で、ここからが本番

で、中学について、まずは給食をいただきました。メニューは夏野菜カレー。お味は…。まぁヘルシーですわ(笑)。
で、体育館へ。わたしにしては珍しくプレゼンテーションソフトを使います。いや、400人相手にすると、ホワイトボードではきついんですよね。
で、お座敷開始。
みんな暑いのに体育館に座ってくれて、ほんとうにしんどいやろなぁ。と、元気のいいぼーいずが後ろから入ってきました。えらい騒いでいます。横の扉のあたりにも元気のいいがーるずがなんとなくたむろっています。
先生方、なんか気が気じゃないみたいです。その感覚、わかります。でも、あの子ら、聞かないつもりだったら、おそらく入ってきません。聞こうと思っているからわざわざ入ってくるんでしょうね。でも、おとなしく聞くことはプライドが許さない。まぁそんなプライド邪魔なだけなんだけど、そこは厨房というものです。なんだかんだと言いながら、結局最後まで体育館に居続けてくれました。そうそう、圧倒的多数の400人ぐらいの子どもたちも、暑さに耐えながらも、けっこうまっすぐな目をして聞いてくれていました。
事前に
「聞けるかなぁ」
と言われていたのですが、なんか心地よかったです。もっとも、1時間を越したあたりでみんな限界だったみたいですけどね^^;;*1
終わってから校長さんが
「校長室へどうぞ」
と言ってくださったんですが、扉付近のがーるずにつかまって、しばし話。でも、こういう時間が実は大切なんですよね。その横を体育館から出てくる生徒たちがいっぱい通ります。みんななんだかんだと声をかけてくれます。やっぱり優しいなぁ。

で、しばし校長さんと話。なんでもかつて奈良の中学校で教員をしておられたみたいで、「やんちゃくれ対応」みたいな話で盛りあがりました。
その後保健室へ移動。もちろんがーるず&ぼーいずの根城です。なんだかんだと興味本位な質問が来るのですが、それは適当に流します。やがて、ぼーいずはお互いにじゃれあって走りまわります。それを横目で見ながら、わたしはがーるずと一緒に、なぜかテーブルの上にあるジグソーパズルをしています。
い「おとこってしょうがないなぁ」
が「おんなが大人なだけなんちゃう?」
い「うん、おんなはいろいろあるから」
みたいな会話をしみじみします。あとで聞いたらこの子、家庭環境がすごく大変らしくて、ほんとうに「いろいろある」とか。ふだんはほとんど学校に来ていないけど、今日は話を聞くために学校に来てくれたとか。ほんとうにうれしいです。
他にも、金髪だけど妙になつこい笑顔の子が、保健室を出たり入ったり。たぶん言いたいこと、伝えたいことがあるんだろうけど、言えないんだろうなぁ。でも、その態度で十分「言いたい」という思いは伝わってきますよ。
やっぱりお座敷のあと、学校に残って保健室に来てよかった。
でも、そろそろ学校を出ないと帰りのバスに間にあいません。みんなと握手して玄関を出たら、野球部の子どもたちが拍手で見送ってくれました。さらに校門の外には金髪の子がいます。たぶんさりげなく見送ろうとしてくれていたのかな。もう、感激です。
でも、みんな混乱しているやろうなぁ(笑)。

*1:いちおう約束は70分だったんですけどね

納得!

朝、ふと目が覚めると、やっぱり6時前。教はかなり寝坊ができるはずなのに、やっぱり早起きしてしまいます。まぁいいや。mkv→mpgの変換を走らせてしまいましょう。
しばらくテレビを見て、朝ご飯→お風呂。
で、昼前にホテルをチェックアウト。向かうはT中学校です。今日はここの2・3年生を相手にお座敷です。でも、せっかくなんで、津山市内をほんの少しだけ散策。
きっとこの町、かつては栄えていたんだろうなぁ。いまの価値観で言うなら「こんな山の中」だけど、吉井川があって、高瀬舟があって、おそらくは交通の要衝だったんだろうと思います。それが人の動線が変わることで、こんなになってしまうんだと思いました。さらにそれに追い打ちをかけているのが、大型小売店舗ですね。かつては活気があったであろう商店街も、ぜんぜん人がいません。でも、道を歩いていると、ちょっと気の利いた感じのお店がポツポツとあります。そのあたりがおもしろいなぁと。
で、バスセンターへ。バスに乗って会場近くまで。そこからH瀬さんの車に乗せてもらって、ちょっとだけ近所を散策。もちろん「ムラ巡り」です^^;;。
わたしたちのギョーカイでは
「岡山→渋染一揆」「美作→解放令反対一揆
と反射的に出てくるものでして。ただ、「部落史の見直し」の中で、これらは従来のように
「差別されて差別されて、それでもなおかつ→思いあまって一揆
みたいな構図じゃなくて、もう少していねいに史料を掘り起こしながら考える必要があるということが言われています。特に「解放令反対一揆」については、従来とはまったく違うことが言われています。こんな感じ。

