようとしてたその子の姿は、「性の多様性」がその子の中に位置づいていることを感じさせてくれたんです。
だから、わたしは「教えてもらう立場」を大切にしたいと思いました。
その時の気持ちは…。
見知らぬ街で、ふいに懐かしい顔と出会えた感じ?
とてもうれしかった。

忘れものをとりに帰る

中間試験までまだ一週間半あるというのに、もはや試験範囲が終わってしまいました。
なにしよう…。
まぁ、週末課題を配って
「今やってもいいよー」
ってことで逃げ切るかな。
てことで、朝からプリントをせこせこつくりました。
で、教室に行ってプリント配付。
と、大切なものを忘れていることに気がつきました。で、あわてて職員室にとりに帰って、再びプリントを配付。
「みんなね。これ、忘れてた。でも、絶対忘れちゃいけないものだった。みんなが忘れそうにになってる今、もう一回思い出そう」

子どもたちは、不思議なほど一生懸命読んでました。
うん、まだまだやれる!

今年もしでかし

今日はおべんきょ部屋で水餃子パーリーです。
とりあえず、コンビニで飲み物を調達して会場へ。と、もうほとんど餃子を包み終わってます。手伝わなくてすみません。
でも、とりあえず、5〜6枚皮を伸ばして手伝ったふりをすることにしましょう^^;;。
ほどなく乾杯。
にしても、なんでこんなにのんびり楽しめるんだろう。まぁ「好きで集まってる」というのはあるのかもしれませんが、たぶんそれだけじゃない気がします。
もしかしたら…。
基本的に悪口がないんだ…。
もちろん「日本が終わってる」みたいな話はしますが、これは悪口じゃなくて事実だし。
まぁ、そんなこんなで、結局終電まで呑んでました^^;;。