江戸時代、岡山県中部では経済状態は百姓*1<<<被差別民であった。しかし、別々のヒエラルキーの中にいたから、百姓にとって被差別民は「違う人」でしかなかった。ところが、解放令が出たことにより、両者が同じヒエラルキーの中に組み込まれてしまった。すると、経済的に百姓は下位に置かれることになる。そのことへの反発が「解放令反対一揆」という行動に駆り立てた。

つまり、従来言われていたように、被差別民が経済的に下位であれば、あえて解放令反対一揆を起こす必然性がなかったのではないかということです。
こんなことを考えながらムラを見せてもらうと…。
驚きました。
確かに道は狭いけど、あたりには昔からの大きな家がガンガン建っています。家には蔵があります。とにかく一軒一軒のつくりがゴツイ。都市部落では考えられない風景です。どう考えても、経済力があったとしか考えられません。先ほどの「解放令反対一揆」の説を裏づける感じです。いや、すんごい勉強になりました。

*1:≠農民

こちらも盛りあがる

ホテルにチェックインしたあと、交流会へ。
そもそも学習会そのものが、H瀬さんが
「やるよ〜、来ない〜」
と声をかけて実現したものです。ですから、交流会もH瀬さんが
「交流会もやるよ〜、来ない〜」
と声をかけられたと。
「何人来るかわからない」
と言っておられましたが、ふたを開けてみると、学習会とほぼ同数の人がおられます。すごいです。一見バラバラの人たちが、いろんなつながりで集まって成立する交流会は、やっぱりおもしろいものです。H瀬さんとは全国教研でお会いしたのがきっかけです。その時は「一参加者」としてでしたが、今回H瀬さんのホームでお会いして、ほんとうに豊かなとりくみをされているんだなぁと、あらためて思いました。きっと「全国」というのはそんな人たちが一堂に会するところなんでしょうね。
そうそう、食べ物もおいしい。なかでも、「嫁泣かせ*1」は最高!
かなり豊かな気持ちでホテルに帰りました。さて、あしたが本番だ。

*1:コリコリの湯引きポン酢和え

手づくりの学習会

今日は津山のお友だちH瀬さんに呼ばれての学習会です。事前のメールで「参加者は8人ぐらいかなぁ」と聞いていました。まぁ、1000人でも8人でも、ある意味同じことです。もちろんウケた時の迫力は1000人の方がすごいけど(笑)、快感の質は同じですね。というか、少人数の方がもしかしたら難しくておもしろいかもしれません。一人ひとりの表情がよくわかりますから。
まぁそんなことを考えながら、会場に向かいます。しばらくしてH瀬さん登場。
「久しぶりです〜」
とあいさつを交わして、わたしはしばし待機。というか、↑を書いていたんですけどね。

で、お座敷スタート。みなさん、すごく真剣に聞いてくださいます。「しょーもない漫談をそこまで」と思って、
「いや、そんな真剣な話じゃないんですが」
と言っても、しばらくしたらまた真剣モードに入られます。でも、うれしいです。
途中、なぜか意識が飛びそうになりながらも*1、無事、真剣かつなごやかな2時間のお座敷終了です。
その後、みなさんアンケート(感想文)を書いておられるのですが、これまた鉛筆が走るすごい音がしています。いや、まいったわ…。

*1:理由はきっと↑

こまつ@津山

今回は番外編です。
今日、岡山県は津山に行くことになっていました。到着は1時前。お座敷は3時から。その間2時間。なにを食べようかと検索していると
「津山 ホルモンうどん」
というキーワードがお節介にも出てきました。あ〜、なんというお節介。これは行かねばならなくなってしまったではないですか!てことで、いろいろ店を検索すると、どうやら「こまつ」というところが目的地の近くにあることが判明しました。
で、やってきました。
1階はカウンターのみ。2階もあるらしいです。店に入るとカウンターでは地元の常連らしきおふたりが、ずっと新聞を見ながら討論しておられます。もちろん原発問題ではありません。競馬です。日曜日の昼間なのに、かなり長居をしておられるみたいです。しかも、前にはビールしかありません。つまり、常連さんなんでしょう。そう言えば、同じような客が京都の三条にもわんさかいますからねぇ。
ちょうど1席だけあいていたので、そこに座らせてもらって
「ホルモンうどんと瓶ビール」
とオーダー。
壁を見ると、どうやら津山のもう一つの名物は「モダン焼き」のようです。たしかに前の鉄板ではモダン焼きお好み焼きが延々と焼かれています。ちなみに、お好み焼きのタネは少しゆるめです。キャベツは太めの千切りって感じでしょうか。こちらもかなり気になりますが、とりあえずはベーシックなところを責めるところからしかスタートできません。
で、出てきたのがこれです。

お、多い!食べきれるかどうか、不安です。とりあえずやっつけはじめます。まぁ、味はありがちなソース焼きそばです。で、問題のホルモン。はっきり言ってうまいです!テッチャン・ミノ・赤セン・センマイ・ハート?・その他、かなりバラエティに富んだホルモンが入っています。そして、それぞれがおいしい。これで炒りカスをつくったら最高でしょうねぇ。

となりのおふたりが店の人と話をしています。
「今日はお好みがよぅ出るなぁ」
「そやねぇ」
「この店はモダン焼きがウリやからなぁ」
「そうそう」
なるほどなぁ…。
ちなみにメニューを見ると、お好みのトッピングでホルモン系はスジしかありません。うどん用のホルモンでお好み焼いてもらったら、ぜったいうまいはずなんだけどなぁ。あした、機会はあるだろうか…。

てことで、番外編なのでdataはなし。
せっかくなんで、詳細なリンクは更新しておきます。

きっとたいへんなんだ→久しぶりに会えた

で、わたしはみなさんと別れて、そのまま阪急に乗車→向かうは豊中です。
なんでもE井さんがとてもお疲れだとか。なので「励ます会」をKよぽんと画策しました。ところが、E井さん、すごく体調が悪くて結局欠席。残念。でも、大丈夫かなぁ。心配です。
せっかくなので、もう一人お久しぶりのKさんに電話。せっかくなんで、新番号でかけることにしましょう。
「あの…。Kさんでいらっしゃいますか」
「はい」
懐かしい声です(笑)。
「あの、わたくし、京都のいつきと申します」
「あ〜、いつきちゃんかぁ」
てことで、せっかく家でのんびり呑んでいる人を引っ張り出してしまいました。なんか、かなりやせられたのが心配ですが、でもけっこう元気な顔と、相変わらずな話にちょっと安心しました。
てことで、今日も終電近辺ですわ…。

帰り道、携帯をいじりながら歩いていたら、灯籠にぶつかってしまった。痛たた…。でも、こけなくてよかったな(笑)

某在日外国人教育系の会議

まぁいつものことで。
それにしても、今の忙しさの半分は、この団体のせいです。ったく!
てことで、来年度の開催地が正式に決まりました。公式アナウンスはまだですが、簡単に言うならO分県のB府市です(笑)。
九州の皆さん、お友だちをお誘いの上、たくさんいらしてください。でないと、大会が赤字になってえらいことになりますんでm(__)m
って、誰もこんなところ見てないよな…(笑)。

デート

結局2時間延々と話し続けて、関西沖縄文庫をあとにします。途中、なぜか新大阪駅に寄って用事をすませて、なぜか烏丸駅へ。これ、単なる時間調整です。で、ここからテクテク歩いて京都駅へ。30分ほどしてパートナーと合流。で、アイリッシュパブに行って軽く呑み。
考えてみると、前にパートナーと二人で呑みに行ったのは20年ぐらい前*1のことです。やっぱ、自分ばっかりが呑みに行ったらあかんですよね。子どもたちも大きくなってきたし、そろそろふたりで呑みに行こうかと。
アイリッシュパブならではの喧噪と雑多な感じの中で、カクテルを傾けながらとりとめもない話をする時間は、案外貴重なのかもしれない。

*1:あ、今年20年目だったわ!

1945±66

今日から期末試験です。てことは、午後に比較的フリーな時間ができます。こんな時は、こんな時にしかできないことをしなくちゃなりません。
てことで、大正区へ。いや、秋に予定している人権教育研究会のフィールドワークの打ちあわせです。
去年から研究会の事務局をするようになったんですが、けっこうたいへんです。やっぱり事務局というのは、研究会全体の方向づけをしなくちゃなりません。事務局長はそれにプラスして、外の団体とのいろんな雑事があるわけで、そうなると内側の雑事は事務局員がしないとまわりません。特にわたしについては、研修会の講師を考えたりフィールドワークの行き先を考えたりという、ある意味とてもクリエーティブ(笑)な役割がまわってくることが多いんです。で、
「秋のフィールドワーク、どこにしよう…」
と考えた末、8年前に一度だけお邪魔した「関西沖縄文庫」にしようと思ったわけです。

さて、大正駅に着いたら約束の15分前です。これはヤバイです。走ろう…。って、遠い。かなり遠い。荷物がなければいんですが、妙に荷物が多くて、しかも小雨が降っていて、、そんな状態で走ると汗だくです。
なんとか約束の5分過ぎに到着。ほどなく金城馨さんの登場です。8年前にお会いした時と全然変わっておられません。
「あの、8年前に○○大学のフィールドワークにくっついて来たんですが」
「あぁ、そんなことがありましたね」
お、覚えているのか?まぁたしかにフィールドワーク中つきまとっていたからなぁ…。

そこからしばらくよもやま話というかぼやき話がはじまります。
金「そう言えば、京都の○○高校の先生はご存じですか?なんか、最近学校に行っておられないとか。まじめな人ほどそうなっちゃうんですね」
い「…。すみません(笑)。でも、わたしも真綿で押しつぶされるような閉塞感は感じているんですよ」
金「そうですか。京都も大変ですねぇ」
い「いや、それをいえば大阪の方が」
金「たしかに…」
完全にぼやいています。ところが
い「もうね、どうやったら勝てるのかと思いますよ」
あたりの言葉が引き金になったのか、金城さんの言葉に徐々に「熱さ」が加わりはじめます。
金「最近ボクは「死に様」を考えているんですよ」
い「死に様ですか」
金「みんな「生き様」を考える。でも、生き様は簡単に言ったら自慢話でしかない。そんな自慢話に誰も共感しない。にもかかわらず「一緒にやれ」という時に「民族」とか「国家」が出てくる。でも、それは強制でしかない」
金「「生き様」は輪の半分。残りの半分が「死に様」で、「死に様」を経て一周する。その時に再び「生き様」にもどるんだけど、その時の生き様はたぶん最初のものとは違う」
金「「連帯」という言葉は、「違う」ということを前提としている。本来は思想的な言葉。それに対して、「共闘」は、当面一緒に闘うという意味で、政治的な言葉。「同じ」という言葉は、実は政治的な言葉。それは思考停止を招く。「違う」ということは考えないとわからない」
金「リアリズムというのは虚構だ。その最たるものがリアリズム演劇。あんな現実がどこにある?それに対して、シュールレアリズムは、シュールを通して虚構を現実に引きもどす」
おそらく金城さんの言葉を正確には伝えていないし、間違いもたくさんあると思います。それにしても、すごくおもしろい。そして、なんかわかるんですよね。で、なんでなんだろうと思った時、
「そうか」
とふと思いました。それは、おそらくは金城さんもわたしも、規模の違いやフィールドの違いや深さの違いはあるかもしれないけど、「ピン」で活動をしているということ。もちろん、ものすごくたくさんの人の支えの中にあることはわかっているんだけど、でも、誰をも代表せずに、組織をつくることも依拠することもせずに、自分の経験と感覚と感性で活動をする。そんなピンだからこそ感じること、ピンだからこそわかることが、たくさんあるんだろうな。

そうそう、1945±66のこと。
1945+66=2011は今年のこと。1945-66=1879は琉球処分の年。132年を1945という区切りで半分に折ると、今、まさに琉球処分と同じ状況があるということ。
きっとその話を秋のフィールドワークで聞けると思います。楽しみだ!